買い物を終えて
食事を終えたトリアたちは、カーターの案内で店に向かう。
「トリア嬢ちゃん、漁師鍋の持ち帰りは、後で渡すね」
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。そうそう、それでね、黒砂糖の使いみちなんだけどね、王宮……」
「ああ、そうであった。カーター。一昨日は、こちらの無理な願いを聞き届けてくれて、感謝する」
カーターの言葉を拾って、ウィンスレットが口を挟む。
「いえいえ、公爵様。お買い上げ、ありがとうございます。こちらも助かりましたので」
「トリア、すまんが、カーターのところの黒砂糖は、全部、王宮で買い上げたのだ」
「ええ、マシューさんから伺ってます。カーターさん、黒砂糖のお菓子はどうしましょ?」
「ふふふ、私、抜かりありませんよ。今朝、黒砂糖を仕入れてきましたからね!おかげで砂糖問屋の方も完全復活よ!」
「わあ!さすがカーターさん!お砂糖屋さんも助かったんですね」
「ええ!売れるとわかれば、問題ないのですよ!公爵様も!いつでも追加注文なさってくださいね!」
カーターにいい笑顔、且つどんと来いやという態度を示され、思わず首を縦に振るだけになったウィンスレットであった。
「それでね、嬢ちゃん。王宮で出た、黒砂糖のお菓子とやらを、うちでも販売できないかという話をね」
「ああ!それなんですけど。作ったのは私とマシューさんたちなんですが……閣下、どうしましょう?」
そう言って、ウィンスレットの方を向くトリア。
「ふむ。あれは陛下の下賜品にしたが、王宮の殆どの料理人が作れるだろうし、皆から他にも伝わるだろう。そなたがカーターに伝えても問題ない」
「そうなのですね」
「では!?」
「カーターさん、どうせなら、砂糖問屋さんと粉屋さん巻き込んで、お菓子の工場作りませんか?」
「「こうじょう!?」」
トリアの言葉に目を丸くするカーターとウィンスレット。
「ええ、量産するのです。毎日ダグラスさん達が、かりんとうを作るわけにもいきませんしね。カーターさんのところで品質管理と製造量を制御しながら、王家御用達品とでもして、作るのもありですからね」
「ん。それもそうだな」
「お菓子の工場ね。夢が広がるね」
「カーターさん!他にも、黒砂糖のお菓子はありますし、お店でお話いたしましょう」
「お!そうだね。道端でするような話ではなかった!ささ、どうぞ。ここがうちの店ですよ」
そう言って、カーターが自分の店をトリアとウィンスレットに見せる。ジョージとナサニエルはカーターの祖父の代から知っているため、もっぱら見るのは孫の喜びぐあいの方であった。モリスとデニスは、来ることもない食料品問屋に少し困惑している。
カーターの間口の広い店先には、様々な商品の入った樽や木箱が並べられ、小売商と店員が取引をしていて、活気にあふれている。
その横をトリアたちが通り、店の奥へと向かう。
「すごい!カーターさんのところは、大店ですね」
「いやいや、ここまで大きく出来たのも、嬢ちゃんのおかげよ」
「何をおっしゃいます!カーターさんの手腕があったからですよ!」
カーターとトリアのベテラン商人同士のような会話に、ウィンスレットたちが目を丸くする。
「店先の食料は?」
「あの辺は、全部嬢ちゃんには見てもらったやつだよ。毎日、売れるものがほとんどね。奥に、毎日は売れないけど、何かしら欲しい人が居る商品を少量で置いて、注文とってるよ」
「なるほど」
「ふふふ。それでね、こっちに調理器具屋と共同で、お試しができるよう厨房をこしらえたのよ!」
「ショールーム、作ったんですね!」
「うん、それそれ!今日はそこで商談ね!新しい道具や食材も色々探してきたよ!是非、使って、見てって!」
「わぁ!ありがとうございます!っと。閣下、この先厨房ですけど、よろしいのですか?」
「ん?」
トリアは扉の前でウィンスレットを振り返り、一応、両祖父の顔も見ながら確認する。
