表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

さよなら 勇者さま

 勇者ハーツに「旅立ちの前に恋人と別れるから立ち会ってくれ」って、何だかよくわからない用件で俺は呼び出された。


「ヒトミさん、僕は魔王を倒す旅に出なくてはならない」


「え、ええ。ニュースで見たわ。頑張ってね」


 ヒトミさんの反応は薄い。勇者ハーツが気の毒な気もする。


「ヒトミさん、あなたを残していくのだけが心残りなんだ」


「…え?」


「僕はこの旅で死ぬかもしれない」


「ハア」


「泣かないでくれ。それでも僕は行かなくっちゃいけないんだ」


「泣いてはいませんが、そうですね」


 …ハーツ、まさかだけど何かおかしくないか。勇者ハーツと恋人ヒトミの熱量が違いすぎないか。

 いや、そもそも本当に恋人なのか?そういえばこいつに恋人がいるなんて聞いたことがない。


「ヒトミさん!」


「はい?」


「これでもう会えないかもしれないんだ」


「あ、さっき聞きました」


「君を抱きしめることしかできない僕を許してくれ」


「あ、あのダイジョーブです」


「さあ、おいで、僕の胸に」


 勇者ハーツよ、その「ダイジョーブ」は否定的な意味にしか聞こえないぞ。




「すみません。勇者様」と声を絞り出すヒトミさん。


「うん?」


「人々を救う旅に出てくれる勇者様を私は尊敬してますけれど…」


「おうっ、泣かないでくれ!」


「ちょ」


「さあ、おいで。僕の胸に」


「だーかーらーっ!」


 明らかに嫌がっている。俺は見てていいのか。止めるべきか。

 俺は王国に雇われる公務員だから、常識的に考えると止めるべきだろう。その人はまったくお前のことを恋人だと、ほんのちょびっとも1ミリも思っていないぞ。


 だが俺はハーツを中心とする勇者パーティの一員で、一応「魔法使いハーディ」だ。何とかしてやることもできる。ヒトミさんに一瞬だけ魔法で恋人役をさせることも不可能ではない。勇者をサポートすることが俺の仕事だ。

 しかし、しかし…人としてそんなことが許されるのか。


「そこの人」


 うん?俺のことか。

「ええと、この魔法使いハーディに何かご用でしょうか」


「何とか言ったらどうなの。あなたこの勇者の保護者じゃないの?」


「保護者ってわけじゃ…うーん」


 ハーツが不可解な顔でヒトミさんを見る。

「ヒトミさん、彼の前で恥ずかしい気持ちもわかる。でも僕はすでに『みんなの勇者』なんだ。ひとりっきり、君に独占されるわけにはいかない。冒険の旅に出る前に愛しい君との別離を見守ってもらおうと魔法使いハーディを連れてきたんだ」


 なんと近所迷惑な。


 ヒトミさんがまた俺を睨む。

 頼む。ハーツと話してくれ。俺を巻き込むな。


 ヒトミさんが俺に聞く。

「勇者をあんまり雑に扱うと悪く言われるし、かといってこういうのほっといていいの?」


 俺もなんと言っていいのか。

「なんと言っていいのか」


 ハーツはなぜか宙空に向かって話しかけている。頭がどうかしてるな。

「おおっ、なぜ旅に出るこの勇者ハーツに恋の鎖は絡みつくのか。ヒトミさんの愛をどうしても断ち切れないこの勇者の剣は何と無力なのか」


 何言ってるんだ、こいつ。ホント頭の中に何か湧いてるんじゃあるまいな。


「ねえ、魔法使いさん、私もう行くから、後は頼んでいい?」


 そんなご無体な。この馬鹿勇者だって怒らせるとフツーの勇者並みの強さなんだ。

「あのね、この馬鹿も勇者だから勇者なみに強いんだ。僕じゃ敵わないよ」


「知らないわよ。あんたも魔法使いなんだから、魔法でちゃちゃっと」


「んー、君に魔法をかけて勇者の思いを遂げさせる方が簡単なんだけど」


「仮にも勇者のパーティがそんな無法なことしてもいいわけ」


「だよねえ」

 彼女の方がやっぱり正論だわな。


「二人とも何を戸惑っているんだ。勇者ハーツにすべてを委ねよ。信じる者は救われるぞ」


 怪しい宗教みたいになってるけど。


「あのさ、ヒトミさん。悪いけど一回だけ抱きしめられてやってくれない?」


「いやよ絶対。それだけで済まない気がするし」


 確かにな。ハーツは勇者だけど、控えめに言ってドスケベだ。

 そして控えめに言わないとピー音が入るくらいの変態だ。


「あのさ、勇者ハーツ」


「なんだ。魔法使いハーディ」


「ヒトミさんはお前のような尊い者に抱きしめられるのは畏れ多いのだ。俺もそう思う。今のお前に一般人が抱きしめられたら、精神が崩壊するだろう。それほどお前のオーラは強い。お前が気がついていないだけでな」


