初恋は拗らせるとめんどくさい。 ~アルバート視点~
タイトル通り、前作『初恋を拗らせるとめんどくさい』のアルバート視点です。
前作を読まなくても大丈夫だと思いますが、大丈夫じゃないかもしれないので出来たら読んでください。(宣伝)
こちらも書いてたら長くなりました。
誤字脱字があったら遠慮なく言ってくださいませ。
私には、2年下の婚約者がいる。茶髪に茶目の平凡な容姿の婚約者だ。
私は、自分で言うのも何だが女性受けのする顔をしている。そんな私が彼女と並ぶと、どうも彼女が見劣りしてしまう。
この婚約は私達が産まれる前に決まっている話なので、どうこう言える事では無いのだが。
そんな婚約者は、11歳の時…彼女が9歳の時に初めて顔合わせした時から不思議な子だった。
何をしても、何があっても、静かに悠然と微笑みを浮かべる、誰よりも落ち着いた子供だった。それは今でも変わらない。
とある子供の集まるお茶会で田舎の令嬢が庭にいたという蛙をお茶会に連れて来た時、男はともかく令嬢達が悲鳴を上げ逃げ惑う中婚約者だけが椅子に座ったままで、ここは食べ物の置いてある所だから汚れている蛙を室内にいれてはいけないわ、と令嬢をたしなめているのを見た時に彼女は天然なのか? と初めて思った。それ以降もどこか抜けている彼女を見てきたので、周りは皆彼女を天然だと思っている。彼女に自覚は無いようだが。
そんな不思議な婚約者は、物事に関心がないと言うか物に愛着がないと言うか、例えば好きなお菓子でも誰かに欲しいと言われればどうぞとあげてしまうような、そんな危うさがある。お人好しなだけだと言われればその通りだと終わってしまうのだが。
聡明で落ち着いている婚約者には、私のとある秘密を知られている。
それは、私が実の兄に恋をしていると言う事。
同性愛は、この国では許されていない。遠い国では同性との結婚も許されている所もあるのだそうだが。
少なくとも我が母国では不可能な事で、しかも相手は自分の兄。
言葉には出来ない不道徳的な事に対する罪悪感や、それでも諦められない己に苦悩していた時、初めて会ってからほんの1ヶ月も経たないうちに婚約者はアルバート様はエヴァン様が好きなのですか? と聞いてきた。
好き、とは色んな種類があって、彼女はそれがどんな"好き"なのかは明言していなかった。それなのに私はそれに酷く動揺してしまい、彼女に秘密を知られる事になってしまった。我ながら情けない。
婚約者は秘密を知ってなお普段と態度を変えず、いつもの笑みで私は貴方の味方だと言った。貴方の苦悩は私には分からないけれど、私は貴方の恋を手伝いますわ、と。
その誘惑に負けた私は婚約者に誰にも言えなかった内情を吐露した。婚約者はそれを静かに聞き、貴方の想いは他の人の迷惑になります、と言った。
ポカンとした私に、彼女は貴方の想いは叶う事はないでしょう、と。
しかし、と続けた婚約者は出会った時から変わらない悠然とした笑みで、それでもその人を想うならきっとそれは素敵な恋でしょう、と言った。
「両思いになる恋だけが素敵な恋、と言う訳ではないでしょう。誰かをそれだけ想う事はとても素敵なことですわ」
そう言って微笑む婚約者はとても大人っぽく、少しドキッとした。相手は2歳年下の9歳なのに。
それから婚約者は私に色々とアドバイスをしてくれた。
叶わない恋でも思っているだけなら罪でも何でもありませんから、と。
兄上に上手に甘える方法だとか、兄上の好きな物を聞いて来てくれたりだとか、無口な兄上と会話をもたせる方法だとか。
聡明な彼女は、何でも相談に乗ってくれて解決方法を考え出してくれた。年下とは思えないくらいだ。
そんな婚約者のおかげで私が兄上を大好きーー勿論家族愛ーーなのだと周知させる事が出来、私は遠慮なく兄上に甘えれるようなった。
「アルバート様、また朝帰りですの?」
夜会パーティーで適当な令嬢をお持ち帰りした次の日。婚約者と日課のお茶を飲んでいると、婚約者がそんな事を言ってきた。
「夜会は浮かれた子が多くて楽だからな」
「昨夜はゼヴォア伯爵令嬢に手を出したんですってね。あの家は新興ですけれど勢いのある商会ですのよ」
適当に返しティーカップに口をつける私に、婚約者は苦言を申す。
彼女はいつもこうだ。公爵家に迷惑がかかるから相手を考えろ、と。
相手から一夜でも良いので、と寄ってくるんだ。問題ないだろう。それに一応相手を選んではいるんだ。
反省の色を見せない私に婚約者は小さく息を吐いてお菓子を食む。そんな様子を紅茶を飲みながらそっと見る。婚約者は甘い物が好きなようで、お茶の時はいつもお菓子を食べている。その時、婚約者は少し顔に嬉色を浮かべるのだ。
私はそれを眺めるのが好きだ。仄かなギャップと言うか、微笑みに感情をあまり出さない婚約者が嬉しそうにしているのは、大変微笑ましい。癒しだ。
最近は私の結婚がそう遠い話ではなくなってきたのもあって私の仕事が増え忙しい。
兄上があの忌々しい王女と婚約し、結婚の日取りも決まった。私達の結婚はそれからになるが、それでも結婚とは大変な物であって今から準備が必要だ。一生に一度の大事な事だ、盛大にやるべきであろう。
結婚式は女の憧れ、なんだそう。兄上がそうらしいと言っていた。
婚約者は、アネッサは、喜んでくれるだろうか? 式の予定を見る限りめんどくさそうの一言なのだが。まあ兄上がそう言っていたし、そうなんだろう。
とにかく、私はとても疲れている。
このお茶の時間だって容赦なく仕事を積んでくれやがる幼馴染み兼従者兼執事のギルから婚約者との大切な交流だからと何とかもぎ取った休み時間なのだ。癒されても良いだろう。
今日は兄上の結婚式当日。
ついに私の恋が完全に終わり、兄上が他の人の…あの女のものになる人生最大の地獄の日だ。
朝から沈みっぱなしの私を引きずるようにして動かす婚約者。
私は失恋で落ち込んでいるんだ。もうちょっと労っても良いと思わないか?
