第86話アーサー王と円卓の騎士達
「あなたは!?」
「あ!マスターをいじめてた人だ!でも、マスターはこの人はもう敵じゃないって言ってたな……よし!乗って!」
小さな女の子はそう言って絨毯を浮かばせた。玲奈は不思議に思いながらもその絨毯の上に乗る。
「すごい……」
「では行きますよ」
「行くってどこに?」
「逃げるんですよ。それがマスターからの命令です」
そう言って絨毯をものすごいスピードで進めた。それも、真耶がいた場所とは真逆の方向に。
「あ、あの!お願い!戻って!真耶が、真耶がまだあっちに……」
「ダメです。マスターからの命令は絶対です。なんせ、あの心優しいマスターが命令したのですから、きっとマスターからの近づくなという合図です。……っ!?あれは……」
その時、ふと視界に人影が写った。それは、3人組で女の子を運んで逃げているようだ。玲奈にはその人影に見覚えがあった。
「あ、葵ちゃん……」
「知り合いですか?」
「うん……でも、悪いことしちゃった……」
「なら、裸で土下座をするのがいいです。マスターはいつもそう言ってますよ」
「えぇぇ!?真耶がそんなことを!?」
突然そんなことを言われて素っ頓狂な声を上げてしまった。小さな女の子はそんなことはお構い無しに、葵達の元まで近づいた。
「あなた達は……?」
「乗ってください!話は後です!」
小さな女の子はそう言って葵達も乗せた。そして、またとてつもないスピードで逃げる。
しかし、今の玲奈は葵達など気にしていられなかった。玲奈は、真耶が無事なのか。それが心配で仕方がなかったのだ。
「待って!あの人は……?」
玲奈は遠くからこちらに向かってくる人影を見つけた。しかし、やはりそんなことを気にする余裕もない。再び真耶のことが心配になる。
そして当の本人である真耶は、遂に敵と対峙していた。
「ははは……俺勝てる自信ねぇなー。リルには逃げろと言ったから大丈夫だろうけど、俺はどうしよう」
「死ぬのがいいさ。抗わないのであれば、楽にいかせてやる」
暗闇から見知らぬ声が聞こえる。そして、すぐに人が現れた。それも16人。
ここまで来れば俺じゃなくてもだいたい誰かわかるだろう。遠くにいる俺に剣圧を当てることが出来る程の腕前を持ち、16人もいる。
いや、これではまだ分からないな。全員騎士だと言ったら少しわかりやすいだろう。そして、1人は王様。これだけのヒントがあれば誰でもわかる。
「そう、玲奈がこの世界に召喚したのは……アーサー王と円卓の騎士……ラウンズ達だ」
「ほぉ、よく我らを知っておるようだな」
「当たり前だろ。何度か読んだことがある。アーサー王物語。アーサー王と円卓の騎士達の物語だ。まさか、16人全員出てくるとはな……いや、300人も出てこなかっただけでもましか……それに……いや、これは別に言わなくてもいいか」
真耶は不敵な笑みを浮かべそう言うと、剣を抜く。そして、魔力を溜め、左目で神眼だけじゃなく他の目の力も発動させる。
相手が誰であろうと、ここを通す訳にはいかない。ここで勝てなければ世界が乗っ取られてしまうからな。
だが、勝てるかどうかで言うと、勝てないだろう。勝率はだいたい7:3ぐらいかな。ちなみに俺が3の方だ。
「ねぇ、あなたは私達に勝てると思ってるの?」
「いいや、思ってないよ」
「じゃあなんで戦おうとするの?逃げるなら逃がしてあげるわよ」
「フッ、なぁマーリン。あんたは魔術師だから日本では強かったかもしれない。だが、俺も魔法を使える。あんた達とも戦えるんだよ」
その言葉で皆呆れてしまった。そんな理由で戦うのか。その場の全員がそう思った。
「そんな理由で戦うのならやめておけ。死ぬぞ」
「まぁ、たしかにそうだな。戦えば死ぬかもしれない。でも、奏に悪いからさ」
真耶はそう言って不敵な笑みを浮かべた。そして、アルテマヴァーグを突きつけた。
