紙の箱
三の郭に買い物に出かけた日の夜、仕事から帰ってきたアンドリューに、ウィンスレットから伝言があると言われたトリア。
「父様?」
「よくわからないけど、お祖母様たちへの贈り物を入れる箱も見たいから、箱ができたら伝えてほしいそうだよ。その日のうちに、うちにご覧にいらっしゃるって」
「……」
「トリア、諦めよう。閣下は、すっぽんよりしつこいよ?」
弁当の件で、すでにウィンスレットに全面降伏したアンドリューは、そうそうに無駄な抵抗をやめるように、娘の肩に手をおいていう。
「暇なのですか?」
「暇ではないけど、重大な案件がほぼ解決して、息抜きがしたいんじゃないかな?」
娘の眉間のシワを伸ばしながら、アンドリューがウィンスレットのフォローをする。
「わかりました。箱ができたら父様にお伝えしますので、父様と母様の都合に合わせて、閣下にご報告ください(もう面倒ですから、試作用の箱も作って、お菓子を詰めて渡してしまいましょう)」
「あ!そうだね。お招きするなら、準備が要るものね」
「ええ、心づもりは必要かと。そしてアーノルド閣下も、お暇なら、もれなく付いてきそうな予感がします」
「……わかった。アーノルド閣下と出くわさないよう気をつける!箱はいつ作るの?」
「この三日ほどで作るつもりでます」
「そう。お祖母様達が喜ぶといいね。じゃあ、アリシアとも相談するね」
アンドリューはアリシアに相談しに、トリアは寝る時間なので自室に戻った。
翌日、トリアはジュードといつものように卵集めを済ませると、箱作りに取り掛かる。
アリシアも興味があるらしく、家事を済ませて、二人で裁縫室にこもっている。
トリアは、材料と道具を裁断台に広げ、アリシアに説明を済ませる。糊は少し前にリーゾで作って、母と隣のメグと、糊の使い勝手を試しているので問題はない。
箱の展開図と図面もすでに、巾着が入る大きさで作ってあるので、まずは、試作の試作からはいる、トリア達。
「トリア。この図面通りに紙を切り出せばいいのね?」
「ええ、母様。切り口がまっすぐ、角は直角です」
シンプルな蓋付きの箱を作る予定のトリア。
「刃を立てて、切るのね」
「ええ。直線は金尺をあてて切るほうがきれいです。一度に紙全部を切るのではなく、何度もナイフの刃を滑らせるようにして徐々に切るほうが、きれいに切れます」
「力任せはだめなのね、わかったわ」
アリシアは、トリアがメモ帳を自作したときにも一緒に作ったので、ある程度紙の裁断のコツも身についている。
トリアは、薄い紙をテープ状に切って養生テープの代用品にする。二人は厚紙、模様紙を切り出し終え、組立作業に移る。
火熨斗と鉄コテを用意し、厚紙同士を、紙テープで張り合わせた部分の糊を乾かしていく。
「後は、模様紙をこの上から貼るだけなのですが……」
「全部に糊を付けたら、紙が水分で伸びそうねぇ」
糊と紙の具合を見ながら、仕上げの仕方を考える二人。
「そうなのです。乾くともとに戻るので突っ張りそうですし」
「けれど、糊代だけだと、出来上がった後、土台と表紙に隙間ができて、表紙が破れそうよね」
「そうなんです。せっかく作る箱ですし、長く使っていただきたいのです」
「少しずつ試しながらね」
「はい」
二人は糊と紙の具合を見ながら、土台の箱に模様紙を貼っていく。
「「ふぅ」」
なんとか思う通りに仕上げ、息を吐く二人。
「お昼にしましょうか、トリア」
「ええ、母様。お昼の後は、糊が完全に乾くまでの間、箱の蓋の部分の図面を修正します」
「そうね。見た感じ、もう少し、小さめで大丈夫そうね」
箱本体と蓋を見比べ、アリシアが同意する。
「ええ。紙の厚み分と蓋の開け締めを考えてゆとりをもたせたのですが、もう少し削っても良さそうです」
トリアとアリシアは、話をしながら台所にはいる。二人のお昼は、アンドリューの弁当と同じなので、温め直すだけである。手早く用意し、食卓につく。
「ねえ、トリア。箱ができたら、閣下をお呼びするのでしょう?」
「なぜか、そうなってしまいました。すみません、母様」
