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亡霊の騎兵隊

作者: take

漆黒の馬に跨って槍を振るい周囲の兵士を薙ぎ払う男。

彼が手足の如く操る精強な騎兵隊は、戦場で神出鬼没の突撃を繰り返し「亡霊の騎兵隊」と呼ばれ恐れられた。


鬨の声を上げろ

突撃し、蹂躙し、眼前の敵を殲滅せよ

馬蹄の音と軍馬の嘶きを以って、奴らに恐怖を刻め

我らは死だ、避けられぬ終焉と知れ




戦場でしか生きることが出来ない者は確実に存在する。

所謂普通の人間が送る一般的な生活というものは、極一部の人間には何よりも耐え難く、死よりも疎ましいものだ。

他者との闘争にしか己の存在理由を見い出せず、勝利を得ることでしか満たされぬ者。

健全な市民でも大なり小なり抱えているであろう感情が己の内面の大部分を占める者、それらが功名心や名誉欲という形で発露しても多くの場合は問題にはならない。

その欲に相応しいだけの能力を持たなければ、分不相応な愚か者として世の中に埋もれてしまう。

しかし稀にその二つを併せ持つ人物が現れれば、通常の生を送ることは叶わない。


帝国軍の中核を担う騎兵隊を指揮していた男、ユーリ・スペクタルもそうであった。

代々軍人の家系、特に操馬術に優れたスペクタル家に生まれた彼もまた例に漏れず幼い頃より才能の片鱗を

見せていたが、一方で言葉の理解や日常生活に関して不可解な部分があり家人を心配させることも珍しくなかった。


やがてユーリは聡明な子に育ち、幼少時の不可解な行動は子供故のものとして誰もが忘れていった。

そしてその才能には更なる磨きが掛かり「人馬一体」を旨とするスペクタル家の中でも、こと馬に関してユーリの右に出る者はいなくなった。


「彼らの声が聞こえるんだ」

何故そんなにも馬の扱いが上手なのかと聞かれる度に彼はそう答えていた。

「僕には彼らの声が聞こえるし、彼らも僕の声を聞いてくれる」

ユーリは隣の馬を撫でながら言った。


ユーリが15歳になった頃、領内の農地に1頭の馬が現れた。

通常の馬より一回り程も大きな馬体と激しい気性によって恐れられていたその馬は、夜の闇のような漆黒の毛並みからエクリプスと呼ばれていた。

馬の扱いに長けたスペクタル家の人間ですら手を焼いていたエクリプスに対して、ユーリはまるで散歩にでも出掛けるかのように自然体で向かっていく。

暴れるエクリプスにユーリの手が触れるやいなや、ユーリは軽やかな身のこなしでその背に跨った。

己の背に跨る人間を振り落とそうとエクリプスは一層激しく暴れまわるが、ユーリは動じない。

漆黒の巨体を躍らせるエクリプスと、優雅とも見える様子で騎乗するユーリ。

それはまるで1枚の絵画のようであった。

気が付けば彼らの周囲には大勢の民衆が集まって様子を見守っている。

どれほど暴れても振り落とせないユーリに対してエクリプスは次第に大人しくなりやがてはユーリに対して服従の姿勢を示した。

エクリプスとユーリの見事な攻防を見届けた人々は歓声を上げ、口々にユーリを褒め称える。

「流石はスペクタル家だ」

「ユーリ様、ありがとうございます」

「これこそが人馬一体の境地」

ありとあらゆる賛辞の言葉が降り注ぐ中、ユーリはエクリプスを撫でながら言った。

「こんなに楽しかったのは初めてだった。これからもよろしく」

エクリプスは呆れたように笑って頷いた、ようにも見えた。


その時からユーリとエクリプスは常に一緒だった。

ユーリはエクリプス以外の背には跨らず、エクリプスもまた

ユーリ以外にその背を許さなかった。


ユーリは長じると他のスペクタル家の人間と同じように入隊し騎兵隊へと配属された。

エクリプスを駆る者。

スペクタル家最高傑作。

入隊前からの期待と重圧を物ともせずにユーリは輝かしい軍功を重ねて、若くして騎兵隊の隊長を務めるまでになった。

卓越した操馬術、本人の武芸に加えてユーリの指揮する騎兵隊は彼以前の隊長とは一線を画した精強さを誇っていた。


しかし、ユーリの輝かしい躍進の裏には不穏な炎が燻っていた。

