各食堂の事情
サミュエルの案内で、庭園の中を進むと、木の生い茂った場所に、少々くたびれた感じの木の東屋が見えた。
「あの辺りでどうでしょう?」
「いいですね!」
アーノルドとウィンスレットを東屋の椅子に座らせ、同席の許可を得る、トリア。父も座らせ、さらには近習の二人も許可をもらったからと一緒に座らせる。
リサと護衛の騎士は、騎士だからと同席を固辞した。トリアは、リサの気持ちと騎士の任務を考え、それに頷く。
「サミュエル様、パーシー様。改めまして、財務官アンドリュー・イーデンの娘、ヴィクトリアと申します。トリアとお呼びくださいませ」
「「こちらこそ、よろしくお願いします、トリア嬢」」
「いや、実によく出来たお嬢さんです。当家の侍女見習いに是非欲しい」
「うちにこそ、欲しいですね」
二人の近習の言葉に、真っ青な顔でプルプルと顔を横にふるアンドリュー。娘を守るにあたっては、どんなに怖くても、力の限り頑張る所存である。
「「おや、残念」」
「「「ぐぅううううう」」」
三人の腹の虫の抗議に、近習の笑顔が超絶良くなる。
「「食事も取らず、何をなさっておいでですか、我が君?」」
「「食べるところだったんだ!邪魔したのはそなたらだ」」
「「ほー」」
(似た者主従ですねぇ)
内心でツッコミを入れるトリア。これでは埒が明かないと話題を変える。
「コホン。サミュエル様とパーシー様はご兄弟ですか?」
同じような薄茶色の髪に、よく似た顔の造形で、まるで合わせ鏡のようなサミュエルとパーシー。違うのは青い瞳の色味だけだが、それも二人並べてみなければ、見慣れぬ者には、わからない程度の差異である。
「「ええ!わかりますか!双子なんですよ!」」
「「そっくりな顔して言うな!」」
「閣下方。お腹が空いていらっしゃるのはよくわかりましたから、後少しだけお待ち下さい」
こりゃ駄目だと、待てをかけるトリア。
「「わかった」」
「サミュエル様、パーシー様、うちの父がウィンスレット閣下に、何の確認もしておらぬ食事を渡しておりましたことを謝罪いたします」
「「それは、そちらの罪ではありませんよ。謝罪は無用です。主がしてはならぬことをしたのですから」」
トリアの謝罪を、にこやかに断る近習二人。
「そのことなのですが、わかっていてもやらずには居られなかった理由を知りたいのですが、よろしいですか?」
「「「ぐぅううううう」」」
「「主の腹の虫が、理由を語っているようですね」」
「「「……」」」
恥ずかしくてうつむくアンドリューに、そっぽを向く公爵二人。トリアと近習は、アルカイックスマイルになり、騎士たちは必死で笑うのを堪えている。
「あの、毒見を今できますか?」
「ええ、私達がいつも行っていますから」
食べさせないと話になりそうもないと考えたトリアは、カゴの中からお弁当を取り出し、それぞれの弁当をアンドリューと近習に渡す。
「「これは美味しそうですな」」
近習二人は弁当の蓋を開け、懐から、きれいな青色の石の飾りがついた鎖を取り出し、弁当にかざす。何の変化もなく数秒が立つ。
「「さあ、我が君。お昼ですよ」」
待てを食らっていた主人に、弁当箱を渡す、サミュエルとパーシー。トリアの方は、興味津々で、二人の持つ、青い石の飾りを見ている。
「「食べて良いな?」」
そう聞いてくるウィンスレットとアーノルドに、トリアは慌てて、弁当を勧める。二人は、表情を和らげ、いそいそと食べたいものを手にとって食べ始める。それを見てからアンドリューも自分の分に手を付ける。
「そう言えば、お二方は、閣下方を探していたのでしょう?お昼はどうされたのですか?」
