幕間 青き空を見るためには2
「さて、私を引き留めた理由てなんだ?…ずずず、上手いなこれ」
ソフィアは紅茶を飲みながらアルに話を振った
その顔は諦めが付いたのかはたまた吹っ切れたのか、落ち込んでいる様子なんてなく、普段通りに、いつも通りの様子だった
「なんだ、なんだ結構乗り気だな!アルさんは嬉しいぞぉ!」
「全然乗り気じゃねえよ、本気になったお前たちからは逃げられねぇから、話を早く終わらせて帰りたいんだ…で理由は?」
「ふふふ、それはだね、ソフィア君!!・‥‥ルディアの事だよ」
アルは静かに変にテンションを挙げずに冷静に話し出す
「ルディア?」
アルの様子は先ほどのおちゃらけた雰囲気なんて物を感じさせないほどにひどく冷静だった
「そう、ルディアの事だよ、頼まれたんだよルディアを救ってくれって……それに私自身がルディアの事を救いたいんだよ」
「すまないが、話が見えない…虚数空間で何かあったのか?」
私はルドにしたように一つ一つ丁寧に説明する
ルディアの身に起きたことを、私が経験したことを、彼から聞いた話を…
「なるほど…そんなことがあったんだな‥‥」
アルは一通り話終えた、虚数空間であった話を、何度も何度も死んだ経験をしたことを、エニュプニオンとの戦闘があったことを
「そう、それからルディアの様子がちょっとばかしおかしくてな」
「なるほど、なるほど…で?到着点は何処にしたいんだ」
「それはもちろん、ルディアが元気に暮らせるようにかな」
「ルドは現状何か案は持っているのか?」
「持ってたらアンタなんか引き留めないわよ」
「だろうな……」
ソフィアは虚空を見つめながら考える
「何度も、何度も死んだ人間の心の修復方法‥‥か‥‥」
人間は簡単に壊れてしまう、それも些細なきっかけでだ、些細な言葉や、些細な行動でだ
だから確実に壊す方法も確立している、死を間近で経験すれば人間なんて簡単に壊れてしまう、壊れない人間はそれは壊れていないように見えるだけで、確実に絶対的に、どこかしらが壊れている
心なんてものは曖昧で、軟弱で、脆いものだ
だったら死というものを何十回、何百回と繰り返した人間の心はどうなんだろう
普通の人間である私はそんな人の心を図ることなんて出来ない
普通の人間である私は彼女の心の傷の深さを見ることは出来ない
そして仲間であった人間はとうの昔に死に絶えている
普通の人生を歩んできた私には分からない
普通の人生を歩んできた私は仲間を失う気持ちが分からない
店に残っている彼女の気持ちの傷の深さなんてもの一切分からない
普通で普通な私はどうしたらいいのだろうか‥‥
ルディアは私に隠しているようだが知っている
外の景色を見られなかった事
外に出られない事
何度も何度も虚数空間で起きた出来事がフラッシュバックしている事
夜中にうなされている事
表情を隠している事
意図的に虚数空間であったことを会話から逸らしている事
私は全世界を救うような女神になりたいわけじゃない、可哀そうな人間だからという理由で救いたいわけじゃない、見ず知らずの人間を全員幸せにしたいなんて願望もない
世界平和なんてどうでもいい、知らない奴の顔なんてどうでもいいんだ
だが出会ってから日は浅いかも知れないがそんなものは余り関係ない、私は私の周りだけは救いたいと思う
私が知っている人が塞ぎこんでいるのはなんか、いやだ
私が知っている人間が後ろ向きなのは嫌だ
出来る限り前を向いて歩いて欲しいと思う
だって私にはその力があるから
それに彼女は・‥‥
少しだけ無言な時間が流れた後にゆっくりと示しを合わせたわけではないが、同時に紅茶を手に取り口に運ぶ
ずずずと紅茶をすする音だけが空間を駆け巡る
三人がゆっくりと紅茶を飲み込んだ後にソフィアが一つ言葉を紡ぎだす
「アル、一つだけあるぞ」
