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第一話くらい「あ、これマリーちゃんで見たことあるやつに似てる」

 何かをこよなく愛する人のことをなんとか好きと表現する場合がある。例えば猫好きや犬好きと言うように、ただただその対象が愛らしく愛おしいと感じる。何よりもそれらが可愛くて仕方が無い。見ているだけで幸せな気分になれる。


 つまりはそれと同じことなのだよ、私の()()()()というのも。



 日課の筋トレを終えてシャワーを浴びた後、いつも通りスーツに着替えて仕事に出掛けると、マンションのエントランスを出て数歩も行かないうちに二人組の男が私の前に現れた。

 黒いスーツに黒いネクタイ、黒い革靴。まるで葬儀屋の様な出で立ちだが、黒光りするサングラスをかけている辺り、実際に葬儀屋ということは無さそうだ。

 明らかに私に用があるのだろう。その視線はふたつともこちらを見下ろしていた。

 比較的高身長であると自覚はしているが、目の前の二人はその私のさらに頭ひとつ分程のっぽに見える。


「何か私に用でも?」


 どうせまたどこかの組から若い衆が来たのだろうとは思っていたが、のこのこと彼らのボスに会いに行ってやるほど暇ではない。


「貴方に会って頂きたい方がおられます」


 やはりな、と内心呟く。下っ端の態度が丁寧ってことは、また引き抜きの話か、それとも私を目障りと思って消そうとしているのか……。


「生憎と忙しい身でね、そのお方とやらには……会いたきゃテメェで来やがれ、とお伝え下さい。では」


 嫌味ったらしく笑顔でそう言って、二人の間をすり抜ける。止められるかと思いきや、彼らはすんなりと私を通し、あまつさえ残念そうな表情を浮かべていたようにすら見えた。

 激昂して突っかかって来ると踏んでたのだが、引き抜きの話だったのか……?どちらにせよ、今は仕事に行く道すがら、構っている暇は無い。突っかかって来てたらサクッとぶちのめして終わらせるつもりだったが、時間を取られないならそれに越したことはない。特に今日は土曜日。時間に遅れる訳にはいかない。


 働き始めてまだ半年だが、慣れた様子でビルの社員用通行口を通る。新人の守衛で無ければ顔パスで通れるが、一応社員証も持って来ている。今日は見知った顔の守衛だったおかげで出さずに済んだ。

 高層ビルという程の高さでも無いが、この建物が全て我が社なのだからそれなりと言えよう。最上階の十八階までエレベーターで上がると、社長室と書かれたプレートが見える。金色の上等なプレートである。その下の焦げ茶色のドアを潜れば、私が今日ここに来た目的の相手が、高級そうな椅子の上に鎮座していた。


「おはようございます、お嬢」


 穏やかな笑みを浮かべて挨拶する私に、彼女……高級そうな椅子の上(正確にはそこに座るスーツ姿の男性の膝)に鎮座している幼女は、チラとこちらを一瞥しただけで、男性のネクタイに意識を戻してしまわれた。

 男性はやや呆れたようにこちらを見ているが、まぁいつもの事だ。


「おい伊沢(イザワ)、毎度の事ながらテメェは……ボスより先にボスの孫に挨拶たぁどういう了見だ」


 不満そうなセリフだが、その口元は可笑しいと言わんばかりに歪められている。その彼の膝の上で無邪気にネクタイを引っ張って遊んでいる幼女、細くしなやかな黒髪は烏の濡れ羽色、ふわふわぷにぷにの頬はほんのり桜色に染まり、つぶらな瞳はキラキラと好奇心で輝いている。私が唯一ボスより優先するお方、お嬢である。お名前は夕月(ユヅキ)様だ。名前まで愛らしい。

