第116話 朝の騒動
━━人という生き物は素晴らしいものだ。それは、この世界の生物全てが思っていた。手を使い、足を使い、頭を使うことが出来る。
しかし、拷問を受け、奴隷とされてしまった彼女はそうは思わなかった。なぜ痛みに強くなる力を授けてくれなかったのか。なぜ、辛い気持ちを打ち払うような力を授けてくれなかったのか。
疑問と恨み、悲しみ、色んな負の感情が体中を駆け巡り完全に諦めてしまった。
このままだとまた痛いのが来る。もうこの痛みから逃げるには死ぬしかない。でも、死ねない。
この苦しみから逃げようとする彼女は、いつしか心を閉ざして行った。そして、閉ざされた心は開くことも無く崩れ落ちた。
「おい!モルドレッド!早く言え!ガウェインはどこにいる!?お前らは何を企んでいる!?」
モルゴースの怒鳴り声が聞こえた。しかし、モルドレッドは喋らない。いや、喋れないと言った方がいいか。彼女は痛みと苦しみに耐えるため心を壊した。だから、喋ることは愚か、何かを考えることも出来ない。
「……」
「この愚かな娘よ!なにか申せ!」
「……」
モルドレッドは一切喋らない。それにモルゴースは怒りを沸点に持ってくる。そのせいで、モルゴースは思わずモルドレッドの頬を叩いた。
そのせいでモルドレッドは吹き飛んでいく。そして、地面に倒れ込んだ。モルゴースはさらにモルドレッドを踏みつける。
「この愚か者!貴様のような娘を産んだ覚えはない!この愚か者にもっときつい拷問をしろ!犯せ!痛ぶれ!泣き叫ばせろ!」
モルゴースはそう言って帰って行った。モルドレッドはその場に倒れ込んでただ涙を流すだけだった。
このままでは犯される。痛ぶられる。殺される。早く逃げないと。色んな感情が頭の中に渦巻いている。そんな中モルドレッドは小さく誰にも聞こえないように呟いた。
「助けて……真耶くん……」
その名前はガウェインでも、ヴィヴィアンでもなく真耶……そう、月城真耶の名前だった。その名前は小さく呟いたからか、誰にも聞こえることはなく消えていった。
━━……次の日、奏は静かに目覚めた。目を開けると何故か枕が大きくなっている。と言うか、頭の位置が少し上にあるような気がする。
それに、この枕はぷにぷにと言った感じの気持ちのいい感触というより、カチカチと引き締まったたくましいものだった。
「……ん……あれ……?ここは……?」
「あ、起きたか。おはよう奏」
「おはよぉ……」
奏は眠そうに、少し寝ぼけた声でそう言った。すると、真耶がニコニコ笑顔で頭を優しく撫でてくる。その手がすごく気持ちよくて猫のように甘えてしまった。
そんなことをしていると、目の前にあるものが写った。それは、普通はこんな事起きるのかと驚いて腰を抜かすくらい驚くべきことだったが、頭を撫でられ寝ぼけている奏は驚くことは……ないわけなかった。
なんせ、周りの景色が前と違うのだ。なんだかボコボコと言うかなんと言うか……うん、簡単に言えば、壊れている。めちゃくちゃ壊されているのだ。
前はもっとフラットだっはずなのに、今起きて見ると、まるでこの場で戦争でもしたのかと思うほど壊されている。
「まーくん……これって……?」
「ん?どうやら寝ぼけているようだね。特別に今日はいっぱいいいことしてあげる。多分、気持ちよすぎて頭トロトロに溶けちゃうけど、痛くしないから楽にしててね」
「待って、のどういうこと?それを説明したあと私をトロトロに溶けさせて」
奏は真耶の目を見つめて問い詰めた。すると、真耶は目を逸らして冷や汗を垂らす。
絶対に何かした顔だ。そして、私達に心配かけないようにする目だ。
奏はそんなことを思いながら真耶の目を見つめた。すると、真耶は突然真顔になってキリッとした、決意のある顔をする。
