なんと麗し 聖女さま
魔王討伐に向けての勇者パーティ出発まで数日と迫った頃、俺の所に王室から連絡が入った。
パーティの一員である聖女モニークがこの期に及んで出発をためらっているという。
何故俺の所にはこういうややこしい話が持ちこまれるのか。
数日前から賢者ローグという賢者の名を冠した性格破綻のろくでなしが居候しており、いささか俺はノイローゼ気味なのだ。
街の真ん中にある小さな教会の扉を叩く。ここにモニークが閉じこもっているという。
「モニーク、聖女モニーク。魔法使いハーディだ。開けてくれ」
扉の向こうにモニークの気配はある。
「…ハーディ?」
「そうだ。ハーディだ。何かあったのか。話を聞かせてくれ」
「話すことなんかないわ。私のことは忘れて」
「いいや。(俺たちのパーティには)君が必要なんだ。開けて顔を見せてくれ(たら俺は帰れるし)」
「私なんて。…私なんてグズでノロマでちょっと可愛いだけの女よ」
「(何か微妙に腹が立つけど)そんなことはない。君は素晴らしい女性だ(と一応言っとこう)。(俺以外はみんな多分)君のことが大好きだ。俺は聖女への敬愛(よりも面倒くささ)で胸が一杯だ」
「ホントに私が聖女だって信じている?」
いつの間にか街の人間が教会の周囲に集まってきた。
はっ、これは…これじゃまるで俺が女を口説いているかのようだ。しかもフラれかけてる感じの。そういえば周りの人間がニヤニヤして俺を見ている。
「見世物じゃない。こっちに来るな」
「やっぱり私は必要ないのね」
「何を言い出すんだ」
「今『偽物じゃないか。来るな』って。アウウウ、やっぱり討伐なんて行きたくないわ。ううん、生きたくなくなってきた。もう逝きたい」
「モニーク、何を言ってるのか全然判らん」
「ほら、あなたも私を理解してくれないシクシク」
「…面倒くせえな」
「やっぱり」
いかん。今までいろいろ飲み込んでたのに、ついうっかり素直に口に出してしまった。
俺は慌てて言い繕う。
「違うんだ、モニーク。教会の周囲に人だかりがしてきたから面倒だと言ったんだ。君のことを理解したい。中に入れて話を聞かせてくれ」
「もう嫌なの。魔王の討伐なんて絶対無理。行きたくない」
相変わらず扉の向こうからメソメソした辛気くさい声が聞こえる。
「誰もがそう思っているさ。でも誰かがやらないと」
「私じゃなくてもいいじゃない。私、癒やしの力なんてほとんどないのよ」
何それ。初めて聞いた。
「…冗談だろう。君の癒やしはオーディションでも超一流と」
「あれは偶然なの」
「だが倒れた女性が君の与えた水で元気に」
「あの人多分熱中症よ。会場の熱気でフラフラしてただけ」
「…びっこを引いていた老人もスタスタと」
「元々元気なおじいちゃんが若い女の子に触られてテンションがあがったのよ」
「し、しかし何故か血を吐いていた賢者ローグは」
「あいつケチャップライス死ぬほど食べてたわ。只の馬鹿よ」
信じられない。この女が今後我々のパーティの生死を左右するのか。連れてかなくてもいいんじゃないか。他の癒し手でもうちょっとマシなのもいるはずだ。
「…」
「ハーディ」
「うん?」
「今、こいつじゃなくてもいいんじゃないのかとか、他にもっとマシなのがいるだろとか思ったでしょ」
何だこいつ、意外と鋭いな。
「そうよ。私なんていたって足手まといなの。だから別の女を探してよ」
だよな。俺はそっとこの場を離れて立ち去ることに決めた。もう用はない。
そっと扉の前から離れようとしたら、幾分大きめの声がした。
「あっ、魔法使いハーディ」
「な、なんだい。聖女モニーク」
びっくりして危うく転ぶところだった。
「ごめんなさい。言うのを忘れてたわ。あなたの足の裏に犬のウ○コが」
「ええっ」
俺が靴の裏を眺めると本当にウ○コを踏んでいた。
「どういうことだ」