青い石よりも気になったことを、先に確認するトリア。
「「他の者と、交代で取ることになっていますから、ご安心を」」
「でしたら、お茶請けですが、これもご確認いただいて、お召し上がりくださいませ」
トリアは父にと用意した、ロッククッキーの入った紙袋を、サミュエルに渡す。渡されたサミュエルは、青い石をかざして、パーシーにクッキーを渡す。
「われにも!」
「それだけお食べになるのに、まだ入るのですか?我が君」
アーノルドの言葉を聞いて、思わず弁当を見比べるパーシー。アンドリューやウィンスレットの弁当の倍以上あるのを見て、パーシーは胡乱な目をアーノルドに向ける。
「甘いものは、別腹なんだ!」
「全く、ろくでもないことをどこで教わってくるのか?後で差し上げますよ。食い物の恨みを、貴方から買いたくありませんからね」
パーシーの言葉に、トリアが毎朝食堂で、マシューとプリンの数を交渉しているアーノルドを思い出して、思わず口にする。
「それ、多分、第五騎士団だと思います。閣下は、毎朝そうおっしゃって、第五の独身騎士寮の食堂でカスタード……」
「トリア!シーッ!」
「シーッじゃありませんよ!貴方と来たら!毎朝どこにでかけているのかと思えば、そんなことに」
「トリアぁ」
「すみません、閣下。流石に騎士団の中のことなので、ご存知かと。ホホッ」
笑ってごまかすトリアを、涙目で見るアーノルド。
「第五の連中には、口止めしていたのだ」
「ええ、何もどこからも情報が入らず、この五年近く難儀していたのですよ。第五の方々の忠義っぷりと鉄壁の守りには、頭が下がりますね」
真顔のパーシーの言葉の皮肉と本音の割合が読めず、別の話題をサミュエルにふることにしたトリア。
「コホン。サミュエル様。その青い石のことをお聞きしても?毒見とは、毒見役を置かずにすることなのでしょうか?」
「いえ。多くの身分の高い者には、貴女のおっしゃる、見て、匂いで、食べて毒の有無を見分ける毒見役がおりますよ。ただ、こういう毒見石という魔道具も世の中にはあります。マルティヌス帝国でしか作られぬ、希少な道具ですから、手に入れられる者は限られますが」
「魔道具、なんですか?マルティヌス帝国には魔法を使える者が居るんですか?」
「トリア。魔法を使える者しか住めぬのが、マルティヌス帝国なのだ」
「まあ」
興味津々のトリアの問いに、ウィンスレットが苦い顔で、含みをもたせて答える。
「つまり、魔法を使えぬ者は帝国を出され、他の国々を形成したと?もし魔法のない者が、帝国に足を踏み入れたらどうなるかわからない、ですか?」
「そのとおりだ。アンドリュー・イーデン、そなたが教えたのか?」
「いえ。全く」
「私の言葉で推察したか。なかなか見どころがあるな」
「閣下のお顔に出てましたもの」
「むっ、人に表情を読まれるほど気を緩めすぎたか。いかんな」
「緩め過ぎですよ、我が君。毎昼、雲隠れするほど美味しかったんですね、イーデン家のお弁当とやらは」
「うっ」
サミュエルの指摘に、視線をそらすウィンスレット。事実、ウィンスレットの弁当はもう空っぽである。
「うちのお弁当は、第五の寮の食堂とあんまり変わりませんよ?ねえ、父様?」
「トリア、それはマシューさんが作ってるからだよ。外宮の文官食堂は一般的なんだろうけど、君やアリシアがお弁当を作ってくれてるから、わざわざ行きたくないかな、僕は。イーデン男爵も奥方の手作り弁当だよ」
妻が弁当を用意してくれるという建前で、文官食堂を回避しているイーデン親子であった。
「え、父上?お祖父様もですか?お祖母様がお料理なさってるとは、知りませんでした」
