第82話 本当の目的
目の前に広がるのは、黒く禍々しいオーラに包まれた炎だ。それは、触れた者に二度と治らない傷を作る。そして、その炎は燃やし尽くすまで絶対に消えない。
陽炎は触れないように慎重に近寄った。
……と言っても、どうせ自動で魔法が発動するから触れることは無いんだけどね。
それでも、念には念を。もし魔法が発動しなかったらいけないからな。それに、波動も効くか分からない。
「まずは風や水を試してみるか……と、言いたいところだが、そこで何をしている?」
真耶は振り向くことなく聞いた。すると、後ろにあった木の影から人影がいくつか出てくる。
……あーあ、無駄なことしちゃったな。こうなるんだったらあんなことしなくても良かったじゃん。
真耶は頭の中でそう思って振り返る。そして、少し面白そうな笑みを浮かべた。だが、それもそのはず。そこにいる相手は分かっている。
なんせ、俺はあんなことをしたのだから……
「出てこいよ。神根仄羅、鎖谷結花」
真耶がそう言うと、木の影から現れた男が声を発した。
「なぜわかった?」
「気配が完全に消せていない」
「そっちじゃないわ!なんで名前がわかったのかを聞いてるのよ!」
隣の人影がそう叫んだ。声からして女の子だ。それに、名前のことを言い出したから当たっているのだろう。まぁ、クラスメイトの名前を間違えるやつはあんまりいないがな。
「どうせわかんねぇだろ」
「いいから言え!」
「黙れ。俺に指図するな。クラスメイトの顔も覚えてないのか?」
真耶は少し怒りのオーラを醸し出しながら聞いた。そして、人影を睨む。すると、段々とその姿が見えてきた。
「クラスメイト!?あなたの顔なんか身に覚えがないわ!」
だろうね。逆にここまで来たら覚えて欲しくないな。30人くらいクラスメイトがいたけど今は9人連続。このまま連続記録を伸ばしていこう。
まぁ、そんなことは置いといて、今はこの状況をどうにかしないといけない。1体1で戦いたかったから奏達を眠らせて来たのに、人が増えてしまえば元も子もない。
(それに、もうクラスメイトを失いたくないしな。ま、界の場合は俺を殺そうとしたからやり返しただけだがな)
「フッ、自分と相手の力量をきちんと見計らった方がいい。俺はお前らを守りながらこの中の敵と戦うことは出来ない」
真耶はそう言って手で払うような仕草をした。結花はそれが尺に触ったのか、怒りのオーラを出し始める。
「フンッ!なんで私があなたより弱いって決めつけてんの!?私達は勇者パーティの1人よ!」
「勇者か……フフフ……フハハハハハハ!それがなんだと言うのだ?俺は勇者よりも強い」
「っ!?嘘よ!そんなの嘘に決まってるわ!勇者はこの世界で最強なのよ!」
どこから湧いてくるんだよ。その自信は。そもそも、お前らが弱いからこんなことになってんだろうが。俺はこの世界でスローライフしたかったのに……
いや待てよ、こいつらに任せれば……いや、死人を増やすだけか。それに、これは俺の役目だしな。
「ま、なんでもいいけどさ、帰ってよ。そもそも、なんでここに来たの?」
「……あなたに言う必要はないわ」
結花は突然神妙な顔つきになった。隣にいる仄羅は少し辛そうな顔を見せる。なにか訳アリのようだ。だいたい予想は着くけどな。
「謎目木界の事か?それとも……恋峰葵の事か?いや、その両方か」
「っ!?な、なんでわかったの!?」
誰がお前らをこの世界に散り散りにして助けたと思ってる。お前らをセットで送ったことは覚えていた。
界が1人で俺のところに来たのは驚いたがな。しかも、敵になってやがってたし。
「あなたは界と葵の居場所を知ってるのか?」
仄羅が突然聞いてきた。それに対し真耶は静かに仄羅を見つめる。そして、静かに言った。
「界は俺が殺した。葵は知らん。多分この中だろうな」
「っ!?待てよ……殺したってどういうことだよ!」
「そのままの意味だ。俺は襲われたから返り討ちにした。それだけだ」
