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自重って?  作者: 丁 謡
3/18

やっと話せるようになりました

 日向トメから、ヴィクトリア・イーデンになって早、五年。

 母に心配されていた髪も、父親に似たくすんだ金髪が無事に生えたトリア。この五年、トリアにも色々あったが、トリアが住む、東大陸にあるツヴァイ王国も色々あった。

 ツヴァイ王国の首都であり王都であるツィールの城郭都市は、ツィール山の麓からツィール湾に向かって扇状に三層の隔壁で構築されている。

 山に近い一層は一の郭と呼ばれ、王の生活空間である本宮、王の仕事場である内宮、文官達の仕事場である外宮、王族警護の近衛騎士団関係施設、一の郭防衛任務の第一騎士団関係施設、第二から第五騎士団及び海軍の本部などの政治の中枢となっている。

 二の郭は、領地持ちの貴族の王都別邸や宮廷貴族の本邸、二の郭の防衛と三の郭の警邏(けいら)が業務の第五騎士団の関係施設があり、三の郭は、第五騎士団の派出所兼詰め所、商家や古くからツィールに住む旧市民の住む家、市場等がある。

 そして、城郭外に、農家、漁師や港湾部の関係者、海軍基地などがあり、新たにツェイに入植してきた新市民街なども広がっている。

 そんな、そこそこ大きな王都ツェイでは、トリアが生まれる一年ほど前、ツヴァイ王アランが頓死した。

 誰も、まだ四十歳前の若く健康な王が死ぬなど考えてもおらず、王太子も立てていなかったため、結果、王位争いがおこることとなった。

 といっても、大規模な後継戦争が始まったわけではない。宮廷闘争程度である。だがその分、かなり陰湿なやり取りが行われることになる。

 王の息子は、王より先に亡くなった前正妃の息子である長男と三男、側室から現正妃となったイザベラの息子である次男と四男で、それぞれ陣営に別れ、母親の係累貴族を巻き込み、誰が王にふさわしいか喧伝し始める。

 五男のグレアムはまだ十一歳と幼く、イザベラの側仕えに王が手を出して生まれた子で後ろ盾もなく、グレアム自身に与えられた、貧相な直轄地に王によって付けられた少ない家臣とともに、居ても邪魔と追いやられた。

 その争いに関わらなかった中立貴族は、亡くなった王の叔父の一人で、継承権を放棄した財務大臣であるグラハム公爵ウィンスレットと、同じくその弟で軍務大臣兼元帥代理(王が本来は元帥を兼ねる)のルートランド公アーノルドの二人。

 それに、宰相であるサマーセット伯爵エドワード、西の国境を守るサフォーク辺境伯ガルド、海軍総督ポツランド伯フランシスなど、国の要となる人々とそれに係累する人々であった。

 特に軍を司る三卿は、協力して部下達が親兄弟の言葉に惑わされて、王位争いに巻き込まれぬよう腐心した。

 サフォーク辺境伯ガルドはそれに加え、国体が弱まった今、西に点在するミスラ商業都市国家群から国境線を守ることに注力することとなる。

 そのガルドを財務面と政治面で支えたのが、ウィンスレットとエドワードである。

 中立派のおかげで、ツヴァイ王国は滅ばずに済んだとも言える。

 だが、この兄弟争いは最後、四つ巴となり、王国の重要な穀倉地帯であるツィール平原を、収穫期前に焼失させるという愚を引き起こす。

 兄弟争いは三男と次男がそれぞれ他の兄弟によって毒殺、刺殺され、長男と四男は決闘で共倒れとなって終焉を迎える。

 王妃イザベラは、騒乱の責任と新王の安定のため、毒杯を勧められる。死んだ兄達には正式な子もおらず、重職につく大叔父たちはすでに継承権を放棄していたため、結局、残った五男グレアムが、一二歳で王となった。