「おおう、何と。俺としたことが」


 ハーツがもう一度ヒトミさんに向き合って近づく。ヒトミさんが思わずヒッと息を吞むのがわかった。

「すまなかった、愛するヒトミよ」


 いつの間に呼び捨てに。


「これでお別れだ。僕は行かなくてはならない」


「…それ聞くの3回目です」


「お別れのキスをしてあげよう」


「やだってば」


「照れなくてもいいのだぞ。ヒトミ」


 呼び捨て。



 完全に固まって恐怖におののくヒトミさん。

 こいつホント俺の言ったことの半分も理解できてない。もう一度、俺は言う。

「だから、勇者」


「なんだ、魔法」


 魔法って俺のことか。呼び捨てよりひどいな。


「一般人はお前の接触で精神に負担を覚えるんだ。聞いてなかったのか」


「キスもだめか」


「駄目にきまってるだろう」


「けち」 


 …それが勇者のいうことか、情けない。



「ヒトミさん、勇者に別れの言葉をかけてやってくれ。せめての慰めに」


 俺はヒトミさんの方を見てそっとウィンクをする。話を合わせて恋人っぽくまとめてほしい。

 この茶番を終わりにしようという俺の考えは伝わったようだ。


「…ハア」


 そんな嫌そうなため息をつくなよ。俺が何をした。


「勇者様、魔王討伐、ガンバッテネ。生きて帰ってください。…ダ、ダ、ダイスキデス」


 俺の口パクの指示通り、ヒトミさんが勇者に別れの言葉を言った。「大好き」はかなりの棒だが。


 あらら、ハーツが号泣している。ホントにこいつ馬鹿なんだなあ。こいつとパーティ組んで、魔王討伐って大丈夫なのか。マジ心配になってきた。


「さあ、ハーツ。行こう。俺たちは人々を救う旅に出なくちゃいけない」


「うむむ、ハーディ。わかっている。わかっているが」


 ハーツが涙をボタボタ流しながらヒトミさんを見る。ヒトミさんがドン引きで後ずさる。

「ヒトミ、いやヒーちゃん」


 …ヒーちゃん。


「これで僕は命を落とすかもしれない、おうおう(号泣)」


「…はい。4回目です」


「命がけの旅に出るこの僕と、せめて一夜の…ううう」


 泣きながらヒトミさんに迫る勇者に、仕方なく俺は魔法をかけた。

 さすがに勇者にこれ以上の醜態は許されない。パーティの俺の評判にも関わる。

 眠りに落ちて夢の中で望みを叶えることが出来るという魔法である。自分の夢の中なんだから好きなようにすればいい。



 …うまくいったようだ。油断していたからだな。

 勇者が崩れ落ちて寝息を立て始めた。俺は奴の体を支える。

「ふう、誠にすいませんでした。ハーツのことは許してやってください。悪い奴ではな…いや、だいぶ悪い奴ですが勇者であることは本当で、これから命がけの旅に出るのも本当なんです」


 ヒトミさんは勇者をおぶった俺を見て、頭をふる。

「ううん。ごめんなさい。あなたは無関係なのに私を守ってくれたのね。ありがとう」


 …あれれ?何かいい雰囲気?

 とりあえず2時間は眼を覚まさないはずの勇者を俺は乱暴に地面へ落とす。


「いえ、どうってことありません。ハーツがホントに迷惑をかけましたね、ヒトミ」


「…ヒトミ?」


「僕はこれで魔王を倒す旅に出なくちゃいけません。もう帰って来れないかもしれない」


「…」



 彼らはいつになったら旅立つのだろうか。



読んでいただきありがとうございます。以前投稿した短編「さよなら私の勇者様」と同じ原稿です。

連載に膨らめたくなっての再投稿となりますのでご容赦ください。だいたい6~7話くらいの連載にして、最後にやはり投稿済みの短編「さらば、愛しき魔王」というのがくっつく予定です。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