放心状態の中勝手に着飾られた私は、珍しくちゃんと化粧をして(普段していない訳ではなく、今日がいつもより4割増し)着飾った婚約者を確り見る事も褒める事もなく、無理矢理外行きスマイルを浮かべ機械的に彼女と出席者に挨拶していく。
「…アルバート様」
「……」
残りの人が少なくなってきた頃、婚約者が静かに私の名を呼ぶ。返事する気力も起きず視線だけ彼女に向けると、婚約者はいつものように悠然と微笑みを浮かべていた。
「今日はエヴァン様のとても素晴らしい素敵な日ですわ。弟で、シェリー様の次にエヴァン様を大切に思っているアルバート様がエヴァン様を祝わず誰がエヴァン様を祝うのです?」
私に向けられる視線はどこまでも優しく慈愛に満ちている。その目に何故かほっとした私は改めて姿勢を正す。
そんな私に彼女は満足そうに頷き顔を前に向ける。それを見送ってから私も前を…兄上を見る。
タキシードを身に纏う兄上は誰から見ても幸せそうにあの女…シャーロット姫に微笑みを浮かべている。私以外に向ける事のなかった微笑みを。
不思議と羨ましさや妬ましさは浮かばなかった。
何だか、長年身に絡み付いていた鎖が外れたような。そんな清々しさを感じた。
誓いを交わしキスをする兄上とシャーロット姫。
皆が祝福の言葉を叫ぶ中、私は何故か気になってひっそり隣をみる。婚約者は、アネッサは、いつもの微笑みに僅かに羨望を滲ませ兄上達を見ていた。
それに私は内心驚く。
アネッサも結婚式は憧れる物なのか。
婚約者は大体の事をそうなの、で終わらせてしまうような人で。まさか顔に出す程結婚式に憧れを抱いているとは思っていなかった。やっぱり兄上の言う事は正しいな。
…そうだな。私達の結婚式も華やかにしようか。
夏のある日。私と婚約者はとあるお茶会に出席していた。
婚約者は家の方針だと昔から顔以外全て隠す服装をしている。見ているだけで暑苦しくなるような服装なので、暑くないか聞いても涼しいドレスを贈っても彼女は困ったように微笑むだけで、何も言わないしどうもしない。
なので私は毎回暑くないのか、と当たり前の事を聞くだけにしている。諦めたとも言う。
そんな婚約者は顔を火照らせぼんやりとしている。
「アネッサ、顔色が悪い。向こうで休んでこい」
そう言えば婚約者はぼんやりしながらもいつもの微笑みを浮かべ、軽く小言をいうと木陰の席へ歩いて行く。
それを横目で見送った私は早速釣りやすそう令嬢に目を付け、女性向けする顔を意識して甘い笑みにする。
「ご令嬢方、私もご一緒しても宜しいですか?」
「ま、まあ!アルバート様、勿論宜しくてよ」
頬を紅潮させる令嬢を見て、さっきの真夏の暑さにやられた婚約者の顔を思い出した。
ふと気になって彼女のいる方向をちらりと見る。婚約者はぼーっとしながらティーカップに口を付けていた。僅かに頬を緩ませる彼女に、好みの紅茶だったんだなと口角が上がった。
「アルバート様?」
「っ、おっと、ご令嬢方の声を聞き逃すなんてなんて惜しいことを」
「まあ、お上手ね」
名を呼ばれはっとした私は笑みを深め大袈裟に嘆いて見せる。そうすれば令嬢達はさして気にした様子も見せずコロコロ笑う。
…煩いな。アネッサなら静かに微笑んで聞き手になるのに。
こうして女遊びをするのは、兄上の気を引くため。兄上はアネッサを憚って私を叱りにくる。それは兄上が結婚してからもそうなのだが、やはり私に構う時間が無いようで最近はあまり叱りにもこない。代わりに小言のびっちり詰まった手紙が送られてくる。
手紙でも兄上が私の事を思ってあれだけ小言を書いてくれるのは嬉しいが。やはり会いたい。
内心そんな事を考えながら思ってもいない事を令嬢方に甘く囁いてると、視界の端で見慣れた茶髪に黒い影が近づいたのがちらっと見えた。ハッとそちらをみれば私の婚約者に黒髪の男がにこやかに話しかけている。
その黒髪の男がちら、とこちらを見る。目が、合った気がした。
婚約者の方を見れば彼女は困惑を僅かに滲ませ微笑んでいる。
…彼女が…アネッサが困っている。
私は考える間もなく令嬢を適当に誤魔化し婚約者に向かって駆け寄る。そう遠くない距離を早足で駆ければ直ぐ彼女の側までくる。
婚約者は黒髪の男が去って行った方をぼんやりと見ていた。
「…アネッサ」
「あらアルバート様。どうされました?」
名前を呼べば、彼女がこちらを振り向く。
いまだ赤い頬をして不思議そうに見上げてくる婚約者を無言で見下ろせば彼女は首を傾げてみせる。
何か、言わなければ。えっと、なんて言えば…。
「……さっきの…大丈夫だったか」
「えっと、さっきのと言うと体調の事ですの?」
「…そうじゃない」
上手く言葉の出て来ない私に婚約者は不思議そうに頬に手を当て何かと考えだす。
ああ、もう。何なんだ。
「…さっきの、黒髪の…」
「ハイデン様ですか?」
「ああ。お前が困ってる様だったから」
何とか答えた私に婚約者は目を瞬く。どうやらよっぽど驚いているようだ。
……そんなに驚く事か?