過剰と言えるほどに戦果を求め、己の内に強すぎる功名心と闘争欲を宿したユーリの性質を帝国元帥は見抜いていた。

「あの男は優れた将軍ではあるが危険な思想を有している。 相手を殲滅するだけだ戦争ではない。やがて取返しのつかないことになる」

元帥は極一部の知己にそう語っていた。




俺はまだ戦える。

俺はまだ走れる。

大勢の兵士に包囲されながらも奮闘するが多勢に無勢、徐々に傷を負い体力を奪われていく。

騎兵隊の兵士は皆斃れ、残っているのはユーリとエクリプスのみ。

どれだけの時間戦い続けたのか、やがて彼らも斃れた。

隊長としてのユーリを危険視した元帥により、彼は他国との交渉材料としてその身柄を差し出された。

この事件は、将来を嘱望された若き将校が敵国の卑怯な奇襲によって命を落とした悲劇として語られるようになった。

以来、ユーリの死んだ土地に奇妙な噂が流れ始める。

居る筈のない軍馬の嘶きが聞こえた。

騎兵隊の影が見える。

彼の悲劇を語るような噂はやがて実体を持ち始める。

ユーリ様は裏切られたらしい。

復讐する為に蘇った。

一般には知られていない筈の情報が流布し、実際に騎兵隊と遭遇した

という情報が増えていった。

所詮は噂、与太話に過ぎないと一笑に付していた元帥だが、ある巡行の際に

部隊を引き連れて噂の土地を通過し真実を知った。


-勇敢なるユーリ・スペクタル、ここに眠る-

そんな言葉が刻まれた慰霊碑を見て元帥は自嘲ぎみに笑う。

自ら謀殺した相手の慰霊碑を態々建てるとはな。

そう思った後、慰霊碑から目を逸らすと元帥は我が目を疑った。

「貴様、何故」

そこに居たのはかつて自身が謀殺したはずの男。

その後ろにはかつての騎兵隊が以前と寸分変わらない姿でそこにいた。

ユーリが軍団長の存在に気が付くと槍を振りかざす。

それに呼応するかのように鬨の声を上げながら騎兵隊による突撃が開始される。

「戦闘準備、騎兵隊に備えろ!」

元帥の呼びかけに応じて、混乱の最中で戦闘準備が行われる。

死者の軍隊、それも自らが謀殺した男との戦闘という異例の事態ではあったが、帝国軍の精鋭で構成される部隊は恐れずに立ち向かう。


亡霊の騎兵隊を打ち破り、倒れ伏した兵士達を見て元帥と側近は安堵の息を漏らす。

「これは一体どういうことなのでしょうか」

「・・・」

ふと出たの問いに対して、誰も答える言葉を持たない。

問われた言葉も真に答えを求めている訳ではなく、理解の及ばない現状を見て

何とか絞り出された言葉であった。

そんな一瞬の空白の後、彼らは再び恐怖に駆られることとなる。

斃れたはずの騎兵隊が再び立ち上がり隊列を組み直し始める。

気が付けばユーリの槍が再び振りかざされ、同じ光景が再現される。

幾度撃退しても蘇り突撃を繰り返す騎兵隊の前に、遂に精鋭達も力尽き倒れていった。

命からがら逃げ伸びた元帥と僅かな生き残りの兵士によって噂が真実であることが

伝えられた。




亡霊の騎兵隊。


己の死地で戦い続ける戦場の亡霊。


以来、この地を通る者は居なくなった。




ユーリには人間が理解出来なかった。

口にする言葉と本心が乖離し、相手もそれを知っていて

表面上は互いに取り繕う異様さ。

集団としての目的がある筈なのに互いに足を引っ張りあう不合理さ。

生物としての脆弱さ。

どの部分を見てもユーリにとって人間は嫌悪の対象であった。


人間の気持ちは理解できなかったが馬の気持ちは理解出来た。

自分は本当は馬で、何かの手違いで人間として生まれてしまったのだろうと考えるようになった。

しかしそれが人間にとって"異常"だと考えられていることを理解していた。

何とかして人間を装う為に必死に人間を観察した結果ユーリはとある事実に気が付いた。


人間は弱者に対して強い加害性を持ち、強者には服従する。

地位や名誉といった権威と呼ばれるものは無条件に従う。

この二つだけは大多数の人間に共通している性質だった。

人間として生きる為には"強さ"と"権威"が全て。

幼いユーリはそう考えた。


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