 一部にウィンスレットやアーノルドを押す声もあったが、それは二人が完全に黙らせる。

 グレアムには、摂政として宰相エドワードがついて、新しい王の時代が始まった。

 だが、穀倉地帯の炎上で、その年の収穫は半分を下回り、秋以降天候不順が続き、翌年の収穫も著しく落ちたため、食糧危機がツヴァイ王国に襲いかかる。

 先行きが不透明なまま、新王の政務は困難を極めたのである。


 一方、王都の一市民であるトリアの父アンドリュー・イーデンは、兄弟争いが始まった頃、第五騎士団の勘定方を務める文官として働き始めて五年が経っていた。

 第五騎士団の副団長ヴァインデン子爵ジョージ・アームストロングの末子であるアリシアと結婚したばかりで、第五騎士団の家族用官舎に住みはじめたところだった。

 アンドリューの家の左隣には、年上の中級騎士トーマス一家、右隣には料理人マシュー夫婦が住んでいる。

 アドリュー自身は、財務官僚のナサニエル・イーデン男爵の三男に生まれ、自身は爵位を持っておらず、少ない俸給であったが、アリシアとそれなりに幸せに暮らしていた。

 ナサニエルは、中立派で財務閥のウィンスレットに属しており、その子であるアンドリューは第五騎士団所属の勘定方であったため、ウィンスレットとアーノルドの両方の派閥に属している状態であった。

 それ故に、王子たちの兄弟争いに直接関わることはなかったが、とばっちりはもれなく受けていた。

 アンドリューは、政情不安と食糧危機のせいで、治安が悪くなった王都を守る第五騎士団のために、平時でも通りにくい予算を、なんとかぶんどり、第五騎士団に貢献する。

 本来金食い虫な軍隊と、税はむしり取りはしても、滅多矢鱈使うのが嫌な財務方では、だいたい犬猿の仲であるのだが、トップ二人が中の良い兄弟のため、ツヴァイ王国ではうまく両方の部が機能していた。そもそも、内部で争っている場合ではなかったのもあるが。

 トリアが生まれた年に、ツィール平原の焼失があったが、それからの三年は天候不順も相まって、王国民は、辛うじて、餓死者を出さずに済むレベルの食糧事情になっていた。

 だが、アリシアは産後の肥立ちと重なって、体調の回復が遅れることとなる。

 アンドリューや生まれたばかりの赤子、弱った妻を支えてくれたのは、両隣に住む人々で、特にトーマスの妻メグは、自身も末子を産んだところで、快くトリアに乳を分け与えていた。

 そんな厳しい状況の中、トリアの三歳の誕生日に、父方祖父(ナサニエル)母方祖父(ジョージ)から、孫の祝にと、それぞれ生きたままの鶏が贈られた。

「アリシア!トリア!今日はごちそうだよ!お誕生日おめでとう!トリアのお祖父様達が、トリアのためにコッコを手にいれてくださったよ!官舎の皆も呼んで、お祝いしよう」

 ドリューは手に下げていたかごに入った(コッコ)を、トリアに見せる。

「ほら、トリア。コッコだよ。お肉、美味しいよ」

「おい、アンディ。これを肉って教えるやつがあるか。肉になってから教えろよ」

 後ろで、かごを二つぶら下げていた隣のトーマスが、ツッコミを入れる。

「コッコ!とー!コッコ、んま、メッ!」

「え?トリア、何だって?」

「食べちゃ駄目っていってますよ、貴方」

「「え」」

「トリアー?コッコの肉は、うんまいぞ?」

 ごちそうを逃すまいと焦ったトーマスが笑顔で、アンドリューの後ろから美味しいとトリアに伝えるも、

「コッコ!んま、メッ!メッ!フギャー」

 大泣きさせることとなった。

(わざわざ雄と雌の鶏が二羽ずつ来たんです。食糧難を解消するためにも、ここはグッと堪えて増やすのが当然だと思うのです。餌は裏庭の草で十分なんですし)

 このトリアの大泣きのおかげで、生きながらえた鶏たちは、翌日から官舎の裏庭で卵を生み、雛を孵し、卵と鶏肉を、家族官舎に住まう人達に供給し始めることになる。

 もちろん、王城内にある騎士団の官舎で鶏を飼うなど前代未聞(一の郭には王族専用の農場や畜産場が別にある)であったため、アンドリューとトーマスは許可を取りに、それぞれ奔走することとなる。