「ふふ、ありがとうございます」
「…何で感謝するんだ?」
「あらまあ、アルバート様に心配してもらって嬉しくない事なんてありませんわ」
次には嬉色を浮かべる婚約者に首を傾げれば彼女はそう言って嬉しそうにクスクスと笑っている。
…まぁ、喜んでくれたなら良いか。
兄上が新婚旅行から帰って来て数週間経った。
最近私の機嫌は最悪だ。
だってだって、兄上が!あの兄上が!頭空っぽの見た目と生まれしか価値のないあの女と新婚旅行から帰ってからずっっっとイチャイチャしてるんだ!! これが苛つかずにいられるか!?!?
公爵となった兄上とその妻であるシャーロットを大声で批判するのは弟である私でも憚られる。なので外で言えなかった事を私は婚約者に愚痴っていた。
「あの女、兄上の手を煩わせているんだ。死んでも良いと思わないか?」
「私はそれくらいで人が死んでは困りますわ」
分かってる。兄上はあの女の事を大切に思っていて、あの女も兄上の事を大切に思っている。二人は両思いなのだ。
たかが弟の私に二人の事をどうこう出来る訳ないし、別にあの女が兄上の迷惑をかけていない事なんて分かってるんだ。
私の踏ん切りが、つかないだけであって。
素知らぬ顔でいつものようにお菓子を摘まむ婚約者に私は恨めしい顔を向ける。
「アネッサの癖にあの女の味方するのか」
私の婚約者なのにと、そう言えば婚約者は困った顔で微笑み何も言わない。
「アネッサ?」
「大丈夫ですわ」
「そうか」
婚約者は自分の事をあまり言わない。それは言いにくい事が殆どなので、私は深く追及する事はなくあっさり引く。
しかし、彼女の口から聞かずとも、考える事も調べる事も出来る訳で。
アネッサはあの女の味方とは言い切れない、と言うことか? ちょっと調べるか……。
そう考えるながらお菓子に手を伸ばしていると、ふと聞こうと思っていた事を思い出した。
「アネッサ、前に恋してる奴がいると言っていたな」
「…そうですわね」
私がそう聞けば婚約者は少し眉を寄せながら肯定する。
へぇ、あのアネッサが感情を表にだすとは本当にそいつが好きなんだな。
何故かズキリと痛む胸を無視して婚約者に真面目な目を向ける。
「今もそうか?」
「…まぁ、はい。そうですわ」
「そいつはお前の手の届く奴か」
「ソウデスネ」
何故か残念なものを見る目で見られたが、ちゃんと婚約者に確認をとった。
口を開いているのに何故か一拍声が出なかったが、私は彼女に言わなければ、と己の喉を叱咤する。
「結婚後なら、好きに愛人を囲っても良いぞ」
なんとか言い切ったその言葉に、何故か彼女は落胆したような衝撃を受けたような悲しんでいるような、不思議な顔をする。
初めて見たその顔に固まっていると、婚約者は難しい顔で口を開く。
「…それは、……それは私を抱かないと言うことですの?」
彼女の口から抱くと言う言葉が出てきた事にぎょっとしていると、婚約者はその目に鋭い光を秘めて私を見据える。
「結婚後と言う事は、子供を産んでからではないと言うことは、そう言う事ですか」
怒っている。彼女が、アネッサが私に怒っている。
小言を言われる事はよくあるが、いつもそれだけで彼女が怒った事はない。
初めて、アネッサが怒った所を見たかもしれない。それだけ、いつも彼女は理性的だ。
そんな彼女を見て、驚きのあまり私はぽろっと口を滑らせた。
「アネッサは私に抱かれたいのか?」
言ってからしまった、とハッと婚約者を見れば困ったように笑みを浮かべている。
女性にそんな事聞いて答えられる訳ないだろう! 何をやっているんだ私はっ!
