第99話 ありえないもの
━━……その目に映っていたのは黒い影。だった。まるで全てを飲み込んでしまうのではと思うほどの闇。
それは、瞬く間に自分に向かってきた。自分は逃げようとする。しかし、体は思うように動かない。
怖い。そんな感情だけが自分を襲う。そして、自分はその闇に飲まれてしまった。自分が最後に見たのは、女の子だった。暗く冷たい笑みを浮かべた、女の子。その女の子をどこかで見たことがあった。それは、もう1人の自分だった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……その目に映っていたのはありえない状況だった。普通にしていればこんなことは起こらない。普通にしていなくても起こる可能性は針の穴に糸を投げて通すくらいの確率だろう。
そう、一体何が起こったかと言うと……いや、言うのも恥ずかしい。こんなことが起こったなんて言ったらすごく笑われそうだ。
「もぅ!悩んでないで助けてよ!」
おっと、奏の声が聞こえてきたな。だが、助けようにもなんであんなことになったのかも分からないのに……
「そんなことはいいから助けてよ!」
奏は泣きながら言ってきた。仕方ない。助けてやるか。
「はぁ……”物理変化”」
真耶は魔法で地面を作り出した。そして、奏の下まで歩いていく。そして、奏を抱きしめて自分の元まで引き寄せた。
……何が起こったかやっぱり話しておこう。何が起こったかと言うと、なんと、奏が裸釣りにされたのだ。
フフフ、皆はこの言葉を聞いてどう思っただろうか。ドキッとしたか?それとも、興奮したか?いや、モヤモヤが晴れてスカッとしたか?皆はどう思っただろうか。
まぁ、色んなことを考えるのは良いが、実際にこういう状況になった時どう思うか教えてやろう。
「クソめんどくさい」
だ。
「えぇぇ!?な、なんでそんな事言うの!?」
奏は泣きながら言ってきた。だが、普通に考えてみろ。めちゃくちゃめんどくさいぞ。突然転んだこと思うと橋から落ちそうになって、魔法で糸を作って引っ掛けたら何故か服が全部破れて、観衆の中裸釣りにされる。それも、足を上に向けて。
そこが本当に謎だ。奏いわく、風が吹いたら服が破けちゃったから慌てて何とかしようとしたらひっくり返って足に引っかかって逆さ吊りにされたらしい。そして結局服は全部破れて裸釣りとなったのだ。
「アホか!そんなこと怒るわけねぇんだよ!あのなぁ、ラッキースケベでもなんでもねぇんだよ!普通に落ちそうで怖ぇんだよ!」
「だ、だってぇ!」
奏は大量の涙を流しながら真耶に抱きついてきた。真耶はそんな奏を抱き抱えると、ひとっ飛びで橋の上まで上がった。
本当に、なんでこんなことになったんだろ。もう奏を1人で歩かせるのは良くないかな?手を繋いでてもこんなことになるのに、もぅ、首輪か?それとも、ずっと抱きしめながら歩くか?
いや、歩きにくすぎるだろ。目的地まで何年かかるんだよ。じゃあやっぱり首輪か?いや、またあんなことになったら次は首がしまるぞ。ただの首吊りじゃねぇか。
首輪は却下だな。それじゃあ結界を張って、その中から出ないようにするか?いや、それもダメだ。俺の魔力が足らん。
「もぅ!まーくん!早く助けてよ!怖いし恥ずかしかったんだよ!」
奏は威張りながらそんなことを言ってきた。こいつ何言ってんだろ。助けて貰っておきながら……
「……わかった。お前には服を作ってやらん。ずっと裸でいろ。そしてそこで俺に向かってお尻をつき出せ。お仕置の時間だ。観衆までいるんだ。絶好のタイミングだろ」
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
奏は一瞬でジャンピング土下座を決め込んだ。
「残念でしたー。もう許しませーん。お尻が変形するまで叩くまで許しませーん。痛みに耐えきれずに漏らしたり泣いたりしても許しませーん」
真耶は意地悪な声でそう言う。奏はそれを聞いて本格的に泣き始めた。
普通ならここで男が折れて許すところだろう。周りの自分を見る目もかなり厳しくなってきた。しかし、そんなことは気にしない。真耶は全く許す素振りを見せずただ見つめ続けるだけだった。
「……うぅ……そんな目に見ないでよ……」
真耶はまるで道端にゴミをポイ捨てする人を見るような目で見てくる。
奏はいつしか泣き止んでしまった。そして、静かにその場に土下座をする。そして、ゆっくりとした動きで真耶に向かってお尻を突き出した。
「……こんな悪い私を罰してください……」
奏はまるで家を半分壊して怒られたみたいな声色で言ってきた。真耶はそれを聞いて手に息を吹きかける。そして、軽くパンと手を合わせた。
その音で奏はビクッと震える。真耶はそれを見て不敵な笑みを浮かべると、力いっぱい奏のお尻を叩いた。
バチィィィィィン!
と、悲痛な音が鳴り響く。そして、その数秒後に奏はお尻を突き出す形で倒れ込んだ。
真耶はその後軽くてを叩いてため息を一つついた。
「はぁ……何やってんだろ」
その、呆れた声で出た言葉はその場に少しの間だけ静寂をもたらした。
「……マヤ様……ま、周りの目が……」
アロマが急にそんなことを言ってきた。よく見ると、真耶に対してまるで汚物をまるかのような目を向けてくる人達が沢山居た。
その目に萎縮したのか、アロマは少し怖がっている。
「マヤさん、なんだか怖いです。皆さんがいつ襲ってきてもおかしくない顔をしています」
ルーナはそんなことを言ってきた。確かにいつ襲われてもおかしくない。そんな目をしている。仕方ない。
真耶は少し目をつむると、ゆっくり目を開いた。その時皆は思った。邪眼で記憶を変えるんだと。でも、それは良くないと思って止めようとした。しかし、予想は外れた。
真耶は邪眼など使わなかった。ただ単に全員を糸のようなもので捕まえてジャンプしたのだった。
「とりあえず逃げよう」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
その街に奏達の悲痛な叫びが響き渡った。
「楽しそうな方達ね」
女王様は建物の中から小さく笑ってそう呟いた。
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