夜空の星空に捧げる五重奏25
二人の話は続く
「というかルディアの技をどうやって抜け出したんだ?」
「悪魔の事か?」
「そうそう、ルディアもそこまで馬鹿じゃない、悪魔か悪魔じゃないかの判断はつくはずだ」
夕飯で聞いた情報を頭の中で整理しながらアルは言葉を積み上げていく
「……その中身まではわからないだろ?悪魔なんてものは本来は形なきものだ、形がないものに固有の名称を付けるのは不可能であると同時に判断をするのも不可能だ」
「はは、偽物を掴まされたってことだな、やってることが悪魔らしくねぇなぁ」
「私もそれは思う、まぁ悪魔がいてもいなくても変わらんがな」
「あぁあと聞き忘れてたわ、それはどうやって手に入れたんだ?そう簡単じゃないだろ、まぁ別に教えたくないんだったら教えなくていいが」
「そうだな、拾っただな」
「拾ったぁ?悪魔を?」
「悪魔をなんだと思ってるんだ、本を拾ったんだよ…欲しければくれてやるよ………核心はないし、多分だが、私の部屋にあると思うぞ」
「?」
アルは頭をかしげる
「まぁ腹立たしいことではあるな」
少しの間、口を誰も開かない時間がそこにあった、二人しかいない時間、二人だけの時間、少女と幼女がそこにいた
ゆっくりとした時間が流れる
その時間を破るようにゆっくりとアヤノが口を開く
「お前は…というかお前も変なもんと結んでいるな、…………はは、なんだそれ」
アヤノのその様子をアルは片目で見つめる
「面白いなぁ、面白いなぁ、やっぱりお前は本当に…」
「面白がられても困るぞ、面白いことなんてものはないし、面白いこともできないしな……さて、どっかの妹に頼まれた用も済んだし、私はもう家に帰るとするかな、あぁそうだ吸血鬼の王様に関してはお前のことは秘密にしといてやるよ、じゃあな」
こいつがどれだけ暴れようが、こいつがどんな人生を歩もうが私には関係がないからな……ここで倫理に基づいた話をしたところでこいつが変わることはないだろうさ、それで変わるのは変わろうとしている人かはたまた罪悪感を抱えているやつだけだ、罪悪感を植え付けようと思っても骨が折れるだけだしな、つーか方法が思いつかない
そうしてアルは一歩だけ持たれていた壁から歩き出したところでアヤノは声をかけた
それはひどくひどく楽しそうな声だった
「そうか、あぁお前はそういうやつなのか、はは、じゃあお前が動くときはいつだ?お前が本気を出すときはいつだ?………なぁ悪魔………お前が力を試したのだから私も力を試したって構わないだろ?」
「……」
「お前は何で動く?お前はどこでスイッチが入る?……なるほどそうだな、ちょうどいいや、いや引き際でもあるのか?」
「あぁ?お前といざこざを起こすつもりはないぞ?」
そんな言葉を放った瞬間にアヤノは間髪入れずに動き出した、少しの砂埃を立てながらアルの視界からアヤノは一瞬にして消えた、そして秒数は一すらも数えられない時間でまた現れる、座標はアルの視界外、アルの頭上
いつの間にか持っていた黒い槍をアルの頭上へと、アルのことを貫かんと振りかぶり、動作を実行させた
だがそれは鉄がひしゃげる様な不愉快な音と共に防がれた、不愉快な音を発生させた”それ”は、防いだ”それ”は幾重にも展開している幾何学模様で編み込まれた物であった、ガラスのように、ガラスよりも薄い日上がりほんの少ししか残っていない水たまりのように薄い膜でできた何かであった
それを破壊できないかと今なおアヤノは槍に力を入れ続けていた、槍と膜は削れ続け補修を続け、その影響で急激なエネルギーに変換され続け綺麗な真っ赤な火花が飛び散り続けた
その膜の内側、絶対に届かない内側からアルは静かに目を動かす、先ほどとは違う煌びやかに輝いている目と猟奇的で感情的な笑みを浮かべている口をしているアヤノがそこにあった
目を動かしたからこそ、だからこそ、だからこそ目が合う
呆れたような、冷ややかなような、そんなアルの目と、先ほどとは打って変わって世界の色に気が付いたアヤノの目が交差していた
「火の粉をかければお前は動くだろ?」
「………はぁ、なーんで本当にどいつもこいつも血気盛んかねぇ」
アルはいつも通りに普段使いの魔術を唱え、その場からアヤノとの均衡を崩すために一瞬で瞬間的に移動した、そして呆れながらアルは簡略化した魔術を唱え、どこからともなく手元に杖を召喚した
そしてその杖を通して魔術を展開していく、魔力をいつも通りに普段通りに這わせ通らせ、上下左右に展開していく
足元に魔法陣が展開していく、空中に魔法陣が展開していく、その魔方陣からあふれ出た力が辺り一面に風を巻き起こす。小さな部屋が一瞬で四人だけの戦場と化す
このままここで暴れても良いが…ま、王様も疲れているだろうし、ここは普段のちょっとしたお礼を与えといてやる
「ここではお前も私も全力は出せないだろ」
十二分に溜めた魔術を展開する、魔法陣は光り輝き主の命令に忠実に従い実行する、その瞬間に二人の景色がぐにゃりと変わる、文字通りに。それは数秒だけの時間を要した
その数秒後、景色が安定する
星空が輝きつつも真っ暗な夜空の星空の下、周りを見渡せば遮るものは何もなく、広がるは一面の花世界、右を見ても左を見ても前を向いたとしても、その全てが綺麗な花が底一面にあった
その花世界でアヤノとアルが対峙する、一人は杖を持ち、一人は命を刈り取るような鎌を持っていた
「私的にはこれを見て満足して帰ってほしいんだがな」
「綺麗だな…あぁ綺麗だよ……………だからどうした、綺麗なだけだ、私の中の獣、私の中の憂い、私の中の渇望は満たされない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
アルは呆れながら無言になる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
アヤノはこれからの楽しみを噛みしめるために無言になる
これは似たもの同士の戦闘、興味のない二人と物語に下剋上を嚙まそうとしている一人と、色あせた色を持っている一人、そして星空。いわばここまでの物語は序曲であった
見せつけるわけではない、誰かの記録に残るわけでもない、ただ己を次に進めるための演奏
だからこその五重奏、だからこその五人
一陣の風が吹いた、花が一斉に歓迎するように空中へと舞った、「さぁ戦闘を歓迎する」と言っているように
だからこそ二人は動いた、花に隠れるように、花を切り裂くように、花を蹴散らすように、片方は鎌を振り上げ、片方は杖を構え
動き出してから秒数を数える暇もなく爆発音にも似た衝突音があたり一面に響いた、アヤノとアルの杖が交差する
「さぁ、始めよう」
「始めたくないんだっての」
誰の記録にも残らない世紀の演奏が幕を挙げた