「お立場的に。まあ、拙宅の台所にお招きしておいて、今更といえば今更ですが、流石に三の郭ですし?」
「確かに今更だな。ここも視察のようなものだ。それに、私以上に身分が高いのは陛下のみ。下らぬことは誰にも言わせん」
「然様ですか。ジョージお祖父様」
「なんじゃ?トリア」
「お茶の時間に間に合うように帰るためには、此処を何時に出ればよいのでしょう?」
「ちょっと待て。閣下、お茶の時間は、いつも何時になさっておいでです?」
「四時頃だな」
「三十分ほどで戻れるが、余裕を見て三時頃に出ればよいの」
「わかりました、お祖父様。閣下、お茶の時間に戻れるようがんばりますので、お口は閉じておいてくださいませ。質問は、後でお伺いいたしますから。よろしいですね?」
トリアの、おやつ抜きになりますよという圧に屈したウィンスレットは、黙って首を縦に振ったのである。
「皆様も、早く済ませるためにご協力くださいな?」
無言で頷いた、ナサニエルたちであった。
「では、カーターさん。見せてください」
「は、はいよ。(嬢ちゃん強いねー)あ、先にうちの料理人と調理道具屋も来てるから、紹介するね」
「お伺いしたいことがありましたから、こちらこそ、よろしくお願いします」
トリアは、紹介を受けた後、カーターたちに持ってきていたリーゾの粉と切り餅を見せ、そして石臼や臼と杵の絵と説明の書いたメモも見せる。
カーターたちは、似たような道具があるか探すことと、なければ作る方向で職人を探すとトリアに約束する。
そして、あまり時間がないため、カーターたちに、かりんとうと基本になる蒸しパンと黒糖蒸しパンを作って終わったトリアであった。ジョージとモリスは、調理道具屋の主人から、包丁やナイフが気になって見せてもらっていたが、ウィンスレットは、度々はさみたくなる口を必死で抑えていた。
「ムフ。これは、みんなに人気が出そう」
出来上がったお菓子にニコニコ恵比須顔のカーター。
「蒸しパンはオーブンを使わないから、家でも作れますな。蒸し器を発注しておいたほうが良さそうですな」
「うんうん、そうして、そうして」
カーターと調理道具屋の主人は、美味しさと儲け話に口元が緩んでいる。
「ベーキングパウダーは、本当にすごいですね。発酵の時間が、こんなに短縮される」
「そうだね。そうだね。これを作った人と、今度、工場作る話になってるよ。そうすれば、もっと手に入りやすくなるからね」
料理人に、ニコニコ話すカーター。
「「かりんとうは油だねぇ」」
「そうだね。植物油は、まだまだ値が戻らんね」
「それもありますし、油であげるのは、扱いが、結構、難しいだろ?」
「そうですね。油の温度や、火が鍋に移らないようにする工夫もいりますね」
「なるほど、なるほど」
調理道具屋の主人と料理人が難しい顔で話し合い、それにカーターがうなずく。それを他所に、蒸しパンを注視しているウィンスレットたちのため、トリアは出来上がった蒸しパンを一口大に切り分け、試食をはじめる。
「閣下、今ここで蒸しパンを食べ過ぎたら、ゴマ団子の入る隙間がなくなりますよ」
トリアが、わざわざ食べすぎないようにと一口大にしてた蒸しパンを、さらにウィンスレットがお代わりしようとしたので、トリアはにっこり笑って、止めに入る。
「ぬぅ」
ゴマ団子のことを考えて、手が止まるウィンスレット。しかし視線は、蒸しパンに注がれている。
「公爵様。よろしければ、お持ち帰りなさいますかね?」
料理人に追加で作るよう頼んだカーターが、先に出来上がったものを、包むよう控えていた店の小僧に頼む。
「カーター!そなたはいいやつだなぁ!」
「いえいえ、下心ありありですから!この先も、色んなものご注文くださいませよ!どんと承りますよ!」
「カーター……。そなた、率直だな。うちとアーノルドの料理人から注文がいくはずだ。便宜を図ってやってくれ」
