第92話 大いなる力の代償
「ただいまー」
「おかえりー。どこ行ってたの?」
「ちょっとな。……なぁ、そろそろこの家を出ようかと思うんだけど、どうかな?」
真耶は帰ってくるなりいきなりそんなことを言った。そのせいで、奏達は一瞬驚いて顔を見合わせる。そして、ヒソヒソと話し合いを始めた。
真耶はそれを見ながら不敵な笑みを浮かべる。そして、少しその場から離れアルテマヴァーグに手をかけた。
「まーくん……」
奏は少し暗い声色で話しかけてきた。ダメだったか?
「……まーくんはなんでこの家に来たの?」
「お前達を守るためだ」
「本当は?」
「お前達を守るためだ」
何故か同じことを聞いてくる。意味不明だ。一体何を考えているのだろう。
そんなことを考えていると、奏が突然押し倒してきた。
「おい、一体何を……」
「嘘言わないでよ!私達を守るって嘘でしょ!いっつもそうじゃん!守るって言いながら守れてないじゃない!どうせ今回も私達を危険な目に合わせるんでしょ!」
突然そんなことを言い出す。本当に意味不明だ。そもそも、俺に守られる前提で話すな。俺だって守りきることができない時だってある。
だがな、お前達を守るためというのは嘘じゃない。そう、確かに他に理由があるが、守るのは嘘じゃないんだ。
「本当のこと言ってよ!」
奏はそう言って怒った顔をする。それに対し真耶は少し強く唇の端っこを噛んだ。口元から血が流れ落ちる。そして、奏に言った。
「嘘じゃない!お前らを守るのは嘘じゃねぇんだよ!信じねぇなら守んねぇぞ!」
そう怒鳴りつけた。奏達は真耶に怒鳴られたのが初めてで少し驚いた表情を見せる。そして、泣き出してしまった。
「うぅ……ごめんなさい……まーくんを試したかったの……うぅ」
そんなことを言い出す。全く、これだから奏との話は飽きない。
「悪い悪い。ま、お前らを守るだけが理由じゃないよ。他にも理由がある」
「え?」
「2つ目は、俺が疲れたからだよ」
真耶はそう言って微笑んだ。奏はそれを聞いて呆れた顔をする。
真耶は奏を押しのけるように起き上がるとアルテマヴァーグを背中に背負う。そして、グレギルの作った剣を見た。
「奏、その剣持てるか?」
「私?持てるよ」
そう言って剣を手に取った。無理はして無さそうだ。奏に渡しても問題なさそうだな。
「その剣はお前が持ってろ。この先近接戦闘も大事だからな」
「はーい」
準備は出来たな。目の調子は……あまり良くないな。酷使しすぎたせいか、霞んで見える。
ここは1つ、あの目薬を使うか。この目薬は5ヶ月間の内にフェアリルに作ってもらったものだ。
時々目が霞むことがあったから作ってもらったのだが、これがかなり効く。だが、目が焼けるように痛い。
しかも、目薬を指したあと5分間ほど目が見えなくなる。フェアリルが言うにはよく効くという効果を得るためにはそれなりの代償が必要らしい。
「代償……か」
「マヤ様!準備が出来ましたよー」
「早いな」
「当たり前ですよー。私達、マヤ様がいつでも行くって言っていいように準備してたんですから」
そんなことを言ってくる。いつからしてたのだろうか。もしかしたらここに来た時から準備していたのかもしれない。それだったら悪かったな。
「さて、行くか。”物理変化”」
真耶は皆が出てきたのを見ると、魔法を唱えて家を壊す。
『壊していいの?』
唐突にクロエの声がした。まさか、まだ成仏していなかったのか。もうここまで来ると逆に成仏させたくない。しないで欲しいな。
「痕跡を残したくないからな」
『へぇー』
クロエはなんだが感心したような声に呆れたような声を混じらせながら言ってきた。
「なぁクロエ、1ついいか?」
『何?そんなヒソヒソ喋って、他の人に聞かれたらいけないの?』
「あぁ。なぁ、俺の事なんだがな……」
真耶はヒソヒソと喋りだした。奏はそれを見て不思議に思う。だが、それもそのはず。急に真耶が独り言を言い始めたように見えたのだから。
「……てな感じでな、もしこれから俺になにかあったらお前に頼むよ」
『私に?……わかったわ。上手くできるかは分からないけどね』
「出来るさ。リルが上手くいったからな。どうやら俺は解釈違いをしていたらしい」
そう呟いてその場から少し離れる。クロエは真耶の背中を見つめて姿を消した。真耶は空を見上げるとすぐに奏達の方を見て不敵な笑みを浮かべた。
「まーくん、何話してたの?」
「独り言さ。それより、ルーナ達は?」
「ここにいますよ」
後ろから声がした。振り返ると、ルーナ達が立っている。どうやら全員準備が出来たらしい。
「準備は万全だな。お前ら、おやつは300ギルまでだぞ」
「わかってますよ」
そう言ってアロマは誇らしげな顔をする。真耶は静かにアロマに近づくと、頬をぷにぷにしてこちょこちょをした。
「あはははは!や、やめてくらしゃい!」
そう言って暴れだした。すると、お菓子がバラバラと落ちてくる。その量は300ギルをゆうに超えていた。
「おい、これはどういうことだ?」
「……いえ、その、あの……許してください。罰はなんでも受けます。お尻をこれで叩いてください」
アロマは土下座をしながら鞭を差し出してきた。真耶はそれを受け取ると、魔法で形を変えてベルトにした。そして、その皮のベルトで5発ほどアロマのお尻を叩いた。
「いぎぃ!ひぐぅ!いだい!」
「……これでいいだろ。もう日課になってんのよ。俺、多分この5か月間でお前のお尻毎日100回は叩いたぞ」
そんなことを言う。すると、アロマはその場に立ち上がり、てへぺろって言う顔をした。その顔に、真耶は思わず笑みがこぼれる。
「あれ?面白かったですか?じゃあご褒美にお尻を叩いてください」
「後でなら良いよ。あ、そうだ、じゃあこの質問に答えたら全員ご褒美をやるよ。俺達のやるべき事はなんだと思う?」
その問いに、奏達は黙り込む。そして、思わず吹き出してしまった。
「何言ってんの……」
奏達は笑うと、当然のように言った。
『この世界を守ることでしょ』
「……フフ」
「何笑ってんの?」
「いいや、何でもないよ。さて、そろそろ行こうか」
『うん!』
真耶達は勢いのある返事とともに歩き出した。
「力には、それ相応の代償がある。世界を闇に染める力を持つアーサー達……フフ、なら、その力の代償は……」
そう呟いて不敵な笑みを浮かべた。
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