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馬帰る

 王都を出て3日、俺たちは一路「始まりの街」を目指している。

 何故だか俺が一行の荷物運搬を多めに担当しているのが気になるが、行程そのものは順調といっていい。明日か明後日には最初の目的地に到着するだろう。

 俺たちはそこでフォーメーションや連携を試していく。そしてもうひとつ、勇者ハーツが『聖剣の祠』に行って『真の勇者認定』を受けなくてはならない。あのサイテー男が聖剣を引き抜けるのかどうか、若干の疑問はあるが駄目なら駄目で俺はOKだ。早く帰りたい。


 その晩、久しぶりに小さな集落でちゃんとした宿に泊まることができた。

 他のメンバーから遅れること2時間、俺は村の(おさ)への挨拶を済ませて宿に戻った。

 こういう地道な手続きも俺に押しつけられている。これっていじめじゃないのか。

 

 まあ、とりあえずホッとして宿の食堂で一人、飯を食うことにした。

 東の国から伝わる料理で『トーフ』という豆を原料にした料理だ。

 このトーフにバジルを中心とした香草で味付けをしたヘルシーな一皿、美味い。ハフハフ。


 …と、ゆっくり味わう暇もなく、長い顔の男に声をかけられた。

 もちろんこの顔には見覚えがある。宰相ギニョールだ。

「宰相か。いいのか?そんな姿で出歩いて」


「村の人間は宰相の顔なんか知らない。勇者パーティに会わなければ大丈夫だ。彼らは酒場に行ったよ」


「なるほどな。宰相殿もその姿でないと大したものは食べられないだろうからな」

 ギニョールはこの旅の間は勇者の竜馬(ドラゴンホース)『カク』として同行している。まあ、ホントの姿はその馬の姿らしいのだが。


「ハーディ、食事でここに来たわけではないのだ。一緒に会ってほしい者がいてな」


 珍しく低姿勢のギニョールに俺は逆に警戒を強めた。

「いや、遠慮しておく」


「ここに呼んでいいか。そうか。おい、入ってこい」

 

「…今俺はけっして低姿勢でお願いされたわけではなかったのだな」

 ここのところ常に勝手に話が進んでいく。



 などと不機嫌な顔をしていたら食堂に入ってきた顔を見て驚いた。

 ギニョールそっくりの馬面がもう一匹、いやもう一人。


「私の弟のカクだ」


「カクです。その節はご迷惑を」


「つまり勇者に愛想を尽かして逃げた…」


 カクがモジモジした。

「お恥ずかしい。ウマが合いませんで」


 俺もギニョールも黙る。一呼吸して本人が呟く。

「ウマだけに」


 一気にトーフ料理が冷めたような気がするが、ギニョールは俯いて肩を震わせている。


「なるほど。兄弟に間違いなさそうだ」

 俺は納得した。

「で、どうする。元に戻るのか」


 カクは真面目な顔のまま言う。

「はい。お国の一大事を放り投げてしまったこと、反芻しています。一時の気のうまよいとはいえ」


「…今後は馬力を出して頑張りホーす。ウマウマとう魔王を王都に近づけはしうません」


 カクはそこまで言って、ポツリと付け加える。

「ウマだけに」


 どこが面白いのかさっぱり判らないが、ギニョールは全身をワナワナと震わせて耐えている。

「宰相、あんたはそれで構わないのか」


「…スーハー・スーハー。う、うむ。本人がそう望むなら、他ならぬ弟の覚悟だ。尊重したい。ところで、ハーディ。お前は今までどこに行っていたのだ」


「…この村の村長のところだ」


「そんちょうか」


「それがどうした」


「私は!弟の覚悟を…尊重する!」

 ギニョールが俺を正面から見て、口元を引き締め、キッパリ言った。


 また静寂が訪れる。真っ赤な顔の弟カクは上を向いて震えているが、ついに息が漏れる。

「ぷっ」


 …もう嫌だ。俺の周りは何で変な奴らばかりなんだ。

「ギニョール、黙って交替すれば誰も気がつかないだろう。何で俺に言うんだ」


「弟の逃亡以来、いくつか事件や今後の討伐についての注意事項があっただろう。カクがまだ判っていないことをフォローしてやってくれ」


「特別手当は出るんだろうな」


「…もちろんだ。生きて帰ってくればな。お前と弟の帰投を心から祈っている」


「兄さん、ありがとう」


「うむ。祈っている。帰投を」


「帰投を?」


「祈祷している」



「ぐふっ。うぷぷぷぷ」

 カクが後ろを向いて壁を叩きながら震えている。勝手にやっていてほしい。

 こんな馬鹿なことをやっているうちにせっかくのトーフ料理が冷めてしまう。バジルの風味も先ほどより薄くなった気がする。


「もういいから、食事をさせてくれ!話はわかった。ボーナスを忘れるな!」

 俺はこの会話につきあいたくなくて、話を打ち切ろうと大声を出した。


「ハーディ、食事中に大声を出すのは品がない」


 ギニョールの指摘にカクも同意する。

「そう、ヒンが、ヒン、ヒン、ヒヒーンがない」


 カクの視線もギニョールの眼差しも俺の顔を真っ直ぐ見ている。こっち見んな。


「ウ、ウ、ウマだけに。ぷーーーっ」

 

「…」

 俺は頭を抱えた。こいつがパーティに加わるのか。


 頭を抱える俺のテーブルの横でギニョールも、そして言ったカク本人もテーブルに突っ伏して震えている。

「ぶふっ」「ぶははっ」



 …俺は再び『バジルトーフ』を口に含みながら、あえてこいつらの話を聞き流すことにした。

 馬耳(バジ) ()東風(トーフー)だ。ウマだけにな。


「ぷっ」感染った。 


 王都を出て3日、宰相ギニョールは一行から離脱。元々の勇者の竜馬(ドラゴンホース)カクが合流した。

 ただしこの交替を知るのは当事者同士と魔法使いハーディのみ。まだ冒険は始まらない。

 もしかしたら始まらないのかもしれない。始まればいいのだが。

 作者さえ心配している。







 

読んでいただきありがとうございました。

最終回の前に超くだらない話を…とどうしても入れたくなって、こんな話です。

間もなく(たぶん1~2時間後、きっと)最終回を投稿しますのでそちらもぜひ!

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