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泣くな 僕らの魔法使い

 ついに魔王討伐への旅に出発する日が来てしまった。

 王宮の広間に勇者のパーティが勢揃いし、国王と謁見する儀式が開かれようとしているのだ。

 俺の心は晴れがましい気分で満たされている…わけがない。

 出発までの数週間で起こったことを思い返せば、不安と鬱を荒みじん切りにして皿に盛り、倦怠感と不信感のソースがこってりかけられた料理を腹も減ってないのに大盛りで出されたような気分だ。

 すでに胃もたれしている俺はあらためてメンバーを見渡す。


 先ほどから長々と続く副宰相グニュールの訓示の前で居眠りし、(よだれ)をたらしている俺の隣の奴が賢者という名の穀潰しだ。今朝も寝坊をして俺が身支度を手伝ってやることで時間ギリギリ間に合ったという体たらくだ。出発間際に寝惚けて「ねえねえハンカチがないよ。おやつはいくらまでなの」とか言いやがった。俺はお母さんかい。


 前列の勇者ハーツは何だかニヤニヤしながら侍女の方をチラチラ見て、時たま下手なウィンクなんかしてやがる。こいつホントに懲りないな。女たらしで嫌なタイプの誇大妄想癖がある男だ。近所迷惑という概念を人の形にして勇者っぽい服を着せたらこいつになる気がする。この男がパーティのリーダーというのは悪い冗談にしか思えない。


 賢者の逆、俺の右隣で理由はよくわからないが俺のマントの端を握っているのが『聖女』で変態女のモニークだ。すべての動物の糞がいつからどこにあるのか判るという世の中で最も役に立たない能力者だが、これを『能力』と言っていいものなのか。時折マントを引っ張ってくるので、俺がそちらを向くと頬を赤らめてニコリと微笑む。授業中の中学生カップルか。


 その横で鼻くそをほじっているのが戦士バロン、俺はこいつに絶対的な不信感がある。人のいい気配を漂わせながら、訳のわからない石のついた指輪を高額で買わせやがった。何でそんな口車に乗ったのか未だに不明だが、絶対許さない。コンニャロメと思って今朝王宮前で会うなり怒鳴りつけたら、昨日と同じく目の前がチカチカした。そしてまたしてもいつの間にか『幸運の壺』というのを奴に売りつけられ、やはりいつの間にかそれが俺の手元に置いてあるのだ。どういうことだ。


 ついでに最後方に勇者の乗る竜馬(ドラゴンホース)の『カク』…実は宰相ギニョールが王宮の柱に繋がれている。先ほど厩舎から俺が連れてきたが、馬のくせに「口輪(くちわ)はいらん」とか「威厳をもってもっとゆっくり歩け」とかエラそうにコソコソ指示をする。第一秘書官ヒーシャがしれっとした顔で横を歩いてついてきた。そうだ。こいつはギニョールの嫁だったな。

 あげくに「謁見中はここに繋げ。本来は謁見の間に馬が入ることはないが応急処置だ」と俺を睨む。

 何で俺が睨まれるんだ。それから5秒後に奴は続ける。

「王宮だけにな」


 間が長くて意味がわかりにくい。当然俺は無反応だが、隣の第一秘書ヒーシャは真っ赤な顔で俯いて肩を震わせている。面白いのか、これ。





 儀式の途中で王の側仕えガニャールが顔を出し、王様にコソコソ耳打ちした。

 すると王が立ち上がり、副宰相グニュールの訓示を打ち切って俺たちを見渡す。

「民衆が其方たちからの声を聞きたがっているらしい。応えてやってくれるか」


 バロンが怪訝な顔をする。

「謁見の途中じゃねえですか。いいんすか」


「民衆に応えるのが優先だ。行くといい。そうしなさい」

 この王様、副宰相の訓示に飽きたな。目に涙が溜まってんじゃん。


「あの、王様」


「何だ。魔法」


 …国中かい。

「あの…馬鹿…いや我らの勇者に何かスピーチさせるおつもりで?」


「当然だ。この討伐パーティの盟主ではないか」

 王は真顔で言った。


 勇者ハーツはニヤリと笑って、もう一度お目当ての侍女に向かいウィンクをする。誰に向かって何やってんだ。

「お任せを。偉大なる我が王よ。ドーンとやっちゃってもいいですか」

 何を。


「ハーツよ。頼むぞ。我が国民は魔王の脅威に脅えておる。安心させてやってくれ」

 こいつの何を信じて、どう任せられると思ってるのか、このアホ王。


 ゾロゾロと俺たちは王宮の2階バルコニーへ移動する。民衆が詰めかけて俺たちの言葉を待っているそうだ。そこに向かって勇者ハーツが何か演説するらしい。嫌な予感しかしない俺はそっと列を離れて別室に隠れようとした。


「ハーディ、何処に行く」

 

「わっ、びっくりした!」


 竜馬カクが俺の襟元をバクッと噛んで引き戻した。

「トイレだったら後にしろ。ハーツが馬鹿なことを言ったらお前がフォローするんだ。私はとても嫌な予感がする」

 同感だよ。だから行きたくないんじゃないか。





 2階のバルコニーから下を眺めると、思ったより大人数の人々が王宮前に陣取っている。手にはプラカードがあり『勇者パーティは解散しろ』『勇者は恥知らず』などと書かれている。また何本か(のぼり)が立っており『勇者派遣は税金の無駄遣い』『魔王出現はただの噂。風邪の一種』という文字が見える。いくらか意味不明なものもあるが、要するにこれは反対デモだ。