 仕事の息抜きをしに、財務の長ウィンスレットと軍務の長アーノルドがわざわざ、供もつけずに官舎を訪れ、鶏の飼育の様子を見学する事態にまでなる。

「……なるほど。祝をすぐに食べず増やしたか。さすが、シビアな予算案を通してくる、第五の勘定方だけあるな」

「ふむ。自分達の食べるものを自前で備えるか。現状と軍のことをわかっている勘定方がいてくれて、頼もしいことこの上ない」

 ウィンスレットとアーノルドの褒め言葉に、その場を逃げ出したくなったアンドリュー。もともとその日の内にみんなの腹の中に収まるはずだった鶏を、生かしておけば増えることに気がついて、妻のためにもとアンドリューが頑張りだしたのは、ひよこが卵から孵ってからのことだったからだ。

「アーノルド、財務に彼を譲ってもらえないか?先の争いで、財務の人員もかなり(がた)がきている」

「兄上。それでは私が、第五の者に恨まれるではありませんか」

「第五の予算は、これまで通り、通そうではないか」

「むぅ」

 ひよこの入った桶をしゃがみこんで覗きながら、部下の花いちもんめを始める二人を、偉い人なのにしまらないなーと卵拾いをしつつ、遠目に見ていたトリアであった。

「ジュー、ん!」

「あい、トリア。ここね」

「ルー、ん!」

「トリアは、卵見つけるの早いね」

 隣のトーマス家の息子達、末っ子のジュードと次男で二人のお守りを買ってでているルーファスに、卵の在処を教えるのが、トリアの本日のお仕事である。

 ちなみにトーマスの長男アイザックは第三騎士団にはいり、今はサフォーク駐屯地に赴任中で、三男のキースは第五で騎士見習いをしている。次男のルーファスは、騎士にはならず、一の郭にある外宮の書記官として働いている。

 ルーファスは休みの日に、ジュードとトリアに文字や数字を少しずつ教えている。いずれ、自分の部下として使えるよう、今から育てているのだ。

「あれは、何を?」

 トリア達に気づいたウィンスレットが、緊張で固まっていたアンドリューに尋ねる。

「娘です!隣の家の子と卵を拾っております」

「ほう」

「あのように幼い子どもであっても、しっかり働くのだなぁ」

「はい!体を壊した母親のためにと、娘は頑張っております」

 トリアが必死で卵を拾うのは、体調を崩したままのアリシアに、滋養のあるものを食べさせたい一心からであった。

「なんと親孝行なことよ。早く、あのように幼い者が、無理をせずに済む世にしたいものだ」

 ウィンスレットが漏らす。

「それを手伝う男子も、すでに騎士道を歩いておるようだ」

 アーノルドの言葉に、父親であるトーマスがそっと目をそらした。食べざかりの息子たちは、トリアと料理人のマシューが作る卵料理に、夢中なだけだったからだ。

 そんなトーマスの肩をそっと、アンドリューが叩く。誤解したままでいた方が、良い事も世の中にはあるのだ。

 そんな卵を拾うトリア達のもとへ、午前の仕事が終わった料理人のマシューが、袋と瓶を持って近づいていく。

 独身騎士寮の食堂は、朝食と申告制で夕食の提供を行っている。

 第五の独身寮に住む独り者の騎士たちは、仕事の日も休みの日も昼食は各自で確保する必要がある。王都の殆どの平民が住む三の郭の警邏や、門の詰め所や番所での仕事のため、昼に寮に戻れないというのが理由である。

 そのため、騎士寮の夕食の仕込みを終えると、空き時間を利用して、マシューは、トリアが絵で説明する料理を試作するのだ。

 話す言葉が少し周りの子供達よりも遅く、字も習い始めたばかりのトリアは、周りとの意思疎通のために、絵を描いて伝えることが多い。

 最もその絵も、三才児が描くにしては、伝わるな程度であったが。時折、通じなさすぎて、なぞなぞのようになってしまうこともあった。

「トリア!なんとか、砂糖と山羊の乳が手に入ったよ!」

「「「おお!」」」

 いそいそとマシューにひっついて、マシューの家に上がり込むトリア達。

「砂糖とヤギの乳をなんとか(、、、、)だと?そなたたちは、食材が手に入りにくいのか?」

 マシューと子ども達の様子を見ていたウィンスレットが、アンドリューに確認する。

「貴族が使う砂糖は、海路からの輸入量が落ちていないので、価格に変化はないのですが、ミスラ商業都市国家群からの砂糖は、輸入量が落ちておりまして……。庶民はこのミスラの砂糖を普段使いしておりますので、どうしても手に入りにくくなっております」