「いえ、この先も、アンドリューの上司や同輩、後輩を招くことがあるでしょうから、問題ありませんよ」
「問題は、閣下が箱を見て、すぐ帰るのかどうかという点ですね」
「有り体に言えば、そうね」
「一応、お酒と夕食の用意はしておきますか?」
「そうね。ないものは出せないもの。用意しておけば、なんとかなるでしょう」
アリシアは、武官同士の付き合いは、実家を見ているのでよくわかっているのだが、文官であるアンドリューの方の付き合い方は、義父母にも確認しないといけないと心のメモに書き留めた。
飢饉から脱しつつある今、そろそろ自粛傾向にあった、晩餐会や午餐会などを、王が始めれば、下の方もまた、始まることになる。
「変な縁を作ってしまいました。王族と縁なんて、早々できるものではありませんのに」
「そうねえ。アンドリューの異動も、閣下のお声掛りでしたしね」
悩ましいとため息をつく母娘であったが、アンドリューの方は、ウィンスレットにこき使われまくってる様子を、周りが同情しているような状態なので、やっかみを買うこともなく、特に問題なかったりするのだ。なにせウィンスレットに気に入られる、イコール地獄の仕事量なので。
その日は午後から、箱の図面の修正と作り方の見直しを始めたトリアとアリシア。夕方までに、もう一つ箱をこしらえ、二日後にアンドリューに、箱ができたと告げたのであった。
貴人を招くことになるので、その準備が終わってから、アンドリューはウィンスレットに箱ができたと伝え、仕事の後、ウィンスレットとそのお供、そしてナサニエルとジョージを連れて帰ってきた。
ちなみに、ナサニエルとジョージは祖母たちへのプレゼント配達人で、ウィンスレットへの抑止力である。
「「ようこそ、閣下」」
トリアとアリシアが、玄関でウィンスレットを出迎える。そのまま、皆を居間に案内し、お茶を運ぶ。皆が一息つき終わると、テーブルの上をアリシアが片付け、トリアが箱を持ってくる。
「閣下、こちらになります」
「ほお、これはきれいだな」
ウィンスレットは薄い箱を持ち上げ、しげしげと観察しはじめる。
「軽くていいな。こういった紙の箱であれば、表装次第で色んな用途に使えそうだ。それで、これは何を入れ、どうやって、祖母たちに渡すのだ?」
「中身も気になるのですか?」
「うむ」
「なぜか伺っても?」
「女性に贈り物を選ぶときの、基準を知りたい。より喜ばれるためのコツだな」
「「「「閣下?どなたか思う方が!?」」」」
真顔のウィンスレットの答えに、周りの男性陣が悲鳴を上げる。
「違う!そなたらの部下のためにだ!斜め上の贈り物を女性にして、毎度、その苦情や、喜ばれなかったという愚痴が我に届くのだ!面倒極まりない!トリアに指南されるがいい!」
ウィンスレットに苦情や愚痴を言うなど、かなり豪胆な行為だと思うのだが、ウィンスレットが自分の知りたいこと以外は、人の話を黙って聞く質だからなのか、下の方はうっかりポロリがあるようである。
「「「「うぐっ」」」」
その部下に心当たりがあるらしい、ジョージやナサニエルは渋い顔になり、昔の自分のことかと思うアンドリューに、何度かやらかしたことのあるらしいモリスは冷や汗が流れている。デニスの方はそんな大人を見て、小首をかしげている。
「あ、アリシア?」
「あなた?後でお話しましょう。皆様の前でする話ではありませんよ?」
「え、あ、そうだね!」
「あの閣下?まだ齢い八つ(プラス百で煩悩の数ですわね)の私に、何をどう指南しろとおっしゃるのです?恋もまだですよ?」
あわあわしているアンドリューに生温い視線を送った後、トリアが内心の面倒臭さをお首にも出さず、ウィンスレットに聞く。
「幼いそなたに出来る程度は、身に付けろということだ」
「なるほど(うふふ、ハードル上げて差し上げましょう!)。ですが、閣下」
面倒に巻き込まれ、意趣返しはちゃんとしておこうと思う、なにげに鬼なトリアであった。
「うん?」
「他家のことは存じませんし、当家はあてにできませんよ?祖父母は、孫からと言うだけで無条件で喜んでくださいますから。返って、的を射た贈り物というのは、なかなか難しいのです」
