御用商人の御用聞き
アンドリューは、丁寧に素早く外宮の厨房の予算を調べ上げた。結果、ほんのり黒かった。話を聞いたら、パーシーが手間が省けることを喜びそうであった。
「閣下に、内密でお話がございます」
庭園の寂れた東屋へ、お弁当の受け渡しで来たサミュエルに、そう伝えるアンドリュー。
「承りました。明日の昼時に、こちらに主を案内します。弁当も明日はその時に」
「かしこまりました」
双方顔はきりりとしまってるのだが、手に持ったお弁当の袋(トリアお手製の、ひよこのアップリケ付き)のせいで、絵面は、しまらないことになっている。
「今日は、何でしょう?」
「新作だそうです。白身魚のスパイス揚げを挟んだサンドイッチとポムドーロとキューカンバー、ハムのサンドイッチに、コールスローサラダだそうです」
娘につけてもらったメモを読み上げ、それをサミュエルに手渡す。
「ほう、奥方は手蹟がお美しいですね」
「妻の字もきれいなんですが、それは娘のものなんです」
褒められて、エヘッと顔の緩むアンドリュー。
「おや。もうこのように、美しい字をお書きになるんですね。行き届いたお嬢さんだ」
「隣の息子さんが書記官で、文字を習ったのですよ」
「ほうほう、それはそれは」
サミュエルは、トリアをうちの侍女見習いにどうやってしようかと、考えをめぐらし始める。
「サミュエル様?娘は差し上げませんからね?」
「おや?顔に出てましたか?」
近習として、表面を取り繕うのが仕事のサミュエルは、気が緩んだかとアンドルーを見る。
「いえ、全然読めません。読めませんが、なんとなく親の勘です」
「ああ、父親としての。大した方ですね。私ももっと精進せねば。では、アンドリュー殿、明日に」
「はい(あ、あれ?否定されず、ごまかされた?これは、もしや本当にトリアが狙われてますか?)」
サミュエルが離れた後、ちょっと呆然としていたアンドリューもその場を離れて、財務部へと仕事に行く。
・ ・ ・ ・ ・
マシューは、アーノルドの屋敷から派遣されてきた料理人ダグラスと、意気投合していた。料理をするのは息をするのと同じで、いい笑顔で食べてもらえることを何よりも幸せに感じる、似たもの同士の二人だったからだ。
ダグラスは、アーノルドとパーシー主従コンビと一緒に馬車で、二の郭にある屋敷から、そのまま第五の敷地に送り届けられる。
主従もダグラスと一緒に第五の独身騎士寮の厨房に行き、そこで朝食を済ませる。そして、そのまま、主従だけが、第五の通用門から、登城する。
ダグラスは朝食の調理から夕の仕込みを手伝い、そのままマシューと一緒に料理研究し、夕食を食べに来たアーノルドとパーシーと一緒に屋敷に帰っていく。そんなルーティンが暫く続く。
途中、騎士団長達のカスタードプディング試食会やら料理人達の講習会もあり、それにダグラスも参加して、思ったより物事がスムーズに運んで、マシューはホッとしていた。
「あれ?アーノルド閣下の来る回数増えてないか?」
ダグラスがアーノルドを引き受けてくれるため、アーノルドに気を取られることがなくなり、アーノルドが行軍演習で留守になって初めて、最初の想定と違っていることに気がついたマシュー。ダグラスは、主が留守の間、ウィンスレットの屋敷でウィンスレットの料理人に手ほどきをした。
「まあ、いいか。ダグラス殿が納得されて屋敷に戻れば、アーノルド閣下も屋敷で飯を食うだろうし、来なくなるか。ちょっと寂しいが、若い騎士連中が、落ち着いて飯が食えないのは、かわいそうだからなぁ」
かなり、楽観的になっていたマシューだった。
アンドリューが珍しく、しゃっきり目覚めて、いつもよりずっと早く起きてきた日。
「父様、おはようございます。あの、ちゃんと寝ましたか?」
「いや。早く目が覚めてしまって……」
「なにか、緊張なさるようなことでも?」
「わかる?今日はね、お昼をウィンスレット閣下と、ご一緒することになっちゃって」
しょんぼりして、胃のあたりを擦る父親を見て、トリアが提案する。