「…結婚すれば当たり前の事なので、私達もそうなのだと思っていたのですけれど、アルバート様は白い婚姻にするつもりでしたの?」
気まずそうにそう聞いてくる彼女に私は目を瞬く。
「アネッサはあまり私がフラついているのが嫌そうだから、こんな私に抱かれるのは嫌だと思ってな」
言ってから、またもしまったと唇を食む。
彼女はちゃんとした令嬢だ。私がいつも相手している子達と違ってこんな明け透けな話をするべきではない。
軽薄だと思われるか、と今まで十分にそう思われる事をしてきたというのに私は婚約者を伺う。
「…子供を、跡継ぎを産むのは婚姻した者の義務ですわ」
貴族としての義務。それを確り覚悟している婚約者に、私は一瞬息が詰まる。
「アネッサはそれでいいのか?」
良くなくてもどうにもならない事を聞けば、彼女はいつもの悠然とした笑みで頷く。
「ええ。跡取りを産むまでアルバート様には頑張ってもらいませんと。あれだけ浮名を流すアルバート様ですから、そう心配ではないですけれど」
茶化してそう言う婚約者にこの緊張した雰囲気を流そうとしているのだと気付き、自分も意識して固い雰囲気を消す。
そう、と短く答えお菓子を手に取りながら婚約者をチラリと見ると、彼女はいつものように笑みを浮かべ好きなお菓子を品よく食べている。
…相変わらず良く食べるな。
それからしばらく経ったある日。気まずくなることもなく普通にいつも通り接していた私達は湖にデートへ出かけていた。
兄上に強く勧められ断れなかったが、今日はとても暑くいつも顔以外を服で覆っている婚約者にはキツイだろう。
ああ、もう。家の方針がなんだよ。どうせ私の家に来るのだし、毎年死にそうなるくらいならもっと涼しい服を着ればいいじゃないか。
いつもより婚約者の体調を気にしながら木陰を選んで彼女の歩幅に合わせゆっくり湖を回っていると、彼女がいきなり立ち止まる。
「アネッサ、大丈夫か?」
「……」
「アネッサ?」
返事がない。
俯く彼女の顔に合わせて身を屈めて彼女の顔を見ると、目の焦点が合わず視線がふらふらしている。
はっとした時には彼女の体がフラりと傾く。
「アネッサ!?」
慌てて婚約者を抱き抱えその場にしゃがむ。
頬に手を当てればまるで火のように熱を持っている。
「熱い…。熱中症か。アネッサ…」
気を配っていた筈なのに何故気付かなかったんだと自分を責めながら、ごめんと一言謝ってから彼女のドレスの襟を寛げる。
彼女の、白いはずのその首に真っ赤な傷痕を見た瞬間、一瞬時が止まったかと思った。
…そうか。彼女がいつも顔以外を隠しているのはこれのせいか。
直ぐになんとなく原因は察せられたが、今は倒れた婚約者の事だ。
彼女を横抱きにして馬車に走って戻る。
「あれ、アルバート様どうしま」
「ギル、馬車を直ぐに出せ」
馬車にまっていた幼馴染み兼従者兼執事のギルにそれだけ言い私はアネッサを抱えたまま馬車に乗り込む。
ギルが御者に伝えている間に、私は馬車に乗せてあった水筒からカップにレモン水を注ぎアネッサに声をかける。
「アネッサ。アネッサ、少し起きてくれ」
「………。…は、…ぃ…」
「アネッサ、水を飲めるか?」
「……ぉみず…、…?」
「そうだ、水だ」
「の、める…」
ぼんやりとして舌ったらず彼女の顔にカップを近づけると、彼女はカップに口を付けゆっくり嚥下する。
それにほっとしていると、婚約者は気を失う様にして眠りに落ちる。
まぁ、水は飲ませたし一先ず良いか……。
もっと涼しくしないと、と婚約者の袖や襟を捲りその腕や首にもある生々しい傷痕に眉を寄せていると、ギルが車内に入って来た。
「うわっ。相手が寝ているからって昼間っから何して」
「馬鹿か。熱中症で倒れたから涼しくしてんだろうが」
茶化すギルをギッと睨み付け脛を蹴る。さっと避けられたがそう気にせず、早く入れと腕を引き扉を閉めれば馬車が進みだす。
「うわぁ~。傷だらけですね。今まで何でそんな格好してんのかと思ったらソレを隠すためだったんですね」
「…アネッサが伯爵家で不遇を受けていたのは知っていたが、これ程とは思ってなかった」
「ノースウェス嬢が全身隠してたのって初めからじゃなかったでしたっけ」
同情気味にそう言うギルにぽそっと溢すと、彼は頭を抱えて顔を引き吊らせる。
…確かに、初めて顔合わせした時も首まで覆うようなドレスだった気がする。珍しい、と思ったからなんとなく覚えていた。
その時から、いやもっと前からだとすると、婚約者は既に7年以上虐待されている事になる。
…何故、気付けなかったのか。
婚約者が…アネッサがずっと苦しんでいたのに。
「アルバート様、そんな顔してますとお膝のノースウェス嬢も良く眠れませんよ」
顔をしかめながら私の膝を枕にして寝せている婚約者を眺めていると、ギルが大袈裟にしかめ面をして見せる。
それにそうだな、と軽く笑いながら私は色々と先を考える。
アネッサをあの家から救う。これは絶対に決まりだ。そして結婚するまで花嫁修業と言う事にして公爵家に泊めよう。没落寸前の伯爵家に文句など言わせない。客室で良いか。普段は滅多に使わない奥の大きい客室を丸々彼女の物にしよう。アネッサの荷物は彼女が寝ている間に運んでしまおうか。アネッサもそんな家になど戻りたくないだろうし。ああ、普段彼女の世話している侍女も連れて来ないとな。慣れない相手に世話されてはアネッサも緊張するだろう。
色々考えていると、だんだん口角が上がっていくのを感じる。
どうやら私は婚約者と同じ邸に住めるのが思ったより嬉しいようだ。
自分で思っているより、婚約者を気に入っているみたいである。
帰ったら直ぐに兄上に報告し、客室の使用を許可してもらい婚約者をそこに寝させる。医者も呼び、シャーロット姫にゆったりした涼しいワンピースを譲ってもらい後はメイドに任せる。
アネッサの実家ノースウェス伯爵家に早馬を出し、それと見送ってから私も馬車でノースウェス伯爵家に向かう。レーノルズ公爵家とノースウェス伯爵家は近くはないが遠くもない。午後になる前に着くだろう。
ノースウェス伯爵家に着くと、伯爵が慌てるのを隠せず私を迎える。
