狂った少女は夜に照らされ静かな笑みを浮かべる4
辺り一帯に溢れていた歓声も静かになる
ルディアとリーシャはどちらも動かなかった、いな動けなかった。達人の間合いとはいかずとも初手を間違えれば痛い目を見るのは火を見るよりも明らかだった、だからといって後手に回ってもそれはそれで悪手だった
だからと言って二人は動けなかった、だからこそ二人は動かなかった、だからこそ二人は動けなかった、動きたくとも最善手を打ちたくても相手の手札が分からない
だがそれを破るかのようにルディアは動き出す
「動いても良いですよ?」
ルディアは不敵に笑って見せた、不敵に大胆に余裕を見せつけるように
どーせ相手の方が上だ、私にとってアドバンテージがあるのはせいぜい「白い世界」だけだ、後手に回るのはあまりいい手ではないが、それでも私の持ち味が猿真似をふんだんに使った応用力だけなんだ
だから後手に回ってやる、後手に回ってでも勝ってやる
「良いのか?…ハハ!自身があるようだな!ならば!!剣を喰らいたまえ!神をも食らう我が剣を!!」
リーシャの背後に赤い剣が炎が揺らぐように一本、二本、十本、二十本、三十本と徐々に現れ…それは空を覆っていった
青い空は無数に現れた赤い剣によって埋め尽くされていく
以前見たことがるような空が広がっているように感じられた、空の青さは赤色へと埋まり、目の前には赤い空が広がっていた
吸血鬼は紅い空が好きなんですかね…
ルディアは魔術を発動する、白き髪の少女は一歩も退くことなく赤い剣を生み出し、手に握る
二人の始まりの準備は終わりを迎えた
既に私は後手に回っている、この赤い剣をどうにか防いだとしても次が来るだろう、だったら防ぎながらでも攻撃に転じる!
リーシャはにやりと笑った、それは攻撃ができる喜びなのか、はたまたこれから起こるワクワクを前面に出しているのか、それは当事者にしか分からないがリーシャは確かに笑った
そして深紅の赤い剣はそれに呼応するかのように空から地面へと降り注ぐ、雨のように、弾丸の速度で…それはルディアを目掛けて動いていた
ルディアは自身の魔術で作成した赤い剣をぎゅっと持ち‥
全力を出すと決めた今‥
「ふぅ!」
ルディアは短い時間で呼吸を吐いた、これから息を吸う時間なんてものはない…これから息を吐く時間なんてものもない
だからここで全ての空気を抜いておいてしまえ
息と共にルディアの目は大きく開かれる、大きく、全ての情報を得るために、最善手を打つために
集中‥‥
命のやり取りによって極限までに集中力が高められ、ルディアの主観的な速度はゆっくりと動き出す
手始めと言わんばかりに深紅色をした赤い剣が手始めに一本飛んでくる
ルディアは小さな体を全て使い、自身の体重を全て乗せ、がきんという重々しい音と共に赤い剣を自身の赤い剣で地面へと撃ち落とす
赤い剣は地面へと深々と突き刺さり、血しぶきを散らすように消える
ルディアは見事に初撃は防いだ、だが
「っつ!」
ルディアには剣の才がない、そのために赤い剣の威力は殺しきれない、一本防いだだけで身体のバランスは崩される
それでもルディアは焦らなかった
極限までに集中していると頭で考えるのではなく、身体が勝手に動きだす、最善手というものをコンマ数秒の世界で打ち出す、これまでに培って得た情報、体の可動域、イマジネーションに、戦闘経験、動体視力に、目で得られた情報、耳で得た情報‥‥これ以上にある莫大な情報を瞬時にまとめ上げ、解析し、限界までに集中された真っ白な頭の中へと叩きこまれて、身体が勝手に動きだす
ルディアは最善手は打ちだす
バランスを崩された身体を大きく動かし、手で地面を突き、体制を立て直しながら赤い剣を避け続ける、一歩、二歩と避ける度にルディアに刺さったはずの赤い剣が地面に刺さっていく
三歩、四歩と避けていく
ルディアは歩数を重ねるごとに、一歩でも遅れれば命すら落としかねない死線をくぐりながら、体制を立て直した
「ここだ」
無意識のうちに出ていた言葉
それは思考しながら考えた言葉ではなく直感から感じた感覚が言語化され口からこぼれ出た言葉だった
赤い剣は未だに飛んできている、ルディアを焼き鳥のように串刺しにするようために
だがその赤い剣たちは全てが横一列に均一に飛んできているわけではない、時間差で赤い剣が来ているためにまばらであるのが伺える
だからこそ、穴がある、剣と剣の間には明確な隙間が存在している
ルディアは剣を持っていない片手、すなわち左手をバッと勢い良く地面に向ける
「バースト」
そして魔術を発動させる
それは風魔術、ツバメが飛んでいる原理をそのまま自身にトレースする
ツバメさんみたく器用みたく鳥のように飛べませんが、飛ぶこと自体は出来ます、今はそれだけで十分
パンと弾ける音と共にルディアは空へと飛び立った
それは赤い剣の間を縫うように凄まじい速度で空を飛行する
だが一度の魔術の発動だけじゃ届かない
「バースト!!」
もう一度風魔術を発動させる、ぶわりとルディアの身体は押し上げられ、速度は目まぐるしく速くなっていた
