お店でお買い物
トリア一行が次に訪れたのは、最近できたという装飾紙専門の紙屋である。祖母たちへのプレゼントを包装するために、模様の入った紙はないかと、トリアに聞かれたナサニエルが見つけた店だ。
「ここは?」
「製本のための見返しに使う紙を専門に扱っている店ですな」
ウィンスレットに聞かれたナサニエルが答える。
「ほう。トリア、高価な紙をどうするのだ?」
「色々、確認した上で、考えが実行できそうなら、どうするのか、お教えいたします」
「むう、内緒なのか?少しぐらい良かろう」
「はいはい、邪魔になりますから、お店に入りますよ!」
ナサニエルにドアを開けてもらい、トリアが中に入っていく。その後に続くのはウィンスレットとデニス。ジョージとモリスは店の前で警護にあたる。
「いらっしゃいませ」
トリアに優しくほほえみ、その後ろからついてくる大人たちに、丁寧にお辞儀する店員。
「すまない、紙を見せてほしいのだが」
「どういった本をどのように装丁されます?製本職人は、もうお決まりですか?」
物慣れぬ様子のお客を見て、店員が助けを出す。
「いや。紙を求めているのは、孫娘でな。製本のためではないのだ」
「はい?」
トリアの方を見て、またナサニエルの方を向く店員。
「すまんが、孫の手助けをしてもらえんかな?」
「かしこまりました」
ナサニエルやその後ろに立つウィンスレットを観察した上で、あまり無茶を言われないだろうと判断し、店員はトリアに向かう。
「お嬢様は、どういった用途に、どのような紙をお求めですか?」
「これを見ていただいていいですか?」
トリアは手製のメモ帳を取り出し、そこに書いた蓋付きの箱の立体図と展開図、必要な紙のサイズなどを店員に見せ、説明を始める。
「……これは、なかなか面白いですね。少しお待ちいただけますか?店主を呼んでまいります」
「え?」
「お嬢様の手助けはもちろんのことですが、ぜひぜひ、こちらからも、お願いしたいことができました。よろしいでしょうか?」
そう言って、店員はさらに良い笑顔でナサニエルを見る。
「孫の助けになるのならいいが、願いとは?」
「我々に商機をお与えくださいませ」
「「「?」」」
「きれいな紙の箱には、商品価値がありますか?」
首をかしげるウィンスレットたちをよそに、トリアは店員の顔を見て、確認する。
「ええ、このような紙の箱は、今はまだありません。こういう種類の紙は、まだ高価なものです。そして、用途は、今の所、製本に限られています。けれど、こうした贈答用に特別な箱を誂えるというのは、うちで取り扱っている紙の商用の幅を広げます」
「なるほど、たしかに商機だ」
「ふむ、貴族の夫人方の間で流行るだろうな」
店員の説明に、頷くナサニエルとウィンスレット。
「では、ご店主を呼んでいただけますか?商談いたしましょう」
「ええ、是非」
トリアに言われ、店員はすぐに奥へ入り、店主ハリスに話をしにいく。
「トリア」
「なんでしょう?閣下」
「商談とはどういうことだ?」
「着想と技術をご店主に、買っていただくのです。お祖父様、私の代理人として、よろしくお願いいたしますね。私、未成年ですから。官舎の鶏糞のときは、父様とマシュー小父さんに、代理人になっていただいたのです」
「あれは、そなたの案だったのか?」
第五騎士団が、家族官舎で鶏を飼い、その余剰の雄鶏と廃棄するしかない鶏糞を金に変えて、騎士団の運営に充てることに許可を出したのが、ウィンスレットなのだ。
「ええ。食糧危機中は作物との物々交換。生産量が上がったら、作物の余剰分を安くで分けてもらい、鶏糞も買取に変えてもらったのです。私では、相場がよくわかりませんでしたから、父様たちにおまかせしました」
「ナサニエル、なぜ、こんなにそなたの孫は、しっかりしているのだ」
