転生しました!
薄暗く居心地のいい場所で、意識が覚醒と睡眠を行ったり来たりする中、彼女は外から聞こえる優しい歌声に聞き惚れる。
ぐっと伸びをすれば、やんわりなだめるように撫でられる感じが伝わってくる。一緒に聞こえてくる何やら待ち望むような低い声音から愛おしさを感じ、早くここから出なければと、彼女は思う。
けれどまだ、微睡みは溶けず、心地よいゆりかごの中で彼女は微笑み、その声に思う。
(……もう少し、もう少しだけ待ってて)
ゆらゆらと、その微睡みは続く。
・ ・ ・ ・ ・
(ん?出なきゃ)
彼女は、その安全な場所から出る時が来たことを知り、ムズムズと体を動かし始める。
(!!!痛い!痛い!何これ!?頭が歪む!?息!息がっ!?明かり!?早く!)
「……ほぎゃー!」
「生まれたよ!女の子だ!布を!」
産婆が赤子を取り上げ、へその緒の始末をすると、医師に変わる。医師は、産婦の後産の処置をし、産婦の状態を診る。
「頑張りましたね、赤ちゃんも貴女も。もう大丈夫ですよ」
医師は産婦を労い、産婆にうなずいて、部屋の外に出る。部屋の外には落ち着かない様子の父親が待っており、医師は早速、肩を掴まれて、妻子の様子を聞かれている。
「ほぇっ、ほえっ」
「珠のような女の子ですよ!まあ!新緑色のきれいなお目々!アリシアさん!よく頑張りましたねぇ」
産湯につけ、さっと拭ってきれいにした、生まれたばかりの女の子を産着に包んで、赤子と似た色の瞳を持つ母に抱かせる。
「娘……かわいい。うふふ、まだ毛も生えてないのねぇ。三日前に生まれた、お隣のジュードは、生まれたときから、真っ黒な髪がふさふさだったけど。貴女の髪は、何色かしらねぇ」
アリシアは、疲れてぐったりしつつも、腕の中の初めてのわが子に触れる。
「あはは。アリシアさん!赤ちゃんはいろいろですよ!耳の形は、アンドリューさんそっくりだ!」
「ほんと、可愛いお耳。あなたのお父様のお耳にそっくりね」
「ああ、そうだ。アンドリューさんを呼ばなきゃね。もう呼んでいいかい?」
「ええ、お願いします。パトリシアさん」
パトリシアはドアを開け、夫であり新米パパであるアンドリューを部屋に呼び込む。突っ込んでいきそうなアンドリューの襟首をパトリシアが、慌てて掴んで止める。
「アンドリューさん?いいかい?アリシアさんも生まれたばかりの赤ちゃんも、大変な思いをして疲れ切ってんだ。いつものあんたらしく、ぼやーっと落ち着いておくれよ」
「え、あ、はい」
パトリシアのドスの利いた声に、ハの字眉毛と薄茶色の瞳のややタレ目をさらに落として、もはや叱られた子犬状態のアンドリュー。ひょこひょこ跳ねる、ややくすんだ金髪が、より一層子犬を連想させる。
「はぁ。しょうがないねぇ。いいかい?深呼吸。吐いてー、吸ってー」
「はー、すー、ふぅ」
「大丈夫そうだね。わたしは、ここの片付けをしてるからね」
「はい」
同じ側の手足を出してぎこちなく歩くアンドリューを見て、
「大丈夫かね?」
と、そっとため息をつくパトリシアであった。
「アリー?」
「ドリュー。見て、可愛い女の子よ」
「ああ、君の瞳の色そっくりだ」
ベッドのそばに跪いて、妻と子に手を伸ばすアンドリュー。その目はうるうるとうるみ始めている。
「まあまあ、貴方ったら!」
「君もヴィクトリアも無事で良かった!ありがとう、アリー」
アンドリューは妻のチョコレート色の髪を何度も撫で、我が子の額に口づける。
「ヴィクトリアにしたのね?」
「ああ。君のお祖母様と僕のお祖母様の名前から頂いたよ。どっちのヴィクトリアも幸せで元気で長生きだからね!曾孫をすごく楽しみにしてるよ!」
「うふふ、そうね。うちのお祖母様は元気すぎて、お祖父様泣かせだったみたいだけど大丈夫?」
「君のお祖父様は、お祖母様と一緒になれて幸せだったと僕に何度もおっしゃっていたから大丈夫!」
「貴方のお祖父様も、お祖母様のいない人生は考えられないとおっしゃってたわ」
「この子もきっと、素敵なパートナーを見つけるよ。ああ、僕は見たくないなぁ」
「まぁ、ドリュー。生まれたばかりよ?」
「あっという間だってさ!娘が大きくなってお嫁に行くなんて!そう脅されたんだ!」
勤め先の娘を持つ諸先輩方に、散々脅されたアンドリューであった。
「じゃあ、お嫁にやらないで、お婿さんをもらえば?」
「ん!それもありか!ヴィッキーとトーリが居るからね、この子はトリアって呼ぼう」
こうして、世界にまた一つ新しい命が生まれでたのであった。
・ ・ ・ ・ ・
「ほやー(疲れた)」
(赤ちゃんですよね?というか赤ちゃんと認識できてる赤ちゃんているんでしょうか?)
