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木精さん

来ていただいてありがとうございます。



秋はもう終わりに近づいて、落ち葉がカサカサと音を立ててる。あれからアマンダは何も言ってこないし、平和でいいわ。勉強に集中できる。それにしてもちょっと風が冷たくなって来たわね。温かい飲み物が恋しくなってきたわ。温かなミルクティーにマーロの樹液のシロップを入れると美味しいし、風邪も引きづらくなるのよね。クローバー学園の食堂にはマーロのシロップが各テーブルに常備されていて使い放題なの。私は裏庭のベンチにミルクティーのカップを持って行った。


『エルシェ』

『アマイニオイ』

『ソレホシイ』


「どうぞ」


私が少し冷ましたカップを差し出すと、木精さん達が寄ってきて一緒にシロップ入りのミルクティーを飲んだ。ついでに厨房を借りて作らせてもらった焼き菓子のお皿もベンチに並べた。学習発表の時にお願いしたら空いた時間に厨房の道具を貸してもらえたの。お礼にマーロの樹液を使った郷土料理のレシピと作ったお菓子をお渡ししたらとても喜んでもらえて、それ以来ちょくちょく空いた時間に隅っこで料理をさせてもらえるようになったのだ。


「いいにおいがする」

すぐ後ろからかけられた声にちょっと驚いて振り向くと、ユースティン様がベンチの背もたれに手をかけてこちらを覗き込んで来てた。

「ユ、ユースティン様っ!ご、ごきげんよう」

わあ、綺麗なお顔が近いわ!私は慌てて立ち上がろうとしたけれど、ユースティン様に肩を押さえられてしまった。これじゃあ立ち上がれない。


「隣に座っても?」

「もちろんです!良かったらお菓子もどうぞ」

「……いいの?嬉しいな。ありがとう。エルシェの学習発表の時はちょうど自分の時と重なってしまって行けなかったから」

そういいながら、ユースティン様はお菓子をつまんで口に入れた。一応毒見というか味見はしてあるけれど、王子様に食べてもらってもいいのかしら?でも、勧めないのも変な感じよね?


「……うん美味しい」

ユースティン様は目を閉じてゆっくり味わってる。そこまでされてしまうとちょっと恥ずかしい……。だってユースティン様は王子様だからいつももっとずっと美味しいものを食べてらっしゃるはずだもの。

「優しい味がする。元気をもらえるような」

「それ、母から教わったレシピなんです。褒めていただけて嬉しいです」


『ヤサシイアジ』

『ユースティンスキ』

『ユースティンソレスキ』

『ユースティンエルシェスキ』

『エルシェオイシイ』

『ユースティンエルシェオイシイ?』


「なっ!」

「あははっ、みんななんだか変な言葉遊びをしてますね」

「……そうだね」

どうしたのかしら?ユースティン様お顔が少し赤いわ。風邪かしら?もしそうなら後でマーロのシロップ入りの薬茶をお持ちした方がいいかもしれないわ。



私について来てくれた木精さん達は小さな子どもみたいだわ。妖精の世界へ帰ってしまった木精さんは大人っぽい言葉を使う子達も多かった。そして物知りでいろいろなことを教えてくれた。みんな姿は変わらないように見えるから、年齢は良く分からなかった。ちなみに木精さん達は光の球体のよう。アーチボルト殿下がご覧になってるのはこの姿ね。そしてよく目を凝らすと羽の生えた三頭身くらいの人みたいに見えるの。ユースティン様にはここまで見えていらっしゃるみたい。アーチボルト殿下も木精さん達を見えるし、ユースティン様にいたっては話もできるなんて!本当に驚いたわ!


「それと……これは、ローヌの木の実が入ってるよね?」

「え?すごい!よくおわかりになりましたね?」


ローヌの木はマーロの木の生えてる場所に一緒に自生してることが多い木なの。マーロとローヌは兄弟とか恋人同士の木とか言われることがあるくらい仲良しの木だと言われているわ。マーロもローヌも春には花を咲かせて秋には実をつける。マーロの木の実は食用には向かない。野鳥はよく食べるけれど。やっぱりマーロは樹液が一番の特徴だ。そしてローヌの木は樹液はほとんど出さないけれど、その木の実は食べることが出来る。ローヌの木の実の皮をむいて中身を粉にして料理やお菓子に使うの。独特の風味があって香ばしくてとても美味しいのよ。


この王都やエバーグリーン家の森以外ではあまりローヌの木の実を食べることは無いみたい。だから、ユースティン様に言い当てられて私はとても驚いたわ。


「ローヌの木の実はとても美味しくて栄養があるんです。以前木精さんが教えてくれました。母も多分木精さんに教えてもらったんだと思います。食べる人はあまり多くないみたいですけれど私はローヌの木の実が大好きです!」

「!…………そう」


「ユースティン様?やっぱりお顔が赤いみたいですね。熱があるんじゃないですか?私、薬茶をお持ちします!」

立ち上がろうとした私の手をユースティン様が掴んだ。

「い、いやっ……」

「あ、それよりも室内へ戻られた方がいいかもしれません。ここは風が冷たくなってきましたし」

日が傾きかけて、裏庭は日陰になって少し肌寒くなってきていた。


「エルシェ!大丈夫だ。私は何ともないよ。それより少し私の話を聞いて欲しいんだ」

「ユースティン様?」

私はユースティン様の真剣な表情に、ベンチに座り直していた。


「…………私は、その……」

「?」

そのままユースティン様は固まったように動かなくなってしまった。

「ユースティン様?」

「……実は私は」


「また、エルシェを独り占めしてる!駄目だよユースティン!君には婚約者がいるんだろう?」

「アーチボルト……」

「アーチボルト殿下」

殿下は裏庭に出る扉の近くに佇んでいた。その目にはいつもと違って少し冷たい光が宿ってるように思えた。


「エルシェ、そろそろ寮の門限の時間では?寮監のマダムに叱られてしまうよ?」

「あ!いけない!!」

日が短くなってきて、門限が早まったのを忘れてたわ!私は慌ててベンチの上のカップとお菓子を片付けた。

「ありがとうございます殿下!すみません、ユースティン様!お大事にして下さいね。お話はまた今度」

「ああ、また明日ね」

「はい。失礼します」


私はお二人にご挨拶して寮へ走った。一度だけ振り向いた時、ユースティン様がアーチボルト殿下と何か会話してから校舎へ二人で入っていくのが見えた。門限には何とか間に合った。



ユースティン様は私に一体何を言おうとしてたのかしら?









ここまでお読みいただいてありがとうございます。

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