「そう言われましてもな……」
ナサニエルが教えたわけでも、アンドリューが教えたわけでもない。
「それぐらい、当時は切実だったのです。今日で終わるコッコか、明日以降の卵かぐらいにです。皆が生き残るために、必死で考えました」
「うっ、幼いそなたに苦労をかけた。あいすまぬ」
トリアに険のある目で見られ、王子たちの兄弟争いを防げなかったウィンスレットは、思わず謝ったのだった。
「「お待たせいたしました!」」
ハリスは、ウィンスレットの名を聞いて大いに恐縮しつつも、商機を逃したくなく、ぜひうちに扱わせてほしいと願い出る。
お茶の時間までに帰りたいウィンスレットが居たため、ナサニエルは大急ぎでハリスと契約の大枠だけまとめ、詳細はトリアが試作の箱を作ってからと話を決め、トリアは試作用の紙を無料で、祖母たち用の分は半額で紙を手に入れることができた。
他にもアイデアがあれば、ぜひ、扱わせてほしいとハリスに言われたトリアであった。
「少しいいか?」
「「「はい?」」」
それまで黙って何やら考えていたウィンスレットの言葉に、そちらを向く三人。
「ハリス。まず、王室専用の箱を作る気はないか?」
「え」
「トリアの試作の箱を陛下とともに見たい。それほど高価ではない下賜品を入れる箱に、丁度いいと思うのだ」
今現在、下賜品は、木にビロードやシルクサテンを貼った上等な箱に入れて、下賜されているのだ。
それゆえ、中身の下賜の品もそこそこ値の張るものとなりがちで、手頃なものができれば、支出を減らせるかも知れないと、ウィンスレットは考えついたのだ。
「まあ。王室御用達になれば、お店に箔が付きますね」
「王様のお心に添えるものができなければ、うちが潰れるのでは?」
お店の利益と信用が上がるというトリアの言葉に、後ろ向きな答えを出すハリス。
「大丈夫だ。トリア、陛下のお心に添いそうな、試作に使えそうな紙は見繕えるか?」
真っ青な顔のハリスを見て、食材屋の主人と違って、フットワークはあまり軽くはないと判断したトリアは、自重もしなければと、ウィンスレットを止めることにした。
「閣下。急ぎすぎです。まだ、ハリスさんは試作の箱すら見ていないのです。箱一つを作るのにどれぐらいの費用がかかるのか、箱を量産するためにはどれぐらいの職人を集めるかなど、まだ雲をつかむような話なのですよ?アーノルド閣下に、いきなり、ちょっと隣と戦争してくるから軍資金用意してくれと言われて、閣下は出せるのですか?」
「……出せんな。ハリス、済まない」
ものすごく自分にわかり易い無茶ぶりの例を出され、明確に想像してしまったウィンスレット。それ故に、すぐさまハリスに謝った。
「いえ、こちらこそ、すぐに対応できず、申し訳ございません」
「いや、自分がいかに、無茶振りしたのがよくわかった。アーノルドにそんなことを言われたら、殴ってでも黙らせるからな」
苦い顔で言うウィンスレットに、引きつった笑顔を見せるしかないハリス。
「閣下、それにです。陛下のお好みなど、私とんと心当たりがございません。むしろ、この中で一番、陛下に近いのは、閣下ではございませんか。閣下が選んでくださいませ」
トリアの言葉に同意するように、ナサニエルとハリスがウィンスレットを見つめる。
「うっ」
「ご無理なようですね。では閣下、まず、ハリスさんが、紙の箱を商品として扱えるかどうか、そこからでよろしいですね?」
「わかった」
「どうしても気になるのなら、私が試作として、閣下にお茶菓子用の箱をこしらえますから、それで陛下の様子を見てくださいませ」
「そうする」
「ハリスさん」
「はい」
「完成した箱と作りかけの箱をお持ちします。お知り合いのルイユールで、製本以外で変わったものも扱ってくれそうな方がいらっしゃったら、同席していただいてはどうでしょうか?」