「まあ。それでは、とびきり美味しいものを用意して、閣下が無言で食べるようにしますね。それなら、父様も落ち着いて食べられるでしょ?」
「フフフ。そりゃ助かる!」
「まあ、トリアったら!」
「さあ、母様。お弁当の準備しましょう」
「トリアったら、ご機嫌ねぇ」
「今日は商家さんが来る日なんですもの。マシューさんと買い出しに行くんですよ」
「トリアもいつか、食材屋さんより、雑貨屋さんや生地屋さんが来る方を喜ぶ日が、来ちゃうのかな。恋人のために装うために。それは嫌だなぁ」
「貴方ったら。雑貨屋さんや生地屋さんが来る日も喜んでますよ。食材屋さんの方が、今まだ興味が強いだけで」
「え?」
「あ、父上!明々後日、三の郭の商家回りを、ナサニエルお祖父様とするのですよ」
アンドリューが面倒くさいことをいい始めそうになったため、慌ててトリアが話題を変える。
「父上と?いつの間に!?聞いてないよ!?」
「ですから、今、お話しました。母様、お弁当お弁当」
アンドリュー以外、いつものように自分たちの予定をこなしていく。
そして、トリアが卵を配達に行くと、なぜか食堂は静まり返り、厨房からの控えめな音しか聞こえない状態になっていた。
卵の入ったかごを受け取った料理見習いの顔も、いつも以上にこわばっていたため、話を聞くに聞けず、原因を探るべく食堂に目をやったトリア。
(……あれ?なぜ、ウィンスレット閣下とサミュエル様までここにいらっしゃって、アーノルド閣下達と食事されてるんでしょうか?)
四人がけのテーブルで、近習が給仕もせず、主人と一緒に朝食をとっているのだ。若い騎士たちは、絶対に視線をそちらに向けず、そそくさと朝食を済ませ、任務や訓練にでていく。
(まあ、なんて消化に悪そうな食事の光景かしら……)
トリアは取り敢えず、料理見習いを励まして自宅に戻る。
今日は、月に一度、昼に食材商家がやって来る日(生鮮食品は毎朝、第五騎士団分として一括で届く)で、マシューとトリアは、家族官舎の共同購入品を注文したり、受け取ったり、商家が目新しい品やお試し品などを紹介していく日だった。
その時にでも、今朝の状況をマシューに話を聞けばいいかと、のんきに構えていたトリア。
昼前にマシューが無表情で、トリアを迎えにやってきた。後ろにおまけを付けて。
「マシューさん、いらっしゃい。閣下方、ごきげんよう。どうなさいました?」
トリアが見知っている、後ろのおまけは、ウィンスレット&サミュエル、アーノルド&パーシーの主従コンビに、ダグラス、そして隣の次男坊ルーファス。もう一人のモノクルの長身の男を、トリアは見たことがない。護衛につく騎士二人は、最初に会った時の騎士で目礼だけに留める。
仕事道具をもった書記官のルーファスがついているため、これは個人的な理由でなく仕事の一環なのだろうと判断する、トリアだった。
「トリア。ウィンスレット閣下のお屋敷に勤める、料……シェフのデュボア殿だ。うちの厨房で料理を教えてくださってる」
マシューの言い回しと顔の引きつり具合、料理人の名前から、他国出身者で癖のある人物なのだと受け取って、規範内で最大限礼儀正しく挨拶するトリア。
ウィンスレットと近習二人は、いい笑顔でトリアを見て、無言でうなずいているのが、そこはかとなく怖い。
「ダミアン・デュボアだ。デュボアと呼んでくれたまえ。ウィンスレット閣下のシェフを勤めている」
デュボアはそっけなく、挨拶を返してウィンスレット達の後ろに控えるも、視線だけはじーっとトリアの方に向けている。
「あのな、トリア。閣下方が、普段俺らが、どういう買い物をしてるのか、見てみたいんだと」
心底困惑した顔のマシューが、おまけ達の存在理由を語る。
「そうでしたか。よろしいのではないですか?閣下方が徒で三の郭まで下りられて、騒動になるよりは、城内で市井の一端に触れるほうが、第五の騎士の皆様や護衛騎士の皆様の心労も減るではありませんか(商家の小父さんは……あれで肝の太いほうだから大丈夫でしょうね)」
トリアの言葉に、目をキラキラさせているのは護衛騎士達。その心は、わかってくれる人が此処にいた!である。騎士思いのマシューは、それもそうかと頷いて、近習二人は、なぜか笑みが濃くなっている。
