幻雪の夜
来ていただいてありがとうございます。
雪がちらちらと降り続いてる。今はお昼休みなんだけど、私はぼーっと裏庭のベンチに座っているの。気にしないようにって思ってるけど、やっぱりマーロの森がどうなるかが心配。それにちょっとホームシックなのかしら。家にはもう家族は誰もいないっていうのにね。不思議だわ。帰りたいって思うなんて。義妹やお義母様のことはともかく、あの森や家は私にとって大切な場所だったから。
『エルシェ ユキツモッテル』
『エルシェ ゲンキナイ』
木精さん達が周りを飛び回ってる。
「大丈夫よ」
いけない。心配をさせてしまったみたい。頭や肩の上の雪を払って、私は木精さん達に笑って見せたわ。あれ?木精さんの数が足りないわ。妖精の世界に戻ってるのかしら?契約に縛られてなければ、こちらの世界とあちらの世界を割と簡単に行き来できるみたいなの。夏に私が王家の直轄領のシンリーンに行っている間は、木精さん達は妖精の世界へ帰っていたって言ってたわ。
「妖精の世界ってどんなところなのかしら?」
小さい頃から何度も聞いた質問を、私はぼんやりと呟いた。
『モリ』
『キラキラ』
『シズカ』
『キレイナオトスル』
『ニジ』
あ、いなかった子達が帰って来たわ。どこへ行っていたのかしら?みんなで私の独り言に答えてくれてる。みんないい子達ね。面白いのが聞くたびに色々な答えが返ってくることなのよね。
「森があってキラキラ光ってて静かだけど綺麗な音がして虹が架かってるの?」
私はベンチの上で膝を抱えた。前に聞いたら大きな澄んだ湖があったり、険しい雪山があったり、降ってくるような星空の世界だったりしたわ。
「何だか素敵ね。私も行ってみたいわ……」
とっても薄いけど私にもマーロのお姫様の血が流れてるのよね?遠い遠いご先祖様か……。どんな方なのかしら?勝手なイメージだけどお母様みたいな感じかなって思ったわ。
「マーロのお姫様にも会ってみたい……」
「エルシェ……、そんな風にしていては体が冷たくなってしまうよ。君の体に良くない」
「…………ユースティン様?何だかお久しぶりですね……」
私はユースティン様を見上げて立ち上がろうとしたけれど、何故だか体がうまく動かなかった。ユースティン様は心配そうに私を覗き込んだ。
「エルシェ?大丈夫か?」
「えっと、はい、だいじょうぶです」
少し頭がぼーっとするだけで……。
急に頭がクラっとして、ユースティン様に寄り掛かってしまった。駄目だわ、私は慌てて体制を直した。
「すみません……教室に戻ります……」
もうすぐ午後の授業が始まっちゃうから……。今日はちょっと食欲が無くて食堂へは行かなかったのよね……。
「顔が赤い。熱があるみたいだね」
ユースティン様の手が私のおでこにそっと触れた。冷たくて気持ちいいわ……。
私は結局医務室へ連れて行ってもらったの。学園に常駐してるお医者様の見立ては疲れと風邪だった。午後の授業をお休みして寮の自室へ戻ることにしたわ。ユースティン様は寮の入り口まで送ってくれたの。やっぱりお優しい方なのね。困っていればきっと誰にでも……。
「熱を出すなんて久しぶり……」
私は処方されたお薬とマーロのシロップのお湯割りを飲んでベッドに入った。
「マーロの樹液、ずっと飲んでたのに。効かなかったのかな……」
「……ふ、…………」
今何時かしら?もう部屋の中は真っ暗だわ。窓の外を見ると雪が強くなったみたい。窓枠に積もって来てる。体が熱くて重い……。視線を動かすのもだるい気がするわ。熱が更に上がっちゃったのかしら。あら?部屋の中にぼんやりと光るものがある。
「……ユースティン様?」
「大丈夫?最近は随分頑張っていたから疲れが出たんだね、きっと。それに家の事でも心労があったから」
ユースティン様が水差しの水をコップに注いで飲ませてくれた。
暗い部屋の中、ユースティン様が枕元の椅子に座っている。木精さん達もいるわ。ああ、これはきっと夢ね。だってユースティン様が女子寮にいるはずないし、ユースティン様の髪は白緑青色でもないし、光ったりもしないもの。心細いから、都合のいい夢を見てるのね。でもちょうどいいわ。ずっと聞きたいことがあったのよね。
「ユースティン様、私の事避けてましたよね?」
「……それは……ごめん」
ユースティン様は俯いた。やっぱり、そうだったんだ……。どうりでお話したくても全然会えなかった訳ね。胸がずきんと痛んだ。でもお話できないのなんて本当は当たり前の事よね。だって私は平民で、ユースティン様は王子様ですもの……。今までがおかしかっただけ。
「すみません。少し馴れ馴れしくしすぎてしまって……今後気を付けます……」
「違うっ!」
ユースティン様は声をひそめた。
「違うんだ……」
ユースティン様は私の手を握り締めた。
「君は、君には人間の方が……。アーチボルトと一緒の方がいいと思ったんだ……」
「アーチボルト殿下?ふふっ人間って、お二人とも王子様ですよ?私は平民ですし……。でも私はユースティン様のことが好きですけれど……」
「……っ!」
あ、口が滑っちゃったわ。でもいいか、どうせ夢だし。ユースティン様とお話しできた日はずっと幸せな気持ちだったことに最近気が付いたのよね、私。叶わなくても思ってるだけならいいわよね……。
「私もエルシェのことが好きだよ……」
そう言ってユースティン様は私の手やおでこに口付けたの。妙に現実っぽい夢だわ、でもとても幸せな夢。そんな風に思いながら私は再び眠りに落ちたの。
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