雷光
今日の午前、財務部は全騎士団との予算折衝会議を、外宮の一番広い会議室で行っている。
上座に座るウィンスレットとアーノルドから、意味ありげな視線を受けた、アンドリュー。一気に冷や汗が流れ落ち始める。
(どうしよう!?お弁当もってくるの忘れた!お、落ち着いて、私!今回は紛糾するような予算もないから、早めに午前中の会議は終わるはずー。取りに戻ればなんとかなる!)
トリアの父は、ある意味どうでもいい危機に瀕していた。一応、娘の助け舟がもう出ているので、危機は回避される予定である。
会議の終盤、第一の騎士団長から第五の騎士団長に質問が入る。
「第五の独身騎士寮の食堂では、何やら食事に甘い菓子が供されることがあると、部下から聞いたのですが、真ですか?」
「甘い菓子ですか?」
一の郭の本部に詰めている上に、部下の報告から、食事事情が回復したとという認識しかしていなかった第五騎士団長は状況がよくわからず、二の郭の現場を仕切る副団長、ジョージ・アームストロングの方を見る。
(ちっ、どこから漏れた?)
内心でぼやきつつも、表情を変えず、上司の視線に頷くジョージ。
(え?なんで、今、その話するの?会議が終わってからでいいじゃないですかー。御義父様!適当に話を切り上げちゃって下さい!)
アンドリューの方は、予定にない話が始まった上に、プティングの話(アーノルドにさんざん無茶振りされた記憶が蘇る)なので、戦々恐々とし始める。
「アームストロング卿、ご存知か?卵の甘いプティングなんだそうだが」
第五士団長の視線の先を追った第一騎士団長は、直接、ジョージに聞く。
「ハッ、第一騎士団長閣下。カスタードプディングでございますな。数が少なく、独身寮の食堂では希望者に順番に提供されると報告を受けております」
その数少ないお菓子を、孫から毎年、夫婦それぞれ誕生日にもらっているとは、口が裂けても言えないジョージ。
しかし、そこは歴戦のツワモノ、内心の動揺は悟らせず、恬淡と事実のみを述べる。
「え、聞いてないよ!私も食べてみたいんだが?ジョージ!君は、私が甘いもの好きなの、知ってるじゃないか!」
「団長!会議中ですぞ(あんたがそうやって騒いで、若いもんが、落ち着いて飯が食えんようになるから、黙っとたんじゃわ!)」
「あ。ゴホン、取り乱して申し訳ございません」
「美味いからなぁ」
「「「「「「アーノルド閣下?美味しいのですか?」」」」」」
耳聡い者が、声を上げる。
つい、ぽろりと漏らしたアーノルドに、冷たい視線を投げるウィンスレットとアンドリュー。その視線は、数が少ないんだから取り合いになるだろう馬鹿と語っていた。
「ウッ」
((うっ、じゃねーよ))
頭を抱えるウィンスレットとアンドリュー。
それなりに美食家として知られるアーノルドの言葉に、その場にいた人々は色めき立つ。
「皆のもの、落ち着きなさい。食べたい団は、第五の騎士寮に料理人を派遣して、学ばせなさい。食べにわざわざいかないように。数が少ないものを、よその団の食堂に取り合いに行くなど、騒動になっても困りますからね」
ウィンスレットが、暴走しないように止めに入る。
((何言い出しやがった、このお方!))