「今、転びかけたでしょ。その時に踏んだのよ。判っていたから早めに言えば良かったのだけれど」
「…何を言ってるんだ」
「やっぱり理解してくれないのね。私なんか、ウウウ」
面倒くさい上にすげえ怖い。
「君は俺が転びかけ、その時に犬のウンコを踏むということを予知していたというのか」
「あなたが『こいつじゃなくて、もっとマシな癒し手を探そう』って思ったときに」
頭に浮かんだというのか。未来予知者じゃないか。並の癒し手なんかよりずっとレアだ。
「モニーク、やっぱり君が必要だ」
「駄目よ。こんな能力役に立たないわ。私なんかに構わないで」
数秒後の未来が見えてくる能力なんて戦闘に使えれば無敵だ。ぜひパーティにゲットせねば。
「君の役に立ちたいんだ。聖女モニーク」
「愛想尽かして帰ろうとしてたくせに。犬のウ○コ踏んだくせに」
ムカ。こいつも性格がひん曲がっている。だが予知能力は捨てがたい。横に置いたら俺の生存率もグッと上がるに違いないな。多少面倒くさいけど。
「なあ、聖女」
「何よ、魔法」
…こいつも。この呼び方がパーティで定着したらどうしてくれる。
「君はもっと自信を持つべきだ。君の能力は馬鹿勇者や変人賢者が参加するこのパーティの不安を大幅に緩和させるに違いない。僕の傍らで僕を(僕だけを)助けてほしい」
「だから…容姿が少しばかり良くて、微妙な予知能力があるくらいの臆病女なんてあなたの助けにはならないわ」
何か鼻につくな。だが、声は揺れている。もう一息だ。
「君の能力だけが目当てじゃない。君が素晴らしい女性で美しくて性格もよく、魅力的だから一緒に行きたいんだ。さあ、前を向くんだ。世界は君を待っている」
「…ああ、ハーディ。本気でそんなことを言ってくれるの」
「本気だとも。ああ、僕は君との旅への期待で胸が一杯だ」
「あなたと行くわ。冒険の旅に」
モニークは身支度をして教会から出てきた。王宮に行って宰相に挨拶をする約束だ。俺の説得が実った。
隣を歩くモニークは頬を赤らめながら俺の方をチラチラと見る。
「ねえ、ハーディ。本当にずっと一緒にいて、私を守ってくれる?」
「もちろんだ、モニーク。君の側を離れないと約束しよう」
ここでヘソを曲げられてまた教会にひきこもられてはたまらない。
そして何よりあの予知能力、モニークの側にいて危険を避け、相手の動きを読んで攻撃魔法や防御魔法が発動できるなら、俺は超強力なサポートを得たことになる。
「あっ、ハーディ。そこの角を曲がると馬のウ○コが」
早くも危険回避だ。何だかウ○コ関係が続いたけれど(笑)。
「助かったよ、モニーク。君のお陰で踏まずに済んだ」
「お安いご用よ、ダーリン」
ダーリン。…この聖女、黙ってればそこそこ可愛いのだが何か怖い。
「あっ、そこの坊や」
モニークが前を歩く男の子に声を掛けた。
「気をつけて。あなたあの角を曲がるとき、猫のウ○コを踏むわ」
男の子が眼を瞬かせて、次に笑いながらアカンベエをする。
「なにそれ。バッカじゃないの」
彼は路地に走り去った。次の瞬間、悲鳴が聞こえる。
「ギャーッ!猫の糞!」
俺は嫌な予感がしてモニークの顔を見る。
「なあ、聖女モニーク」
「もう、他人行儀な呼び方はやめて。モーちゃんでいいのよ」
やっぱ面倒くさい。
「…モ、モーちゃん。まさか君の予知能力って」
「ふふふ、ダーリン。先にあるすべての動物のウ○コの場所がわかるわ」
「…」
「もうあなたは一生、犬や猫のウ○コを踏まずに済むわよ」
俺が黙っていると、彼女は笑顔で俺を見つめた。しかしその目はちっとも笑っていない。
「ずっと一緒に、私の側を離れないでいてくれるのよね」
俺も凍り付いた笑顔を一瞬だけ聖女に向けて、俯いたまま歩く。
「む、胸が一杯だよ、モニーク」
騙されてババをつかまされた思いで胸が一杯だ。
次回は(きっと)戦士の話です。お楽しみに!…していただけたら嬉しいのですが。