「そういうことだ、マシュー。ほら、そなたらの買い物を、我に見せてくれ!」
アノールドの言葉に、言い出しっぺはこいつかと思うトリア。
「はあ、閣下。じゃあ、二の郭側の通用門に行きますよ」
「トリアは小さいから、歩いて我ら達についていくのは大変だろう。サミュエル」
ウィンスレットが、サミュエルにトリアを運ぶように指示する。
「失礼いたします。トリア嬢」
「はい……(ここで拒否するほうが、ややこしくなりそうですね)」
サミュエルにおとなしく抱き上げられ、片腕に座らされるトリア。マシューもルーファスも、目が点になっている。
「さあ、行くぞ」
ウィンスレットに促され、空の荷車を引いて歩きだすマシュー。本来ならそこに、トリアが乗る予定だったのだ。
トリアはこっそりサミュエルに確認する。
「閣下に、重しをつけられました?」
「ええ。今日は留守居役にしましたけどね」
何やら愉快そうに笑むサミュエル。それを見て、提案したことが、面白いことになっているようだとトリアは感じる。
「お菓子の時にでも教えて下さい」
「うーん、まあ、よろしいでしょう」
パーシーだけでなくサミュエルも、ウィンスレット個人用のお茶請けを、トリアから購入するようになっている。そんなわけで、実はトリア、ポケットマネーがだいぶ貯まってきているので、今日は個人でお買い物するつもりだったのだ。
(この面子でしたら、個人の買い物は、次にしたほうが、無難そうですわねぇ。あれこれウィンスレット閣下に詮索されるのは面倒くさいですし)
ちょっぴり残念に思いながらも、自重の約束は忘れないトリアであった。
トリアが運ばれている分、いつもより早く二の郭側の通用門についた一行。すでに商家は着いていて、商品を載せた、幌のない荷台付きの馬車の前で待っていた。
マシューの説明で、商家の主人はキリッと顔を引き締め、ウィンスレット達に挨拶する。
「楽に。マシュー、買い物を始めてくれ」
「はい、閣下」
ウィンスレットに返事をして、マシューは購入分をリストにしたものを、商家の主人に渡す。主人は、それを息子たちに渡し、マシューが引いてきた荷車に用意させる。トリアは、サミュエルに下ろしてもらって、マシューの横に行く。
「ご主人、今日はなにか目新しいものとかあるかい?」
「ええ!色々お持ちしましたよ!」
「トリア、見せてもらおう」
「はい」
荷台の後ろ側に乗せてある、量の少ない商品を端から順に紹介していく、商家の主人。
「まずはですね。ちょっと、仕入れで無茶振りされちゃってね、真っ黒いお砂糖があるんですよ」
「薄茶のじゃなくて?」
「これなんですよ」
黒糖の板状の塊の入った袋を、マシューとトリアに見せ、欠片を二人の手に乗せる、やや困り顔の主人。
「うーん?色がなぁ?……おう、白い砂糖ほど鋭利な甘さじゃないな。ねっとりした濃厚な甘さだな。だが雑味がすごいな」
「……黒糖ですね。美味しい」
苦い顔をするマシューとは対象的に、トリアはもう一欠、商家の主にねだる。ダグラスは黒糖を興味深げに注視し、デュボアは眉間にシワを寄せて見ている。
「ご主人、何を無茶振りされたのです?」
「いやー、取引先の砂糖問屋が、色々あってね、うちも恩があるから見捨てるわけにいかず、黒い砂糖を買い取ったんですよ」
「掛売でなく?」
「ええ。現金がすぐ要るっていうもんだからね。ただ、うちも商売だから、捨て値でね」
「なるほど」
「なんとかなりますかな?」
そう言って主人がもう一欠、トリアに黒砂糖を渡す。
「ムフフ」
「ん?トリア、気に入ったのか?」
「はい。使いたいので欲しいです」
「トリア嬢ちゃん、使えますか!」
困った顔から、いい笑顔に変わる商家の主人。
「ええ。蜜にしたり、お菓子に使えますよ」
「おお!この砂糖、山ほどあるんです!そのお菓子を食べたいのですが、何なら調理法も……」
商機に飛びつく商家の主人を止めたのは、じーっとやり取りを見ていたウィンスレット。
「主人、ちょっとまて」
「うっ、はい!」