「うちの実家は、一代限りの宮廷男爵だもの。取り繕って、使用人をおいてるけど、みんな、ある程度の生活能力はあるよ、トリア」
「そうなんですか」
「ねえ、リサさんもマシューさんの料理のほうが美味しいですよね?」
アンドリューが、私は話を聞いていませんという態度のリサにあえて話を振って、仲間に引きずり込む。皆から視線を向けられ、たじろぐリサ。
「うっ。ここだけの話にしてくれるとありがたいけど。はぁ、第一の食堂は量は多いけど、マシューの料理になれてると、物足りないなぁ。マシューの食事が食べられるのに、わざわざ第一の食堂は使わないよ、トリア」
「リサさん、わたしそれ、いつも伺ってますが、ただの惚気だと思ってました」
「ちがうから!ただの事実だから!」
目をパチクリさせて言うトリアに、リサが顔を真っ赤に染めて否定する。
「うむ。第五の食堂はうまいぞ!次点で軍本部の食堂だな!」
アーノルドも力いっぱい同意する。
「はあ」
「今日、我がアンドリューに弁当を頼んだのは、第五の料理と食べ比べしたかったからだ!この、チーズの入ったコッコの料理は、第五でも食べたことがないぞ!」
興味津々で聞いてくるアーノルドに、カスタードプリン以外も食べてたんだと別なことに意識が向く、トリア。
「この料理は、油を少々多めに使うのです。まだ、油脂の値段が下がらない現状、大量の油が必要となる食堂では、まだ出せないのですよ。閣下」
食糧危機で、家畜用の飼料が確保できず、動物性の脂が減り、また油用の植物の代わりに別の穀物を植えたため、油の値上がりがまだ収まらない、王都であった。
「むぅ、そうなのか」
しょんぼりするアーノルドをみて、さすがに、自分の屋敷では、もう少しマシなものを食べてるんじゃないのかと首を傾げるトリア。
「食堂のお食事が、お口にあわないのはわかりましたが、閣下方はお屋敷の料理人に、お昼を頼めないんですか?」
男爵の祖父が、祖母にお弁当を頼んでると知り、トリアはその辺りはどうなのかと聞く。聞かれたウィンスレットとアーノルドは、その手があったかと手を打つが。
「ハハハ。トリア嬢。弁当はございますが、それは食事の用意できぬ場所に行くときのためというのが、貴族の認識ですね。仕事ではありますが、王城に呼ばれているという建前ですので、昼食は王の振舞いにあたるんです」
「なるほど、陛下からの下賜品なんですね。勉強になります」
サミュエルが丁寧に、トリアに教える。
「では、用意された料理がまずいなんて言ったら、不敬にあたりますよね?」
「ええ、なってしまいますねぇ」
「「うっ」」
「ですが、父や祖父はお弁当をもっていっていますよ?この場合は?」
「妻の思いを無碍にするのは、男のすることではないという、ツヴァイ王国の不文律があるからですね」
「なるほど。愛妻弁当が父達の盾代わりでしたか!」
「トリア、おもしろい事を言うな!」
カラカラとアーノルドが笑う。
「では、うちの隣に住む、ルーファス書記官とジュード書記官見習いがお弁当なのはどうしてでしょう?」
「書記官なのに外宮の食堂を使っていないのか?」
「なぜでしょう?」
トリアの疑問にウィンスレットとサミュエルが首を傾げる。
「ああ、トリア、それ多分トーマスさんが、第五騎士なせいじゃないかな?」
「?」
「第五の騎士は、昼を取れる場所が固定してないだろ?三の郭にあるお店や市場で食べる騎士も多いし。官舎住まいでない、家族持ちの騎士なんかは弁当が多いんだよ。昼も独身寮じゃ出ないだろ?だから弁当を持っていくのが、普通の認識になってるんじゃないかな?」
「えっと、つまり習慣を続けてるだけ?」
