第155話 もう1人の真耶
真耶は全員を拘束する紐を解いた。そして、シュテルと希望、そして雷斗を起こした。
「ん……寝てしまっていたのか……?」
「魔法で眠らされたんだな」
「不覚だ。この僕がまさかそんな魔法にかかるなんて……!」
「アヴァロンの魔法だ。この世界の魔法とは比べ物にならない」
真耶はそう言ってその場から離れた。そして、フェアリルから絨毯を受け取る。
「さ、帰るか」
「させませぬぞ」
突如後ろから声が聞こえた。その声の主は、時の里の長だ。長は真耶達を帰らせないようにその空間に結界を張った。
「お前、死にたいのか?」
「ケイオス様、私とてアヴァロンにいた者の1人。簡単に……っ!?」
その言葉は最後まで放つことは出来なかった。なぜか、突然長が血を吐きながら倒れたのだ。そして、その後ろに人影がある。
その人影は驚きの人物だった。髪はショートヘアーで服は黒。身長は真耶と同じくらい……というか同じ。よく見たら服の色、形、模様、全部同じ。そして、顔も真耶とそっくり。
そう、その人影とは真耶本人だったのだ。
「っ!?まーくん!?」
「なんで!?マヤ様が2人!?」
「真耶!?どういう事!?」
全員驚きの声を上げる。そして、すぐに戦闘態勢を取った。
「やめておけ。こいつが真耶ならお前らでは勝てない」
真耶はそう言って全員の前に出た。
2人の真耶は見つめ合う。どちらも真耶だと言うのであれば、この勝負はどちらが先に攻撃を当てるかで決まる。
それに、下手に打てば避けられるし、その隙に攻撃される。だから、一瞬の隙を見つけなければならない。
「そんなに構えなくていい。俺はお前らにお別れを伝えに来ただけだ。俺の役目は終わったからな」
もう1人の真耶はそう言って優しくも悲しい笑顔を見せた。
「何があった?そもそも、お前はどこから来た?」
「もう分かってるだろ。お前も俺なんだからさ」
「……未来の俺か……。見た感じ、同じ歳。だが、お前の時間はもう100年程度しかない。5000年後の真耶か?」
「惜しいな。俺は、あの地獄で8000年過ごした真耶だ。俺はお前とは違い、あの地獄でマーリンと出会わなかった。だから、帰るのが遅くなったんだ」
もう1人の真耶はそう言って自分の手のひらを見つめた。その目はどこか悲しい目をしている。
「……癒優と彩花は?」
「2人は1000年経過したところで魔道具が揃ってな、それで帰ることが出来た」
そう言って優しく微笑む。
「なるほどな。それで帰ることが出来たのは2人だけだった。そうだろ?」
「当たりだよ」
「やはりな。お前は俺だ。同じことを考えてるに決まっている。お前はそこで2人を返したあと、帰る方法を探して歩き回った。しかし、見つからなかった。だから、帰る魔法を作り上げた。それも、7000年かかって」
「……」
「あの地獄では1000年が1日。帰った頃には8日経過していてエルマの言った約束の期日を過ぎてしまった。帰ってきた時には奏達は見るも無惨な姿だった。奏は犯されぐちゃぐちゃに、ルーナとクロバは拷問され精神崩壊、フェアリルと紅音、アロマは奴隷にされ調教されていた。姉貴は抵抗するだろうから殺された。そうだろ?」
「っ!?」
真耶はもう1人の真耶に対しそう言った。もう1人の真耶はその話を聞いて言葉を失った。そして、とんでもなく辛そうな顔をして涙を流しながら言ってきた。
「なぜ……?なぜ分かった……?」
「俺の目を舐めるな。ラウンズと認めたことで完全に力を取り戻した。心眼を使えばすぐに分かる」
「さすがは俺だ……」
「お前は、それを変えるために俺の元へ来た」
「そうだよ……」
真耶はもう1人の真耶を見つめた。
この世界には日本やアヴァロンと同じようにバタフライエフィクトという物がある。それは、過去に戻って干渉すればちょっとした事でも未来は大きく変わるというものだ。
もう1人の真耶は過去の自分……いわゆる俺だ。俺に何かしらの形で干渉することで未来を変えようとした。
そう、奏達が生きている未来に。
その作戦は成功した。最初は俺が里に入る時、俺を入らせないようにした。2つ目は橋が壊れかけていたもの。そして、恐らくマーリンを呼んだのはもう1人の真耶だろう。
この里の人を全員動かせたのも、俺がラウンズだったから。マーリンが来たのも、俺がラウンズであの地獄にいると言ったから。
いや、恐らく地獄に行くところを見せたのだろう。帰る魔法を編み出したのなら行くことも出来るはずだ。
そうして俺に何らかの形で干渉することで俺がラウンズだと言うことを認めさせた。多分もう1人の真耶も自分がラウンズと認めたことで力が戻ってきたのだ。そうして俺に干渉、プラスで強化することで強制的にバタフライエフェクトを引き起こした。
「向こうの世界で奏達は生きてるのか?」
「分からない。俺はお前より弱いから」
「お前も俺だろ。力は同じ……」
「違うよ。俺は1度諦めた男だから。心を折られ、戦意を喪失した。だから、未来を読むことは出来ない。でも、もう1人の俺がきっといい世界にする。そう信じているから奏は生きていると思うよ」
「フッ、結局人任せか?」
「違うよ。自分任せだ。……時間だ。信じているよ。ケイオス・レヴ・マルディアス。……いや、月城真耶。最後に、自分が月城真耶だってことを忘れるなよ」
そう言ってもう1人の真耶は光の粒子となり消えていった。
「……任せろ。奏達は、絶対に俺が守る。だから、安心してそっちの世界の奏と過ごしていてくれ」
そう言って光が消えていった方向を見つめた。
━━もう1人の真耶は……
「……ん……」
元の世界に戻ってきていた。この世界は既にアーサーは居ない。激怒した真耶が戦意を喪失しながらも世界を救ったからだ。
真耶はその世界に戻ってきてすぐに周りを見た。そこは、自分の家だ。世界を救い旅をする理由もなくなった真耶はモルドレッドとヴィヴィアンと3人で過ごしていたのだ。
「……世界は何も変わっていないか……」
過去への干渉は成功したのか、今の状況ではまだ判断がつかなかった。
「……」
真耶はベッドから降りると部屋を出ようとした。しかし、中々ドアに手をかけられない。足も前に進められない。
「……クッ……!」
その時、突如ドアが開けられた。
「っ!?」
真耶は固まって目の前を見つめる。
「……どうしたの?まーくん」
目の前にいたのは奏だった。
「奏……?」
「そうだよ。どうしたの?今日のまーくんは変だよ」
そう言って首を傾げる。真耶はそんな奏を見ていると、自然と涙が溢れてきた。そして、無言で抱きつく。
「どうしたの?な、なんで泣いてるの?」
「会えてよかったよ。奏……!」
「え!?え!?え!?ま、まーくん……私も会えて嬉しいよ」
2人はそう言って抱き合った。
「ありがとう……もう1人の俺……」
その言葉は虚空の中に消えていった。
━━もう1人の真耶はその時、何かが聞こえた気がした。
「っ!?……フッ、どういたしまして……俺」
そう言って優しく微笑んだ。
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