第56話 影の侵入者
次の日、その日は珍しく真耶が早起きをした。真耶は早起きをすると、カーテンを開ける。
眩しい朝日……は、全くなく、月明かりが差し込む。……え?月明かり?なんで朝に月明かりが差し込むのだろう。てか、今何時だ?
周りを見渡したが、この部屋には時計がない。外を見ると、少し見にくいが時計を見つけた。
目をこらすとうっすら見えてくる。見たところ、短い針は2の部分を指している。そして、長い針はだいたい9の部分を指している。
2時45分くらいか……まぁ、そりゃあ朝日なんて入るわけないよな。それに、まだ月もあかりを差し込める位置だ。
真耶は1人窓の外を眺めた。桜のような花が散っている。その花びらが月明かりに照らされて幻想的な空間を作り出している。
真耶はその飛んでくる花びらを1つ掴んだ。そして、魔法を唱える。
「”物理変化”」
手のひらから深緑色の光が放たれた。そして、無数の謎の文字が自分の手を螺旋を描くように回転し始めた。そして、真耶が手を離すと花びらはさっきの数十倍に増えた。
「遺物の怨念……」
そう小さく呟く。真耶は神眼で自分の体を見た。古代の魔力……今も自分の体に流れている。そして、あの時自分の体にはこれともう1つ、遺物の怨念が流れていた。
それは、古代人の怨念。誰に対するものかは分からない怨念。おそらくそれが体を支配したのだろう。
遺物に触れた時の症状、あれを俺は違う解釈をした。魔力の欠乏で腐り落ちる、そうじゃない。怨念に体が耐えきれないのだ。古代語を話す。それは、怨念が体に侵入することで魂が古代人に乗っ取られるから。
前に神眼で見たが、破邪の手袋……だったか。邪な力を破壊する手袋、それがあれば、怨念も通さなかったのだろう。
魔法が使えなかったのは、おそらく体が古代の魔力に馴染んでいなかったからだ。今では馴染んだから何時でも使える。
「……2度寝するか……ん?」
振り返ると、そこには奏がいた。どうやら起こしてしまったらしい。
「起きたのか。どうかしたか?」
「……まーくん……居なくなったりしないよね?またまーくんじゃなくなったりしないよね!?」
奏はそう言って涙を流した。余程辛い思いをさせてしまったのだろう。少し胸が痛い。
真耶は奏に近づくと頭の上に手を置いて言った。
「大丈夫だよ」
そして、布団の中に戻る。その時、突然奏が飛びついてきた。そのせいで真耶は奏に押し倒される。
「おい、どうした?」
「私……私……!もうまーくん無しじゃ生きていけない!この世界も、日本にいても、生きていけない!」
そう言って真耶の胸に顔を埋めた。胸の当たりと太ももの辺りが少し濡れる。それで奏が泣いているのがわかった。
真耶は静かに体を起こすと、奏を抱きしめる。その時、窓から月明かりが差し込んだ。その光が真耶と奏を照らす。真耶は、光に包まれながら奏を見つめた。
「奏……」
「まーくん……私、好きだよ!ずっと好きだったよ!今も昔もこれからも、まーくんのことが大好きだよ!」
すごく嬉しかった。とてつもなく嬉しかった。この嬉しさは、多分昔も今もこれからも感じることは出来ないだろう。
でも、この告白を受けることは出来ない。その告白を受けてしまえば俺は奏を悲しい気持ちにさせてしまう。
ここは異世界だ。これまで生きてきたが、この世界はテンプレでは無い。だから、いつ死ぬか分からない。もし俺が死ねば、奏はこれまで感じたこともない悲しみに襲われる。それに、毎日心配させてしまう。
だから、受けることは出来ない。俺は、奏を泣かせたくない。だから、泣かせるのは今日で最後だ。
「奏……俺は……」
「嫌だ!心配させるとか、悲しませるとか、そんな理由で断られるのは嫌だ!」
「っ!?」
初めてだ。奏に思考を読み取られたのは。でも、それでも受けることは出来ない。もし俺が異端者認定された時にこいつらを巻き込みたくない。
「奏……」
断るんだ。絶対に受けてはいけない。
「俺は……」
断れ!
