夜空の星空に捧げる五重奏4
時間はまた数分進む、時間は進みもろもろの準備が終わりを迎える
ルディアは自身が履いているブーツを履きなおしながらアルに声をかける
「じゃあ任せましたよ?」
「ん?どこか行くのか?」
「やり残したことをやりに行くだけですよ、そこまで時間は掛けるつもりはないですから帰ってきたら夕飯お願いしますね」
杖を持ち、普段着ているローブを着なおし、さてここから出ようと決めたところでいきなり何の予定調和もなく扉が勢い良く開いた
「おい!!この!また何かやらかしたな!?最近仕事が溜まりすぎて首が回らないどころか、ヒイロに怖い笑顔を向けられているのに!これ以上増やすつもりなのか!?なんだ!?お前は私に恨みでもあるのか!?吸血鬼だからって体力が無限にあるわけじゃないんだぞ!?」
扉を勢い良く開けた吸血鬼が夜の月明かりに照らされてそこに立っていた、この国の王様、ソフィアがそこに立っていた
だが扉に前に立ち、扉を開けたのならばそれはすなわち行ってしまえば部屋の中が見えてしまうことだろう
だからソフィアは目を丸くする、一瞬の驚き、そして瞬間的に水が沸騰するよりも圧倒的に早い速度で怒り、その気持ちは行動にでた
アルの目に映らない速度で剣を抜刀しそしてアルとルディアに向けた、切っ先がきらりと室内の光に反射して光る
だがルディアもそれに一瞬だけ遅れる形ではあったがソフィアの抜刀に対応する形でソフィアに向けて杖を向ける
「…誰がやりやがった、てめぇか?アル?…妹とじゃれあうのは目を瞑るが怪我をさせるのは認めてねぇぞ?」
先ほどの軽口はどこへ行ったやら、それはそれは悍ましいほどの気迫がそこには載っていた
「おいおい少し落ち着け、ルディアもソフィアも」
「駄目ですよ、殺意を向けられているならば殺意を向けるべきなんですよ、たとえ自分たちを守る手段があってもです」
ソフィアから目を離すことなくルディアはアルに伝える
「誰だ?答えろ、答えなければ首を飛ばすぞ」
「脅迫は力の上下関係がしっかりと成立してないと成り立たないものですよ、ソフィアさん?知ってましたか?」
「首飛ばしたら得たい情報を得られないでしょうが、ルディアも余計に煽ることをするな、じゃなくてどっちも頭に血が上りすぎだ」
二人は一歩たりとも動からない、否、体制を変えることはなかった、どちらも杖を下げることなく、剣を下げることなく、争いをやめるつもりがないらしい
「はっ!じゃああれか?ルディアはここで力の上下関係を付けたいのか?つい数か月前まで助けを求めていた少女がこの私を力で押さえつけられるとでも?」
「一国の主なのに人を見る目がないんですね、良くそんなので国を運営できますよね、あーできていませんか、だって未だに国に害をなす人がこの国で跋扈していますもんね」
「てめーらみたいな奴がいるから、勝手な奴らがいるから手が回らねぇんだよ!首が回らねぇんだよ!」
お互いの言葉のぶつけ合いは終わらない、終わりを見ることはない、お互い引く姿勢を見せないからこそ終わりは見えない
だがそれでも静寂は訪れる
それが今だった、静寂はほんの一瞬の出来事、次に進むための前準備、何の準備かと聞かれれば簡単なことだ、お互いが突き出して静止しているものに動きが加わるだけだった
どちらが先に動き出すか、それを決めるのは神にも悪魔にも分からないだが誰も何も新しい動きを見せなければそれは始まってしまうだろう、それは火ぶたを落とされてしまうだろう
だから彼女が動く
アルは引かない二人を見てため息を吐いた、そしてそれと同時にどうしようもなくなる前にこれから使うであろう魔力の一部を使い一つの詠唱もなく魔法を完成させる
それは止めるための魔法、それは一時的に事態を改善させるための魔法
…改善というか力ずくだけども
魔法を完成させたのち頭に血が昇った彼女たちが動き始める
「白き!」
「っつ!」
「こいつらは…本当に」
ルディアは魔術を放つためのいつも通りのお呪いを、ソフィアはいつも通りの剣を構えてこの狭い室内の中で床を蹴った
だがそれよりも一瞬、ほんの一瞬だけ早くいつも通りの魔術を使用したアルがいた、そしていつも通りに空間を移動したアルはちょうど二人の間へと出現して杖を突きたてる