平然と言う真耶に腹を立てた結花は突然殴りかかってきた。真耶はそれを避けてすぐに後ろに回り込むと背中を蹴り飛ばす。そのせいで結花は気に激突した。真耶は魔法でその木ごと結花を拘束した。
「クソッ!離せ!殺してやる!」
「黙れ雑魚が。無駄な魔力を使わせるな。このクズが」
その言葉で結花はさらに腹を立てる。拘束されていなかったらすぐに襲ってきてるだろう。結花は両手足を拘束されながらジタバタとその場で暴れる。
「このっ!クラスメイトを殺すやつがいるか!お前は絶対に殺してやる!」
結花はそう言って目を血走らせた。
……馬鹿なヤツだ。さっきから矛盾しまくりなんだよ。クラスメイトってことも知らなかったくせに俺の事を今更クラスメイトと言う。そのくせ俺を殺すと言う。
真耶は呆れて何も言えなくなった。そして、つい怒りのオーラを溢れさせてしまう。そのせいでその空間はピリついてしまった。その時、突然仄羅がなにか言ってきた。
「あの、あなたの目的はなんなんだ?なんでそんな1人で行こうとする?」
「……」
考えたこともなかった。自分の目的……俺はなんで冒険をしたのだろうか。なんでルーナやクロバ、アロマにフェアリル、紅音にリルと出会ったのだろう。なんで勇者や剣聖と戦ったのだろう。考え出したら止まらない。
そもそも、俺が玲奈と戦うのもなんでなのか分からない。なんで自分は倒そうと思ったのだろうか。今になって思えば、この世界は俺とは全く関係がない。俺の住んでる国は日本だ。この世界じゃない。
最初は帰らないと思っていたが、なんで帰らないとも思ったのだろうか。
「黙ってないで答えなさいよ!」
結花はそんなことを言ってきた。しかし、真耶はまだ喋らない。仄羅は喋らなくなった真耶を見つめて少し目を細めた。
真耶はまだ考えている。自分の目的……そんなものは無い。やろうと思えばこの世界で無双することも出来た。最強になることも出来た。モブの脱却……は出来なさそうだが、スローライフも出来た。
なんで俺は違う道を選んだのだろう。奏達と幸せに過ごしたいから?この世界を助けたかったから?いや違う。俺は自分にだけは嘘をつきたくない。俺は……本当はこの世界でモブを脱したかったんだ。謎の魔法を手に入れ、特殊なスキルも手に入れた。オタク知識を使えばこの世界で最強になることも出来る。やっぱり俺はこの世界で最強になりたかったんだ。そしたらモブも脱することが出来る。
いや待て、本当にそれが自分の目的なのだろうか。モブを脱したいと思っているなら覚えられてない連続記録なんかで喜んだりはしない。
……分からない。自分の目的が全く分からない。
「俺は……」
その時、ふと頭の中に蘇ってきた。それは、ある日の奏と真耶の会話の記憶。それは、この世界に来たすぐの時の会話の記憶。それは、奏の願望……の、ようなもの。その記憶が頭の中に流れ込んでくる。
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『ねぇまーくん。私達ってこの世界から帰れるのかな?』
『いや、無理だって言われただろ。なんでそんなこと聞くんだ?』
『だって、お母さん達が心配してるじゃん』
『……そうだね』
『あ、ごめん……本当の理由はそうじゃないんだ。私……この世界が怖いの。もしかしたらまーくんが明日いなくなっちゃうかもしれないから。だから私……私、まーくんと2人で……いや、2人じゃないかもしれない。それでもまーくんと一緒に日本に帰りたいよ』
奏は泣きながらそう懇願してきた。そして、それの次の日、真耶達は世界中に散り散りになった。
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『まーくんと一緒に帰りたいよ』
その言葉が頭から離れない。そして、その時理解した。俺の本当の目的を。
「俺の目的は……フッ、俺の目的は簡単な事だ。俺は……奏達と日本に帰る。それが俺の……いや、俺達の目的だ」
真耶はそう言って不敵な笑みを浮かべた。
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