焦ったのは、トリアの祖父二人。孫娘が自分の祝の鶏を食べずに、ぐっと堪えて生かしたおかげで、第五騎士団の食事情は、辛うじて保っていたほうなのだ。
なにせ、領地持ちの譜代の騎士が、ほとんど第五にはおらず、他の騎士団より食料などのバックアップが少なかったからだ。
ここでよそに集られては、第五の官舎に住んでいる、目に入れても痛くないかわいい孫の食事情にまで影響すると、お互いに視線を交わし合う。
「発言よろしいですかな」
もうひとり一人のトリアの祖父、財務の上級官吏ナサニエル・イーデン男爵が発言を求める。
「構いませんよ、イーデン卿」
「まず、料理人を派遣されるのなら、時間を決めていただきたい。アームストロング卿、第五騎士団の独身騎士寮の食堂では、昼はでないと聞いておりますが、その時間であれば料理人達のじゃまになりませんでしょうか?」
「ああ。そのとおりですな。時間構わずこられては、こちらの料理人達も戸惑うでしょうからな」
「もう一つ、その際、料理人に食材を持たせていただきたい」
ナサニエルの発言に、意味がわからず首を傾げる騎士団長達。
「それは大事だな」
アーノルドがしみじみ言う。アーノルド自身、マシューに毎日カスタードプディングが食べたいと言った際に、下のものから食料奪う気かと叱り飛ばされたのだ。叱ったマシューは、命がけの諫言だったが。
その御蔭で鶏舎が立つことになったのだ。そう、鶏舎の資金源は、アーノルドである。資本家ということで、都合のつく朝(ほぼ毎日なのだが)は、第五の騎士寮でカスタードプリンを食べられる権利を勝ち取ったのだ。
「食料とて、各団毎に予算のうちで購入しておるもの。このご時世、まだ、各団、さほど備蓄に余裕がないはず。ご自身の団が他の団に食料を食い尽くされるて困るのは、わかりますな?」
「追加の予算は通しませんよ。予算にも限りがあるのですからね。今、今期の予算は会議で決まったばかりです。あなた方のポケットマネーで解決なさい」
わかってないらしい騎士団長達に、アームストロング第五副騎士団長が丁寧に説明し、ウィンスレットがそれだけの給料は出してんだから、自分でなんとかしやがれと、とどめを刺す。
そして予算会議後、その後の会議も入っていなかったため、そのまま会議室を借りて、どういう風に料理人を派遣するのか、会議に入った各騎士団長と副騎士団長であった。
結局決まったのは、まず食べてみないことには何も決まらないということで、各騎士団長が軍本部の食堂の料理人を連れて、第五騎士団の騎士寮食堂に視察を申し入れるということであった。軍本部の料理人も、とばっちりである。
こうして、一の郭にもカスタードプディングが姿を見せ始めることとなるのであった。
なんとか昼前に会議が終わり、片付けを後輩に任せて、アンドリューは、二の郭の自宅に向かってダッシュしようとするも、供なしのウィンスレットとアーノルドにとっ捕まる。
「「アンドリュー・イーデン!」」
「はひっ!」
「さあ、行こうか?」
「あっ、あの!弁当はですね!」
「財務部にあるんだろ?そこまで付き合うぞ」
物分りのいい上司面でアーノルドが、アンドリューの言葉を遮る。
「誠に、申し訳ありません!自宅ですぅ!」
アーノルドのいい笑顔にアンドリューは涙目で答える。
「「はい?」」
素直に忘れてきたことを報告し、自宅に取りに行くと伝えるも、なら一緒に行こうと言われてしまう、アンドリュー。
「……なぜこうなった?」
意気揚々と歩くにウィンスレットとアーノルドの後ろにくっついて、アンドリューは、皆から奇異の目で見られつつ、外宮の一般職員通用口に向かう。トリアがそこに居たら、思わずドナドナを歌ったであろう。
「あれ?アンドリュー小父さん?あ、わっ」
通用口に向かう廊下で、ジュードと出会うアンドリュー。ジュードはアンドリューの前をしっかり見て、慌てて廊下の壁にへばりついて、頭を下げる。
「よい、楽にせよ。アンドリューに話があるのなら、構わん、話せ」
アーノルドが許可を出す。