思考する時間なんてものはない
赤い剣を避け、赤い剣を自身の赤い剣で撃ち落し、赤い剣を避ける
全てが綱渡り、一歩でも狂えば腹に穴が開く
だが一歩も間違えない、間違えずに、間違えることなく、自身が嫌いな赤い空を抜け出した
ルディアの目にはぶわりと何もない空が広がった
青い、青い空
ルディアとリーシャの間には距離があった、だがらルディアは止まるわけにはいかない
瞬時に掌を身体と垂直になるように向ける、そしてもう一度風の魔術を発動させる
「バァァァァァァスト!!!」
叫ぶように、喉が焼けるほどに、はち切れるほどに魔術を叫んだ
魔術は発動し、掌から莫大な風が押し出される
その風魔術が展開されたと同時にルディア気合に呼応するようにルディアの中にある勇気の炎は灯り始める
ルディアの手の甲には青い光が浮かび上がる、同時に片目、右の目からは紅い、赤い炎が浮かび上がり、ぶわり、ぶわりと空気に揺さぶられて目から溢れ出ている勇気の炎は揺れ続ける
「これか!!これなんだね!!これが!!私に無かったものね!!くふふ」
リーシャはそんなルディアの姿を見て高らかに笑った、楽しそうに、嬉しそうに、激しく、高らかに笑った
「さぁ最後の勝負だ!!持つ者!!」
「終わりですよ!!」
一瞬の言葉の交わし合い、リーシャとルディアとの間で視線が交差する
終わりの時間まであと少し、最後の動作を二人は始めた、ルディアは凄まじい速度でリーシャに迫りながら、赤い剣を構える
ルディアの目から溢れ出ている炎は消えることなく燃え上がり、感情を…神経を…全てを勇気で燃え上がらせる
リーシャは逃げることなく空に浮かび仁王立ちしている
「ブラッド!!ワールド!!」
リーシャは言葉を発した
ルディアが以前使った魔術と同じではあるが、詠唱は省略されていた、だが魔術は瞬時に発動する、リーシャの周りは一瞬で赤く赤黒く染まり、リーシャを中心として展開を始める
吸血鬼たちが夢見た世界が、太陽なんてものはなく、自分たちの好物、血という名の血液で構成された世界が展開される
だが同時にルディアも自身の能力を発動する
空中から幾つもの鎖が出現し、目にもとまらぬ速さで至る所に突き刺さる、世界に突き刺さり、空中で展開しているブラッドワールドに突き刺さり、リーシャに突き刺さり、蜘蛛の巣のように全てに突き刺さり銀色の世界が展開された
「私の世界が止まった?」
吸血鬼が夢見た世界はルディアの鎖に突き刺された瞬間に世界への展開が止まった
だがルディアは止まらない
「やぁああああああああああああああああああ!!!!」
ルディアはリーシャに突き刺さった鎖を手に持ち、地面へと向けて叩きつけるように、叩きつけるように鎖を弧を描くように引っ張り込む
全ての体重を、自身に乗っている全てのスピードを鎖に伝え、乗せ、全てのエネルギーを使いリーシャを引っ張り落とす
空に佇んでいた吸血鬼を地面へと撃ち落す
「落ちろ!!」
リーシャは翼を広げ体制を整えようと思ったが、何も起こらなかった、何も起こせなかった
「っつ!?翼が!?なんで!?」
鎖の真価は止めるという能力、これがルディアの能力の真価。鎖で縛り上げ、全てを停止させる能力、それこそがルディアの能力だった
ルディア自身は自身の能力について知覚していなかった
いや鎖を操ることができるという事は知覚していたが、自身の能力の範囲が拡大していることに気付いていなかった
だがルディアの感覚が理解していた、ルディアの直感が理解していた、ルディアの身体が理解していた、無意識的に無自覚に、いや能力がルディアに呼び掛けて理解させたのかもしれない、勝つために自身の能力を組み込むことを、最善手に能力を使うことを
ルディアの能力によって全てを封じられたリーシャは地面へと落とされ砂煙が大きく舞う、ルディアは風魔術によって落下を軽減しながら追うように地面へと落下した
そしてルディアは今まで吸うことができなかった空気を大きく吸い、肩で息をしながら地面へと倒れ伏せたリーシャに向けて紅い剣を突きつける
「はぁはぁはぁはぁ‥‥ふぅ、これで…はぁ…私の…勝ちです」
「ははは!あぁ、あぁ、あぁ、負けた、負けた負けた、私が味わいたもの、これこそが私には無かったものか」
リーシャは地面に転がっているにも関わらず、剣が突きつけられているにも関わらずに楽しそうに笑った
その笑みの意味が分からずにこの試合の勝者であるルディアは困惑していた
「はぁ…はぁ…なんで楽しそうなんですか、まったく」
「楽しいからに決まってるからね」
「‥‥‥普通に喋れるじゃないですか」
「っふ、仮面の奥を見せてしまったか、我が仮面の奥を覗いた貴様はいずれ厄災が降りかかるだろう!!」
「何言ってるんですか、既に貴方に絡まれた時点で厄災、降りかかってるんですよ、これ以上の厄災なんてあるわけないじゃないですか、はぁ、わけわかんない人ですね」
「ふふふあははは」
リーシャは楽しそうに笑い続けた、敗者は笑った
イカfpsに時間を吸われました