「アーサー王、僕が行きます」
そう言って腰に剣をたずさえた男が出てきた。真耶はその男を神眼で見つめる。
まぁ、どうせ神眼で見ても相手の能力は測れないんだけどね。最近本当にこの目の能力が使えないと思えてきたよ。まぁでも、この目の力はそういう能力じゃないからな。良いか。
「さて、まずは1人目からか……」
「ランスロット……行きます!」
その瞬間、真耶の右腕は無くなった。いや、無くなったと言うより切り落とされたという方が正しいだろう。
「っ!?クソッ!」
すぐに真耶はその場を飛び退く。そして、すぐに腕を再生させようと魔法を唱えた。
「”物理変化”……っ!?」
しかし、右腕は治らない。そのせいで真耶は少し動きが鈍くなってしまった。
そして、ランスロットはその隙を見逃さない。体が消えたかと思うと身体中を切り裂かれた。そのせいで身体中に無数の傷が出来る。
「クソッ……」
真耶は小さな呻き声を上げた。そして、勢いよく剣を横に振り払い、高密度に圧縮された波動が飛ばされた。
しかし、そんな攻撃はランスロットには意味がなかった。ランスロットは真耶の後ろに回り込み波動を回避する。そして、真耶の背中に剣を突き刺した。
「まさか、こんなに弱いとは思わなかったよ。君には失望した」
そう言って剣を引き抜く。そして、剣に着いた血を振り払った。
「っ!?」
その時、不意に胸に激痛が走った。そして、胸から大量の血が吹きでる。ランスロットは咄嗟に後ろを振り向いた。そこに居たのは、真耶だった。
「何!?なぜ君が後ろに!?」
「なんでだろうな。教えるわけないだろ」
そう言って剣を引き抜き、すぐさま頭を剣で切り裂いた。ランスロットは頭を切り裂かれ力なく倒れ込む。真耶はそれを確認すると胸から血を流すもう1人の真耶から剣を受け取り、その真耶を消した。
そして真耶はアルテマヴァーグとは別の、グレギルに作ってもらった剣を背中の鞘に戻すと、アルテマヴァーグに魔力を溜めた。そして、勢いよく振り払う……前に、一応さっきの説明をしておこう。
さっきの技は至ってシンプルだ。ランスロットの連撃を食らう前に、体の表面に自分の皮膚と似た何かを作る。そして、すぐにその何かの中から出て気配を殺し逃げる。そしてランスロットに隙ができたところで不意打ちすれば良いっていう戦法だ。
おっと、ずるいとか汚いとか言うなよ。こうでもしないと勝てないからな。それに、未だに右腕は治っていない。下手をすれば殺されるのはこっちだ。
「さて、次は誰……っ!?」
そう呟こうとしたところで、急に胸が熱くなった。そして、とてつもない痛みが全身を襲う。
真耶は力を振り絞って振り向くと、そこにはランスロットがいた。ランスロットはまるで初めから傷などなかったかのように回復している。
「なんで……?」
「これはマーリンの力だよ」
「チッ……」
真耶は小さく舌打ちをするとその場に両膝を着いた。ランスロットは剣を引き抜くと、空高くジャンプをする。そして、剣を下に向け真耶の上に落下し始めた。その時、遠くで声が聞こえた。
「真耶!真耶!逃げて真耶!」
玲奈だ。玲奈は魔法の絨毯に乗ってこっちに向かってきている。後ろには誰か乗っているが分からない。
真耶は玲奈の姿を見ると、何かを喋ろうとした。しかし、声が出ない。それに、意識も薄れてきた。目はかすみ、呼吸も浅くなる。
「これで終わりだよ」
上からそういう声がした。上を向くとランスロットがもう目の前まで来ていた。そして、ランスロットは真耶の心臓を上から突き刺した。
「そんな……まやぁぁぁぁぁぁ!いやだぁぁぁぁぁ!死なないでぇぇぇぇぇ!」
真耶の最後に聞こえた言葉は玲奈のその声だった。
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