二人の王子様
来ていただいてありがとうございます。
叔母の家に身を寄せて五日ほど経ったころ、王都の外れにある叔母の家にアラゴ王国の第三王子様が訪ねてこられた。もちろんお忍びでね。何故か隣国アベンチュリン王国から留学してきている王子様ユースティン殿下も一緒に。
「アーチボルト殿下、ユースティン殿下も?どうしてここに?」
二人一緒で仲が良いんですね。
「学園で君の話を聞いてね。多分ここにいるだろうと思ってね」
アーチボルト殿下は叔母様の家の応接室でソファに座り、お茶を飲んでいる。ユースティン殿下にも勧めたけれど、黙って首を振った。ユースティン殿下は窓の近くに立ってこちらを見守っている。
「アレックスには感謝しかないな本当に。君を開放してくれて。ねえ、学園に戻っておいでよ」
「え?」
アーチボルト殿下の言葉に私はとても戸惑った。
アーチボルト殿下は三年生だ。私は二年生だから本来なら接触はないはずだった。しかも私は貴族でもないし。
事の始まりは、王都の学園の入学式。やたらキラキラした二人組の男子生徒に声をかけられたのだ。
「君がエバーグリーン家の跡取り?」
「マーロの樹液みたいな髪……。それにマーロの葉みたいな瞳……」
「えっと……」
「ああ、初めまして。僕はアラゴ王国の第三王子、アーチボルトだよ」
薄い金色の髪に菫色の瞳の綺麗な方だ。
「……私はアベンチュリン王国のユースティン。私も新入生だ」
この方も黒髪、白皙の肌、翡翠色の瞳の涼やかな美男子だ。
王子様達だった訳なんだけど、どうして私に声をかけてきたの?
「え?!あ、は、初めまして……エルシェ・エバーグリーンです。よろしくお願いいたします」
私が膝をつこうとしたら、殿下達に止められた。
「ここは学園だからそんな風にしなくていいよ」
アーチボルト殿下はにっこり笑われた。気さくでお優しい方だった。隣にいるユースティン様は目を細めていらっしゃる。視力が悪いのかしら?ちなみに私の髪色はどちらかというとマーロの木の幹の色の方が近いの。暗めの茶色なのに。
それからは、王子様達に度々話しかけられるようになった。
「学園には慣れた?」
とか
「勉強を見てあげようか?」
とか
「マーロの木には綺麗な花が咲くよね、知ってる?」
とか
「マーロの木にはククリがよく巣がけるよね?」
とか……?
えーと、アーチボルト殿下は普通に明るくて優しくて親しみやすい方。いつもみんなに囲まれて笑ってるような方ね。
ユースティン殿下は……マーロの木が好きなのかしら?面白い人だわ。ちなみにククリは森で見かける灰褐色の小鳥の名前ね。ユースティン殿下は物静かであまり表情が動かない人だけど、時々ふわっと笑った時の顔が印象的だった。
私は今、叔母の店を手伝いながら就職先を探しているところなの。叔母の家は決して裕福な訳ではないから少しでも早く自立しないといけないのよね。だから、王都の貴族たちが通う学園の学費なんてとても払えないのだ。当然、退学届けは提出済みで戻れるはずがない。アーチボルト殿下は何を仰ってるのかしら?
「アーチボルト殿下、申し訳ありませんが私はエバーグリーン家を出されておりますので……」
「大丈夫だよ。学園には奨学金制度もある。君の退学届けはまだ受理されてないしね」
そう言って殿下は胸ポケットから折りたたまれた書類を取り出した。
「私の……、どうして……」
退学届の用紙だった。
「うん、僕が止めておいたよ」
アーチボルト殿下はにっこりと笑われた。
「でも、私は奨学金をいただけるような成績ではありませんので」
正直学園での勉強は私にはちょっと大変だった。何とか頑張って真ん中程度の成績だったわ。
「奨学金制度には、後で返済するものもある。そちらはまあ、借金ということにはなるけれど将来働いて返していけばいいんだし、学園で評価される研究を発表できれば返済が必要なくなることもある」
どうしてアーチボルト殿下はこんなに復学を薦めて来るんだろう?私は少し不審に思った。
「うーん。わかったよ!ちゃんと説明しよう」
あ、顔に出ちゃってたかな?殿下は少し困ったように笑った。
「エバーグリーン家とマーロの契約」
「「!」」
殿下が知ってる?どういうことなの?