「トリア、この黒いのは精製前の砂糖であろう?白い砂糖に比べて、安いぐらいしか値打ちがないと聞くが」
この国では、白いほど上等な砂糖とされている。精製に手間がかかるため、値が上がっているのが原因だ。そして、手間暇かかっている方が贅沢品になるため、貴族は見栄もあって白い砂糖の方を尊ぶのである。
トリアが欲しがる理由がわからない上に、商人の色めき立つ様子が気になって、ウィンスレットは質問したのだ。
「閣下。そもそも、砂糖自体がこの国では殆ど作られず、輸入に頼っている現状、少しでも安いものを買いたいのが庶民です。日々の収入が少ないのに、高いものを買えば、あっという間に稼ぎが飛んでいくではありませんか。ご主人にしても捨て値で大量に仕入れたものが売れ残るより、ちゃんと売れるほうが助かるのですし」
「ああ。それはそうだな。第五は、白い砂糖ではなく、値段の安い薄茶色の砂糖を使っているのだったな」
「そうですよ、閣下」
ウィンスレットに視線を向けられたマシューが、肯定する。
お金の話をすると、割とすんなり理解するウィンスレットは、根っからの財務方である。平民に生まれていれば商人になっていたかも知れない。
「閣下、よろしいか?」
「どうした、デュボア?」
「そのような雑味のあるものを菓子に使うのが、私、料理人として理解できません」
「ああ、料理の観点からだと、そなたはそう思うのだな。トリア?」
「作るお菓子によるのですよ、閣下。どういう物を作りたいかによって、砂糖を使い分けるのです。私が作りたい菓子には、この黒い砂糖が必須なのです。騎士を財務で使うようなことは、なさらないでしょう?」
「しないな。暴挙だ。適材適所、よくわかった」
ウィンスレットはすぐに納得したが、デュボアの方は納得のいかない顔をしている。トリアは内心でため息を付いて、デュボアが納得いく説明をする。
「庶民は、体をよく動かしますから、お菓子も繊細なものよりは、どっしりお腹にたまるほうが嬉しいのです。それにこの黒いお砂糖は、補給食としても値打ちがありますよ。甘いだけでなく、体にいいものが一杯詰まっているのです。白いお砂糖は甘さだけを抽出したものなので、他のものが取り除かれてしまっています。様々な食材を購入できない庶民には、黒いお砂糖は、必要なお砂糖なんですよ」
「なるほど。我々貴族は色んな食材を豊富に食べられるから、他のもので必要なものが体に取り込めているが、平民では買えるものに限りがあるから、一つで色々なものが取れるほうがよいのだな」
ウィンスレットにそう言われると、デュボアは理解し、納得したようで、眉間のシワを解いて、無言でうなずいている。
「アーノルド閣下!」
「どうした、ダグラス?」
「私も味見が、しとうございます」
「ふむ。トリア?」
「今、購入しますから、少しお待ち下さい。ご主人、今日はどれぐらいもってきたんですか?」
「ハハ、トリア嬢ちゃんに最後の望みをかけてたから、実はこの一袋だけなんだよ。倉庫には山ほどあるんだが」
そう言って、商家の主人は荷台の両手で持てる程度の紙袋を指差す。
「なるほど。私が買える程度の量しか持ってこれなかったんですね」
「そういうこと。失敗したなぁ」
「まあ、いいではないですか。売り方次第で売れるんですし」
「そうだな!嬢ちゃんが必要な分は先によけとくよ!で、この砂糖は、この一袋で、銅貨三十枚だよ」
「わかりました。先にこれだけお金を渡しておきますね」
商家の主人にお金を渡し、黒砂糖の入った袋を手渡されるトリア。トリアは、それをパーシーに渡して後を任せる。
パーシーは毒見石で確認を済ませると、おまけたちに黒砂糖の欠片を手渡していく。なんだかんだ気になるようで、結局、護衛騎士まで、欠片を口に入れていた。
黒砂糖を食べたアーノルドは、なにか思いついたようで、護衛騎士を巻き込んで、ウィンスレットの説得を始めている。料理人三人は、お菓子と砂糖談義で盛り上がっている。
商人は、あとはトリアに頼まれたものだからと気にせず、そのまま持ってきた商品をトリアに見せ始める。トリアも大人たちが話に夢中になっているので、今がチャンスと自分の買い物に集中することにした。