「ミスラの?」

「はい、おそらく、ミスラとの国境防衛のため、関所が厳しくなっているせいかと思われます」

 トーマスが、王都の警邏の際に、三の郭に住む人々から聞いた話をウィンスレットにする。

「ああ、弊害がそのように出ておるのだな」

「山羊の乳とは?牛乳はどうした?王都の民は、牛乳を飲んでいたのではないのか?」

 アーノルドが、自分の子どもの頃を思い出して首をかしげる。

「王城近郊の酪農農家は、この食糧危機で、飼っていた乳牛を潰し、飼料が少なくて済むヤギに替えているのです」

 マシューが商家から聞いたという話を、アンドリューがする。

「そうか。我々は自身の直轄地よりの補給があるため、そこまで、まだ王都の状況を詳細に把握できていなかったな。これは、市井の調査をせねばな」

「ええ、兄上。王都の民の食の状況を把握せねば」

「餓死者が出て、それにより疫病が出るようでは、ますます立ち行かなくなる」

 深刻な顔で話し合う兄弟に、そうなる前に王子たちをの争いを止めてほしかったなと思う、アンドリューだった。

 そこに、砂糖の焦げる、甘く香ばしい匂いが漂い始める。

「この香りは?砂糖と山羊の乳でそなたの娘らは、何をしておるのだ?」

 興味を持ったアーノルドの追求に、アンドリューがどもりながら答える。

「え、ああ、はい、卵を使った、新しい料理のレシピを考えるのだと思われます」

「新しい料理?」

「はい」

「気になる」

「え、いや、まだ試作も出来てない段階で、閣下方に振る舞えるようなものはございませんよ?」

 アーノルドの圧に耐えて、アンドリューはなんとか拒否を発動する。

 ウィンスレットは、軍事以外のことに珍しく興味を持った弟に、目を丸くする。そしてアーノルドの威圧を文官の身で耐えてみせたアンドリューを、自分の部下にほしいと強く思う。

「アンドリュー・イーデン?」

「毒見も居りませんし!閣下、いけませんよ!(誰かこの二人を早く仕事に連れ戻しにきてください!)」

 近習も護衛も連れず、官舎に来た偉い人は、思った以上に自由に振舞うようである。

「ふむ、攻めどころはここではないか……。トーマス!確認!」

「はっ!確認してまいります!」

 軍部最上級者(アーノルド)の命令に、トーマスがさっくり折れて駆け出す。

(トーマスさぁん、裏切り者ぉ)