「ぬ、そうだな。ジョージもナサニエルも、そなたには甘々だものな」
「「……」」
ウィンスレットに視線を向けられ、思わず顔を他所に向けるジョージとナサニエル。
「それに、です。私、此度は、祖母上方の名にちなんで、贈り物を用意したのですけれど」
そう言って、自身が作った巾着袋をウィンスレットに見せる、トリア。
「ほう!見事なバラとスミレをあしらった頭文字だな。フム、箱の表装も名に合わせておるのか。美しさと実用を兼ね備えて、なかなか見事なものだ。しかも孫の手作り!そなたは何でも達者に作るのだなぁ」
巾着を手に取り、刺繍部分をしげしげと見、巾着を箱の中に入れ、ピタリと収まる様子に、ウィンスレットは感嘆の声を漏らす。
「お褒めいただき光栄です、閣下。けれど、私がいくら上手に刺繍をしようとも、祖父上が祖母上を名で呼ぶことには遠く及びませんもの」
「「トリア!?」」
「これはしたり!そなたの言うとおりであったな」
悲鳴を上げるジョージとナサニエルをニヤリと見て、ウィンスレットがポンッと膝を打つ。若い頃、ジョージのデートを邪魔したことのあるウィンスレットは、よく知っているのである。そして、ナサニエルが早く仕事を切り上げるときは、妻のためであることがほとんどなのを。
「ええ。祖母上方の最も喜ぶものを与えられるのは、祖父上方だけですもの。全然参考になりませんでしょ?」
「そうだな、苦情が来るのは、まだまだ添い合えぬ者同士からだものな」
アンドリューとアリシアは、自分たちの父母の仲の良さを知るだけに苦笑いになり、ジョージとナサニエルは皆に背を向け、耳まで真っ赤になっている。モリスは初めて見る、上官たちの照れ姿に目を丸くしている。
「……名を呼ぶだけで、喜んでくださる方と出会えるでしょうか?」
ジョージとナサニエルを見て、ポツリとデニスがこぼす。
「死ぬまで飽きずに付き合ってくださる方は、なかなか難しいと思いますし、自身も飽きずに相手に関心を持ち続けられるのかも重要ですよ?」
「お互いにですね」
「ええ」
「ちょっ、そなたら、その様に我らよりも早く老成するでないわ!」
トリアとデニスの達観ぶりに、ウィンスレットのほうが焦りだす。
「閣下が問われたのです。答えは、贈る物ではなく、贈る相手との関係、自身と相手の関心次第ということです」
「よく心に留めておきます!」
モリスが真顔で返事をする。今の所相手がおらず、また失敗する前に聞いておいてよかったと思うモリス。そして、贈り物を選ぶ前に、トリアに相談しに行こうと心に決めてしまったのである。
「そなたは、まず、相手探しからだな」
「皆様!ぜひ、ご紹介ください!」
ウィンスレットに突っ込まれながらも、存外ちゃっかりしているモリスに、皆が吹き出したのである。
「閣下、話を戻しますが。贈り物は箱に入れ、こうしてリボンを掛けます」
「ほう、これは箱を開ける楽しみが増すな」
「外側にこだわりすぎて、期待値を上げ過ぎると、中を見てがっかりになりますけどね」
「フフ、それはそうだな。ふむ、何事も、バランスか」
「ええ。そして、はい、こちら」
トリアは、祖母たちへのプレゼントを片付け、試作の箱を並べる。
「うん?試作も済ませたのか?」
「はい。箱は二型、大きさはそれぞれ二つにしてみました」
「ふむ。蓋がかぶさる形のと、蓋と本体が同じ大きさの箱だな」
「他にも蓋が本体とつながっているものなど色々ありますが、それはおいおい」
「気になるが、まずは基本からということだな」
「はい」
ウィンスレットは大きい方の箱を手にとって、開け閉めしてみる。
「ほう、柄も合うように考えてあるのだな。細工に気遣いがある」
「美は細部に宿るものですから。後、蓋に、陛下の紋章を金箔で箔押しすれば、見栄えのするものが出来るのではないでしょうか?」
「なるほど、地の色は国旗の色にして、陛下の紋章を入れれば、陛下独自のものになるな。領主各自に、作るのもありだ。そうすれば産業として成り立つな」
「ええ」
「ん?この箱は、中になにか入っているのか?」
