勇者の馬は今何処
魔王討伐の旅へ出発するまで残り3日、俺と戦士バロンは西の平原を2騎で探索していた。
「バロン、見えるか」
常人の5倍ほどの視力があるというバロンにお目当ての馬が見えないか訊ねるが、奴は黙って頭を振った。
この西の平原は魔物が頻出する危険な場所だ。ここで俺とバロンは王宮から逃げ出した馬…竜馬を捜している。今日中に捕まえられなければ諦めて王都に帰還するよりない。
「馬鹿馬鹿しいにも程がある。なぜ俺とお前が勇者の乗る馬を追いかけなくっちゃいけないんだ」
「断ればよかったかね?ハーディ」
戦士バロンは俺の方を向いてニヤリと笑った。
そんなことが出来ないのはわかっていた。俺達はあの馬面宰相ギニョールの無表情を思い起こす。
その2日前、俺と戦士バロンは王宮に呼び出され、宰相ギニョールに命じられた。
相変わらず長い顔だ。馬面というのはこういうことだ…と思ったら用件も馬のことだった。
「勇者ハーツの乗る竜馬が王宮から脱走した。魔法使いハーディ、戦士バロン、二人で西の平原に逃走した竜馬『カク』を連れ戻して欲しい」
「嫌だね」とバロンが即答し、「私の仕事ではないですな」と俺も言った。
「父さん、この人達は自分の業務がよくわかっていないようだね」
いつの間にか俺たちの後ろにギニョールの息子、やはり馬面の副宰相グニュールが立っている。
「勇者パーティの円滑な運営もあなたたちの仕事なのよ、ハーディ」
ギニョールの執務机の陰から奴の妻である王室第一秘書官で馬面のヒーシャが顔を出す。どこから出てきた、この女。
「まあ、そう言わんときなさい。彼らも忙しい身の上じゃわいな」
執務机の前床が開いてギニョールの父親、王家筆頭側仕えで当然馬面のガニャールがうんとこしょと顔を出した。
俺とバロンはさすがに仰天して後ろへ飛び退く。嫌な習性の一族だな。全員要職で変態だ。
だが、この一家が変なのは先刻承知、重ねて俺とバロンは拒否した。
勇者の馬を俺たちが捜しにいく謂れはない。自分で行けって。
旅立ちまであとわずかだ。そんなことをしているヒマはない。ただでさえ俺の家にはろくでなしの『賢者』を名乗る居候が居座っているし、俺の彼女を名乗る『聖女』の皮を被ったウ○コ女が毎日のようにやって来るのだ。何でこの上、他人の馬捜しなのだ。冗談じゃない。馬面のお前ら自身が馬になれ。
「西の平原は魔物多発地帯だ。一般市民では危険すぎる」
ギニョールが相変わらずの無表情で言った。
「なら勇者本人が」
「勇者は乗り物酔いが酷いのだ」
ふざけているのかと思ったが、ギニョールは大真面目だ。
「はあ?」
あまり物事にこだわらないバロンも眼を丸くした。
確かに竜馬は半分浮上して走るために揺れが少なく、知能も高くて乗り手を助ける特性がある。
「勇者は竜馬以外には乗れない。もし普通の馬で出発したら」
俺もバロンも半分呆れて聞いている。乗り物酔いが酷い勇者って聞いたことあるか。
「普通の馬に乗ったら?」
「王都を出る前に嘔吐する」
ギニョールは眉ひとつ動かさない。俺もバロンも凍りついている。
「ぷっ」
奴の一家の面々が真面目な顔を崩さないよう、真っ赤になって震えていた。
草原に冷たい風が吹いている。
馬上のバロンが身じろぎして、手の平をこすりあわせる。
「それにしてもよ、だったら勇者本人が頼みに来るならまだしもな」
「まったくだ。大丈夫なのか、乗り物酔いの酷い勇者が俺たちのリーダーで」
「これで魔王の討伐とか…嫌な予感しかねえな」
バロンがため息をついた。
「おまけに直接命令を出すのがあの変な一家だ」
俺はギニョール一家のことを思い出す。
バロンも苦笑いを浮かべた。
「どうしてアレが王国の要職を独占しているんでえ。王国も長くないんじゃねえのか」
それにしてもギニョール一族は本気なのか。この広い平原で魔物と戦ったり避けたりしながら、一匹の馬を捜すなど無理ゲーにも程がある。
そしてあのセリフの意味もよくわからない。
宰相ギニョールはあの日の最後に言ったのだ。
「悪いな。この問題は…勇者の問題でもあるが家族の問題でもある」
そして口角をあげて「後で会おう」と言った。
あれはもしかして笑顔なのか?