外行きスマイルを浮かべ、遠回しに遠回しに私の婚約者に何をしてくれてるんです? と責めながらアネッサの私物と侍女を1人いただき、彼女は私の家で扱うので縁が切れたと思ってください、と言い捨て直ぐ様公爵家にトンボ返りする。
婚約者の私物が少ない事にも驚いたがほとんどが私の贈った物だと知ってとても驚いた。一応馬車を二台連れて来たが意味がなかったようである。
いつの日か、私が贈った万年筆。質素な机のサイドチェストに大切に仕舞ってあった物だ。インクが減っているようなので使ってはいるのだろうが、数年前に買った物には見えない程キレイなまま。
そっとそれを手で遊ばせながら馬車の外をぼんやりと眺める。
驚く程私物の少ない使用人の部屋のような狭い部屋。私の贈ったそれらは全て大切にクローゼットやチェストに仕舞ってあり、まるで外に出さないようにしているようにもみえる。
…確か、アネッサには妹がいたな。
一度会った事があるが、どうも我の強い子で婚約者とあまりにも似ていないと思ったのを覚えている。見た目も中身も。あの妹に盗られている物もあるのかもしれない。偏見だが。それなら婚約者の物に関心や愛着のない様子もなんとなく分かったような気がする。
私の贈った物を大切にしてくれて嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちだ。
初めて婚約者の生活圏内をみて若干落ち込み気味に複雑な心境の私にギルは何も言わず静かにしている。
その無言の時間は公爵家に着くまで続いた。
騒がしくしないように婚約者の私物を彼女の部屋に運ぶよう伝え、私は医者に婚約者の容態を聞く。
まず、熱中症はちゃんと水分と塩分を摂って安静にしていればもう問題ないそう。それにほっとしながら話の続きを黙って聞く。
彼女は驚く程痩せていて、栄養が足りていないそう。確かに、抱き上げた時一番に思ったのが軽いな、である。なので傷の治りも遅く古傷が結構残っているようで、特に背中が酷いそう。
婚約者の傷は、背中を始めに首に腕に足と余す事なく、打撲切り傷鞭の跡と大変痛ましい事になっているらしい。
良く食べ良く寝て代謝を上げれば傷痕は薄れて行くだろうが完全に痕が消える事はない、と女医に言われる。
言外に、そんな女を嫁にしてもいいのかと聞いているのだ。
「…ありがとうございました。私は彼女を妻にすると決めていますから、大丈夫です」
そう言った私に彼女はあまり興味がなさそうにそうですか、と一言言い去って行った。
それをぼんやり見送った私は婚約者の部屋へ向かう。
今日初めて見た彼女の寝顔を椅子に座りじっと見つめる。こうして改めて見ると、彼女は可愛らしい顔をしている。
寝ている顔はあどけないのに、目尻にあるほくろは何とも色っぽい。
そんな婚約者をぼんやりと見ながら、私はうとうとする。
私はもともと運動するような質ではなく、ゆっくりとは言え湖を回った上婚約者を横抱きにして走り、その後も色々バタバタしていた。
ーー…何か、疲れたな…。
私は、それを最後に睡魔に身を任せた。
ふと、近くで何か動く気配がして、私は眉を寄せる。
「……んぅ…」
ギルか?もうちょっと寝たい…。
……あれ、何か体勢がおかしい。
何故か座っている体勢なのに疑問を感じ、重い瞼を押し上げる。
が、何故座っている体勢なのか、より目の前の女性に目が行く。
…誰だ? 茶髪の…女の人。白いワンピースが可愛らしいのに、首に手まで巻かれている包帯が痛ましい。
…誰だっけ。見たことが…。
………。
「あ!!!」
寝起きで全く働いていなかった頭がはっと覚醒し、思わず叫んだ私に目の前の女性、私の婚約者がびくりと肩を揺らす。
「アネッサ、大丈夫か!?」
「……」
医者にはもう大丈夫だと言われていたが、病人の前で口を出るのはそんな事。慌てていた事もあってあまり意味のない事を聞いてしまった。
寝起きにしてももっとなんとならなかったのか、とちょっと落ち込んでいると婚約者はきゅっと目を閉じ頭が痛いと言わんばかりにこめかみを指で擦る。どうやら煩くしすぎたようだ。
ところが、ふと指を下ろし婚約者の視線が下の方でうろうろする。
「アネッサ?」
「あの、私はこれからどうなるんですの?」
ちょっと不安を乗せ、私を見上げてくる婚約者に私は固まる。
どうなる?どうなるとは…、傷だらけの体で婚約を続けられるのかと言う事だよな?
一瞬で思い至るが、私は何故か猛烈に怒りを感じる。それを抑える事も出来ず、私はぽろっとこんな事を溢す。
「アネッサ、何故私に言わなかった?」
と。
それに彼女は黙り込んでしまう。きっと聡い彼女ならこれだけでも何の事か通じてしまうのだろう。
「アネッサがノースウェス家で不遇を受けていたのは知っている」
公爵家とはそれだけ権力のある物で、婚約者の家を調べるのは当たり前の事。
知っていたのに何故助けも気遣いもしなかったんだと言われそうだが、賢い彼女なら多少不遇されていても問題ないとなんの確信もないのにそう思ってしまっていた。実際、彼女は外に…私達にそんな素振りは一切見せなかった。
真夏のくそ暑い中あんなドレスを着ていれば何かしら気付いてもおかしくないのに。
「でも、体中傷だらけになる程痛め付けられているとは知らなかった」
誤魔化しのようにそう言って。
「何故言わなかった?」
と、湧き立つ苛立ちを婚約者にぶつける。
ああもう、これはただの八つ当たりだ。違う。こんな事を言いたいんじゃなくて…。
「言ってくれたら…助けを求められたら、いくらでも助けてあげたのに」
ああそうか。私は彼女が私に助けを求めなかった事が悔しいのか。
いつでも私は彼女を助けてあげれたのに。なのに彼女はそうしなかった。
「私はお前の婚約者なのに。私は、そんなに頼りないか?」
ポカンとしている婚約者を恨めしそうに見上げれば、彼女は視線を泳がせる。
何やら、私の婚約者は焦っているようだ。
「た、頼っている、つもりでしたが」
「なら何故、私に言わなかった」
焦っている婚約者は珍しくて、もうちょっとからかってやろうとわざと怒って見せる。
どんな返答が返ってくるかと婚約者をじっと見つめれば。
「き、き、嫌われたくなかったんですわ!!」
と。
思いよらない返答に私はポカンとする。
嫌われたくない? 何故私に嫌われると言う話に??
