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お休みが終わって

来ていただいてありがとうございます。


「もうすぐお休みも終わるわね」

私は頬杖をついてぼーっと窓の外を眺めていた。


王都はほぼ日常を取り戻していた。不足していた薬が少しずつ店頭に並び始めて、マーロの樹液も徐々に採れ始めて、マーロシロップも病人に優先的に配られ始めた。もう物凄く容体の悪い人はいないようだわ。本当に良かったわ。一時はどうなることかと思ったもの。


新しい年が始まってもう六日目の朝だ。病人が急に具合が悪くなるのは夜が多かったからちょっと寝不足気味……。もうそんなに眠ったりしなくても大丈夫なはずなんだけど、人の世界(こっち)ではやっぱり人としての生活リズムになってしまうみたい。


「お休み終わり……って、そうよ学園が始まるわ!やだ!全然課題が終わってないわ!」

どうしよう……。そんなの放り出して妖精の世界へ帰ればいいって思う自分と、それじゃダメよって思う自分がいる……。ああ、もう!ややこしいわ。私どうしたらいいのかしら……。


王都の外れにある叔母様の家の私の部屋。机の上の本を見て途方に暮れていたら、ユースティン様が背後から私を抱きしめた。

「おはよう、エルシェ」

「あ、おはようございます、ユースティン様。でもダメですよ。一応ドアから入ってきてくださいね」

「ごめん、早くエルシェの顔を見たくて」

ユースティン様は私の頬にそっと口づけた。そして机の上の本に気が付いたみたい。


「本……ああ、学園の課題?」

「はい。忙しくて全然手を付けて無くて……どうしようかと……」

「やっぱり……。エルシェは悩むんじゃないかって思ってたんだ」

ユースティン様はため息をついてる。

「学園に通い続けるの?」

「…………どうしたらいいか、迷ってます」

「そう。私としてはすぐにでも妖精の世界へ連れ帰りたいけれど、エルシェが望むならいつまでも待つよ。私達の時間はとても長いのだから、そのくらいは一瞬だ」

ユースティン様は私に頬を寄せた。

「ありがとうございます。ユースティン様」

そうだ、お休みが終わったらアーチボルト殿下にきちんとお返事をしなくちゃいけないわね。私は抱きしめてくれてるユースティン様の手に触れた。



それから二日後、クローバー学園の冬の期間の授業が再開された。私は課題が進まなかったことを先生に話して謝ろうと思ったんだけど、流行り病の影響はまだ色濃くて欠席者が多かったから、今回の課題の提出は任意になったの。つまり提出すれば評価になるし、しなくても成績が下がるようなことは無いってことみたい。私はホッと胸を撫で下ろした。でも私は遅くなってもいいからきちんと仕上げて提出はしようって決めた。うん、私は勉強って嫌いじゃないみたいだわ。新発見ね。






初日の今日の授業は午前の一時間だけだったから、私とユースティン様は裏庭で待ち合わせてた。

「エルシェ!?一体どこへ行っていたんだ?ユースティンも」

そこへアーチボルト殿下が私に近づいて来た。

「アーチボルト殿下……お久しぶりです」

アーチボルト殿下が頭を下げた私の肩を掴もうとしたその瞬間、ぐりんと私の向きが変えられた。ユースティン様が私の肩を掴んでる。

「ユ、ユースティン様?」

「エルシェに触らないでくれ」

ユースティン様がむすっとした表情をして、アーチボルト殿下を睨んでる。

「ユースティン?」

怪訝そうな顔をなさるアーチボルト殿下。


「ユースティン様、私はアーチボルト殿下とお話ししなければならないんです。お願いします」

見上げた私を、複雑そうな顔で見つめるユースティン様。少しの間の後ユースティン様は私から手を離してくれた。

「わかった……」

そう言ってユースティン様は私達から少し離れた場所に立った。



「エルシェ、どこへ行ってたんだい?心配したんだよ?」

アーチボルト殿下は眩し気に私を見ている。触れようとしてくる殿下から一歩下がって、頭をもう一度下げた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。私は妖精の世界へ行っておりました」

私は自分の体に起こったことと、エバーグリーン家のマーロの森のこと、そしてマーロの女王様の怒りのこと、そして私自身の変化について順番にお話ししていった。


「やはりそうか……。国中の樹液の採取が出来なくなって、私もエバーグリーン家の森を見たよ。酷い有様だった。しかし、研究所の皆に休み返上で調べてもらったけれど、森の木々の傷自体はすでに癒えていて、表面上の傷跡が残っているだけだったんだ」

アーチボルト殿下も色々調べてらしたんだわ。さすが王族の方ね。


「実はね、父である国王の元にマーロの女王が姿を現したんだ。僕もその場にいたから、とても驚いたよ。女王は人間(我々)のしたことに酷くお怒りだった」

「エバーグリーン家の者達が申し訳ありません」

「ううん、君が謝ることじゃないよ。実はね、不謹慎だとは思うけど僕はとても感動したんだ。本当に妖精(あちら)の世界はあったんだなって。他の人達は腰を抜かさんばかりだったけどね」

アーチボルト殿下は楽しそうに笑われた。


「……森を癒したのは君……なんだよね。アレックスが森が光を放つのを見た時、君も森にいたんだよね?」

「……はい。私はマーロで、マーロの樹液の精です。あの時に自覚しました。私は妖精の世界にいるマーロの女王様の娘です。もちろん、私を生んでくれた人間のお母さまの娘でもありますけれど」

「ああ、やっぱり君はマーロのお姫様だったんだね……」

アーチボルト殿下は目を細めた。


「そ、それで、あの……」

「そうだ!やっと薬の手配の目処が立ったんだ。実は今この国で流行っている病は隣国でも同様の状況でね。薬の奪い合いになってるんだ。少し離れた南方の国へ使者を立てて、薬を買い入れられるようにしてきたんだ。だからこれからは薬が不足するようなことは無くなるよ」

アーチボルト殿下は遮るように明るく言った。

「そうですか。それは良かったです。女王様も樹液の採取ができるようにしてくれましたし、もう大丈夫ですね」




ザァッと急に冷たい風が吹き抜けて、裏庭のマーロの木の枝を揺らした。




「……申し訳ありません。殿下。私は殿下との婚約のお話をお受けできません」

私はようやく一番大事な話を切り出すことが出来た。







ここまでお読みいただいてありがとうございます。

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