「小さい方には、もう、お菓子を詰めておきました。毒味の確認の後に、陛下にお渡しください」
「おお、そうなのか?では、ちゃんと確認せねばな」
ウキウキと箱の蓋を開けるウィンスレット。そこには半透明な紙に包まれた四角いものが、整然と並んで詰めてある。
「試食をするのなら、こちらにしてくださいね。箱の中に何が入っているのかは、こちらに書いておきましたから。後こちらの袋が閣下の分、こちらはアーノルド閣下の分です」
トリアはすかさず、皿に載せた余り物をウィンスレットの前に置き、品書きと色違いの巾着袋をデニスに渡す。デニスは、それを受け取って、慌てて懐から毒味石を取り出し、皿の上のお菓子を確認する。
ウィンスレットは、包み紙を開けて中の薄茶色い塊に、首をかしげる。
「それはファッジですね。牛乳と砂糖とバターで作ったお菓子になります」
「フム……ものすごく甘い。が、口の中でホロリと崩れて、なくなっていくのだな。癖になりそうな食感だ」
「ええ、甘いのです。ですから、一日、一粒二粒程度の間食にしてくださいませ」
「ウム。これは?」
「同じくファッジで、ナッツ類を砕いて、入れてあります」
「ふむふむ。これはナッツを炒ってあるから香ばしいのだな。こっちは?」
「牛乳と砂糖で作ったキャラメルという柔らかい飴になります。というか、閣下!次々開けて、全部、自分のお口に放り込まない!夕食が食べられなくなりますよ」
「気になるではないか!」
「デニス様に渡した紙に、ちゃんと、どれがなにか書いておきましたから、今、全部開けずともよいのですよ!今回は、多くの種類を少ない量で作ってありますからね」
「どれだけ作ったのだ?」
「ファッジは、基本のミルク、ナッツ入り、ドライフルーツ入り。キャラメルは食感が柔らかめと固め、ナッツ入り、チョコレート入り。トフィーは、ナッツ入りを。全部で八種類二個ずつを箱に詰めてあります」
そう言われ、気になったウィンスレットは皿の上の包みを開けて、八種類を揃えてみる。
「むむ、似たようなものがあるが?」
「似たような材料を使っていますからね。ですが、材料の分量と火の入れ方の違いで、食感がかなり変わるお菓子なのですよ。ただし、体を維持するための燃料は、どれも見た目は小さい割に多いのが、このお菓子の特徴なのです」
「ふむ」
「ですから!一日一つ、二つ、何が入っているのかワクワクしながら開けて、長く楽しむというお菓子なのですよ!なぜ、開けるなというのに開けるんですか!」
「なるほど!何かわからぬのを長く楽しむのだな!それは面白い。だが、開けるなと言われれば開けたくなるものなのだ!まだ全部食べてないから、食感を楽しむことにしよう!」
開けた包を包み直すウィンスレットに、端切れで作った別の巾着袋を手渡すトリア。
「開けたのはそこに入れてください。閣下、開けたんですから、それは責任持って、ご自身で食べてくださいね」
「ん、わかった」
「デニス様、くれぐれも閣下が食べすぎないように、見ていてくださいね」
「はい!食事が食べられなくなったら、料理人さん達が悲しみますものね!」
デュボアやダグラスが、空になった皿を喜んでいるのをよく見ているデニスが、トリアに同意する。
「トリア、デュボア達が作り方を、知りたがる気がするんだが」
「(閣下方も作らせたがるんでしょうが)マシューさんと一緒に作ってますから、マシューさんと一緒に研究してくださいませ」
「ん、わかった。マシューは、昼に時間があるのだろう?」
「ええ、今日もその時間に手伝ってもらいましたけど……。閣下?何を考えてらっしゃいます?」
「ん?デュボアとダグラスの時間を作るために、我らの昼の食事は、たまに弁当にしてもらおうかと。デュボアたちは、休みの日以外、三食、我らに食事を提供することになっているからな。料理研究をするための、まとまった空き時間が必要だと思ったのだ。料理人を増やすにしても、今はまだ二人に変わったばかり故、もう少し先かと思うのだ」
「はあ、なるほど(無茶にならない方法を考えましたね)。陛下やアーノルド閣下もそれでよろしいのなら、問題はないと思いますけど……」