「多分。二人は外宮の食堂を利用していいはずだよ。それに独立して、書記官の官舎に入るなり、三の郭に住まいを持てば、多分嫌でも外宮の食堂になるだろうし」
「「「「ほー」」」」
そういうことも起こるのかと、アンドリューの話にウィンスレットたちのほうが、驚きを隠せないでいる。
実際は、ルーファスとジュードが、食堂で食べるより母親の手料理のほうが美味しいので、しきたりをわかってないふりをしているに過ぎないのだが。元内宮の女官であるメグも、当然そのことを知っていて、息子たちの甘えに目をつぶっているのだ。
「では、隣の家は慣習の違いのせいだということで。結論として、妻がいらっしゃらない閣下方は盾がないので、こっそり、父にお弁当を頼んだんですね?おおっぴらに言えぬことだから」
スーッと目をそらす高貴な二人に、どうしたものかと首をひねるトリア。
ウィンスレット達に妻が居ないのは、前王の時代、王子はいっぱい居ても王太子が決まっておらず、無用な後継争いを避けたためである。
そして、今はまだ正妃すら持たぬ若い王だけのため、なおさらウィンスレットたちは妻帯できない状況にある。二人に子ができれば、親二人は継承権を放棄していても、他に血族のない今、その子らに継承権が発生する可能性があるからだ。
なので早く嫁をもらえという案は却下となる。
「そもそも、どこの食堂も同じ物を出していないんでしょうか?規定の料理にし、食材の共同購入するほうが安く上がりますよね?ああ、身分差がありましたね。それに一つの商家に購入が偏らないようにするためですか」
自分の疑問を自分で解決したトリアを見て、片眉を上げるウィンスレット。
「そうだよ、トリア。その答えで合ってる。最初の質問だけど、各食堂の料理人に、任せられてるね。予算は、食べに来る人数や来客の身分もあって、各食堂毎に違うけど」
財務官としてアンドリューが分かることを娘に答える。
「父様は、外宮の文官食堂の他に、どこで食べられるんでしょうか?」
アーノルドがあちこちの食堂に顔を出しているのを知って、トリアは、アンドリューも、ほかの食堂に行けるのか確認する。
「うーん。予算枠があるから、よその食堂に行くのは、よほどの場合だけだね。例えば、僕なんかは予算案の折衝なんかで、他の騎士団本部で話をつめてる時は、そこの軍部の食堂を利用する機会はあるけど……」
第一と近衛をのぞき、第二〜第五と海軍は同じ建物に本部があり、そこに軍本部食堂があって、各騎士団の幹部クラスが食事をとっている。
一の郭にすべての騎士団員が揃っている、第一騎士団と近衛騎士団は、それぞれに騎士団本部と詰め所、家族官舎や独身寮があり、それぞれ食堂があるのだ。
なので予算案の折衝の頃、アンドリューは担当の第二〜第五までの各勘定方と折衝を行い、軍本部食堂に連れ込まれているのである。
「父様、毎日お弁当ですものね」
「そうなんだよ」
「アンドリューの愛妻弁当は、各騎士団の勘定方では有名だぞ」
アーノルドがブスッとして言う。
「「?」」
父娘で首をかしげて、アーノルドを見る。
「そなたら、そっくりだなぁ。アンドリュー、そなたをな。予算案の際に、食堂に誘って懐柔しようと試みるも、うまそうな弁当に逆に撃沈させられるのだそうだ」
「まあ」
「え?昼食に誘われるのって、そんな下心があったんですか?」
素で驚くアンドリューに、アーノルドが手をふる。予算の取り合いは、水面下でも起こっていたようだが、本人が気づいていないのならあまり意味がない。
「最初だけな。この頃は、そなたの弁当の中身が気になるらしくて、誘っているらしぞ。食べてる時に料理人が来るだろ?」