 涙目で、トーマスの背中を見送ったアンドリューだった。



「マシュー!」

「うぉっ!?何だ、トム?」

 台所に駆け込んできたトーマスに、マシューが驚く。作業台の周りにいたトリア達も、ポカーンと口があいている。

「何を作ってる?アーノルド閣下に、確認してこいと言われた」

「ああ、なんだ。そんなことか。卵と乳を使った、甘いプティング(蒸し料理)だよ」

「出来たのか!?」

「いや、あともう少しだ。何だ、珍しい。そんなに腹が減ってるのか?」

「違う!アーノルド閣下が、ご所望なんだ!」

「は?」

 今日、初めて試す料理のため、うまくできるかわからず、何いってんだこいつという顔をするマシュー。

「ルーにぃちゃ、ごひょうもうってなに?」

 ジュードがルーファスに言葉の意味を尋ねる。

「ああ。ご所望な。【望んでいる】っていうのを偉い方の言い方にかえたものだよ」

「「へー」」

「えらいひとも、あまいものすきなの?」

「さあ?」

 子ども達の方は、なぜ、偉い人が自分たちの食べるものを欲しがるのかわからず、首をかしげる。

「とにかく!出来たら俺が持っていくから!用意してくれよー。食わないとあの人達、絶対帰らねーよ」

「「「「……」」」」

 マシューと子どもたちは顔を見合わせ、肩をすくめる。

 しばらくして出来上がった、カスタードプディングの出来具合を確認するため、マシューが一匙すくって食べる。

「……初めてにしては、いい具合かな。ほれ、トリア、あーん。焦がし砂糖が、少し苦げぇぞ?大丈夫か?」

 こっくり頷くトリアに、もう一匙すくって食べさせるマシュー。

「んー♡んまー」

 いい笑顔で食べるトリアを見て、マシューがよしと頷く。

「おう、合格か!よし、トム、好きに持ってけ!」

 マシューは、スプーンを添え、ココット皿に入ったカスタードプディングをトレーに乗せて、トーマスに渡す。渡されたトーマスは転ばない程度に早足で、アーノルドたちのもとに戻る。

「マシューさん、私も食べていいですか?」

「おお、食いねぇ!」

 いそいそと、できたてのカスタードプティングを食べ始めるルーファス。マシューは、トリアに食べさせつつ、自分も食べる。

「おお!甘いです!この焦げたお砂糖のソースも、ほろ苦で美味しい!」

「うー!ルーにいちゃ、あーん」

「ああ、ジュード。お前には、この苦い部分は少ないほうが、良さそうですね。はい、あーん」

「んーま!もっと!」

「はいはい」

「マー、かーしゃ」

「あいよ。アリシアさんの分な。待ってな。今、包んでやるから」

 トリアに訴えられて、マシューはプリンを布巾に包む。

「あーい」

 まだカスタードプディングを食べている、ルーファスとジュードを台所に残し、マシューはトリアを連れて、家を出る。

 そこでまた、マシューはトーマスに捕獲され、何やら顔の緩んでいる偉い人のもとへ連行されていった。トリアは、カスタードプディングの包みを持って母の元へと戻ったのであった。

 ベッドから起き上がった母親に、トリアはカスタードプディングを手渡し、食べてもらう。トリア自身は外の声が気になって、椅子を窓の下に引きずって持っていき、それによじ登り、窓の外の様子を見る。偉い人が何やら父親たちに、必死に何やら言い募っているのが見えた。

(父様、トム小父さん、マシュー小父さん、がんばれー)