「弁当なら、違う場所でも食べられるからな!気分が変わる!」
「近習や近衛の方にもご相談くださいませよ?」
「うん、問題ない。トリア、この皿のは皆で食べてよいのか?」
「ええ。どうぞ」
デニスが皿を持って、それぞれに回す。それぞれ、二つずつとって、口に入れ、各々感想を口にする。
「父上、甘いものが苦手なんですから、無理して食べなくても」
「トリアが、せっかく作ってくれたんだからな!」
「ナサニエルお祖父様は、こちらのナッツのトフィーのほうが、お口に合うかも知れませんね」
「……ああ、これは好みだな。先程のはローズが好きそうだ」
アンドリューに呆れられ、トリアに食べやすそうなものを進められるナサニエル。
「お父様?足りませんか?」
食べて考え事をするジョージに、アリシアが声をかける。
「いや、これは警邏の時にあると助かる。すぐに食事にありつけぬ時もあるから、腹の虫養いによいなと思ったんだ。職務中に、買い食いするのは、はばかられるからな」
「そうですね、第五の若い騎士方は、お弁当を持たぬ方もいらっしゃいますものね」
寮に放り込まれた兄たちから、家の食事が恋しいと嘆かれたことのあるアリシアが、父にうなずく。
ちなみにアームストロング家では、大食らいが多いだけでなく、家に仕える者もそこそこいるので、料理人がちゃんといる。ただ、アリシアの母は下級貴族の娘ではあるが、自分も料理をしたいために、総料理長的な立ち位置に居たりする。
「ジョージ、それに関しては、アーノルドが、黒砂糖の塊も良いと言っておったぞ」
「ほう」
「ジョージお祖父様、黒砂糖をお持ちになりますか?第五の独身寮の食堂にも、補充されていると思いますが。マシュー小父さんが、若い騎士のおやつ用に、かりんとうや蒸しパンをたまに作り始めたようですし、黒砂糖ならあると思いますよ」
今日のお菓子作りの際の話題が、『若い騎士たちの食欲を満たすためには』という内容だったのだ。
「「「え!?聞いてないぞ」」」
「え、報告いるのですか?」
ウィンスレットとジョージ、ナサニエルの必死な顔に、思わず首を傾げて、聞き直すトリア。
「いや、食堂で何を出すかは、料理人任せだが……」
ちなみに、ここにいる人々は、陛下の下賜以来、かりんとうをまだ食べていなかったりする。
「でしたよね?マシュー小父さんが、メニューまで報告を上げてるような話は、聞いたことがありませんもの」
「第五の独身寮は、かりんとうも出るんだ。カスタードプディングも出るし、うらやましすぎます。異動願いだそうかなぁ」
「いや、そなた。食い気で異動願いを出すのではないよ」
「他の軍関連の食堂でも、カスタードプディングは、出るようになったであろう?モリス」
ウィンスレットとジョージが首を傾げながら、モリスに問いただす。
「うち、まだ、平には回ってきませんよ。上から順番だそうです」
「「近衛はそうなのか?」」
わざわざ第五騎士団の独身寮まで、他の料理人を出向させて、カスタードプディングの作り方を仕込んだ軍部。場所によって、浸透状況が違うようである。
「他はどうなってるんです?ジョージお祖父様」
「いや、軍本部は、それこそ甘味好きがくじ引きしおるぞ?任地の離れている、第二〜第四の者には、なるべく優先させておるが。第五の独身寮は、順番だろう?」
「ええ。くじを引いて順番決めたそうですよ。他の食堂、えっと、第一騎士団の独身寮も官位の上下なく、名前の順制になったって、リサさんから伺ってますけど」
各軍部のカラーがでているのだなと、のほほんと考えるトリアとは別に、ちょっと是正が要るんじゃないか思いだしている、ウィンスレットとジョージ。もちろん、先程のモリスの異動願い云々が、引き金を引いているわけだが。
「モリス様は、いつぐらいに食べられそうなんです?」
「うーん、もう。そろそろのはず。近衛は人数が、他の騎士団より多くないからねぇ」
「なるほど」
「一度に、いっぱい作れるようになんないかなぁ?この間の、料理道具屋に頼んでみたらだめかなぁ?」