「わ、私はこんな傷だらけなので、その、知られたら、アルバート様と結婚出来ないと思ってっ」
顔を赤くして目をぎゅっと瞑る婚約者に、私は話について行けずハテナを浮かべる。
うん?何の話だ?
「私は、アルバート様が好きなので、どうしても貴方と結婚したかったんですっ」
そう大きくない声で叫んだ婚約者に、私は言葉の意味が分からず停止する。
え??今、何て言った???
「……」
「………」
日にやられた訳でもないのに顔を紅潮させる婚約者と、謎の見つめ合い。
意味が分からず不思議そうに婚約者をじっと見つめれば、彼女は僅かに落胆した様子を見せ、姿勢を正す。それに釣られて姿勢を私も正して婚約者の言葉を待つ。
「……分かりましたか? それで私はどうなるんですの?」
いや、良くない。何も分かってないぞ!!
何とか状況を整理しようと額に手を当てる。
えっと、つまり私はアネッサに好きだから結婚出来ないのは嫌だと言われたんだよな? それって、私は告白されたという事か。
え?? アネッサが、私に?
「い、いや、待ってくれ。アネッサはいつから…」
私の事を好きなんだ?
いや、だって、アネッサは私が兄上を想っているのを手助けしてくれていたし、私が女遊びをしていても小言を言うだけで…。
「いつからかと言われますと、正解な事はわかりませんが、かれこれ7年くらいですわ」
7年も…。ん!? 7年!? 7年前とは、私達が初めて顔合わせしてから半年経たないくらいの事。
つまり、出会ってそうそう経っていない時から婚約者は私の事が好きで、私は婚約者と顔合わせしてから1ヶ月くらいで秘密がばれたから…私は、彼女が私を好きとは露知らず兄上への恋の相談をしていた訳で……。
「…それは、…すまなかった」
「いえ、アルバート様が謝る事ではありませんわ。私がアルバート様に分かるように言えなかったのがいけなかったのですから」
何て言えばいいのか分からず、せめて謝罪をともごもごしながら謝れば、婚約者は本当に気にしていないかのように微笑みを浮かべる。
いや、全然良くないだろう。
私は相当酷い事をしていたぞ!?
好きな人の恋の相談に乗り、更には浮気を容赦するなど普通あり得んぞ!??
……そう、私は浮気をしていたんだ。何て不誠実な事をしていたんだ私は。
「それで、私はどうなるんですの?」
不思議そうに、でも真剣さと不安を乗せてそう聞いてくる婚約者に、頭を抱え罪悪感に俯いていた私は顔を上げた。
「…どうなる、とは?」
「こんな怪我だらけの女など嫁にもらいたくないでしょう? だから婚約は解消されるのかと…」
「アネッサをあの家に帰させる訳ないだろう」
不思議そうに聞けば、婚約者は己を卑下して婚約を解消するのかと聞いてくる。それを強い言葉で遮ると婚約者は目を瞬いてこちらを見つめる。
「アネッサは私が好きなんだろう? ならこのままで良いじゃないか」
私の本心からの言葉だ。
婚約者とはもう7年もの付き合いで、彼女と会う前から…いや産まれる前からこの婚約は決まっていた。私はずっと彼女以外と結婚するなど考えた事もなかった。今さら婚約をなかった事に、と言われても困る。
婚約者は、アネッサはどうだろう、と彼女を伺えば、彼女は顔を歪ませ涙を浮かべてた。
嫌だったのか、とか考える前に初めて見るアネッサの涙にぎょっとする。
「………アルバート様は、それで良いのですか」
そう私に聞いてくる声は震えていて、彼女が泣いているのが本当の事なのだと私に知らせる。
「わ、わたしでも、もらって、くれるんですか」
泣きながら、涙声で私にそう聞いてくる婚約者に、何故か私は笑みが溢れる。
喜んでいるような、安堵しているような、興奮しているような、驚いているような。とにかく私は今とても高揚している。
「…あるばーとさま?」
「いや、アネッサの年相応な反応を初めて見た気がすると思って」
泣いているせいかあまり上手く発音出来ていない婚約者に、興奮していた私はそんな風に答える。
ああ、うん。きっとそのせいだ。アネッサはいつも大人っぽいから。彼女がこう取り乱したのを初めて見た。だから吃驚しているんだろう。
そんな風に何かを誤魔化していると、婚約者は拗ねて自分で涙を拭い出した。
「……」
「ああ、ごめん。泣き止んで」
慌てていつの日か婚約者が贈ってくれた公爵家の紋章の入ったハンカチで彼女の涙を払っていく。
そうしていると、さっきまで大人しくされるがままだった婚約者がいきなり自分の頬をつねり出した。
「……何してんの?」
「いえ、夢なのかと不安になっただけですわ」
真面目にそんな事を言う婚約者に、私は笑みが溢れる。
「ちゃんと、現実だよ」
安心させるように優しい声を意識して微笑むと、婚約者は私をぼんやりと見つめる。
まだ体力が回復してなくて眠いのだと思った私は婚約者をベッドに寝かせ彼女の目を手で覆う。
「大丈夫だから、まだ寝てな。私は皆に教えに行くから」
そう優しく囁くと、婚約者の体の力が抜けていくのが分かった。手を外すととろんとした婚約者の茶色の目が私をぼんやりと映す。
「……いかないで」
ポツリと消え入りそうな声で言われたそれに、私は目を丸くする。
はっと婚約者を見れば、もう彼女は眠りに落ちてすぅすぅと寝息を立てている。
「……そうだな。ちょっとだけなら」
誰に聞かせるでもなく私はそう呟き、椅子に座り直す。
ふと細く小さくて白い婚約者の手が目についた私は、それをそっと握ってみる。
…本当に小さいな。両手で包んでしまえそうだ。
今まで散々色んな女に手を出して色んな所を触っていたのに、こんな風に感慨深く思ったのは初めてだ。
何故か上気分になった私は、ギルが私を心配して様子を見に来るまでずっとそうして婚約者の手を握っていた。