「……好きだよ。今も昔もこれからも。ずっと好きだよ。……やっぱり、自分の気持ちに嘘はつけない。これまで色んなことに嘘をついてきた。未だに秘密にしてることもある。でも、この気持ちだけは嘘をつきたくない」
そう言って奏と向き合う。奏は何かを察したように目を瞑った。
風が吹いてきた。カーテンが揺れる。開いていた窓から桜のような花びらが入ってきた。
「っ!?」
突如左胸の辺りに強烈な痛みを感じた。慌てて確認すると、ちょうど心臓がある部分に桜色の杭が打ち込んである。
胸から熱いものが流れてくるのがわかった。刺さっている杭は桜色から血の色に変わる。
しかし、そんなことはどうでもいい。今1番大事なのは、目の前から消えた奏を探すことだ。なぜこうなったかと言うと、杭が刺さった瞬間に杭に気を取られて気が付かなかったのだ。
「奏!どこに……!?」
「ここよ。真耶」
「っ!?」
窓の方から声が聞こえた。その声は、真耶にとってとても懐かしいものだ。いつも、その声を聞くと安心感に包まれる。
真耶は静かに窓の方を向くと、そこには謎の女性が立っていた。その女性は奏を人質にとっている。そして、そこで分かった。声も、顔も全部見たことがある。
「姉貴……」
そう、その人は真耶の姉だった。という事は、メテオの街で真耶達を襲ったのは真耶の姉ということになる。
「……離せよ。奏を離せよ」
真耶はとてつもない殺気を放った。その殺気で窓ガラスが割れる。
「真耶、奏ちゃんと仲良くなったのね」
「まぁな。どういう理由で俺達を襲うのかは知らないが、奏を襲うのなら容赦はしない」
そもそも、こういう時だけテンプレにしなくてもいい。まさか、あんだけいい雰囲気になったのに、邪魔されるとは……。いつもなら邪魔はされないのにな。
いや、そんなことはどうでもいい。今は奏を助け出すことが先決だ。ルーナ達はまだ眠っている。薬でも盛られたか……
「おっと、魔法を使ったら即殺すわよ。魔力貯めてるのわかってるから」
「姉貴……なぜこんなことをする?そもそも、なぜこの世界にいる?」
真耶は聞いた。その問いに、少し怒ったような表情をして恐怖に満ちた笑顔をすると話し始めた。
「……いいわ。全て話してあげる。私がこの世界に来たのは真耶が異世界に召喚されたのを聞いた2ヶ月後よ。まさか本当に異世界に来れるとは思ってもいなかったわ」
その言い方に少し疑問を覚えた。本当に異世界に来れる……まるで異世界に来たがっていたみたいだ。もしかしたら姉貴には自分の知らない一面があるのかもしれない。
いや、そもそも自分の知っている姉貴が本当は違うのかもしれない。真耶は話を聞きながらそう思った。
「……姉貴……一体何者なんだ?」
「あら、やっぱり気づいてなかったのね。あのね、私は人を越すのが好きなのよ。だから、真耶が両親を殺した時はゾクゾクしたわ。でも日本じゃ人は殺せないでしょ。だから異世界に行きたかったのよ」
姉貴はすごく楽しそうに話した。その顔はまるで、連続殺人鬼が殺したい人全員を殺したあとのようだった。
「……て、そんなの見た事ねぇわ。まぁ、そんなことはどうでもいい。あれだろ、異世界なら合法的に人を殺せる。そういうことだろ。まさか姉貴がそんな人だとは思わなかったよ」
姉貴は真耶の言葉を聞いて誇らしげに笑う。やはり、その顔も恐怖にまみれていた。真耶はそんな姉貴を見つめて不敵な笑みを浮かべた。
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