「で、嬢ちゃんがこの間、聞いてきたリーゾね。他にもいくつか種類が在ったから、少しずつ脱穀したのを穀物問屋から分けてもらってきたよ」
「ああ、色々在ったんですね」
「王様の土地に生えてるものが、ほとんどだそうだよ」
「陛下の?」
「そうだよ。王様が子どもの頃治めてた、湿地の多い土地らしいよ」
「そうなんですね」
商人から米の入った紙袋を、順に見せてもらうトリア。
(長粒種に短粒種、この白くて不透明なのはもち米ですね。赤米に、黒米ですか。ほんとに多種多様のお米があるんですね)
「どうだい?」
「全部いただきたいですけど、それぞれおいくらですか?」
「ああ、今日はいいよ。黒い砂糖が売れるってわかっただけでもめっけもんだから。脱穀しちゃってるし、量もそんなにないからね。おまけおまけ。」
「じゃあ、明々後日、イーデン男爵とそちらにお伺いしますので、その時にでもお菓子の調理法をお教えしますね」
「助かるよー。うちの厨房も準備しとくよ。ああ!なんなら、黒い砂糖、明日もってこようか?」
「いいんですか?」
「ああ!色々作るんだろ?あれ、かなり減っちまってるみたいだからな」
「え」
トリアがパーシーの方を見ると、パーシーは苦笑して、トリアに見えるよう、袋の口を開けてみせた。目減りした黒砂糖が見えた。
「あら。ご主人さすが!よく見てらっしゃいますね」
「ホッホッホ。目端が利いてなんぼですからね」
「お手数ですが、ぜひ、明日お願いします。もし、すぐ手に入るのなら、このリーゾの不透明な白い物も小麦袋の大袋で一つ、脱穀して持ってきてもらえますか?」
「任せておくれ!朝の納品の時にマシューさんに渡しとくよ。後は、えっと、海藻だな。これは北の漁村でもらったの。こっちは南の方から入荷する粉っぽい海藻。これは、なんか茹でると溶ける海藻。放置すると冷めて、又固まるよ。で、これは近くの海岸でも取れる海藻を干したの。手に入ったのはこんなもんだね」
「どれも欲しいですね」
「北のはなんか漁にじゃまになるとかで、魚を買うついでに、ただで貰ってきたよ。付加価値がつくのなら教えておくれ。北の漁師たちも助かるだろうから」
「わかりました」
「南の方のは、料理に使うらしくってね。私も、食べたけど海の風味がして面白かった。結構仕入れてきたから、追加があったらすぐ用意するよ。この袋の量で銅貨二十枚」
「いただきます」
「この茹でると溶けるのは、水でふやかして食べるそうだ。海藻の匂いがしてコリコリした食感だったね。これは作るのに手間がかかるそうで、半銀貨一枚だけど?」
「大丈夫です。買います」
「おお、お金持ちになったね!これは、乾燥状態で、水に漬けると広がるよ。なんとも説明し難い食感かな。火を通しすぎると黒っぽくなるね。これは銅貨二十五枚」
「全部買います」
「はいよー、持てるかい?共同購入分と一緒に運ぶかい?」
「荷車に、お願いします」
トリアと商人は、トリア個人分の会計を済ませる。
「へい、まいど。ところで、あそこでワイワイやってるのどうするんだい?買い物を見に来たんじゃなかったのかい?」
「困りましたねぇ」
「商品が揃ったよ」
商家の息子たちが、声をかけてきたので、トリアは話し込んでいる料理人三人のそばに近寄って、マシューを呼ぶことにする。
「お話中、申し訳ありません」
「「「あ」」」
トリアに声をかけられ、我に返る三人。
「マシューさん。共同購入の品物の用意ができたので、確認とお会計を」
「おお、すまんすまん。つい、話しに夢中になっちまった。今、行く」
マシューが慌てて、荷車の商品を確認する。
「……トリア?何をいっぱい買った?」
「前に探すのをお願いしていた商品を、買っただけです。おまけもしていただいたので、問題はありませんよ」
「はあ。まあ、俺たちが話し込んでたのが悪いわけで。参ったな。全然、今日の目的が果たせてないってのが、大問題だ」
「買い物を見るのでしょ?取り敢えず見たのでは?黒砂糖買いましたし」
