ただの吸血鬼とただの魔術使い少女の異世界生活6
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥止まってください」
今にも上と下で真っ二つに千切れそうなリーシャの身体を支えるように持ち、その瀕死の少女を持ちながら、ドラゴンの頭に手のひらが向かうように腕を前にだす
奥底から湧き出てくる恐怖によって戦闘を起こすことはできない、身体を動かすこともままならない、だが口だけは動く
できる最善の手を打ち出す
「gurarara…‥‥‥‥‥」
ドラゴンは低く唸った後に興味を無くしたように青き瞳を持つ白きドラゴンはのしのしと花畑の中央に戻っていく
そして我が家のベットに入るかの如くどっしりと座り、優雅にのんびりと臓物やら血液が付着していた尻尾を舐め始めた
白き花はルディア達をあざ笑うかの如く綺麗に揺らいだ
ルディア達が撤収していくのを風と共に笑った。汚した罪だと言わんばかりに、無益な争いを持ち込んだ罪だと言わんばかりに揺れていた
小さき洞窟の中で少女は淡い光を瀕死の吸血鬼に当て続ける
ルディアの額から一つ雫がぽたりと落ちる、その雫は地面へ静かに落ちこの空間に一つの音を発生させる
その音が綺麗に全て途切れることなくここにいる人物たちの耳に入った
淡い光は生命力を連想させるかの如く脈動するように点灯していた、点灯しながら生命の色、緑の色を出しながら少女の身体に命を強引に吹きこんでいる
数秒が経つ
その傷跡は塞がらない、吸血鬼の傷口は塞がらない
数十秒が経つ
生命を維持しながらの魔術行使、設備も無ければ、自身の技量も有るわけでもない、あるのは余りに使い道が無い莫大な魔力だけ、その使い道に乏しいエネルギーを全力で彼女に分け与える
必死の魔力行使
これ以上目の前で人を死なせたくない、これ以上、私のせいで人が死んでほしくない、これ以上、私の周りで死という物を見るのは嫌だ
我ながら何を言ってるんだと思った、全ては私が招いた災厄だ、全部全部全部全部、私が起こした罪だった
数分が経つ
懺悔は終わらない、後悔は終わらない、罪は消えずに、後悔は消えずに、記憶は消えずに、自身の身体に纏わりつく
それでも目の前で消えかかっている命は見捨てない、見捨てるわけがない、自身が招いた結末だが諦めるわけがない、何十時間かかろうが絶対に命を絶対に吹き替えさせる
心は折れない、一回完全に折れた心は簡単には折れない、だがそれでも折れないだけであり、折れていないだけだ、決して普通の心ではない、心は壊れていないが、心は正常ではない
だから、だから懺悔を後悔を積み上げながらルディアは魔術を行使する
数時間が経った
少しばかりだが日が傾き始めていた、夕暮れにはまだ早い時間、そんな時間に一人の少女が目を開ける
「んん……………ここ‥‥は?」
「‥‥‥‥‥‥‥ここは近くにあった小さな洞窟です」
ルディアはゆっくりと体操座りの状態で膝に埋めていた顔を上げる
「痛った」
ころりと身体を少しばかり動かしたリーシャが小さな悲鳴を上げる
その少しばかりの悲鳴に共鳴するように洞窟内で炊かれていた焚火がぱちりとなった
まだ日は落ちているわけではない、外に出れば眩しい日光を浴びることができるだろう、だがそれでも洞窟内、洞窟の中へと入れば日はある程度しか入ってこない、だからこそ焚火を炊いて光を灯していた
「そりゃあ痛いでしょうね、傷口をふさいだだけですから………‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥すいません」
「何を謝ってるんだ?何か謝る必要があったか?」
寝転んでいる状態だと喋りずらいと判断したのかゆっくりと痛さに顔を歪めながら岩陰に背を預けながら身体を起こす
「今の状況を招いたのは私の責任です」
「それこそ訳が分からないぞ、何処まで行ってもルディアの責任にはならないだろうに」
リーシャは我が暴走した結果がこれだしと目を逸らしながら申し訳なさそうに小さな声で付け加えた
「‥‥‥‥‥全部、なにもかも私がいけないんです」
ルディアはリーシャの目を見ず、地面を見つめながら言葉を放ち終えた
「そっか」
そんなそっけない一言をリーシャは放つ、ルディアの言葉を肯定しているわけでもない、ただただ話を聞いたという認識を植え付けるための一言、それを言い終えたリーシャは岩壁に背中を預け、頭を天井へと向けた