「ありがとう存じます!アンドリュー財務官様、お嬢様が届け物にいらっしゃっています」
「トリアが?もしかして?」
「はい、僕たちもお弁当を忘れて。彼女が持ってきてくれたそうです」
「何だ、トーマスのところの坊主達も、今日は弁当を忘れたのか?腹が減っては戦はできんぞ?」
人の顔を覚えるのが特技のアーノルドが、ジュードをからかう。
「ハッ。気をつけます(うわー、なんか顔と名前覚えられちゃってるー)」
「では、弁当を取りに行こうではないか!」
機嫌よく先頭を切って歩き出すアーノルドを、慌てて追いかけるジュード。
「行くぞ、アンドリュー・イーデン」
「は、はい」
ウィンスレットに促されて、アンドリューもその後を追う。
一般通用口の近くにある、待合室の一つで待っていたリサとトリアは、真っ先に入ってきたアーノルドに目を見開くも、慌てて礼を取る。
「よい!気楽に。あの小さかった娘が、大きくなったものよ。母は元気になったか?」
供もいないアーノルドがいきなりしゃがみこんで視線を合わせ、トリアの頭をなでながら問いかける。リサの方は、ぎょっと目を見開いている。
直答を許されたと判断し、トリアは精一杯失礼にならないように答える。
「はい!陛下のおかげを持ちまして、母は健やかに過ごしております!」
「ほう。そなたの娘は見習いぐらいの年だろうに、なかなか躾が行き届いているな」
「恐縮です」
後ろに居たウィンスレットに褒められ、慌てて頭を下げるアンドリュー。
「これが、我らの弁当か?」
トリアが持っていたかごを指差し、アーノルドが聞く。
増えた弁当の行く先を知って、トリアはギロリと父の方を見る。増えた弁当の行く先は、懐に余裕のない父の仲間のものだろうと思っていたのに、毒味の必要のある偉い人だったからだ。
「ト、トリア?」
「閣下、父をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ?」
ニッコリ笑うトリアに、アーノルドが許可を出す。
「ジュード書記見習い様、このお弁当とお茶請けを持って、すぐさま退室してください。扉はきっちり締めていただけますか?リサ殿は、非番でいらっしゃいますが廊下に出ていただいて、扉の前の警護をお願いいたします。どなたも警護をおつけになっていらっしゃいませんので、お願いいたしますね」
「「わかった!」」
ジュードはトリアからお弁当を受け取ると、礼をして、さっさと待合室から出ていく。リサの方もトリアの有無を言わせぬ態度に、待合室の扉の前でいつもの勤務以上に怖い顔で扉の前を守る。
アーノルドとウィンスレットは、何が起こるのかと興味津々で、トリアとアンドリューの二人を見る。
「父上、先に家長に対する非礼を謝っておきます」
目の座ったトリアが、普段は呼ばない父上という呼称で呼ぶ。それに危機感を覚え、ヒクリと顔をひきつらせたアンドリュー。
「父上、確認です。今までの増えたお弁当は、どなたのお腹に収まっていたのでしょう?」
「えっ!?そ、それは」
「わたしだ」
もうすでに挙動不審になっている、アンドリューの代わりに、ウィンスレットが答える。何やら不穏な空気に部下を救わねばという気になったようだ。
「左様でございましたか。父上?父上も独立なさる前は、イーデン男爵家の三男として貴族の端に連なるものであったと認識しております。婚姻し、家を出て、平民となった今でも、イーデン男爵、アームストロング子爵とのご縁が切れたわけではございません。それに父上は、平民であっても財務官吏。陛下に仕える臣民である自覚はございますよね?」
あえて、長々と父の立場が上司に伝わるように、確認するトリア。
「はい!」
「では、続けて、確認いたしますが。閣下へのお弁当は、父上の出世欲から出た、付け届けか何かでしょうか?」
アンドリューがそういうことをしないのをわかっていて、あえての質問をするトリア。
トリアがはじめた説教の意図がわかっていれば、父は自身の状況次第でこの助け舟に乗るかもしれないし、乗らないかも知れない、それを見てさらに説教を続けるかどうするか判断するつもりだったトリア。