「ええ。毎年、予算の折衝の際に食堂に誘われると、料理人の方がテーブルに弁当の中身を見に来ますね。よく質問されますが、自分で作ってませんから、あまり答えられなくて、妻が作ってるんですと……ああ、それで愛妻弁当か」
有名の理由がわかって、ホッとするアンドリュー。
「だから軍本部の食事は、おかげで、予算を変えずに美味しくする工夫をするようになってるぞ。料理人達も、第五のマシューのところによく相談に行くらしいしな。我は、いつも軍本部で昼食をとっているのだ」
「わが君?貴方は、外宮の執務室で食事をとるのが筋なんですよ?それなのにあれこれ理由をつけては軍本部の方に顔をお出しになって!お昼のためでしたか!」
パーシーの言葉にふいっと顔を背ける、アーノルド。
「ふむ。外宮の食堂にも改革が必要なようだな。食糧危機の前は、あそこまで味気なくなかったんだがな。物資不足で味が落ちたのは仕方ないと思っていたが、持ち直しつつある今、ここまで差が出ているのは、なにか理由があるはず」
考え込んでいたウィンスレットが、口を開く。
「わが君?美味しいものが食べたいだけではないでしょうね?」
「違うぞ、サミュエル」
即座に否定するウィンスレットに、疑惑の目を向けるサミュエル。
「父様、外宮の食堂の予算と収支は、どうなっているのでしょう?」
「うーん。僕は食糧危機の頃に財務部に入ったから、その前のことは調べないとわからないな」
「アンドリュー・イーデン。調べるように。問題がなければいい」
「はい!」
ウィンスレットの言葉に、キリッとした顔で頷くアンドリュー。
「わあ、父様かっこいい!」
「えへ」
「「可愛い娘で良かったな!」」
ケッと悪態をつく高貴なお方を、近習の二人が嗜める。
「これで、外宮の食事が改善されれば、父様は閣下方にお弁当を届けずにすみますね」
「そうだね。外宮の食堂が美味しくなれば、お役御免だね」
問題が解決したと喜ぶ父娘に、ウィンスレットが待ったをかける。
「外宮の改革が終わるまでは、弁当を頼んだぞ」
「あの、お屋敷の料理人にこっそり頼む案は?」
「陛下に対して礼を失する事になるからな、却下だ」
「でしたら、我が家にこっそり頼むのも却下ではないですか」
「そちらは、一般市民の食糧危機回復度合いの調査の為と名目が立つから良いのだ」
建前を無理やりひねり出して、ドヤ顔で言い切るウィンスレットに、顔を見合わせるトリアとアンドリューとサミュエル。
「……父様、サクサク、調べ物を終えてくださいね」
「うん!頑張るよ」
「そなたら、料理人の腕のせいなら一朝一夕に、上手くなるわけではないのだぞ?もうしばらく、弁当は続けるぞ」
ウィンスレットの粘り腰に、父が断るのが面倒すぎて諦めたことを察したトリア。さっさと攻める方向を変え、次善の策をサミュエルに申し入れる。
「父様、サミュエル様に、ここでお弁当を渡してくださいね。サミュエル様、お手数ですがお願いしても?」
上官と仲の良すぎる部下は、ほかからの嫉妬を買いやすくなる。それに付け届けをしているようにも見えるのは双方とって良くない。
今まで、何の噂も立たずに、アンドリューがウィンスレットに弁当を渡していたことのほうが、奇跡なのだ。
「わかった!」
「ええ、問題ありません。アンドリュー殿、受け取りに仕事の前に参りますゆえ」
「はい!ぜひ。食べ終わったかごは、翌日の受け渡しの時にご返却下さい」
「そのように」
やっと、ウィンスレットに弁当を直接渡さずに済むことになって、ホッとするアンドリューと、主人をおとなしくさせることができそうなサミュエルは、しっかと握手をした。
「そなたら!勝手に決めるでない!」
「「「決めましたから」」」