「さあ、どうでしょうか?お金はかかりますよ」
「そうだよねぇ」
「ちょ、お前たち!勝手に、予算外の話をするんじゃありません」
ナサニエルが慌てて止めに入る。
「「そうですよね」」
「でも、カスタードプディング、おいしいですものね」
デニスが、思い出したように口を挟む。
「デニス?君はどこで?」
「たまたまお茶の時間ですが、陛下とご一緒させていただきました。アーノルド様からおすそ分けしていただいたのです」
留守居役のときに、グレアムの方の手伝いに駆り出されたデニスは、アーノルドからごちそうされたのだ。
グレアムも、めったに無い、年の近い者たちと一緒にお茶の時間を楽しく過ごせ、そこそこ充実した日になったようである。
「それも羨ましい。あ!テッドの機嫌が良かったあの日か!」
「これ、モリス。素になりすぎじゃ」
「あ、失礼しました」
ジョージに嗜められるモリスに、ウィンスレットが追い打ちをかけに来る。
「モリス、そなたも今日は、違うものを食べられたではないか。テッドに恨まれぬのか?」
「あ、そうですね!テッドには内緒にできないよなー?」
「はいはい、モリス様にもデニス様にも、今日のお菓子をちゃんと用意してますよ。ただ、あんまり周りに言いふらすと分前がなくなりますよ。いっぱいありませんからね?」
トリアが、帰りにでもこっそり渡そうと思っていた分を、モリスとデニスに手渡す。
「「トリア嬢、ありがとう!」」
「そなたら、トリアの気前が良くて、よかったな」
ウィンスレットの言葉にニコニコうなずく、お供の二人。トリアにしてみれば、ウィンスレットに振り回される人たちへの、労いであるのだが。
「そう言えば、この間の、閣下のごま団子はどうなったんです?」
ふと思い出したトリアが、ウィンスレットに確認する。
「ちゃんと食したぞ!美味であった。陛下もたいそう気に入っていらっしゃった。リーゾの栽培に力を入れるぞ」
三人で食事をするのにも慣れ、和やかにお茶をするようになって、グレアムの様子がよく分かるようになってきたウィンスレット達であった。
「それはようございました」
「テッドから、一個分けてもらったよ。近衛の若手の間で、次に誰が手伝いに行くかでちょっと揉めたけど」
「パーシー様とサミュエル様から、ご褒美にいただきました」
モリスとデニスが、自分たちのことをトリアに報告する。
「まあ、おすそ分けできるほど、随分たくさんこしらえたんですね」
「そうだね。テッド達、普段使わないところが筋肉痛になったって、首かしげてたぐらい、リーゾを粉にしまくったみたいだよ」
「まあ」
「そうなのか?早く、風車小屋を軌道にのせねばな」
「そうですな」
ウィンスレットの言葉にナサニエルもうなずく。騎士に粉挽きをさせてばかりも居られないのだ。
「トリア、この間カーターのところで頼んだ道具はどうなった?」
「探していたものが、見つかったようで、入手できたら持ってきてくださるそうですよ」
「そうか!では……」
「ちゃんと、マシューさんたちの分も頼んでおいたので、わざわざうちに来なくても大丈夫ですよ、閣下。デュボアさん達から見せてもらってください」
「わかった。ナサニエル、ハリスとの紙の箱の打ち合わせは決まったか?」
「まだですが、決まり次第、お伝え致しますよ」
「楽しみにしている。そろそろ暇しよう。アンドリュー、奥方殿、急な頼みを聞き届けてくれ、感謝する」
「「お気になさらず、閣下」」
「デニス様、箱はこちらの袋に入れましたので、お持ちください」
「ありがとうございます、トリア嬢」
トリアたちは、ウィンスレットたちを見送って、家の中に戻る。
「お祖父様たちは、お食事どうなさいますか?」
「馳走になっていっても大丈夫か?アリシア殿?」
トリアの言葉に、ナサニエルがアリシアの方を見て確認する。
「ええ、お父様方。いざというときのために今日は用意してありましたから、むしろ食べていってくださったら助かります」
「フム、ではご相伴に預かるとしよう」
その夜は、祖父たちの若い頃の話を聞きながら、にぎやかな食卓になったのであった。