そんなかっこいい顔をしても許してあげないんだから!許して……許して……あげ……
「ない!ないないない!ないんだから!」
「何が?」
「なんでもよ!」
ついうっかり真耶にそんなことを言って怒鳴ってしまった。真耶は急に怒鳴られて一瞬戸惑うが、すぐに冷静になり奏の胸を揉み始める。
「もぅ!急に何するのよ!?てか、誤魔化しても無駄よ!」
そう言ってぷんぷんする。真耶はぷんぷんする奏に困りながらもなんとか機嫌を取った。そして、損ねないように褒めちぎる。
しかし、奏はぷんぷんするばかりだ。多分このままだと一生ぷんぷんされるだろう。
「……はぁ、仕方ないな。怒るなよ」
「……それは了承し兼ねる」
「なら、怒ったらいいことしないから」
真耶がそう言うと、急に甘え出てきた。多分怒らないつもりだろう。
「昨日な、お前らを寝かせたあと世界眼を使ってみたんだよ。そしたらな、アーサー達の城を見つけたんで覗いてたらパれてしまった。で、そのままめちゃくちゃ攻撃されたわけよ」
真耶がそう言うと、奏は頭が待つ真っ白になった。意味がわからない。どういうことだろう。攻撃された?でも、自分たちはなんともないし真耶も疲れているそぶりは見せない。
それに、魔力も減ってないし右目の時計も動いてない。いや、少しだけ動いている。だが、こんなに攻撃されれば少しでは防ぎきれないはず。
一体どうやったのだろう。
「どうやったか知りたいだろ。あの時俺は新しい目空間眼を手に入れた。それと時眼を混合させて時空間に逃げたのだよ」
真耶は平然とそう言う。確かに時空間に逃げれば攻撃は当たらないが、危険すぎる。
どの道私達を危険な目に遭わせているわけだ。
「ふふふ、まーくんしくじったね。時空間に行ったら帰れるかわかんないでしょ。だから、どの道私達を危ない目に合わせてるんだよ。だから、これからも一緒に戦えるね」
「どこをどういうふうに解釈すればそんな考えに至る?てか、戦いたいなら参戦すればいいだろ」
「まーくんが早すぎて追いつけないの!」
奏はそう言ってぷんぷんしながらポカポカと真耶を殴る。
「まぁ、そういうことだから今度から私も戦うよ」
「前々から戦えよ」
「それでね、まーくんに頼みたいことがあるんだ」
「俺の話を聞け。無視するな。てか、なんだよ頼み事って?」
真耶がそう聞くと、奏は少し照れながら頬を赤くして真耶に言ってきた。
「それより、皆は今どこ?」
「あいつらならお前より先に起きて外に行ったぞ」
「絶好のチャンスだわ。それじゃあ言うね」
奏はウキウキしながら真耶に近づく。そして、ズボンのベルトに手をかけながら言った。
「やろ」
「やらない」
即答だった。奏は何が起こったのか分からなそうにポカーンとしている。そして、すぐに気を取り戻すと無言でズボンを脱がせ始めた。
「いいもん!勝手にやるから!」
「そういうのは勝手にやる物じゃないんだよ。……てか、襲われたいのか?」
その問いにこくりと頷く。すると真耶はおもむろに立ち上がってズボンのベルトを外した。
そして、奏を押し倒す。
「怖いぞ。俺は優しくないからな」
顔が近い。普段なら怖いこと言われてるはずなのに、顔が近いせいで怖くない。それどころか、心臓がドキドキバクバク言っている。
胸のところもなんだかキュンキュンして、頬が赤くなる。
「ま、やらねーけどな」
真耶はそう言って立ち上がった。奏は少し落ち着いたのか、何度も深呼吸をする。それでも、ドキドキが止まらない。
「どうだ?怖かったろ」
真耶のその言葉はいつもと変わらないはずなのに、なぜだかかっこよく、胸をドキドキキュンキュンさせた。
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