「はい!もちろん!おまかせを!」
そのやり取りデニスはあっけにとられ、モリスは、吹き出しそうになった口を抑えている。
「カーターはやはり、カーターの家の子だの」
「茶目っ気は、三代変わらんな」
カーターの父親も祖父も知る、ナサニエルとジョージが呆れつつも感心したように言う。
「うふふ。嬢ちゃん、いつもありがとね」
「こちらこそ!皆さん、今日はありがとうございました。また、お邪魔させてください」
「いやいや、こちらこそ。何なら嬢ちゃんには、ここで毎日、うちの料理人と一緒に、色んなもの作って欲しいぐらいさね。まあ、おっかない保護者方から、許可はおりなさそうだけども」
ナサニエル達から鋭い視線を向けられ、笑い話にしてあしらうカーター。
「お祖父様方、私の働く機会を、取り上げないでくださいまし」
「「一人で毎日、三の郭に通うのはだめじゃ!儂らの休みの日だけじゃ!」」
トリアの苦情に、自分たちが付き添えるときだけと主張する、ジョージとナサニエル。
「お祖母様達から、お祖父様達を取り上げるようなことは出来ませんよ」
「「なら二人も一緒に出掛ければよかろう!」」
「ローズも」
「ヴィオレッタも」
「「ここを気に入りそうじゃからな!」」
「なら、お二人でデートなさってください。私、馬に蹴られたくございません」
「「うっ」」
時々どころでなく、孫をそっちのけで妻と仲良くする自覚のある二人は、トリアから目をそらす。
「なら、トリア!我の休みに付き合え!」
「閣下は、私でなく、デュボアさんを連れてきてあげてください。きっと美味しい料理で、その喜びを返してくださいますよ」
「むぅ、それもそうか」
「うふふ。嬢ちゃんのおかげで、良いお客様方が、いらしゃってくれる気がするね!」
「全く!」
ウハウハな商人たちであった。
「さあ、いい加減、帰りましょう。本当にお茶菓子がなくなってしまいますよ」
「それは困る。カーター、今日は面白かった。また、邪魔をする。ああ、狼の胃袋亭の方も、個室に予約を入れようと思う」
「ぜひぜひ!馬車を回すよう伝えておくれ。それから!持ち帰りの漁師鍋を用意しておくれ!皆様、すぐお持ちしますからね!」
カーターの声に、控えていた店の小僧が用意に走る。
そんなこんなで、土産も持たされ、二の郭へと戻ったトリア達であった。
・ ・ ・ ・ ・
一方、主を追い出し、部屋を整えたり、各部署との調整を行っていたサミュエルとパーシー。ちなみにアーノルドは、今日は近衛と第一騎士団、第五騎士団の団長たちと共同訓練の話を会議室で行っているため、大人しくしているだろうと、特に動向は近習二人からは問題視されていなかったりする。
ウィンスレットも、このところ休みの日は、屋敷で引きこもりっぱなしだったため、今日も王宮のどこかで暇をつぶすだろうと問題視されていなかった。
そこに第五騎士からの伝令である。
「サミュエル殿?」
双子なサミュエルとパーシーは、他の働く者たちにわかりやすくするため、タイの色を決めている。皆それで判断していたりするのだ。
「ええ。パーシーを呼びますか?アーノルド様のことですよね?」
「いえ、ウィンスレット閣下のことですので」
「ああ!すみません。今後しばらく、ウィンスレット閣下の筆頭近習も、パーシーが兼ねることになったのです」
「あ!そうでしたね!急なことで。なら、パーシー殿に?」
「いえいえ、私で構いませんよ。今日はともに用事を片付けておりますから。それで、大隊長直々にいかがされました?」
ウィンスレットやアーノルドがまだ若い頃、抜け出す時に、よくその相手を任されていたジョージの相方で、今は第五騎士団の第一大隊の隊長である。伝令なら平の騎士が来るのに、顔なじみの上級騎士の登場に、嫌な予感を覚えるサミュエル。
「ウィンスレット閣下が、マジョラム公爵領地の風車小屋に向かわれるそうです」
「は?」
「後、何やらうちの副団長のお孫さんの、買い物のお供をされるとかで」