「なるほど!職人の意見が聞けたほうがいいですな」
「職人や職人見習いも集めやすいでしょうしね」
「確かに確かに」
「祖母の誕生日を優先したいので、試作の箱は十日後でもよろしいですか?」
「ええ!」
「なら、わしが休みをとって、ハリスの店に連れてこよう。ハリス、ルイユールの予定もあるだろう?」
「十日後以降で良い日を、ナサニエル様にお伝えいたします」
「ああ、そうしてくれ」
「私も参加するぞ」
「「閣下?」」
「え」
「王国の財務の長なのだ。新しい産業ができる機会を見逃すなど、できぬ」
「「はぁ(暇なのか?)」」
祖父と孫は顔を見合わせ、肩をすくめ合う。ハリスの方は、青い顔でひたすら縦に首を振っていた。
「では、ご店主。後日よろしくお願いいたしますね」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
戦々恐々となっているハリスをおいて、店員がデニスに商品を手渡す。トリアたちは、店を出て昼食の予定の『狼の胃袋亭』へと向かった。
「トリア」
「閣下、今から行く食堂は、この間、第五に来ていた御用商人の小父さんが、経営している食堂なんですよ。私やマシュー小父さんの料理実験の結果を、食堂で出されてます。父の弁当にも入ってない料理もありますから、楽しみになさってくださいね」
ウィンスレットの聞きたいことをあえて無視して、次の行き先の話をするトリア。ウィンスレットも、色々考えた末、場所と時間を変えて、トリアと話をしようと心に決め、その話題に乗ることにした。
「ほう。なら、私が食してないものが、まだまだあるのだな?」
うっかり、自分もアンドリューの弁当を食べたことを言うウィンスレットに、祖父たちの手前、あえて、ぼかして言ったトリアが、呆れた視線だけ向ける。
「ん?閣下?いつ息子の弁当を食したのです?」
「き、気になって、一口味見させてもらっていたのだ!そなたの息子の愛妻弁当はうまいと評判だったし、変わった料理が入っていたからな!」
聞き逃すことのないナサニエルに、慌ててウィンスレットが言い訳する。ナサニエルはウィンスレットをじっと見たあと、トリアの方に視線を向ける。
「お祖父様、もう、父も閣下も叱った上に、問題は解決いたしましたから、これ以上の雷は無用です」
「トリアの言うとおりなのだ」
「む。では、トリア。後で詳細を聞くからの?」
しょんぼりうなだれるウィンスレットを見て、かなりやり込められたらしいと判断したナサニエルは、事後報告を聞くだけに留めることにした。
「そうしてくださいませ。お祖父様、着いたようです」
窓の外を見て、トリアが降りる準備を始める。止まった馬車のドアをジョージが開ける。
「ナサニエル、店主が個室を用意してくれたそうだ。馬車と馬も、カーターが預かってくれる。我々も一緒に行くぞ」
「ほう。気を利かせてくれたのだな。では行こうか」
馬車を降り、ぞろぞろ食堂へと歩きだすトリア一行。食堂の入口で、第五の御用商人であるカーターが待っていて、いそいそとトリアたちを個室へといざなった。
「カーター。今日は孫娘の願いで、この店に寄ったんだが、何がおすすめかな?」
皆が席についたのを見て、ナサニエルがカーターに聞く。カーターは、トリアの方を見て、自分の傍に控えていた給仕から、メニューを受け取る。
「お孫様から教わった、お品書きでございます。こちらをご覧いただくと、料理の内容がわかるようになっております。どうぞ、イーデン男爵様」
いつもの八百屋の親父風な様子とは違い、礼儀正しく振る舞うカーターは、御用商人らしい貫禄がみえる。
「ほう。この店に来るものは、皆、字が読めるのか?」
ナサニエルが見ているメニューが、気になってしょうがないウィンスレット。待ったなしに、カーターに質問をぶつけはじめる。