 顔をひきつらせているアンドリューたちを、心の底から応援した、トリアであった。

 その日、アンドリューは財務部への移動が決まり、マシューは翌日から、第五独身騎士寮の食堂で、カスタードプディングをアーノルドからねだられることとなった。


 それからさらに二年、トリアとジュードも無事に五歳になった。

 ツィール平原の穀倉地帯の収穫量も戻って、なんとか食糧危機を脱したツヴァイ王国。

 財務部に移動になったものの、財務の官舎に丁度いい空きがなく、そのまま第五騎士の家族官舎から王城外宮にある財務部に通うアンドリュー。

 収穫量が戻ったと言っても帳簿の数字の話であって、実際は、財務も第五騎士団も、王都の治安悪化や食糧危機などの事後処理で、毎日ハードモードの日々が続いている。

「ととしゃま、おかえりなしゃいませ」

「トリア!漸く話せるようになったんだね!」

 夜遅く仕事から戻ったアンドリューを、母のアリシアと一緒に出迎えたトリア。

 そのトリアを勢いよく抱き上げ、自分の腕に乗せ、感激の涙をこぼすアンドリューに、心配かけすぎたなぁとトリアは、反省する。

 三割の欠落のせいか、トリアは、今生の言語習得に、周りが異様に思うほど、時間がかかった。

 そうでなくても寝込みがちなアリシアに、言葉が遅いことを心配させ、仕事の忙しいアーノルドに負担がかかりすぎていたのだ。

 いくら前世の知識があるとは言え、五歳児にできることにも、限りがある。

「今日、かかさまと呼んで、タガが外れたみたいに話し始めたんですよ、貴方」

「そうか!良かった!」

「ごめんしゃい(ああ、もうちょっと五歳児並みの流暢さが欲しい)」

「「大丈夫!」」

 ギュッとトリアを抱きしめた、アンドリューとアリシア。

「舌っ足らずが可愛すぎて、誘拐されそうで怖いんだが」

 真顔で言う夫に、ないこともないかもと動揺する母。それに思わず、トリアが言う。

「うーかい?」

「「……」」

「お父様に相談しましょう、貴方」

「そうだね」

 その後、何故か、祖父(ジョージ)が部下を連れて、トリアとジュードを鬼ごっこに誘うようになった。

 下町の悪ガキに慣れている第五の騎士たちは、上手に二人を誘導し、逃げるテクニックを伝授する。二人とも運動神経がよく、騎士の方も本気で追いかけ回すようになる。

 そんな第五の騎士から、二時間ほど二人が逃げ続けられるようになった頃、祖父からいざという時は同じように逃げなさいと諭された二人であった。

「さあ、トリア。お父様にお話できるところを見せたし、もうベッドに行きましょうか?」

「そうだな。今日は遅くまで起きて待っててくれたんだね。ありがとうトリア。さあ、ベッドまで一緒に行こう」

 アンドリューはトリアを抱き上げたまま、二階にある娘の部屋へ連れていき、寝かしつける。あっという間に寝落ちた娘の額にキスをして、アンドリューは階下におりる。

「ドリュー?」

「あっという間に寝てしまったよ。いつもはとっくに眠ってる時間だからね」

「そうね」

「君も、先に寝てていいんだよ?」

「大丈夫よ。これでも、だいぶもとに戻ったのよ?三日に一度は、台所に立てるようになったし」

「無理しないでおくれよ?僕もあの子も、君無しで生きてはいけないんだから」

「ええ。無理はしないわ。約束。さあ、ドリュー、今日はマシューとトリアが、新しいレシピで食事を用意してくれたわよ」

 階下に下りた二人は、小さな食堂に入る、

「新しいのかい?二人の料理は美味しいから、いいんだけど。最近さ、僕のお昼の弁当が、たまにウィンスレット閣下に狙われるんだよね……」

「え?」

 何を聞いたかわからず、アリシアはじっと、席についたアンドリューの顔を見つめる。

「ウィンスレット閣下が、下級官吏の部屋に来ることなんてめったに無いんだけどさ。天気がいい日なんかに財務部の前の庭で、お昼を食べようとしたときに出くわしちゃって。カスタードプディング以来、何かと気になるらしくて、味見と称して、食べられちゃうんだ」

「まあ、そんなことが?」

「まあ、閣下ご本人も、完食してしまうつもりはないんだろうけど。実際、平謝りされて、代わりに、文官達の食堂で食べるように、お金を渡されるしね。でもねぇ、食堂の食事は、君やトリアが作ってくれたお弁当には、負けるからね」

「あら、まあ」

「今日も、二人が作ってくれたライ麦パンの卵焼きサンドとコッコサンド。あっという間に完食されちゃってさ」

「それは。お口にあってよかったと言うべきなのかしら?私達もお昼に食べて、とっても満足したもの」

「はぁ、僕は満足してないー」

「じゃあ、マシューとトリアが作ってくれた夜食で満足してくださいな」

 そう言って、温め直していた夜食を運ぶ、アリシア。

「はあ、いい香りだね」

「美味しいわよ。さあ、おまたせしました」

 アリシアは、夜食の載ったトレーをアンドリューの前に置く。

「これは、ポリッジ(かゆ)かい?」

「鶏ガラから取った出汁と牛乳、塩で、燕麦をポリッジにしたの。みじん切りにした玉ねぎと鶏肉を炒めたものを混ぜてあるわ」

 燕麦粥(ポリッジ)というより、少し具だくさんのおじやな状態のポリッジは、夜遅く食べるアンドルーの胃に優しいものをという、マシューとトリアの心遣いである。

「緑のは?」

「裏庭のパセリのみじん切りよ。香りがいいでしょ」

「うん」

 アンドリューは頷いて、ひとさじ口に入れ咀嚼する。

「ホッとする味だね。美味しい」

「夜遅い、貴方のためにって、二人で考えて作ってたわよ」

「うん、すごくお腹に優しい」

 夫婦の和やかなときが、こうして過ぎていくのであった。







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