婚約者が熱中症で倒れ、彼女を公爵家で預かるようになり、彼女から告白を受けた日の翌日。
私は欠伸を漏らしながら書類にサインをしていた。
私達は結婚したら公爵領に移る事になる。兄上が当主なので、弟の私は補佐として領地を管理するのだ。今は、父上と義母上が管理してらっしゃる。父上はまだ若く現役なので、よく学ぶ事が出来るだろう。
なので、私は学ぶ事が多く仕事が色々回ってくる。父上と兄上は部下にはとてもスパルタなのだ。忙しい。
更には、婚約者との結婚を前倒しにするため、私は今書類に埋もれている。
「アルバート様、どうしたんです? そんなに欠伸をして。今日あまり寝れなかったんですか?」
書類を素知らぬ顔でどんどん積んで行くギルが不思議そうに聞いてくる。それに私は緩慢な動きで顔をあげる。
「…昨夜は色々考え事をしていて」
「それで寝るのが遅くなったと。何を考えてたんです?」
ぼそぼそと答える私にギルは容赦なく聞いてくる。
言うべきか? 言って良いものか? と、少し考えたが自分どうにか出来る事ではないとギルに相談する。
「昨日だな、その…アネッサに、」
「ノースウェス嬢に?」
「……好きだと言われたんだ」
今朝、婚約者に会いに行ったシャーロット姫と兄上に薔薇の花束を渡すように頼んだのを思い出しながら、私はモゴモゴといいよどみながらも言い切った。それに、ギルは目を丸くする。
「…おお!! ついに言えたんですね!! おめでとうございます」
「……ギルは知っていたのか?」
「そりゃあ勿論。気づいていないのはアルバート様だけですよ。彼女、わざと分かりやすく動いてましたし」
一拍おいて拍手をして喜ぶギルに首を傾げれば、残念なものを見る目で見られる。
アルバート様に通じなくて落ち込んでましたよ~、と言うギルに私は衝撃を受ける。
そ、そうなのか? 分かりやすかったのか? 私は全く気付かなかったのだが……。
いつの日か、彼女に鈍いと罵られた事があったな。
「…ギル、私は鈍いのか?」
「は? そんなの当たり前でしょう」
思った事をそのまま聞けばドスのきいた声でそう言われる。
「それで、何を悩んでいたんです?」
「…いや、私は相当アネッサに悪い事をしていたな、と」
「…やっと気付いたんですかぁ!? 相手が自分を好きじゃなくても浮気は最低ですからね!? このすけこまし!! 最低野郎!!!」
「い、言い過ぎじゃないか」
「いいえ、全っ然足りませんよっ!!!」
昨夜ずっと考えていたことを話せば、ギルに怒鳴られる。耳を塞いで異論を述べれば更に声が大きくなる。
外に声が漏れる、と言えばそうしてるんですよ!! とまた怒られる。
「鈍いのは仕方ないとしても、口を開けば公爵様公爵様と!! 公爵様の結婚式でも着飾ったノースウェス嬢に綺麗だの一言もなく落ち込むばかりで何やってんですか!! 更にはノースウェス嬢に励まされないと動けないとか本っ当に情けない!!! ノースウェス嬢はいつも聞き手になるばかりですよ!? 貴方ノースウェス嬢から好きなものとか聞いた事ありますか!??」
一気にまくし立てられるその言葉に、私は一切言い返せない。
うぐ、とかうぅ、とか漏らす私にギルはハァ…と溜め息を吐くと真剣な目を私に向ける。
「それで、アルバート様はどうするんです」
…どうする…。
「好きだと言われたんでしょう? 何て返事するんです?アルバート様の事だから返事してないんでしょう?」
返事。そう、返事をしなければ。
婚約者が、アネッサが勇気を出して私に想いを伝えてくれたのだから。
返事…。返事……一体何て言えば良いんだ?
「アルバート様の思いを返せば良いんですよ。彼女なら、今までずっと貴方を待っていてくれた方ですから、きっとどんな答えでも、今からでも、ちゃんと笑ってくださいますよ」
優しく、諭すように。そう言ったギルは私を無理矢理立たせグイグイとドアへ押し出す。
「お、おい。ギル、待っ」
「頑張ってください! 健闘を祈ります!!」
ーーバタンッ。
「……」
派手に閉じられた執務室の扉を無言で眺める。鍵まで閉められる音がした。
婚約者に返事を返すまで帰ってくるなと言うことか。
仕方なく私はその辺のメイドを捕まえ、婚約者の居場所を聞く。どうやら、温室で刺繍をしているらしい。
温室へ向かいながら、私は婚約者をどう思っているのか考える。
婚約者の事は、婚約者だと思っている。
嬉しそうにしていると私も嬉しいし、倒れた時は心臓が止まるかと思ったし、家族に酷く痛め付けられていと知った時はとても怒りが湧いた。
私は、彼女の事を大切に思っているようだ。
でも、それが彼女と同じ思いなのかが分からない。私は兄上にずっと恋をしていたはずなのに。
そんな答えでも、彼女は私に笑ってくれるだろうか。
「ーーー」
婚約者の声が聞こえたような気がして、私は頭を抱えてうんうん考えていたのを中断する。
温室へもう着いたようだ。半開きにしてあるドアからそっと室内を覗くと見慣れた茶髪の女性が見える。膝の上に刺繍途中の布があり、隣のメイドとにこやかに話している。
その様子を目を細めて静かに眺めていると、ふと婚約者がこちらを振り向く。
はっと息を飲んでいると、彼女は私にいつもの悠然とした微笑みを向ける。
ーー……あぁ、好きだな。
フッと浮かんだ思いに、私はビシッと固まる
……え? 今、私は何を……。
「ーーー」
遠くてよく聞こえなかったが、私の名を呼んだ、ような気がする。
にこやかに私に手を軽く振る婚約者に、顔がカアッと赤くなるのを感じ私は慌ててドアの影にさっと隠れ、頭を抱える。
わ、わ、私は、アネッサを好き…なのか?