「読めぬ者もおりますので、料理の詳細な絵も入れております。後は給仕が、料理の内容を説明したりもします」
「それは、すごいな」
ウィンスレットの手が、早く早くと言っているため、ナサニエルはメニューをウィンスレットに渡した。
「ほう!これは素晴らしいな。絵もなかなか。美味しさが伝わてくる。誠にこのままの料理が運ばれてくるのか?」
「ええ。でないと絵と違うと言われてしまいますので」
「そうだろうな」
「閣下!お茶の時間までに戻るのでしょう?」
トリアが、いい笑顔でウィンスレットに水を差す。ナサニエルとジョージは、アチャと顔を覆う。モリスとデニスはオロオロと、ウィンスレットとトリアの顔を順繰りに見ている。
「そうは言うが、こんなに目新しいものが色々あっては、気になってしょうがないし、決められぬ!くぅ、今日の茶菓子は、いつもと同じものを頼めばよかった。そもそも、そなたとマシューが色々新しく作り出すのが悪い!」
「では、責任を持って、私が決めて差し上げましょう。ご自身で選ぶのは、またのご機会にでも。今日の買い物の主役は私なので、よろしいですね?閣下は、私の付添ですものね?」
ウィンスレットに八つ当たりされ、とことん面倒になったトリアが、礼儀もうっちゃり、仕切りはじめる。
「うっ」
「小父さん、今日のおすすめの食材は?」
「魚介のいいのが入ってるよ」
「煮込みは作ってます?」
「ああ!嬢ちゃんから前に教わった漁師鍋は、今の時期、一番人気だよ!」
カーターから、港にも仕入れに行くという話を聞いたトリアが、それならばこういう料理もあるだろうと教えたのだ。
「では、私は量は少なめ、騎士方は大盛り、ほか一人前で」
「皆、同じ料理なのか?」
「同じなら、自分の料理に専念できますでしょ?皆違えば、他の味が気になってしょうがなくなりますもの。時間短縮です。お茶の時間までに帰るのですよね?」
ウィンスレットの言葉を、ニッコリ笑顔でピシャリとはねのけたトリアだった。
「パンにするかね?それとも漁師鍋のスープで作ったリーゾの粥にするかね?」
「はい、パンがいい人は挙手!」
トリアの声に、ナサニエル、モリスが手を挙げる。
「私もパンで。ほかはリーゾの粥でいいですか?」
手を挙げなかったウィンスレットたちが頷く。
「小父さん、ではお願いします」
「はいよ!時間がないようだから、すぐ持ってくるね!」
カーターはそう言って、実際、すぐ料理を持って戻ってきた。
ぶつ切りの魚や大きなエビ、貝がたっぷり盛られたスープ皿がそれぞれの前に置かれ、パンはパンかごに山程、粥はそれぞれの皿に盛られて給仕される。
「早いな」
目の前の湯気の立つ魚介のスープに、目を丸くするウィンスレット。
「煮込みですから、すでに仕込んでありますよ。盛ればすぐ出せるのです」
時間の短縮になってよかったと、トリアがすました顔で言う。
「なるほど」
「嬢ちゃん、では食事の後、店に!何かございましたら、外にいる給仕にお申し付けを」
そう言ってカーターは、退室する。デニスが懐から毒味石を出して、ウィンスレットの料理を確認する。問題ないのを確認し終え、ナサニエルが声をかける。
「では、いただきましょうかな」
それにうなずいて、皆黙々と、食事に取り掛かる。
「トリア、パンを分けてもらってもよいかの?」
粥だけでは足りなかったらしいジョージが、かごに山盛りのパンを見てトリアに確認する。
「ええ、ジョージお祖父様。大丈夫ですよ。私は今取り分けた分で十分ですので。ナサニエルお祖父様は?」
「わしももう、パンは大丈夫だ。モリス殿はどうだ?」
「なら、パンは結構余りますね。アームストロング卿、半分は大丈夫です」
かごに残ったパンを見て、モリスがジョージに答える。
「わかった」
「ぬ、なら私もパンを一切れいいか?パンとも一緒に食したい」