「ううっ」
「いやっ!ちゃんと材料費は払ったぞ!」
「そなたの父は、そのような男ではないぞ!」
アンドリューはそうですと言って、早々にトリアの説教を切り上げようか逡巡したため、そのスキをアーノルドとウィンスレットが突き、回避の機会を失う。
部下を庇い立てする上司なら、この説教はやる意義があると腹を決め、説教続行するトリア。
「ウィンスレット閣下、父をそのように買っていただき、ありがたいことです。父上、材料費を頂いたということは、閣下方に依頼されたということでしょうか?」
「「そうだぞ!」」
「我が食したいと頼んだ」
「私が、直接頼んだのだ」
父親が娘に叱られる姿が忍びなく、アーノルドとウィンスレットは、アンドリューに圧をかけたのだと訴える。
「左様ですか。父上?」
が、トリアは華麗にスルーしてアンドリューに尋ねる。
「そうです!」
「なぜ、引き受けました?」
「ト、トリア!上位者の依頼を下位者が断れるわけなかろう?」
笑顔で静かに問うトリアの姿を見たアーノルドは、身震いする。
子どもの頃、悪戯をした時に自分の乳母から、超絶丁寧かついい笑顔で、キリキリ吐きやがれと圧をかけられたことを思い出したからだ。
それに似た怖さをトリアに覚え、アーノルドは、慌てて、アンドリューに助け船を出す。
「依頼でございますよね?閣下方は、拒否権のない命令を、父に下したわけではございませんのでしょう?」
「「ああ、もちろんだ」」
弁当一つに、そんな権力の乱用をするわけがないと、そこはきっぱり否定する二人。
「でしたら断る一択でございましょう。違いますか?父上」
助け舟はあえなく撃沈した。
「はい!」
トリアが言いたいことをすでにわかているアンドリュー。そして、トリアが先に謝った理由も、察した。アンドリューを叱ることで、直接叱れない閣下方を、嗜めるつもりなのだ。
よくナサニエルが、息子達を叱る時や、部下を叱ったり、部下の資質を見極める時に使う手だった。
最もこの叱り方は、直接叱られる者との信頼関係があることが前提になるし、直接叱れない上位者の理解力が要求されるため、よほどのことがなければナサニエルも発動しない。
叱り、諭し、嗜めるのにもテクニックというものが要求されるのだ。
アンドリューは断る労を惜しみ(すでに一度、閣下方のねばり具合に根負けした経験があるのが原因)、一生懸命陛下を支える閣下たちを、ちょっとぐらい甘やかしてもいいかなどと思った自分の愚かさに責任を感じて、トリアに付き合うことにした。
なぜなら、閣下方を叱れる人は、とっくに鬼籍に入ってしまっているからだ。エドワード宰相の妻で、先王と閣下達三兄弟の乳母であり王城の女官長であったメアリーは、兄弟争いが終る頃、四人もの王子たちを守れなかったことを後悔し続け、亡くなっている。
「「トリア?」」
トリアの断定にあっさり頷いたアンドリューを見て、驚いたウィンスレット達が、声を上げる。
「閣下、父は、臣下の務めとして、民の安寧を図る陛下をお助けする身です」
「「うん?」」
「父上、それが何を勘違いし、陛下の両腕をもぐような可能性のあることを為さりました?この国の現状を、政の一端を担う父上なら、よくよくわかってらっしゃることと思いますが?閣下方お二人を、今、失くされて、陛下は国体をご維持できるのでしょうか?お二人が居なくとも軍務と財務が回るほど、後進が育っていると思えませんが。お二方とも、夜遅く、なんなら明け方まで働いていると、父上は申されてましたよね?その一助に、自分もなるのだとも」
「「「……」」」
アンドリューがそこまで思ってくれているのかと、ちょっと潤っときた二人。晩酌の際に、酔って話したことが閣下達にバレて、ちょっとどころでなく恥ずかしいアンドリューだった。
「閣下方のご依頼を断ったところで、父上が勘気を被る程度のこと。最悪、財務方を首になったとて、家族三人暮らしていくのに問題もございません。言葉は悪いですが、木っ端役人の父上一人など替えはききますし、陛下の御威光になんの脅威も与えませぬ。されど、このまま、閣下方が危うくなるような機会を、スキを狙うものに与えて、どうなさるおつもりです?」