 ちなみに挨拶が返ってくる事は無い。彼女はまだ意味のある言葉は話せないのだ、年齢的に。先程から「あー」とか「うー」とか言いながらネクタイに夢中である。


「まぁうちの孫が可愛すぎるってのは俺も同意見だがな」


 好々爺の表情でそう言いながら、孫の頭を撫でるボス。彼は彼で孫に夢中である。


「私は毎日、お嬢にお会い出来る土曜日を楽しみに仕事をしておりますので、当然の事かと。あ、ボスもおはようございます」

「俺はついでかい……さすがに、もう慣れたがな」


 諦めた顔で笑いながら髭を撫でる。見たところ六十代ぐらいだろうが、詳細は不明。聞いても教えてくれない、と若い衆が話していたのを小耳に挟んだことがある。私は聞いたことはない。幼女以外の年齢(または月齢)には興味が持てないのでね。ボスが何歳だろうとどうでも良いのだ、お嬢さえ連れてきて下さればそれで。

 言い方は時代錯誤かもしれないが、所謂ヤクザのボスである。彼が言うにはヤクザではなく若干法の網の目をくぐり抜けるのが上手な会社の社長、だそうだが。現代社会ではそれをヤクザと言うのではないだろうか、と個人的には思っている。


 土曜日の私の仕事は、会社の業務とはあまり関係がない。ボス……もとい()()の奥様が普段はお世話をなさっているのだが、土曜日は趣味のホットヨガクラブがあるらしく、多忙なボスに代わり、その間のお嬢のお世話を任されているのだ。そもそも他の社員は八割がた土日は休みだ。やってる事はともかく、それなりにホワイト企業なのだ。たまに命をかけろと言われることもあるが、ごく一部の社員のみである。

 つまりこれは休日出勤扱い。しかし、私がこの会社に就職した理由がこのお嬢なのだから、土曜日が仕事のメインと言っても過言ではない。お嬢より重要な業務など存在しない。


「あーぶぅー」


 社長室の隣に造られたベビールーム(お嬢専用)で積み木遊びをするお嬢を見守る。なんて有意義で素晴らしい仕事なのだろう。普段から顔が恐いと先輩方にからかわれている私も、自然と表情が柔らかくなる。

 まだあまり多くない髪を小さくツインテールに結ってあるお嬢は、淡いブルーのリボンがお気に入りだ。このリボンを付けている時は大抵ご機嫌だ。


「さすがお嬢、素晴らしい積み木の家ですね。将来は建築家にもなれましょう」


 完成したらしい積み木の横で(多分)満足気なお嬢。そしてそんなお嬢を見て拍手をしながら満足している私。至福である。この時間が永遠に続けば良いのに。そう毎週願ってはいるが、やはり人生そう上手くはいかないものである。


 夕方、お嬢との涙の別れ。この時ばかりは私もハンカチをびしょ濡れにせざるを得ない。毎週のことながら、お嬢は特に寂しがる様子も無く、ホットヨガ帰りの社長婦人に抱っこされ、ご機嫌で去って行く。その背中を見えなくなるまで見送った後、ようやく涙を止めていつもの無表情に戻る。ボスは大抵別件で社外に出ているため、お嬢との別れを終えるとそのまま家路につくのが平時の流れであった。その私の前に、不意に二人の女性が現れた。


「突然失礼致します」

「貴方にお会いしたいというお方がいらっしゃいます」


 左にはグラマラスな赤いドレスを身につけたセクシー美女。右には青いドレスを身につけたスレンダー美女。

 不自然過ぎる。こんな街中でドレスとは、中々に目立つ。しかも富豪のパーティーにでも参加するのかという煌びやかなナイトドレス。頭のおかしな連中か、夜の蝶的な方々に違いない。


「そういうの、今いいんで……」


 何かのキャッチだろうとスルーした。二人は何やら残念そうな表情。

 ん?この流れ、今朝もあったような?