「「「「「どうぞ」」」」」
ウィンスレットの言葉に、デニスがパンを取り分けて、渡す。
「見た目はかなり大雑把なのに、魚介の旨味が凝縮して、誠にうまいな。陛下にも食べさせたい」
「「……閣下?」」
しんみり言うウィンスレットに、ナサニエルとジョージが引きつった顔で確認する。
「わかっておる。陛下にお忍びなど、させられぬ」
「では、お持ち帰りしますか?」
「「「「「はい?」」」」」
「少し失礼しますよ」
そう言ってトリアは、ナサニエルに席を引いてもらって席を立ち、部屋の外にいた給仕に、料理の持ち帰りを頼む。給仕はすぐさま用意しますとその場を離れた。
「トリア?」
「よいお弁当箱を見つけたので、カーターさんに取り扱いしていただいたのです。こちらの食堂でも持ち帰り用に使っているのです。そこもこのお店の人気の一つなのですよ。陛下には、流石にお出しできませんが、料理人に渡して、料理を研究してもらうのはできますでしょ?」
「なるほど!もしかして、あのしっかりフタの閉まる、温め直せるよう、取っ手のついた弁当箱か?第三騎士団の駐屯地で使われているものだ」
「ええ、それです。カーターさんもお気に入りで、大量に仕入れてくださったんですよ。小父さんはホント仕事が速いんですよね」
食品問屋から、食品関係問屋にシフトして、かなりの大店になり始めているカーターであった。
「デニス、よいか?アーノルドだけには、今から来る容器を見せるでないぞ?見せたら最後、騎士団で使うといってきかぬようになるからな」
「はい!」
慌てて口止めさせるウィンスレットを見て、トリアが面白そうに突っ込む。
「デニスだけでよろしいのですか?第五副騎士団長にも、口止めしたほうがよろしいですよ?」
「あ!」
とっくに弁当箱の存在を知っているジョージのことをトリアに指摘され、ウィンスレットが愕然とする。
「……トリア。第五の家族持ちの騎士は、あの弁当箱を個人で買い始めておるぞ?」
話を振られたジョージが、第五に弁当箱をひろめた元凶である孫を、呆れたように見ながら話す。
「あ、やっぱりですか」
「仕事柄、使い勝手のいい弁当箱は、色んな意味で助かるからな。閣下。わしを口止めしたところで、いずれアーノルド閣下にはバレますぞ?第五通いを、まずお止めすることですな」
「し、しばらくは、アーノルドが第五のほうに通うことはないと……思いたい」
グレアムと王宮で同居になり、第五の食堂に通うことはなくなったアーノルドだが。
「近衛と第一と第五で共同訓練するとかなんとかおっしゃって、通う気満々ですがな」
第五騎士団の訓練場が一番広いため、共同訓練は第五で行われるのだ。
「うぐっ」
あっさり、ジョージから、第五通いが無くならないことを教えられた、ウィンスレットであった。
「閣下。お金がないと、はっきり断ればよいのです。優先順位が低いと」
「ううう、そうするしかないか」
「それか全支給ではなく、野戦訓練用の備品として、少数購入で譲歩して、凌いでくださいませ」
「そなた、財務に見習いに入らぬか?」
二案、三案とすぐに出してくるトリアに、文官勤めを勧めはじめるウィンスレット。
「でしたら、わしの下で見習いをするか?」
ウィンスレットの言葉に乗じて、ナサニエルが孫と一緒に働くことを夢見る。
「いや、ナサニエル。トリアはわれの直属にしたい」
「「何をおっしゃってらっしゃいますか?」」
祖父二人の全力の圧に、さすがのウィンスレットものけぞる。
「そなたらの孫は優秀だからだ」
「それは重々承知しておりますがの」
「閣下の直属は、却下ですな」
「なぜだ?」
「「仕事ばかりになって、嫁に行き遅れることになりかねませんからの!却下!」」
「そなたらはトリアは嫁にやらぬと常日頃言っておるではないか!」
「「物事には限度があります!」」