「買い物を見るっていうかな、トリアが買い込んだ、目新しいもののほうが、大事だったんだ。ダグラス殿もデュボア殿も、第五の寮でしか見ない食材が、気になってたんだよ」
「えーっと?」
第五でしか生活していないので、他ででないものが、いまいちわからないトリア。
「ああ、ここ以外に行ったことのないトリアは、わかんないわな。リーゾとかポモドーロとか、ポテトとかな」
「けど、それって、ご主人に市場に出てるもの、取り敢えず、みんなって頼んだものでしたよね?」
市場にに行けないトリアが、何が売っているのか知りたくて、目につくもの少しずつでいいから、主人にもってきてほしいと頼んだのだ。
「そだよ、嬢ちゃん。市場で売っちゃいるが、リーゾは雑穀、コッコの餌で最初は飼料屋の扱いだったよ。今じゃ、穀物問屋でも扱うようになって、格上げ中だ。ポモドーロもポテトも園芸植物で元は花屋のだからね」
「……人は食してなかったんですね(なんてこと……)」
市場に行っていれば、どういう風に売られていたのかがわかるが、食材商家である主人が売りに来たため、普通に食べているものだとばかり、トリアは思っていたのだ。
「いや、リーゾはほれ、食糧危機の時に嬢ちゃんが美味しい食べ方教えてくれて、皆助かったしな。ポモドーロもポテトも食べられると、花屋に教えられたんだが、食べ方はわからないと言われて、嬢ちゃんやマシューさんなら、食い意地張ってっから、なんとかするかと」
「ははは(私の自重、無駄でしたか……)」
「大丈夫大丈夫!みんな食べられるもの増えて、ほっとしてるからね!農家も食べられるとわかって、ポモドーロもポテトも作付け始めてるんだよ。荒れ地でもそこそこ育つから、喜んでたよ?」
ポテトもトマトも原種に近く、まだまだ品種改良が必要なのだが、その辺り熱心な者が居るので、勝手に発展していくだろうと、トリアは考える。ただ、ポテトに関しては、毒になる部分があることを商家の主人にきちんと話して、注意するように呼びかけてはいる。
「(勝手に農業改革進んでませんか?)そうですか。で、マシュー小父さん、正確には、閣下方は、なぜ、買い物を見たいと?」
「アーノルド閣下は、ダグラスと屋敷の食材仕入れみたいだが、ウィンスレット閣下は、食べられる物が増やせるのなら、国でなんとかならないかって話だったぞ」
「ああ、リーゾは陛下の直轄地で育つようですから、増やせますね」
「そうそう、そういう話を聞きたかったっぽいぞ」
「それで、ルー兄さんまで、連れてきてたわけですね」
「ああ。会議の記録とか、見聞したことを書くのが、仕事だそうだぞ」
しかし、そのルーファスは今、アーノルドとウィンスレットの話し合いを記録にとっていた。一応、政策寄りの話をしているらしい。
「閣下方は、何をお話されているんですか?」
「なんでも、黒い砂糖を、行軍の際の補助食品に出来ないかどうかと、アーノルド閣下がおっしゃられたのだ」
話はしていても、片方の耳は主の動向を気にしていたデュボアが、代わりに答える。
「ああ、軍用出来ますね。そのままで、非常食になります。それで、今、追加予算が出せないか折衝中と。父様達が泣きそうな気がします」
「みたいだな」
マシューが頬をかきながら、トリアに相槌をうつ。
「トリア嬢、何を買われたか、すごく興味があるのです」
キラキラお目々で、料理にしか興味がないダグラスに聞かれる。
「家でお見せしますよ。新しく買ったものは、持ってきていただいた分、全て買い取ってしまってますし、ご主人も商い済みですからね。必要なものは、また持ってきていただくか、三の郭のご主人の商店に購入にいくほうが早いですしね」
「嬢ちゃん、新しいもの、仕入れといたほうがいいかい?」
話を聞いていた主人が、ワクワクしながら聞く。
「ええ。この様子だと注文量が増える可能性があります」
「おっしゃ!任せとけー。何なら明日、注文してくれてもいいよ!で、私は帰っちゃまずいかね?仕入れに行きたいんだが」
「そうですね。一応、偉い方を無視するのは、まずいですからね」