 二度あることは三度ある。


 もうすぐ家に着こうという夕暮れ時、今度は二人の愛らしい幼女が私の前に現れた。歳の頃は三歳かそこらだろうか、二人とも色違いのシンプルなワンピースを身につけている。

 左の子が淡い緑のフリルが付いた白っぽいワンピースで、髪はお嬢と同じツインテール。小さな球体が二個付いているヘアゴムでちょこんと結われている黒髪が何とも愛らしい。球体の色はフリルと同じ淡い緑だ。

 右の子は淡いピンクのフリルが付いた黄色っぽいワンピース。髪はミディアムで少し内巻き。フリルと同じ淡いピンク色のカチューシャを付けている。こちらもまた愛らしい。


「お兄さんお兄さん」

「私たちと一緒に……来て?」


 可愛らしい声と、こてんと首を傾げたそのなんとも庇護欲をそそる仕草に、一も二もなく頷いた。幼女の言うことは絶対である。断る理由が無い。


「私に何か用かな?お嬢さん方」


 目線に合わせてやや腰を屈め、にこりと笑顔を向ければ、二人はどこかホッとしたように表情を緩めて、私の手を左右から握ってくれた。

 こ、これは……一体何のご褒美ですか、ありがとうございます。私は今日死ぬかもしれない、むしろ死んでも良いのかもしれない、それほどに幸福すぎる。


「こっち、来て」

「こっち、こっちだよ」


 姿から表情から何から何まで可愛らしい二人の幼女に手を引かれ、私は夢心地で足を進めた。ここは天国なのでは、と勘違いしそうになる。夢にまで見たシチュエーションだ。最早ここが天国でも構わないとさえ思う。

 向かった先は狭い路地を抜けた先の小さな空き地。まわりは古ぼけたビルの壁やら場末の居酒屋の裏手なんかで囲まれている。他に人はいない。ぽっかりと空いた中央のスペース…コンクリートの地面に妙な模様が描かれている。アニメでよく見る魔法陣なんかによく似ているが、彼女達が描いたのだろうか。

 幼女が好きそうな物は全てチェックしているため、子供向けのアニメも無論ほぼ網羅している。個人的に面白そうだと思ってアニメを見たことは無いが、女児向けアニメならばキャラクター名は勿論、決めゼリフもあらかた記憶している。男児向けのアニメが好きな幼女も偶にいるので、そちらも軽くだが見てある。

 全ては俺との会話を幼女に楽しんでもらうため。

 目の前の模様は、先日放送開始した魔女っ子アニメ『ナイショのマリーちゃん』に出てきた呪いの魔法陣に良く似ていた。作中では、主人公のマリーちゃんがこの魔方陣で敵のアジトへと転送され、罠に嵌められるのだ。その後、なんやかんやあって敵を殲滅するのだが……彼女達はマリーちゃんのファンなのかもしれない。


「ねぇこっち、ここの上に乗ってほしいの」

「ねぇ乗って、お願い」


 幼女二人に手を引かれ、不可思議な模様の上に躊躇いなく足を踏み入れる。私の中に幼女のお願いを拒む理由など存在しない。例えそれが、アニメ同様に罠だったとしても、だ。


「ん?」


 幼女二人とその丸い模様の中に入ると、足元から風が吹き出した。地面から直接空気が吹き出している様な、そんな感覚だ。しかし模様の外側には風など吹いている様子は無い。

 本来ならばこの時点で慌てるなり逃げだすなりするのだろうが、私の両手は未だ幼女二人にそれぞれ握られている。その幼い手を振り払うことなど出来るはずもないしするつもりもない。


「ごめんなさい」

「どうしても」

「貴方が」

「必要だったの」


 左右で交互に言葉を紡ぐ幼女に私が思ったのは「こんな可愛らしい幼女達に必要とされるならば、魂ごと捧げてくれと言われても本望だ」という事だけだった。

 自分の体が足元から徐々に消えている事に気が付いた時には、ほんの少しだけ思っていた。


 もしかしてこれ、魂ごと差し出すパターン?





駄文ですが続くかもしれません。……続かないかもしれません。すいません。

万が一、読んで下さった方がいらっしゃいましたら、心より感謝と謝罪を込めて、一礼。

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