「……トリア嬢の?」
「ええ。ですので、護衛に関しましては、これまで通り、アームストロング副団長が、責任をお持ちしますとのことです」
「急なことですのに、誠に持って、かたじけなく存じ上げます」
「いえ、我々の仕事ですので、お気遣いなく。久しぶりの事ゆえ、我等の身も引き締まる思いです。閣下をしかと、お守りいたしますゆえ、ご安心ください」
フフフと、視線でお互い気苦労が絶えませぬなと伝えてくる騎士に、思わず深く頷いたサミュエル。
「ええ、信じておりますとも。閣下やアーノルド閣下がお若い頃から、外に出る際には、影に日向に守ってくださってきたのは貴男方なのですから。これからしばらく、また、よろしくお願いたします」
「はい。ではこれにて。今後の警護に関しては、後ほど、うちの騎士団長と近衛騎士団長よりご報告に上がります」
「はい、かしこまりました。どうぞ、よしなに」
「失礼いたします」
にこやかに、第五の騎士を見送ったサミュエルは、無表情になると朝の記憶に基づき、内宮にある王族専用の厨房に向かう。
厨房には、テッドを始めとする非番の近衛騎士三人が、せっせとリーゾを粉にしていた。
「「「サミュエル殿?」」」
「ああ、騎士方。本日はありがとうございます」
「いえいえ、お菓子楽しみです!」
テッドが、いい笑顔で返す。
「すみませんが、ウィンスレット閣下は、今朝方ここにいらしゃったりしてませんよね?」
「いいえ。デュボアさんとダグラスさんと、何やらお話されてましたよ」
サミュエルの来ていないと言ってくれという願いを、テッドは首を傾げながら、ぶち壊す。
「ああ、やっぱり」
「俺らが来たら、すぐどこか向かわれましたけど」
「あの方は!」
「モリスもデニスも付いてましたし、大丈夫ですよ!」
サミュエルのこめかみを見て、あわててテッドがフォローを入れる。
「おや?供は付いていたのですね」
ウィンスレットの単独行動ではないことに、少し安心するサミュエル。
「ええ」
「ならば、あまり無茶なことをなさいませんか。まあ、トリア嬢も一緒のようですしね……」
「え。今日って、トリアちゃん、イーデン卿と買い物じゃありませんでしたか?」
「ええ」
「小さいとはいえ、女の買い物の邪魔をするなんて、閣下も命知らずですねー」
「……私、閣下にお茶の時間までに戻らねば、茶菓子抜きだと……」
サミュエルは、その結果、予想し得る未来に、たらりと冷や汗が落ちる。
「今日のお茶菓子って、閣下が特に希望されたものですよね?」
「ええ、そのために貴男方にもお手伝いを頼んだのです」
「じゃあ、絶対、時間には戻られますよね?」
「ええ」
「……トリアちゃんが、お茶も外でするつもりだったのなら、かなーり、まずいんでは?」
テッドは、このところの護衛の仕事で、トリアが寛容ではあるけれども、言う時は言う性格であることを学んだため、確認の意味でサミュエルの方を見る。
「ですよね?」
「ええ、間違いなく。盛大な貸しが一つ、閣下に付いたんじゃないですか?」
「……。閣下ご自身に返していただきましょう。ええ、そうしましょう」
サミュエルは、しばしの沈黙の後、にこやかに笑って、テッドたちに作業をお願いしますと頼み、自分の仕事に戻った。
「なあ、テッド。イーデン卿って、財務官吏のイーデン卿だろ?」
話を聞いていた非番の騎士の一人がテッドに話を振る。
「え、ああ。知ってるのか?」
「父の友人で、うちの領地の運営の相談に乗ってもらってる。父も、兄も卿の人柄には惚れ込んでる。俺もすごく卿に感謝してるぞ。彼のおかげで、うちの領地はここ数年の飢饉を乗り越えられたんだ。今は内務を担当されているが、税吏としてもものすごく優秀だったと聞く」
「へー」
「仕事に厳しいけど、家族思いな方だぞ?ついこの間も、父が笑いながら、卿が孫との時間をすごく楽しみにしていて、弱点は孫だ言ってたんだが。孫とひととき邪魔されて、貸しが一つで済むのか?卿なら、閣下の言動次第で、貸しを積み上げるぐらいはするような?」