天井には焚火によってできた二人の少女の影が浮かび上がっていた、体操座りで罪悪感に押しつぶされている少女の影と、それを見守る少女の影があった
焚火から火の粉がぱちりという音を立てて一つ空中に飛ぶ
それを皮切りにしたように見守る少女は口を開く
「ルディア‥‥ルディアがそこまで自分を追い込むのはなんで?」
それは普段とは違う声色だった、口調だった、責め立てているわけではない、ただ優しい口調でただただ優しい口調で言葉をリーシャは放った
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ドジったのも私、あの白いドラゴンに挑んで負けたのも私。それなのにどうして自身を追い込むの?」
「…………………………私がいるからです、私がいるから皆が不幸になっていくんです」
「ルディアが?」
「最初に親が、次に友達が………仲間が………どんどんと不幸になっていく、それなのに、それなのに、それなのに、私は今もまだ五体満足で今を生きてしまってる・‥‥私がもっと動いていれば、肝心の所で動いていれば‥‥‥‥今回だって、今回だって、私が恐怖に足を掬われていなければ・‥‥リーシャさんがこんなことには」
「ルディア、ルディア」
ルディアの名前を二回ほど奏でた彼女はいつの間にかルディアの隣へと移動して自身の胸に顔を埋めるようにルディアを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた
「私には貴方に起きた出来事は分からない、どんな体験をして、どんな経験を積んできたのかは分からない、分からないからこそ、だからこうして抱きしめて落ち着かせることしかできないし‥‥‥何度も言ってるけども私がドラゴンにやられたのは貴方のせいだとは微塵たりとも思っていないよ」
「ですが!…‥‥ですが、私がいるという時点で、うぷ」
ぎゅっと自身の胸に押し付けて口を物理的に塞ぐ
「ごちゃごちゃとうるさい。・‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥私の心臓の音は聞こえている?」
「き、聞こえてますが」
「それでよし、少し落ち着け」
ルディアはリーシャの胸に耳を当てて心臓の音を聞いた、一定周期に流れる命の鼓動、どくんどくんと流れるそれをルディアは耳に入れながら少しの間目を瞑っていた
火花が弾ける
ルディアの目に。目の前のリーシャの顔がちらりと目に入る
一瞬だけ、心が少しでも軽くなるのならば話してしまおうか。という思考が横切る、だがそんな思考も泥に捨てる
話したところで変わるものはない、話したところで現実において変わるものはない、この物語を知ったところで何かが変わるわけではない
話して何が変わるだろうか、気持ちが楽になる?…‥‥なったところでどうする
これは私だけが背負えば良いものだ
決して折れることはない、決して折るわけにはいかない、挫けないと決めたから、だから折れずに歩き続けて、思い出を重ねていけばいい
この思いは誰にも伝える必要はない、これが私だけが生き残ったために背負う罰だ
あーそっか。
綺麗な思い出を積み重ねるのに自身の思いは必要はない、この濁り切った心を押し留めていても、楽しさは感じられる、面白さは感じられる、自慢できることも感じられる、感じることに心は必要はない
心を殺していても感情は動く、だって仮初の心が機能するから
だからもう動けなくなることもないだろう、殺された恐怖もそこに置けばいいのだから、心に全て置いて蓋をすればそれで全て丸く収まる、いつか心が壊れてしまっても、仮初の心がきっと動いてくれるはずだから
だから私は罪を背負い続ける
「すいませんリーシャさん、少しだけ気が滅入っていました。リーシャさんの身体が回復したらユウゼンギクを取りに行きましょうか、もうドラゴンの目の前で動けなくなることも無いでしょうし、ちゃっちゃっと追っ払ってユウゼンギクを頂いちゃいましょうか、それにしてもリーシャさん?一人で突っ張るのは無しですからね」
ルディアは普段通りの声で普段通りに振る舞い始めた、誰からどの角度で見ても普段通りのいつも通りのルディアだった
だがリーシャの目にはしっかりと映る、その眼には心が映った、黒く淀んだ心が‥‥それに蓋をするように覆うように光の色が見えた
だからこそ全体をみると彼女の心は灰色に見えた