「どうしようもないやつらだな」
ため息交じりの言葉と共に魔法を発動させる
その瞬間、ルディアとソフィアは半強制的に地面へと膝を付ける、身体すらも徐々に地面に向かって沈んでいく
二人とも地面へと近づいていく身体を手を使い起そうとするが力をいくら入れても身体が一切動かない、否、動かせなかった
「な、何をしやがった」
「……重力を少しだけ弄ったんだよ、そうだな今回の魔法の名前は「てめぇら少し頭を冷やしやがれ」かな」
「……。」
ルディアは悔しそうな眼をアルに向けるだけで言葉を発さない
「いいかソフィア一つ、いいや二つ話を聞け」
「あ!?この状況で話を聞けってか!?」
「その状況じゃなきゃ話聞かねぇだろ、今のお前は………一つこの現状について少しだけネタ晴らしをしてやるよ」
ソフィアに恨めしそうな目で睨まれている中、アルは言葉を紡ぎ続ける
「これは今組んだ魔術なんだがこれを発動する条件は杖を床につけているっていうのが条件に含まれているんだわ」
二人は床に完全に頭を擦り付ける体制で話を聞いていた
「でだ、この状況だと私は何もできない、何一つ動くことができない、そうだな、今できることと言えばお前たちを見下ろすぐらいのことか?まぁ詰まるところルディアが腹を空かしている原因であるおっそい夕飯作りだってできないし、はるばる魔道具展に足を運んでくれたソフィアにお茶だってだせたもんじゃねえ………それにあいつの治療すらできない」
放置を決め込まれているリーシャは未だに息が浅いままだ
「わかるか、おめぇらがここで頭を真っ赤に熱している状況だと私は何もできないというか解除できない……これが伝えたい理由の一つ」
ぽりぽりと呆れるような顔で呆れながらアルは髪をかいた、伝える言葉を選ぶために頭を触り続けたと言ったほうが良いかもしれない、その動作によって綺麗で茶色な髪が左右に揺れる
アルは呆れながらも事態を収束させるために言葉を最後まで紡ぐ
アルは目を閉じた
「でだ、こっちのほうが重要なんだがリーシャはここにいる奴らが傷をつけたわけじゃない、私が怪我をさせたわけじゃないし、リーシャが自分自身で怪我をしたわけじゃないし、勿論ルディアが怪我をさせたわけじゃない、まぁ私も詳しくは知らんのだがな、それでも駆け付けた時にはもう既にリーシャはこの状況だったっていうわけだ」
と頭を掻きながら言葉を締める
そうしてアルはゆっくりと目を開け、今もまだ床に転がっている吸血鬼の王様の瞳を覗いた
真っ赤な目、深紅の赤、少しだけ黒みがかった赤色の目がそこにはあった
目を見ただけで人の感情なんてもの一から全までわかるものではないとアルは思うがそれと同時に一ぐらいはわかってもいいんじゃないかとも思っている、それは相手にとってもだ、自分の感情を全て見せるわけでもなし、だが一部だけならば把握してもいいんじゃないかと
だからこそ瞳を覗く
真っ赤すぎる目とアルの目が交差する
怒りの炎は徐々に消えていった、それによって熱されていた部屋の中の温度も相対的に下がっていく
「……わーった、わーったよ、私が悪かった、頭に血が昇りすぎていた」
「……すいません、私もやりすぎました」
冷まされた部屋で頭が冷えたのか素直に自分たちの非を瞬間的に認める、瞬間的に熱されたというか熱しやすかったからか冷めやすさも瞬間的なのかもしれない
「はぁ、これで終わりでいいなとか言いたいんだけどごちゃごちゃあったせいで何も終わってないんだよな、てか始まりにようやく立てたってところか」
アルはちらりとリーシャを見る、彼女の腕は相も変わらずもげていて、相も変わらず瀕死の重傷ではある
ここまでアルが急ぐという思考を見せないのも吸血鬼という種族的な違いが最もだからだ、人間と吸血鬼では生存能力が大幅に違う、血液が外にでようが腕が千切れようが絶命はしない
「だが、まぁ本物を見たことないから何とも言えないが…。」
アルはそんな一言を残してリーシャが寝そべっている場所まで移動する、移動したために、杖が地面から離れたために先まで顔面に血液が回っていた仲間思いの馬鹿と妹思いの馬鹿が立ち上がる
アルはその様子を横目で見ながらソフィアの治療に取り組み始めた