「え、俺、貸しはトリア嬢の方のことだったんだけど」
「「え?」」
「ちっちゃいのに、すんごくしっかりしててさ。そっかー。アームストロング副団長だけでなく、イーデン卿も祖父なんだものなぁ。うーん、トリア嬢、家に一人いたら絶対の安心感!」
「なに、それ?」
「どういうことだ?」
テッドの一家に一台的な発言に、首をかしげる同僚二人。
「ん?トリア嬢って、守らなきゃって感じじゃないの。家を絶対守ってくれそうだから、安心して任務遂行できそうな感じっていうの?(家に帰ったら、おいしい食事やお菓子も待ってるしなぁ)」
「俺達が背中を守られてるってことか?」
「そうそう。俺らが物理的に背中で守るのは陛下だけど、俺達の背中を守ってくれてるのは、……今んとこ俺なんて、母だしなぁ。陛下が皆を守ってくださるからこそ、俺達が最前で戦える」
「まあ、守らなきゃいけない女じゃ、騎士の妻は務まらんな」
「うちで一番強いのって、なんだかんだ母だもんなぁ」
「今んとこ俺もそうだなぁって、違うそうじゃない。テッド、話がずれてる!」
「え、あ。なんだっけ?貸しの話な!ええっと、トリア嬢の分とイーデン卿の分で貸し二つになるってことか?」
「トリア嬢は、イーデン卿の薫陶を受けているのか?」
「なのかなぁ?閣下がお戻りになられたら、モリスとデニスに聞いてみるよ」
「そうだな!なんか面白そうなことになってそうだな!茶菓子ついでに、話も聞こう!」
「ああ!」
テッドたちは、日頃、真面目にアーノルドの兄をしてるウィンスレットが、何をやらかしたか気になって、ソワソワしながら粉づくりの作業に戻った。
・ ・ ・ ・ ・
二の郭の第五騎士団の駐屯地に戻ったトリア達。ウィンスレットがジョージに礼を済ませ、トリアたちの方を向く。
「ナサニエル、トリア。今日は邪魔をして済まなかった。その詫びに、今から茶を一緒にどうだ?」
「閣下、お返事の前に確認でございますが、どこでお茶をなさいますかな?」
「……デニス?」
ウィンスレットは、ナサニエルの言葉にあっという顔をして、デニスに確認を取る。
「はい。本日は内宮の客間で、陛下とアーノルド閣下ご一緒にということでございす」
「閣下、ご親族水入らずの場を邪魔するわけには参りませぬ。平にご容赦を」
「うむ。後日、場を設ける。今日のこと色々話をしたいしな」
「かしこまりました」
「トリア」
「はい、閣下?」
「紙箱の件、頼んだぞ。陛下のために美味しい菓子を詰めておいてくれ」
「しかと承りました」
「うむ、楽しみにしている。今日はなかなかに充実した一日であった。暇する。では、ナサニエル、また明日な」
「はい、閣下。ごきげんよう」
「デニス様、こちらをパーシー様に。料理人たちに渡すよう、お伝えくださいませ」
「トリア嬢、ありがとうございます。確かに」
トリアから弁当箱と蒸しパンの入ったかごを受け取るデニス。
「閣下、ごきげんよう」
「ああ、トリア。また遊びに行こう。ではな」
トリアの返事を待たずさっさと踵を返して、一の郭へ去っていくウィンスレット。その後を慌ててついていくデニスとモリスが、微妙な顔でトリアたちの方を振り返って会釈する。
「……お祖父様」
「なんだい、トリア?」
「言い逃げされました。閣下の隠居前から、遊び友達認定を受けたような気がするのですが、気の所為ですよね?」
「気の所為だ。そういうことにしておこう」
微妙な顔のトリアに、無の境地で答えたナサニエルだった。
「お祖父様、私達もお茶にしましょう」
「ああ、そなたの家で、少しゆっくりさせておくれ」
二人は、深い溜め息をついて、第五騎士団の家族官舎へと向かったのであった。
そして、ナサニエルは、トリアから息子の弁当の経緯から、外宮と内宮の食堂改善の件を聞いて天井を仰ぐことになるのである。