子どもで、礼儀作法がまだまだなため、一番無礼が許される可能性の高いトリアが、ウィンスレット達に話しかけに行く。
「パーシー様、砂糖を持たせたままで申し訳ありません」
「いえいえ」
「こちらの買い物は終わってしまったのですが、閣下方の目的は果たされたのでしょうか?」
「それが……」
トリアに砂糖の袋を渡しながら、そっと視線を外すパーシー。
「トリア!丁度いい。そなたなら、この黒い砂糖の良さを兄上に説明できるであろう?」
「アーノルド、トリアを巻き込むでない」
「どうなさったのです?買い物を見るのではなかったのですか?もう済みましたよ」
トリアに気づいたアーノルドが話しかけてきたので、そのまま会話の乗っ取りを行うトリア。
「「あ」」
「商家を帰してよろしいですか?何か要るものは、ございますか?」
「……黒い砂糖が欲しかったのだ」
へにょっと眉尻を下げて言う、アーノルドにトリアが答える。
「黒い砂糖は、明日、また持ってきてもらうことになりましたから、大丈夫ですよ」
「そうなのか!」
「よくお話がわかりませんが、ウィンスレット閣下を説得なさるのなら、もう少し、具体的な作戦を練ってからになさったほうがよいのでは?アーノルド閣下。今、思いついたばかりなのでしょ?」
「うむ。そうする!今は分が悪い」
「それで、アーノルド閣下。お屋敷の食材はどうされるのです?」
「あ、しまった!」
「欲しいものは、お決まりでしたのですか?」
「いや、ダグラスが欲しいというものを、買うつもりであったのだ」
「その話でしたら、この後、食材を試して、明日、商家の方に追加注文する予定ですよ。支払いは後でもできますから、仕事に戻られては?」
「我も気になるから見に行く!そのために仕事を前倒して頑張ったのだ!」
「……さようですか(帰れと言ったら拗ねるんでしょうねぇ)。ウィンスレット閣下は、情報収集が途中でしょうが、そろそろ、お昼時間なのでは?」
父が待ちぼうけを食らってはかなわないと、ウィンスレットには外宮に戻ることを勧めるトリア。
「ぬっ、そうだな。アーノルド、黒い砂糖の件は、トリアが言うようにもう少し、皆が納得する説明をもってきなさい。マシューやトリアに無茶を言い過ぎるでないぞ!騎士ではないのだからな。ルーファス、先程のアーノルドとの黒い砂糖の軍での使用に関しての会話を、書類に起こしておいてくれ。デュボア、そなた欲しい物があれば、一緒に注文しておきなさい。代金は屋敷宛にするように。私は、用があるのでこれで失礼する。サミュエル、いくぞ」
ウィンスレットはテキパキと指示を出し、サミュエルとルーファス、自身の護衛騎士を連れて、一の郭へと戻っていった。
トリアが、アーノルドの方を見ると何やら期待感満載でトリアを見返してくる。
「我は、そなたらのすることのほうが興味あるから、この後、いくらでも付き合うぞ」
「左様ですか。では、商人は帰しますね」
「おう」
「ご主人。帰れますよ」
「ありがとうー。明日の昼にまた伺うよ。注文も増えそうで、楽しみだ。では皆様ごきげんよう」
商家の主人は、そそくさと息子たちを連れて、退場する。明日の注文に備えて、この後、あちこちから仕入れを増やすのだ。
「マシュー小父さん、食材の実験はどこでします?見るだけでは済まないでしょう?」
「まあな。うーん……人数が人数だからなぁ。食堂の厨房か?だが、あそこで作ると腹をすかした若い連中がわくからなぁ」
ダグラスとあれこれ作っているときに、匂いにつられた年若い騎士たちが食堂にやってきて、目で食わせろと訴えるらしい。
「マシュー小父さん。食材の量は食べざかりのお腹を満たすほどありませんよ。アーノルド閣下もパーシー様も護衛の方も、台所にいる必要はないのですから、出来たものを居間で試食していただけば、よいのでは?」
「ああ!そうだな。三人半なら、台所に入るな!俺んちにすればいいか」
「むぅ。確かに半人前ですけど、幅はマシュー小父さんの三分の一ぐらいしかありませんよ!」
「あっはっは!たしかにな!ほら、帰ろう」
そんなわけで、官舎に戻ることになったトリアたちであった。