「何が?」
「ルディアを救う方法が」
「ホントにか!?」
「救う方法であって、本当に救えるかは別だからな」
「それでもいい、教えてくれ」
「そうか、分かった‥‥‥‥ある人の体験談なんだが…」
そうしてソフィアは救う算段をアルに伝えていく
「…‥‥‥という感じなんだが、行けそうか?」
「なるほど、うーん、少しだけ時間は掛かりそうだけど、できなくはないな」
「そか、あ・と・は…お前次第だな、一番大事なのは言葉だからな、何処まで行っても、大事なものは言葉だ」
「言葉ね‥‥」
「そう、言葉だ、言葉なんて曖昧な物だがそれは人類っていう人間たちに与えられた武器の一つだ、いくらでも状況をひっくり返せる可能性の武器だからな、重点をそこに置けよ?」
「あいよ…ありがとうなソフィア」
「礼を言うくらいなら最初っから私を引き留めないでくれ」
ソフィアは苦笑をする
「さて、答えは出たかしら?」
「出たよ、本当にありがとう二人とも」
アルは深々とソフィアとルドに頭を下げる
「そう、そりゃあ良かったわ」
「あぁ、ホントにな、私の睡眠時間が人の役に立って良かったよ」
やれやれとソフィアは首を振りながら席を立つ、それと同時にルドも同じように席を立った
「なんだ、なんだ?この家主直々にお見送りでもしてくれるんか?」
「なんであんたなんかにお見送りなんかしないと行けないのよ、手伝うわよ」
「は?何を?」
「あんた仕事を」
「は?寝ぼけてる?」
「寝ぼけてるわけないでしょ、私の気が向いたから手伝ってやるって言ってんの」
「えーと…国の重要書類とか混じってるんですが」
ソフィアがおずおずと言いずらそうに言う
「国のことなんて興味ないわ、その情報を私が得ても一ミリたりとも利用できないわよ」
「いや、そんなことは知ってるけど…ほらルドよ、もしも攫われたりとか拷問とか受けた際に…ね?」
情報が洩れるということを言いたいんだろう、だがルドは多分だが折れないぞ
「だから何?私は攫われたりしないし、そんなへまはやらかさないわ」
ほらな
「えぇーーまぁうーーん…」
「ほら行くわよ、あ、アル、魔術といて頂戴」
「はいはい」
言われた通りにアルは扉に施していた魔法を解除する、これでソフィアは自由に空を眺めることができるだろう
「ほーら、何時まで悩んでるのよ、睡眠時間が欲しいんでしょ?」
「欲しいけども…欲しいけどもぉ…‥‥リスクとの兼ね合いをだな」
「うじうじ考えて、それでも国王なの?男らしくないわねぇ」
「てめぇらと一緒の女だわ!!目玉腐ってるのか!」
「はいはい、さ、行きましょうねーー」
騒がしい二人は外へと出ていく
先ほどまで声で溢れかえっていた室内は途端に静まり返る、ぎゃいぎゃいと家の中で騒いでいた人物はすでに二人ほど外にいる
アルは一人、椅子に座って残った紅茶を一人で静かに飲み込む
「ずずず」
死んだ経験なんてしたことないから私には分からない
適切な言葉を掛けることは出来るとは思えない
アルは四つある椅子の手前二つを空中に浮かばせ、ぎこぎこと揺り椅子をする、椅子がきしむ音が室内に響き渡る
きしきしと一定間隔でリズムよく、軋み続ける、アルもその音に合わせて前後にゆらゆらと揺れる
だができなくても泥臭くやるしかない
やらないで壊れていくの見るのだったら、行動を起こそう
だって私は救いたいんだ、ルディアのことを
400年前の英雄だった彼女の事を‥‥
400年前、世界を救ってくれなかったら、今の私がいないんだから
だから私は400年前の英雄には青い空の下で笑っていて欲しい
私にしかできない事を見せてやるよ
アルはゆっくりと席を立つ
救いたいという気持ちを再確認した、私が救うための理由は幾つもある、十分ある
彼女にお節介と言われようが私は救ってやるよ
だって魔法はそのためにあるんだから