理由は分からない、何故あの時、ドラゴンの前で動けなかったのか、何故、ここまで自分の事を責めているのか、何故限りなく白色の心を持っていたのにも関わらず今現状危うい状況にあるのか
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥強い人には白色の心でいて欲しい。
…‥‥‥‥‥‥‥‥‥白色の心を持っているならば白色でいて欲しい。
…‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥私の周りにいる人は自然の色でいて欲しい。
リーシャは口をゆっくりと開く、その声はひどく、ひどく優しかった、だが甘えさせるような声ではない、優しさの中に芯がある声だった
「ルディア…‥‥‥‥‥‥‥私は後悔を慰めるつもりもない」
ルディアは思う、懺悔を聞いて貰うつもりも無い。
「お前の罪を持つ気はない」
ルディアは思う、持たれるつもりはないと。
「お前の懺悔を聞いてやるつもりはない」
ルディアは思う、懺悔を聞いて貰うつもりも無い。
「お前の後悔を聞くつもりも無い」
ルディアは思う、後悔しかない無い。
「お前の気持ちを覗くつもりも無い」
ルディアは思う、覗かれてたまるか。
「私はルディアの心を救うことはできない」
ルディアは思う、救えるのならば救ってほしいと
「‥‥‥‥‥私は‥‥‥‥‥‥‥」
リーシャは意を決したように言葉を紡いだ、言葉を紡いでしまえばそれが本当の事になってしまうから
言葉を外へと自分の口から出してしまえばそれは認めることと同義だから
だけど目の前の人物の隣を歩くために、目の前の闇に落ちてしまう少女の手を取りたいから…‥
ちっぽけなプライドよりも大事なものを取るために。
「‥‥‥‥‥‥アリストロのように私は強くない」
リーシャは一つ思う、私には無いから
「…‥‥‥ルドのように強くはない」
リーシャは一つ思う、私には無いから
「ソフィア‥‥お姉ちゃんのように強くはない」
リーシャは一つ思う、姉のように持っていない、私には無いから
「お前のように、ルディアのように強くはない‥‥‥‥強くないから、ルディアの前に立って道を歩くことはできないけども」
目の前の少女のように私は何も持っていない、何もないけど
リーシャはルディアの事を抱きながら、自身の手でルディアの手を握る
身体を少しだけ離し、リーシャの赤い目とルディアの青い目が交差する
少しの間の静寂
「それでも、それでも強くない私でも、ルディアの隣を歩くことはできる、隣に歩いて一緒に歩幅を合わせて歩くことはできる」
繋いでいない片方の手を差し出す
「だから、だからさ、一緒に歩くためにルディアの人生を教えてくれないか?友達として、手を繋いで歩くための権利を私にくれないか?止まるのならば私も一緒に止まることができるからさ」
リーシャの顔は笑顔だった
子供のように笑顔を見せていた、その笑顔の裏には言葉が書いてあった、優しいお前ならば乗ってくれると、優しいルディアならば私の声に応えてくれると
ルディアは読み取った
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
…‥‥‥‥‥‥‥
…目を瞑る
彼女の言葉を聞いて心が軽くなったのは事実だ、だがその一言に集約されるほどに私の心は全て軽くなる訳が無く、私の心は私の事を許さない
だけど彼女が手を指し伸ばしてくれている、面倒くさい私の心に手を差し伸べてくれている、我ながら面倒くさい私に手を指し伸ばしてくれている。
これでも迷っている自分がいる、ここまで歩み寄って来てくれているのに、ここまで譲歩してくれているのに、私の事を助けようとしているのに
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥話してもいいのだろうか?
「ダメか?」
普段は飄々と笑みを吊り上げているリーシャだが、今ルディアが見ている彼女の顔は一言で表すならば不安が前面に出ている顔だった
こんな顔は不安そうな顔は初めて見た
その顔はズルいですよ。
「…‥‥‥少しだけ長いですよ」
ルディアは見つめあっている態勢からくるりと器用に反転しリーシャの事を枕とする
「痛ぁ!?」
リーシャの悲鳴が洞窟内を駆け巡った
日差しが少しばかり落ちてきているためか洞窟内にも日の光が入り込み始めていた