「なあ、これって…」


 俺が注意する前に勇者ハーツは拡声の魔術道具で民衆に語りかける。

「おお、我が国民よ。我が恋人たちよ。我々の見送りと激励をありがとう。私が希望の光、民衆の希望にしてすべての女性の恋人、勇者ハーツだ。ワハハハハハ、君たちの不安はもっともだが、大丈夫だ。魔王なんてチョチョイのチョイだ。安心したまえ。ブワッハッハッハッハ」

 驚くほど話に中身がないため、群衆も呆気にとられてシンとなった。


 ハーツは人々が自分の言葉に感心しているのだと勘違いしてさらに言葉を重ねる。

「そこの美しい女性よ。多分君は『行かないで、勇者様』と思っているだろう。そう、あなたを残してくのは心残りだが、私は行かなくっちゃいけないんだ」

 第1話で聞いたセリフだ。


 群衆が徐々に騒ぎ始めた。ブーイングが聞こえる。


「おおっ、なぜ旅に出るこの勇者ハーツに君たちの恋の鎖は絡みつくのか。あなたの愛をどうしても断ち切れないこの勇者の剣は何と無力なのか」

 これはこいつの決めゼリフだったのか。ホントに馬鹿なんだなあ。

 …などとボンヤリ見ている場合ではなかった。群衆の罵声が大きくなり、空き缶や野菜クズが飛んできた。暴動寸前だ。


 竜馬カク…ギニョールが俺の横っ腹をつついた。「どうにかしろ」ということか。

 まず俺はバロンに目配せする。バロンが頷いた。


「勇者ハーツにすべてを委ねよ。信じる者は救わ…」

 馬鹿なスピーチで民衆を煽るハーツをバロンが羽交い締めして下がらせた。すかさず俺も押さえ込みに力を貸した。


「むぐっ。何だ、まだ言いたいことが」

 

 俺は賢者ローグに拡声器を渡す。

「おい、下の奴らを静かにさせろ」


「ええっ、こんなにたくさんだと疲れちゃうんだけどなあ」

 それでもローグは渋々拡声器を掴んで、バルコニーの前に立った。


「ねえ、ねえ。みんなぁ、静かにしてね。僕たち討伐に行くよ。いい?」

 そして右目のウィンクと口の端ピクピク。

 何かが、恐ろしいことによく判らない何かが発動する。


 ホントに恐るべし、急に人々が静まってボンヤリした顔で頷いた。

「まあ、いいか」「うーん、いいんじゃないか」「それじゃあ仕方ないな」


 ついでだ。俺はバロンにも拡声器を渡す。


「えっとだな。王宮の南口売店で勇者一行グッズを売っているぞ。これで商売繁盛・家内安全・恋愛成就。おまけに風邪を引きにくくなって、はげ頭には毛が生えてくる。ムニャムニャムニャ(個人の感想です)。今なら二個買うと、もう一個が(ただ)になる」

 バロンの緑色の目がギラギラと輝き、広場に光をまき散らした。


 さらに目を虚ろにした民衆がゾロゾロ南口に移動し始めた。

「…買うか」「買おう買おう」「そりゃお買い得だ」「買うしかないな」

 俺たち、やってることは勇者パーティじゃないな、どう見ても。


 何を思ったか、聖女モニークも拡声器を手に取った。

「南口の向こうに猫のウ○コが3つ落ちてるから気をつけてね」

 何だ、この女。

 





「どうにか切り抜けたな」


 ホッとした俺の言葉に賢者ローグが笑った。

「まあハーディは何もしてないけどね」


 何と不本意な。俺が指示しなかったら暴動が起こっていたかもしれないんだぞ。


 だが戦士バロンもニヤニヤしながら頷く。

「まったくだな。この旅のお荷物にならないように気をつけてほしいものだ。ガハハハ」


 勇者ハーツは未だに不満顔だ。

「俺の旅立ちの伝説になるだろうスピーチを遮るとは、まったく空気が読めないにも程がある」


 聖女モニークは俺をかばうように立って首を振った。

「確かにこの魔法使いハーディは大して役には立たないわ。でもそんな言い方ないじゃない。どんな役立たずのロクデナシだって、冒険の旅がハーディを成長させて少しは何らかの働きをしないとも限らないとも限らないわ」


 最後に竜馬カクがいななく。

「ブヒーン。ブヒヒヒヒ」

 肝心なときには喋らないんかい。


 ついに俺も堪忍袋の緒が切れた。俺はパーティ全員の我慢できないところを大声で怒鳴り散らし、喚き散らし、声が枯れるまで非難した。




 それから1時間後の出発、何故か俺は進んで全員の荷物を自分の馬に乗せ、さらに新しい壺をもう一個買い、これで合計二個なのでもう一個只でもらって、益々馬の鞍が重くなっている。

 何かずいぶん不満があって誰かに何かを言ったような気がするが、頭がボンヤリして思い出せない。

 

「なあ、何か俺は騙されていないか。何でこうなっているんだ」


「大丈夫だ。この勇者ハーツを信じろ。信じるものは救われるぞ」

 

「いける、イケる。親友の僕が言うんだから間違いないよ。アハハハハ」


「そうだ。何だったら荷物が軽く感じられる魔法の石もあるぞ。ブハハハ(個人の感想です)


「あっ、ハーディ。そこに馬のウ○コが」


 あう。


「ブヒーン。バフン、バフン。ブヒブヒヒヒヒ」


 うううううううううう(泣)。





 

 

読んでいただきありがとうございます。一応次回「ほぼ最終回」で、後日談として以前投稿した「さらば、愛しき魔王」を少し手直しした短編を付け足して終了にしたいと思います。楽しんでくれる人がいたら嬉しいです。ぜひ!

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