ヴィクトリアと名付けられ、トリアと呼ばれることになった生まれたてほやほやの赤子は、真夜中に目を覚まし、ベビーベッドの中で思考を始めた。疲れて眠り込む母親を、泣いて起こして乳をねだるべきかどうかと。
『もしもーし!聞こえますか!』
(!)
突如、自身の真上に現れた存在に、まだあまり良く見えぬ目を見開き、歯も生えていない口もポカーンと開ける、トリア。
『聞こえてるみたいですね。今晩は!私この世界のシステム管理人の一人、アレックスです。ここまで近づいたら見えますかね!』
(ええ、はっきりと。どうも、ご丁寧に)
十五センチぐらいまで、顔を近づけられたトリア。
『日向トメさん改め、ヴィクトリアさん。実は、貴方の転生時に問題が発生いたしまして、その処理に参りました』
(問題?……あー、こんなにはっきり自我があるなんて変ですよねって、トメって私の前世じゃ……)
そっと、アレックスから視線をそらしたトリア。
そして、走馬灯ならぬ前世の記憶が、ざっとトリアの頭を駆け抜ける。
『ええ。クリーニング後の運搬時に、貴女の魂の表層にヒビが入り、その発見がおくれ、転生時に三割ほど魂のコーティングが剥がれ、前世が表出したまま、こちらに転生されてるんですよ』
(どうりで……。意識も記憶もはっきりあると)
『そうなんですよ!で、問題も色々ありまして!』
(こんな思考のしっかりした赤子、変ですわねぇ。あの世の知識と情報管理、前世の文明レベルとこちらの文明レベルのズレから起こる、私の認識のズレなんかもありますし?)
『ええ、ええ、そのとおりです。そのズレを貴女が無理に前世の方に合わせようとすると、どうなります?』
(ええと。絶対王政から産業革命あたりぐらいのこちらに、前世の文明を無理やり合わせたら……。文明の急激な進歩は、歪を招きますよね?)
『緩やかな変化は問題ありません。が、どう変化していくのか、私どもにも制御できぬことですから』
(自重ですね?)
『ええ。話が早くて助かります。あと、貴女の表層が剥がれた分、貴女が設定した寿命より、三割ほど短くなってます』
(こちらの平均寿命に設定したはずなので、えーっと、四十歳ぐらいになっちゃうんですね。前世の若い頃はそれぐらいでしたねぇ。それが安全と食事情、医療の進歩で、四十年分平均寿命が伸びちゃって。わたしなんて百年生きちゃいましたもの。戦後からすごい変化でしたわねぇ)
『百年!うちの世界では奇跡ですね!って、回想はそれぐらいにしていただいて。まあ、寿命に関しては、外部影響で計画より短くなることは、まま、あります。問題なのは、貴女のキャパシティも三割ほど削られてるんですよ』
(シリさんは、メモリの増設とおっしゃってましたから、その一部がない状態なんですね?)
『そのとおり!前世の使い切ったメモリと今生の一部インストールが欠けた状態のメモリが貴女の魂です。貴女が計画したものが、どの程度発揮できるのかわかりません。けど、こちら側のミスですので、今、ここで生まれ直すのもありですよ?』
(……言葉も顔もまだはっきりとわかりませんが、それでも、私の今生の両親は、たいそう私が生まれたことを喜んでいました。最高の親を選べたようです。今、死ぬことを選んで、あの二人を深く傷つける必要はないでしょう。産業革命前ぐらいの、この世界で四十歳なら十分でしょうし、今生で三割欠けた部分は、前世の分でなんとか賄ってみます)
『了解です!あの世のことに関しては、口外ご法度。今生に感しては、前世を持ち込みすぎて無茶をしないこと!むちゃしたら短くなった寿命が、更に短くなるかもですよ!いいですね!』
(あの、あの世に関して、記憶を消すとか封印するとか出来ませんの?)
『すでに魂に刻まれた記憶を消すことは、出来ません。越権行為なのですよ。我々にできるのは、クリーニングのみなんです。それにあの世の知識は、前世の知識と込みになってますから、封印したら、貴方は不完全な魂で生きることになります。なので、あの世のことは口が裂けても喋っちゃ駄目ですよ!』
(わかりました。次の生まで黙って持っていきます。後、なるべく自重しますから)
『よろしくお願いしますね!次にお会いするのは、きっと貴女が亡くなったときですから!それまでお元気で!』
(はい、またお会いしましょう!管理人さんもお元気で!)
そして、これから五年の年月が流れる。