突然の
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「エバーグリーン家の新たな当主として、エルシェ・エバーグリーン、君に婚約破棄を申し渡す!」
突然の父の他界。その葬儀が終わった後に広くはない屋敷の応接室に親戚が集まっている。皆の前でそう告げたのは私の婚約者のアレックスだ。
「え?本気なの?」
私が戸惑いながら尋ねるとアレックスは続けた。
「当然だ!すでに手続きは済んでおり、僕がこの家の新当主だ。僕の言うことに従ってもらう」
え?いつの間に?手にしている書類を見せてもらったけど、正当な物のようだ。
「残念だよ。エルシェ。王都の学園に在籍しながら、君は大した成績を残せていない。君の義妹であるアマンダの方がずっと優秀だ」
いやまあアマンダは確かに成績はトップですよ?地元の学校ではね?一方私はお父様の命令で十五歳になると王都の全寮制の学園へ入学させられてた。超エリート、超英才教育の貴族の子女が在籍する学園なのよ?成績は並みでも褒めてもらいたいくらいなんだけど……。
「そして、アマンダは美しく、優しく、屋敷の者達の信も厚い。正に当主夫人に相応しい」
ここでアレックスはアマンダの手を取って、引き寄せその肩を抱いた。
「アレックス様……!そんなに仰ってはお義姉様がお可哀そうですわ」
ああ、アマンダそれ泣き真似なの知ってるからね。まあ、いいけど。
幸せそうに見つめ合う二人に一応反論してみる。
「でも、お父様は私とアレックス、貴方の二人でマーロの森を守るように仰ったのだけれど」
アレックスが私を冷たい目で睨んできた。
「努力の足りない君より、僕をずっと助けてくれていたアマンダの方がこのエバーグリーンの家を守っていくのにずっと相応しいんだ!先代もきっと分かって下さる」
いやいや、アレックスとアマンダ、そしてお義母様が私を仲間外れにして家のことに関わらせないようにしてきたからでしょ?それ。まあ、それもどうでもいいけれど。そういえば私の王都行きを強く薦めてきたのもお義母様だったわ。私がいない間に親戚に根回ししたのもきっとお義母さまね。みんな当然みたいな顔してるもの。中には酷く驚いて困惑してる人もいるけど、その人は知らなかったのね。
エバーグリーン家は爵位すらないけれど、代々このアラゴ王国の主要産業の一つである樹液を生み出す、マーロの木の群生地を管理する家だ。このマーロの樹液はとても栄養があるだけでなく、様々な効果のある薬のもとになるものでとても高値で取引される。透き通った黄金の樹液は太陽の光を集めたように輝く。その樹液を煮詰めたものは更に深い金色になり、『マーロの金の雫』と呼ばれている。王国は他の土地でもマーロの木を植えたけれど、このエバーグリーンの土地のようには豊富な樹液を出すことはなかった。それには理由があるんだけど、その理由は代々当主にしか知らされない。多分アレックスと私が結婚した後でお父様は彼に知らせるつもりだったんだろうけれど……。
お父様は義妹のアマンダを溺愛していたけれど、私をエバーグリーン家の跡取りから外すことはしなかった。父はこの家に婿入りしたので、エバーグリーン家の直系は私だけだから。お父様は私が十歳の時に婚約者だといってアレックスを家に連れてきた。
そんなお父様も先日亡くなった。私は王都にある全寮制の学園にいて、お父様の馬車の事故の知らせを受けた。急いで家に戻ったけれど、結局生きてるお父様には会えなかった。葬儀には間に合ったけれど、そういえばお父様と最後にお話ししたのはいつだったかしら……?思い出せないくらいには関りが無かったのよね。その葬儀も終わって、色々な手続きに追われるのかとうんざりしてるところに先ほどのアレックスの言葉だ。
「では、本当に婚約は破棄ということですか?」
私は念を押す。ここは重要だ。もうアレックスはエバーグリーン家の新当主なのだから。
「くどいぞ!僕にしがみつくのはやめてくれ!君にはこの家を出て行ってもらう!君がいるとアマンダが肩身の狭い思いをするからな!」
その瞬間、私の見ている世界がパァッと一段明るくなったような気がした。
『ケイヤクノシュウリョウ!』
『カイホウサレタ!』
そんな声が聞こえたの。心躍るような気持ち!
七歳の時にお母様が亡くなって、新しいお義母様と私と一つしか違わない義妹がやって来た。それから始まった嫌がらせや無視。何故かお父様まで。ずっと曇ってた空が今、晴れた!
嬉しい!嬉しい!うれしいっ!!
『ヤットジユウニナレル』
「了承いたしました。婚約破棄を受け入れ、この家を出ていきます」
私は極力悲しそうな表情をつくって、荷物をまとめるべく応接室を出た。
私が自室で荷物をまとめていると、母の妹である叔母が入って来た。叔母も父の葬儀に参列してくれていたのだ。
「アレックスは愚かね。あなたのお父様に言われたことを忘れてしまったのね」
叔母はため息をついた。アレックスの宣言に驚いていた数少ない親戚の一人だ。
「そのうちに 自分の間違いを思い知ることになるわ。エルシェ、今までよく頑張ったわね。やっとお姉様との約束を果たすことができる。何もしてあげられないけど、お姉様の忘れ形見のあなたと一緒に暮らせるのは嬉しいわ。うちへ来てくれるわね?」
「ありがとう。叔母様。しばらくお世話になります」
母の妹である叔母は小さな商家に嫁いでいたけれど、旦那様とは死に別れてる。今は細々と商いをしながら、旦那様が遺してくれた財産で慎ましく暮らしてる。家であまり良い扱いを受けてない私に、自分を頼るようにずっと言ってくれていた。まあ、でも酷くいじめられてるわけでもないし、衣食住は一応確保できてた。食事内容が家族と違うこともよくあったけど……。学園にも行けたし問題は無かった。今までは。まさかいきなりお父様が亡くなって、家を出されるとは思わなかったけど。
翌朝、叔母と一緒にエバーグリーンの家を出ていくことになった。十七年間。住み慣れた小さな屋敷を振り返る。屋敷の後方に広がるマーロの森。そこからたくさんの光達がこちらへ向かってくる。
『イコウ!ワタシタチハジユウダ』
そんな声が聞こえてきて、光達が私に触れてくる。そして空高く飛び上がり消えていった。
「今までありがとうございました」
私は屋敷と森に向かって一礼した。
「さあ、行きましょう、エルシェ」
「はい。叔母様」
私は叔母様の馬車に乗せてもらってエバーグリーン家を、そしてマーロの森を後にした。
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