「トリア!流石に父に言い過ぎではないか!」
父親に向かってそこまで言うのかと非難するアーノルド。
ウィンスレットの方は、娘にそこまで言わせるようなことをした自分に気づき、自分が一番嫌っていた人間になりかけていたと恥じ入る。
「いいえ。言い過ぎなど。もし、閣下方が誰の確認もされていないものを食して、何かありましたら、その責を問われるのは父のみならず一門の者、それに仕える者、出入りする者すべてです。祖父上方が知ったら、何も起こっていない今であっても、お二人とも父を許しなどいたしませんよ。お二方は一族の者を守る家長であり、心から陛下に仕えておりますもの」
「「……」」
メアリーから、王族の命は、王族個人のものではない。仕える者や民の命そのものなのだ、それ故によくよく己の行動を考え、命を大事にせねばならないのだ。王族に何かあればその負債を背負うのは、臣下や臣民なのだからと諭されたことを思い出す、アーノルドとウィンスレット。
「閣下方になにかあり、軍方面の指揮系統の乱れが起こり、他国より侵略されれば、全てを無くすことになるのですよ。財務が回らず、必要な場所にお金が回らなくなったらどうなります?多くの民が苦しむことになるのですよ。守りたいものを失う。本末転倒ではありませんか」
「「「……」」」
「父上が、母や私を路頭に迷わせる心配をなさったことや、頑張っていらっしゃるお二方のためになにかして差し上げたいと思ったことは、聞かずともわかります。父上はお優しい方ですから。されど、臣下の労を惜しみ、その場しのぎで家族を守ったとして、どうなります?優しさを履き違え、間違った支え方をして、閣下方を窮地に追い込んでどうなります?断る一択が、最小限の損失にして最善の答えなのですよ」
「「「至らず、すみませんでした」」」
大の大人が三人、しゅんとうなだれて謝る。
声を荒らげず、その静かな怒りで諭すトリアの姿は、音のない雷のようであったとウィンスレットは後に近習にこぼす。音がして、恐ろしさを周囲に理解させるだけ、まだ雷鳴のほうがマシで、雷光だけでは避けようがないと言ったのだ。
「ご理解いただけましたのでしたら、良かったですわ。では、もう少しマシな方策を練るといたしましょう。今のままでは、同じ轍を踏むことになりかねません」
叱って終わらせたところで、根本的な解決には至っていないので、また似たようなことをやりかねないと思ったトリアは、原因をまず知るべきだと考えた。
「「「ぐぅううううう」」」
「あら?おなかの虫に抗議されましたわね。腹が減っては戦ができぬと申しますし……」
「「「弁当を食べていいの?」か?」」
あっさりと許され、打開策を考えようというトリアに、顔を上げ、歓喜の表情を浮かべる三人。そのタイミングで、リサが扉をノックして顔を出す。
「トリア。閣下方の近習と護衛の方がいらっしゃった」
「「なんてことだ……」」
椅子にへたり込む、アーノルドとウィンスレット。
「リサさん、丁度いいです。入って頂いても?」
トリアの言葉に、ちっともよくないと思うアーノルドとウィンスレット。また、クドクドとお説教されるだろうからだ。ウィンスレットとアーノルドにも、悪いことをやってる自覚はあったらしい。
「わかった。皆様、どうぞこちらへ」
リサは近習らしき男二人と護衛騎士二人を待合室に入れる。
「「「「トリア嬢!どれほど感謝してもしたりません!」」」」
「はいぃ?」
いきなり知らぬ大人に跪かれ、手を握りしめられ、感謝の涙に濡れる目で見つめられたため、トリアは首を傾げてリサを見る。
「えっとね、トリア。思ったよりも、その……、待合室のドアは分厚くなかったみたいだよ」
視線をそっとそらして、きっちり閉めたドアを指差すリサ。
「聞こえていましたか?」
「いや、こちらの方々が、扉に耳をひっつけて聞かれていたんだ」