それにしてもこの一家に何度もは会いたくない。心臓に悪い。
「おーい、ハーディ。もう無理だわい。引きあげんか」
異存はまったくない。とにかくここまでやってきて真面目に捜索はしたのだ。文句は言わせない。
だが俺たちが馬首を王都に向けた途端に後方から声が聞こえる。
「やはり見つからないか。すまんね」
俺は慄然とした。あり得ない。何でこいつがここに。
草原の真ん中に宰相ギニョールが立っている。しかも軽装、王宮にいるときと変わらない出で立ちだ。
「な、なんじゃい、お前は。なんでここに。いや、どうやって」
珍しくバロンも動転した声を出した。
「内緒で頼むよ。私の正体はだね」
ギニョールが両肩をグリグリと回すと全身が膨らみ、馬面どころか本当の馬のように顔が伸びていく。
呆気に取られて俺たちが見つめる中、奴は竜馬の姿となった。
その竜馬が俺たちに向かって喋りかける。頭がおかしくなりそうだ。
「逃げたのは私の弟カクだ。やはり捕まらなかったな」
俺はまだ驚きで口が利けない。バロンがしどろもどろに言う。
「…ド、竜馬を平原で捕まえるなんて無理だからな。どういう命令かと思ったが」
「悪かった。我々も探したのだが、この平原は隠れるところが多いのだ」
我々?俺とバロンが周囲をキョロキョロと見回す。
「仕方ないよ。父さん」
その声の方向、俺たちの背後にもう一頭の竜馬が現れ、人間語を発する。
「わわっ!また出た!」
バロンがその場にへたり込む。
「びっくりさせてご免なさいね、ハーディ」
さらにギニョール竜馬の上空から一匹の竜馬が舞い降りて俺に話しかけた。
「こ、この声は」
俺も腰を抜かして尻餅をついた。
「帰っても儂ら一族の正体は黙ってておくれよ」
地面から竜馬がボコボコと這い出てきて、ついにバロンは失禁した。
バロンが着替えている間に俺は俺たちの周囲を取り囲む竜馬…ギニョール一家を見渡す。
「全員が竜馬だったのか」
「一族はそれで昔から王国を支えてきたのだ。だが知能や移動能力は高くても、戦闘能力はそこそこに過ぎない。王国の危機にはお前たちの力が必要なのだ」
宰相の声の竜馬が俺に言う。
「なあ、逃げた弟って言うのはなんで…」
バロンが新しいズボンに履き替えて、どの馬に話しかけようか迷いながら訊ねた。
「よくわからんが、『勇者には幻滅した』というカクの書き置きがあった。お前らに心当たりは?」
やや嗄れた声の竜馬が俺たちを交互に見る。ジジイのガニャールか。
俺とバロンはまた顔を見合わせる。
「俺からは何とも」とバロン。
「まあそのつまり」と俺。
「腕も人間も確かだと思ったんだけどなあ」と副宰相は息子のグニョール。
こいつの人を見る目は完全に節穴だ。
「ちなみに賢者を任命したのは王様と一等秘書官じゃったな」とガニャールじじい。
秘書官は何を見ていたのか。あれはホントにただのロクデナシだ。
「あら、聖女モニークの力を見抜いたのはお爺さまですわ」と一等秘書官ヒーシャ。
歳の甲も何もないな。あの聖女っぽいのは面倒くさいスカトロ女だぞ。
よく考えたら、こいつら揃いも揃って人事権を行使して変な奴らばっかりスカウトしたわけだ。
この先パーティがよっぽど危なくなったら、あの竜馬カクと同様俺も逃げだそうと心に決める。
「なあ、宰相」
「何だ、魔法」
…もうどうでもいいけどね。
「で、どうする気だ。俺たちをここに来させ、そして正体をばらしたということは何を狙っている」
「勇者パーティには私が同行する」
宰相ギニャールの竜馬がきっぱり言った。
「君たちはカク叔父さんを捕まえたという体で、王都に戻れ」
副宰相グニョールの竜馬がバロンを見る。
「悪かったわね。でも一族の秘密と名誉を守るのにはこれが一番いいと思ったのよ、ハーディ」
一等秘書官ヒーシャの竜馬は俺に話しかけた。
「待て待て、王国のことを考えるなら、儂がパーティに同行した方がいいと思わんかね」
筆頭側仕えガニャールの言葉に宰相が首を振る。
「お父さん、そのことは何度も話し合ったでしょう。私が行きます。副宰相グニョールは今王宮改革の大事業を抱え、妻は身重です。そしてお父さんは病身の王から長い時間離れるわけにはいかないでしょう。私が同行することが」
「ふむ宰相が同行するのが?」
「影響が最小です」
ギニョールはまったくの無表情で、そして本当の意味の馬面で言った。
俺とバロンはまったく身動きができない。
「ぷぷっ」
残り三頭の馬が下を向いて震えている。
荒涼たる西の平原、強い風が絶え間なく吹いている。
魔王討伐への旅立ちまで残り3日となった。
読んでいただきありがとうございます。戦士のエピソードのつもりでしたが、宰相一族の話となってしまいました。(多分)次回こそ戦士バロン大活躍の巻です。よろしければぜひ!(多分)来週末までに!きっと多分!