第37話 奏の優しさ
「殺すなら殺せ!」
フェアリルは苦しそうにそういう。しかし、真耶は剣を収めた。殺す気など微塵も感じられない。
フェアリルは真耶が近づくたびに鼓動が早くなるのを感じた。多分心の内では死にたくないのだろう。なんとも言えない恐怖が
フェアリルを襲った。
真耶はそれに気づいた。なぜなら、フェアリルの腕や足、体全身が震えているからだ。だが、真耶は止まらなかった。フェアリルは無意識に逃げようとする。手足を動かし後ずさる。
「覚悟は決めたんじゃないのか?」
フェアリルは目の前まで来た真耶の顔を見て後ずさる。さらに、真耶の言葉も何も怖くないのに怖くなって後ずさる。フェアリルが通った場所は濡れてた。
「泣くほど怖いならなぜ俺と戦った?俺くらい簡単に殺せるとでも思ったか?」
しかし、何も答えない。
「答えろよ。黙り決め込んでもなんにもならねぇんだよ」
しかし、答えない。いや、口は動かしているから答えようとはしてるらしい。しかし、恐怖で声が出ない。
「……もういいよ」
そう言って剣を振り上げた。死ぬ。フェアリルの頭はそれでいっぱいになった。そして、体中から何もかもが出ていく気がした。
「死……」
「”ショックボルト”」
「ぎゃあ!」
何が起こったか分からなかった。突然真耶が自分の前に倒れ込んできた。しかし、これで死ななくて済む。そんな考えで少し嬉しくなった。
「大丈夫!?……て、君は精霊族だね」
「っ!?」
奏が来た。奏はフェアリルの顔を見ると声色を変え真面目な雰囲気を醸し出し始めた。いつもの奏からは考えられない。
「答えなさい。あなたは精霊族だね」
その言葉に必死に頷く。
「なんでこの街を襲ったの?」
しかし、やはり怖くて喋れない。口を動かしても空気が漏れるだけ。
奏は少しフェアリルの顔を見ると、優しい笑顔を見せて言った。
「大丈夫だよ。私はまーくんみたいにすぐ殺したりしないなら。ギルドに来て。そこで話そ」
そう言って手を差し伸べてきた。その優しさがすごく嬉しい。なんだか、心臓の鼓動がまた早くなるのを感じた。次は顔も熱い。
フェアリルはその手を掴むと何とか立ち上がることができた。しかし、奏は危ないと言っておんぶをする。
(やだっ……心臓の音が聞こえちゃう……!)
そう思うとさら鼓動が早くなった。
「カナデさん!無事ですか?」
「カナデさん!大技出しすぎです!」
「ごめんごめん。あ、まーくんを持ってくれる」
「はい。私がお持ちします。ところでその方は?」
「精霊族の女の子だよ。まーくんが殺そうとしてたのを止めたの」
その言葉を聞いて呆れる。そして、一瞬で真耶に怒りの視線が集まっていく。
「それならギルドに戻りましょう」
そう言って皆はギルドに向かって足を進めた。
少し歩くと真耶が目覚めた。
「え!?もう起きたの!?早いよ!」
皆は驚いたが、真耶が落ち着いていたので静かにギルドに向かった。
ギルドに着くと皆は負傷したのか治療をしていた。だが、人数が減ってないことから死者は出てないみたいだ。
「お前は!」
冒険者の1人がフェアリルに気づいた。そして、一気に怒りの視線が集まる。フェアリルは恐怖で再び泣き出した。
「なぜそいつを連れてきた!?殺せ!」
冒険者はかなり怒っている。だが、すぐに殺しに来たりはしないらしい。真耶はアロマの背中から降りるとフェアリルの前に立った。
「なぜこいつを殺そうとする?こいつはもう俺のものだ。奏が殺さないと言った。だったらどんな事があっても殺させやしない」
そう言って背中の剣に手を伸ばす。本気のようだ。それを知った冒険者は微笑むと、振り返った。
「へっ、そうかい。お前のものなら安心だな。みんなもそう思うだろ?」
その言葉で怒りの視線は無くなった。そして、みんな疲れたように寝転がる。そんな中、ギルドの受付のお姉さんが来た。
「あの、支部長が呼んでます。来てくださいますか?」
「分かった」
真耶は優しくそう言うと、全員を連れて奥へ進んだ。奥に進むとソファの上に支部長が座っていた。その目の前にテーブルが置いてあり向かいには同じ大きさのソファがある。真耶はそのソファに座り話を聞く体制をとった。
「精霊族のこと、助かったよ。……悪かったな、あの時お前を追い出して」
「いや、助かったよ。支部長が俺の意図を組んでくれたんだろ」
「そうか、それなら良かったが。ところで、その子はどうした?精霊族のようだが」
「あいつはフェアリル。精霊騎士団長の片腕らしい。殺そうとしたら奏が助けたから殺すのを辞めた」
その言葉を聞いてその場の全員が呆れる。そして奏が後ろから頭を殴ってきた。普通に痛い。
まぁそんなことは置いといて、支部長がかなり険しい顔をしている。やっぱりフェアリルを連れてきたのはまずかったかもしれない。
「なぁマヤ、1ついいか?」
「何だ?」
「その子どうするんだ?もしそのまま連れていくとしたらお前は精霊族から狙われるぞ。奴隷にするならいいが……」
ほう、少し興味深い話をするな。どういうことだ?奴隷にすると狙われないのにしないと狙われる?
「どういうことだ」
「精霊族っていうのは自分達を高貴な存在と思ってるから奴隷になるというのは最底辺を意味する。だから、奴隷となった精霊族は仲間とは思わないんだ」
なるほど。それだと狙われる心配はなくなりそうだ。だが、フェアリルはそれを許すかどうか。
真耶はフェアリルに目をやった。どうやらさっきまでの恐怖は無くなったみたいだ。その様子にどこかほっとする自分がいる。
そんな真耶の視線に気がついたのか、フェアリルと目が合った。フェアリルは何が起こっているか分からないといった様子でこちらを見つめる。
(よく見るとまだ子供なんだな。アロマと同年代くらいか……)
「フェアリル、お前は奴隷になっても良いか?正直な答えを言ってくれ」
「奴隷!?まーくん何考えてるの!?そんなの絶対に……」
「なります!なりたいです!」
かなり予想外だった。誇り高いと聞いていたのにめっちゃ前のめりにくるじゃないか。それに、何故か目がキラキラしている。どういうことだよ。
まぁ、奴隷になりたいならその意思を尊重するだけだ。
「なりたいだって。どうするの?」
「おい、後ろですごい勢いで睨みつけてるのは大丈夫なのか?」
「あぁ、また何かあれば1人で旅をするだけだ」
真耶がそう言うと急に態度を変えてしがみついて来た。痛い。ていうか、急にくるから前に倒れて机で頭を打ってしまったじゃないか。
「それで、どうやって奴隷にするんだ?」
「え?そのまま話すのか?まぁいいが、この首輪をつければ契約出来るぞ」
「そうか、首輪はどうしたらいい?」
「これを使え」
そう言って取り出してきたのは犬などのペットにつけるような首輪だった。
なんでこんなものを常備してんの?この人何考えてるの?
「おい、何を考えてる?」
「何も」
「そうか、まぁいい。これをつけろ」
「分かった」
真耶は首輪を受け取ると力ずくで起き上がってフェアリルと向き合う。フェアリルはドキドキした様子で待っていた。そして真耶は首輪をフェアリルにつけた。
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