リサはうまい言い方ができず、肩をすくめる。
「まあ」
「このところ、ウィンスレット様ときたら、忙しすぎて機嫌が悪く、昼のたびに、気晴らしに、お一人でひょいとどこかに消え、こちらがお諌めしても聞く耳持たずで!」
「サミュエル!」
「アーノルド様は、おとめしても、お一人でアチラコチラいかれてしまいますし!」
「パーシー!われは武人なのだから、護衛などいらぬ!足手まといだ」
「「メアリー様がいらっしゃらなくなられて、止められる者がおらず、このまま主人がどうなることかと、ヨヨヨヨヨ」」
「はあ」
ちょっとわざとらしい近習の泣き真似に、どこまで合わせてよいのかわからず、曖昧な返事をするトリア。
「いやー、さすが第五のアームストロング卿の孫娘だけはある!卿の、あの理責めで脳筋共を黙らせる手腕がすごいのですが、貴女もお見事です!」
(貴方もその脳筋一派でしょうに)
「イーデン男爵の叱り方にそっくり!ダメ上司に自分のダメさ加減を悟らせる叱り方は、あの方ならでは!うちの団長も、予算提出の際によく同じようにたしなめられてますよ!」
(ダメ上司って、そのさらに上の上司に言っちゃっていいんでしょうか?首が心配です)
言いたい放題の近習と護衛騎士に、トリアは内心でツッコミを入れ、ウィンスレットとアーノルドは苦い顔をしている。
「では、皆様にご提案が。廊下に」
トリアに誘われ、近習と護衛騎士が、廊下に出る。トリアは扉をぴっちり締め、四人に耳を貸すよう求める。腰をかがめて、トリアに合わせる四人。
「内緒話、よろしいですか?」
「「「「はい?」」」」
声を落としたトリアに合わせて、四人の声も小さくなる。
「ウィンスレット閣下には、閣下が許せる程度に慣れていない近習見習いを。アーノルド閣下にはアーノルド閣下について行ける、色んな意味で頑丈な騎士見習いを二人組ませておつけ下さい」
「「「「?」」」」
「両閣下は、子どもにはお甘いところがお有りです。少々助けの要るような側仕え見習いでしたら、ウィンスレット閣下の重しになるでしょうし、アーノルド閣下について行けるような見習い騎士なら、止めることは出来なくとも、片方が皆様に連絡に走ればすみます」
「「「「なるほど!」」」」
「見ていなければならない者がそばに侍れば、嫌でも主も歩みを落とさねばなりませんから」
ニッコリ笑うトリアに、こちらもいい笑顔でサムズ・アップする四人。
「それで、皆様にもご協力願いたいことがありますの。閣下方を助けてくださいませ」
「「「「もちろん!」」」」
トリアが、待合室の扉を開ける。ドアに張り付いていたらしい、アーノルドを見て、トリアがニッコリ笑う。
「ゴホン。何も聞こえなかった」
「それは、よろしゅうございました。リサさん、いつまでも待合室を占拠していたら問題ですよね?」
「ああ」
「父上、お昼休みは何時までです?」
「今日は、長くとっていいという通達が……」
そう言って、ウィンスレットの方に視線をやるアンドリュー。
「職権乱用……」
「してないぞ!予算会議のすべてが終わったから、少し休憩時間を長めに与えただけだ!」
頬に手を当て首をかしげるトリアに、言い訳するウィンスレット。
「部下思いでいらっしゃいますのね」
「そうであろう!」
「サミュエル様。一の郭で、人目につかず、静かに食事ができそうな場所はございますか?」
ウィンスレットをさりげなく無視し、トリアは、その側仕えに話しかける。
「ございますよ。この近くでしたら、第一騎士団そばにある庭園は、あまり人のいかない庭なのです」
「ではそちらに。リサさん、すいませんが、もう少しお付き合い願えますか?」
「ああ。トリアを家に送り届けるまでが、わたしの仕事だからね。いいよ」
もういまさらと、腹をくくったリサ。
「では、サミュエル様、ご案内下さい」
「ト、トリア?僕も一緒かい?」
「もちろんでしょう、父様。責任をとっていただきますよ」
「あう」
トリアに主導権を握られ、サミュエルの案内で、外宮と第一騎士団の間に広がる庭園へと向かった、アンドリューたちであった。