「なっ!?トリア!そなたの祖父らの言い分を受け入れるのか?」
「閣下。そもそも身分も実績もない私が、閣下の直属で見習いなど、周りに敵をこしらえまくるだけではありませんか。身の安全のためにもお断りいたします」
「ぬぅ」
面倒に巻き込まないでくれますかと、わかりやすく顔に書いているトリアを見て、そんなに嫌なのかと思うウィンスレット。
「ではでは、私と一緒に閣下の近習見習いはどうでしょう?私、トリアさんと一緒に働けたら嬉しいです」
デニスが主のために、必死で考え案を出してくる。モリスは、トリアが近習になれば楽ができそうだと、思わずデニスの言葉にうなずくも、隣のジョージの冷気にハッと我に返る。
「ああ!それでもよいぞ!」
「それも、同じ理由でお断りいたします。陛下とお暮らしになってらっしゃる閣下方の近習には、相応の身分が必要でしょうに、何をおっしゃいますか」
「では、トリアを相応の貴族のよう……」
「「閣下?うちの可愛い孫をよそにやれと?」」
「……悪かった、二度と言わない」
一族総出で、国から出ていくぞと顔に書いているナサニエルとジョージを見て、その場は諦めたウィンスレット。
「閣下。うちの祖父たちは孫をだしにしてまで、出世欲むき出しにするような貴族ではありませんよ?」
孫の言葉に、深く頷く祖父二人。
「今、身にしみてよくわかった。けれど、トリア。そなたは働く気はないのか?」
「働くとしても、私は平民ですから相応の職につくぐらいですよ?」
「出世する気はないのか?」
「立場が偉くなればそれに伴う責もあり、いらぬ敵も増えます。偉そうにすることと偉くなることは、別物ですからね。面倒がつきまとう、偉い人は御免被ります。私、平和にのんびり暮らしたいのです」
「耳が痛いな。はぁ、では、どんな仕事ならしてみたいのだ?」
「どんな、でございますか。今でも十分稼ぐことはできていますから、改めてなにか職に就くというのも違う気がします」
「ん?どうやって稼いでいるのだ?」
「今日ご覧にいただいたように、いろんな方に知恵や技術を売って稼いでおりますが?」
「あ、そうであったな」
「私は、平民の子女らしく、(前世出来なかった)恋をしてお嫁に参ります!そして、良き妻、良き母となるのです」
「「「そなたが恋ぃ?」」」
「ええ、池の鯉ではございませんよ」
「「「だめだ!」」」
なんか文句あるのかというトリアに、絶対反対のウィンスレットと祖父二人。
「なぜですか!」
「「「変な虫は寄せつけんぞ!」」」
「「ブッー」」
ウィンスレット、ナサニエル、ジョージのあまりの揃いっぷりとトリアとの掛け合いに、デニスとモリスがこらえきれず、吹き出した。
「デニス!」
「モリス!」
「モリス殿!」
「「「笑い事ではない!」」」
「「!申し訳ございません!」」
すぐさま頭を下げたデニスとモリスは、それでもこっそり視線を合わせて、お互いに吹き出すのをこらえている。
「お三方。私の恋路を邪魔するようでしたら、馬に蹴られる程度ですまないと思ってくださいませよ?」
「「「ト、トリア」
「ブフッ、閣下、イーデン卿、アームストロング副団長、まだ影すらない相手に焦っても仕方ありませんよ」
モリスがあまりにもおかしすぎて、止めに入る。
「モリス殿!トリアはかわいいのだ!油断したらあっという間にかっさらわれてしまう!」
「ナサニエルお祖父様、それは身内の欲目です」
「モリス!おぬしに娘ができれば、この気持ち、痛いほどよく分かるようになるわ!」
「ジョージお祖父様、私は孫です」
「モリス、そなたに恋人ができたら、その父親に猛反対されるがいいぞ!」
「「閣下!どんな呪いですか!」」
「み、みな様、おやめください。面白すぎます!」
「「「「「……」」」」」
デニスが笑いをこらえすぎて目尻に涙を浮かべ、言い切った。