鈍い鈍いと言われる私でも、流石に分かった。
「……それで、逃げ帰ってきたんですか」
「う、煩いっ」
執務室に戻って来た私はギルにあらましを話し執務机に突っ伏していた。
ギルの冷たい視線が私に突き刺さる。
「はぁ、やっと自覚したんですね…。どう見ても両思いなのに長年何やってんだか。思いを伝えるまでなんて考えるだけで気が遠くなります……ノースウェス嬢それまで待ってくれますかね…」
何やらギルが遠い目をしながら小声でぶつぶつと呟いている。気持ち悪いぞ。
「アルバート様、ノースウェス嬢は今までアルバート様が録な扱いしてこなかったのでハッキリ言わないと通じないと思いますよ。あの方は我慢する事に慣れているようですし、勘違いしないように…とか考えるでしょうから」
ギルの助言が私の心にグサッと刺さる。
うぅ、は、ハッキリ…ハッキリ…。
「大丈夫ですよ!! アルバート様は渡り鳥と2つ名が付くほどのプレイボーイですから!! 勇気を出せば歯の浮くようなセリフの一つや二つ!!!」
ギルが私を鼓舞してくれるのを聞き、何となく自信が付いたような、気がする。
よし、思い立ったら何とやら。自信が消える前に婚約者のもとに行こう。
スクッと立ち上がった私は知らない。
いざ婚約者の目の前に立つと頭が真っ白になり言葉が出てこなくなる事を。
そして、婚約者ことアネッサが、今まで碌な扱いしていなかったせいで自己評価が底辺を漂っており、大変鈍くなっている事を。
どこかで、私の長い長い戦いのゴングがカーンと鳴った。
アルバート 主人公
実の兄に6歳から恋をしている。兄ファーストでアネッサを蔑ろにしがち。
アネッサの事はちゃんと恋愛的に大切に思っている。
兄の気を引くために浮気をしている最低野郎。アネッサに幼馴染みに作者も公認。恋を自覚してから浮気はしなくなる。
実は兄の事は13歳くらいにもう恋愛的に好きではなくなり家族愛にシフトチェンジしている。本人も気付いておらず、アネッサも気付かずズルズルと。長年好きだった上に大好きなのは変わらないので気付かなった。
その代わりにアネッサを好きなる。本人無自覚。でも、親しい人にはバレてる。アネッサ以外。その親しい人は、進歩のない二人にうがぁああってなってたり。
実は実母は亡くなっており後妻に虐められていた。超鈍い。
クリーム色の髪に灰色の目。上の上の綺麗系の容姿。18歳。
アネッサ 婚約者
アルバートの婚約者。
日本から転生者で子供の頃から記憶を保持し、大人っぽい。(子供っぽくなかった)
愛人の子で家族から虐待されて育ち、体が怪我だらけ。なのでいつも首や手足を覆うドレスを着ている。毎年夏に死にかけてる。
アルバートにずっと恋していて、好かれるためにアルバートが兄に甘えれるように色々助言したり相談に乗ったりしている。
お菓子で食い繋いでいるのでお菓子好きだと思われている。甘いものが好きなのは本当。
物に関心や執着がないのは前世の記憶があるから。あまり大事にしても意味がないと思っている。
妹に物を盗られた事はある。それ以降アルバートからの贈り物は大切に仕舞っておくようになった。
マイペースで天然。本人無自覚。自己評価が底辺を漂っている。
茶髪茶目。中の上の可愛い系の容姿。16歳。
エヴァン 公爵
アルバートの実兄初恋の人。
浮気を繰り返す弟になんでこんな風に育ったんだ、一番頭を痛めてる人。
基本無口無表情。弟と奥さんには表情筋を緩める。
奥さんを溺愛中
黒髪金目。上の上のキリッと系の容姿。25歳。
シャーロット 公爵夫人
エヴァンの妻。元王族。
エヴァンに一目惚れして、妻の座を射止めた凄い人。
アネッサに苦手思われている。本人気付いていない。
金髪碧眼。上の上の可愛い系の容姿。18歳。
ギル 幼馴染み兼従者兼執事
アルバートの幼馴染み兼従者兼執事の結構ハイスペックな人。
アルバートとアネッサ幸せなってほしいが、歩みの遅い二人に一番近くで悶えていたりしている。
実は先週メイドのメアリーに振られ、アルバートへの態度が悪くなっている。鈍い主はそれにも気付いていなかったり。
赤毛に赤眼。中の中の容姿。26歳。
戦いはもしかしたら結婚後も続くのかも知れません。戦いは、本当に長いです。
私のアネッサちゃんを嫁にするんですもの、それくらい苦労してもらわないと。
いや、相手は最低野郎ですし、もっと苦しめ。
書ていてこいつ本当に最低な上に鈍いなぁ、とアネッサちゃんの趣味を疑っています。
作ったのは私なんですけども…。
実はミシュなんたら様ことハイデン様は私のお気に入りだったりします。なのでこちらで黒髪の男としか書けずちょっと落ち込んでいたり。登場人物は少ないですが、皆さんはどの子が好きですか?
今作は、私的に甘めに書けたぜ。とか思ってます。
アルバートはアネッサちょっとし事をちゃんと見ていたり、乙女の夢ことお姫様抱っこがさらりと出てきたり、そう言う所が甘い!と私は言い張ります。異論は認めません。キリッ
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