むかしむかし
それはそんな言葉で始まるような昔ばなし。
その頃はまだエバーグリーンの家は無かった。のちの初代当主となる少年が妖精の世界へ迷い込んだ。
そこで出会ったのはマーロの木の精霊、木精のお姫様。
弱っていた少年にマーロのお姫様は栄養のある樹液を飲ませて彼を救った。少年はとても感謝し、やがて二人は愛し合うように。
けれど少年は人間の世界に病気の年老いた母を残してきていることを伝え、人間の世界へ帰って行ってしまった。マーロの樹液を持って。
彼が恋しいお姫様は人間の世界へ彼を追って行った。
少年は驚いたけれどとても喜んだ。二人は結ばれ仲良く暮らし始めた。二人はエバーグリーンの姓を名乗り始めた。
けれど精霊と人間ではそもそも寿命が全く違う。愛する夫に先立たれたお姫様は嘆き悲しんだ。
そして妖精の世界へ帰っていったのだ。一つの約束をして。
「この地のマーロの木に祝福を与えましょう。エバーグリーンの子らのために。その血がこの地にある限り。とこしえに」
これが現在まで続いていたエバーグリーン家に代々伝わるお話。私はこの話をお母さまから聞かされた。他の人には絶対に話してはいけないと言われて。私の母も、今隣に座ってる叔母様も、私の祖母、つまり二人のお母様から同じ話を聞かされてるはず。
そう、エバーグリーン家の土地は木精のお姫様の祝福があったから他の土地よりも豊富な樹液が採れたのだ。でも、当主が唯一血を継ぐ者をその土地から追放してしまった。アレックスはやらかしたのだ。お父様も何を考えて自分の死後はアレックスに全権を委ねるなんて書類にサインをしてしまったのだろう……。まあ、でも樹液が普通の量しか採れなくなるだけで、今すぐに没落するなんてことは無いだろうから大丈夫でしょうけど。
私は叔母様と顔を見合わせた。先に口を開いたのは叔母様だった。
「恐れながら、殿下はそのことをどのようにお知りになったのですか?」
そう、他の誰かが知ってるはずがないのだ。エバーグリーンの直系または当代の当主にしか口伝されず、口外すれば契約は失われてしまうという約束だった。
エバーグリーンの直系は今は叔母様と私だけ。叔母様はすでにお嫁に行ってエバーグリーン家の土地を離れている。そして今回私が当主にエバーグリーンの家を出されてしまったので、木精達がマーロの森を守るという契約は終わってしまったのだ。
「誰かから聞いた訳じゃないんだ。推測しただけなんだよ。エバーグリーンの家の土地のマーロの森だけが豊富な樹液量を保持している。他の土地ではそうでもない。そして僕には昔から不思議なものが見えてね……。以前一度訪れたエバーグリーンのマーロの森には、不思議な光が飛び交っていた」
「!」
そう言えば、昔王家の視察とかで家が大騒ぎになったことがあったような……。その時にアーチボルト殿下もいらしたのね。そして殿下にもあの子達が見えていたのね。
「そして、ここへ来る前にエバーグリーン家のマーロの森へ寄って来たんだけど、あの光はもうどこにも無かった。」
そう、契約の終了と共に妖精界へ帰ってしまったから。
「ここにいる数体の光以外には……」
叔母様がふうっとため息をついた。殿下は私について来た木精達の姿も見えてるのね。
「つまり、あの光がエバーグリーン家のマーロの森、そして豊富な樹液の秘密なんじゃないかって思ったわけさ。そして今はエバーグリーン家ではなく、君にその秘密が移ったんだろうってね。君にはこの国に留まってもらいたいんだよ、マーロのお姫様」
この時、外を眺めていらしたユースティン殿下がこちらを振り返られた。珍しく、驚いたような顔をなさっていた。
「……………………はい?」
アーチボルト殿下は何を仰ってるのかしら……?
ここまでお読みいただいてありがとうございます。