いい笑顔で三人に言い切られ、がっくりうなだれたウィンスレットであった。
「ウィンスレット閣下、陛下はどこでお食事されるのです?」
ふと気になって、トリアが尋ねる。
「内宮の専従料理人が居る。料理の腕は知らんが、料理人本人には問題はない」
ウィンスレットの言葉の裏に、命の保証はするが、食べる幸せまでは保証しないとあって、顔のひきつるトリアたちであった。
「まあ、命あっての物種ですしね(頑張れ陛下!)」
「そうだ。ああ、アンドリュー。一応、内宮の内勤者用の食堂の予算と収支も調べておいてくれ。サミュエルは、外宮と内宮の食事内容をだ」
「「はい。かしこまりました」」
「ふむ。有意義な昼食になった。ではアンドリュー、執務に戻ろうではないか」
「はい、閣下」
「父様、お仕事頑張って」
「うん!今日は早く帰るから!」
「まあ。今日ぐらいは許してやろう。明日からいつもの業務と並行して、調べ物も頼むぞ。サミュエル、午後のお茶の時間、その茶請けを忘れずにな」
ウィンスレットの言葉に、苦笑しながら頷くサミュエル。
「トリア、そなたの父を借り受ける。今日はなるべく早く返すから、以降しばらくは許せ」
「はい、閣下」
自身の側仕えと護衛騎士、そしてアンドリューを連れて外宮に戻るウィンスレットを見送り、トリアも、リサとともに家に帰ろうとする。
「トリア!茶請けはもっとないのか?」
パーシーからもらったロッククッキーを食べきってしまった、アーノルド。
「我が君?」
「美味しかったではないか!お茶のときにも食べたい」
パーシーとトリアが顔を見合わせる。
「トリア嬢?」
「家にありますけど……」
もう、これ以上断る労力のほうが、無駄な気がしてきたトリア。アーノルドの訴えかけてくる目に、父親の気持ちが、痛いほどわかったトリアだった。しょうがないので、トリアは大事にならない方向に舵切りして、供給することに決める。
「今から、お伺いしても?」
「それは全然構いません、というか、よろしいのですか?」
近習と言っても、王族の近習で、パーシー自身も貴族なのだ。使いっぱしりさせていいのかと首を傾げるトリア。
「仕方ありません。午後から陛下と騎士団関連のお話がございますのに、我が君が、また第五に逃げ出されても困りますから。それに、準備もせず、間に人を入れて何かあっても困ります。今日のところは、私が参りましょう」
「ああ、それはそうですね。承りました」
パーシーの、安全には替えられないという言葉に同意する、トリア。
「トリア!これは材料費だ。受け取れ」
ゴソゴソと巾着を取り出し、トリアに銀貨を渡すアーノルド。マシューの諫言という刺した釘は、いい仕事をしていた。
「閣下、これはいくらなんでも、いただきすぎです」
「いいんだ。これから毎日、パーシーが茶請けを受け取りに行くから!足りなくなったら言付けろ!」
その言葉に唖然となる二人。
「毎日?甘やかしたのは、失敗ですね」
「そう来るとは思いませんでした」
「「はあ」」
がっくりうなだれる、トリアとパーシー。
「パーシー殿、毎日、閣下に朝とお茶の時間に第五に通われるよりは、ましかと?」
後ろから護衛騎士が、涙目で訴える。
「そうですね。貴方は、アーノルド様を、ちゃんと内宮の陛下のもとに届けるのですよ」
「はい、必ず!」
「アーノルド様?必ず陛下のもとへ。でないとお茶請けなしですからね?」
「わかったから、早くいけ。ほら、内宮に行くぞ」
護衛騎士を引っ張って、内宮の方に向かうアーノルド。
「今後の相談もいたしましょう、パーシー様」
「ええ」
真顔になった二人は、リサに護衛をしてもらって、二の郭にある第五騎士団の家族用官舎に向かった。