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自重って?  作者: 丁 謡
14/18

お出かけ前の騒動

 翌朝、トリアが卵を食堂に届けに行くと、いつにない活気が食堂から聞こえてきた。見習いからも無駄な緊張感が抜け、動きが良くなっていた。

(平和になったようで、何よりです。食べたものがどこに入ったか、わからなくなるような食事なんて、論外です)

 美味しそうに食事をとっている若い騎士たちを見て、良かったと心の中で頷くトリア。そして、彼女は足取り軽く、家に戻る。

 今日はこれから、ナサニエルがトリアを迎えに来て、三の郭の商店巡りなのだ。

「うふふー、お祖父様とお買い物!」

「トリア、うちのお父様もそうだけど、父様のお義父様も貴方には甘々だから、おねだりは程々にね」

「はーい!初めて、街に下りられます。うふふ」

「トリア、くれぐれもお祖父様から離れちゃだめよ?」

「はーい!お店楽しみです」

 いつもの冷静さをどこかに置き去った様子の娘に、アリシアは義父に手を離さないように頼もうと決める。そこにドアを叩く音がして、トリアが勇んで祖父を迎えようとドアを開けた。

「はーい!おじい……(ウィンスレット閣下?)」

 小脇に近習見習いを抱えたウィンスレットが、立っていた。その後ろに立つ、顔見知りの護衛騎士は遠い目をして、無辺の空を見上げていた。トリアは、叫ばなかった自分を目一杯内心で褒めた。

「ごきげんよう、トリア」

「ご機嫌麗しゅう、閣下。小脇の者を下ろされてはいかがでしょう?」

「ん、そうだな。デニス?これ、デニス?」

「ぎもぢわ゛るひ」

「とりあえず中に!」

「ウィンスレット閣下ぁ!?なぜコチラに!?」

 ナサニエルがトリアを迎えに来て、居るはずのない上司の姿に悲鳴を上げる。その悲鳴に、ピクリともしない近習見習いを見て、流石にまずいんじゃないだろうかと思う、トリア。

「母上!すみません、お水をお願いします!」

「わかったわ!」

 ナサニエルの悲鳴を聞いて、廊下に出たアリシアが、ウィンスレットの腕の中でくったりしている子どもを見て、慌てて台所に走る。

「とにかく、皆様中へ。閣下はすぐその子を、居間のソファに寝かせてくださいませ」

「わかった」

 特に焦った様子もなく、ウィンスレットはスタスタと中に入っていく。護衛騎士は、トリアに目礼し、ウィンスレットのあとに続く。ナサニエルは、視線で何があったのか聞いてくるが、トリアにはわからないので首を横に振るしかなかった。

 トリアは台所に行って、布巾を冷たい水で濡らして居間に戻る。アリシアは、水を近習見習いに飲ませていた。

「……ありがとうございます」

「大丈夫ですよ。まだ、少し横になっていてください。お腹を圧迫されたうえに、頭に血が行き過ぎていると思います」

 トリアは、頭を下げようとした近習見習いの子を、慌ててソファに寝かせ、その額に冷たい布巾を乗せる。

「動いちゃだめですよ」

「デニス、すまぬ。少しばかり気が急いて、そなたに無茶をした」

「いえ、閣下。早く追いつけるよう大きくなります」

 生真面目なのか天然なのか、前向きな返事をする子どもの前で、ウィンスレットを事情聴取などした日にゃ、さらに子どもに精神的負担がかかると判断し、トリアは母に子どもを任せ、大人を台所の方に誘い出す。

「お祖父様、閣下は新しお茶菓子に興味がお有りのようですので、身分の高い方々をお通しするような場所ではございませんが、台所に移っていただいてもよろしいでしょうか?母上は、近習見習いの方の容態を看ててくださいませ」

 トリアは笑顔のまま、目で黙ってついてこいと言い、ウィンスレットたちを台所に押し込んだ。

「椅子もございませんが、すぐ、お茶を淹れますね」

「トリア、オルゾ(大麦コーヒー)が良い。濃いめが好みだ」

 台所に放り込まれても気にせず、自分の要望を伝えるウィンスレットに笑みを深くしたトリアを見て、ナサニエルと護衛騎士は肝を冷やす。

「騎士様もお祖父様も同じでよろしいでしょうか?」

 カクカクと頷いて返事する二人。ウィンスレットはといえば、興味津々で台所を見ている。湯を沸かす間に、あられとおかきを人数分皿に盛り、用意する。

 トリアは、お湯が沸くとオルゾを淹れ、毒見をしてみせる。

「どうぞ、の前に。近習を小脇に抱えてくる主が、どこに居ますか!」

「目の前に。仕方なかったのだ。急いでいたのだが、デニスに合わせていたのでは間に合わぬし、近習を置いていけば、あれが責任に問われる。護衛は、手があいておらねば護衛の仕事はできぬゆえ、わたしが抱きかかえることにしたのだが、抱っこは本人が嫌がって、あの形がお互いの落としどころであったのだ。まさか、気分が悪くなるとは思わなかったのだ」

「(かーっ似たもの兄弟め!)我が家に来るのに急ぐも何も、父に言付ければよかったのでは?」

「言付けでは間に合わなかったのだ。今日は人手不足だしな。それ故の処置だ」

「人手が足りないのは、良くわかりましたよ、彼を見て。はぁ、取り敢えずオルゾ、どうぞ」

 話が長くなりそうなので、トリアは、しかたなくオルゾとお茶請けのあられとおかきをウィンスレットたちに振る舞う。

「ん。……美味い」

「あ、色がすごいけど、これ、好きかも」

「トリアの淹れるオルゾも、美味いな」

 ご機嫌でオルゾを飲むウィンスレットに続き、初めて飲む騎士はこわごわしながら口をつけ、目を見開く。ナサニエルは、孫が淹れてくれるものは何でも美味いと言うので、あまりあてにならない。

「トリア、このクッキーのようなものはなんだ?」

「リーゾですよ。蒸した後に潰してつき固めて、生地にしたものを、揚げています。味付けは後から塩、チーズ、粉の海藻を使っています」

「これもリーゾなのか」

 そう言って、あられを一粒口の中に入れるウィンスレット。塩味と聞いて、甘い物の苦手なナサニエルはホッとしたように、おかきにかじりつく。

「……ほお。クッキーとは違う食感だ。この海藻のは海の風味がきいてうまい」

 ナサニエルの言葉に、騎士も青のりのおかきにかじりつく。

「……ほんとだ、海の香ですね。しょっぱくて、おいしい」

「チーズの味も美味いぞ」

 カリカリと無言のまま、おかきとあられ、オルゾに集中する男たち。それを見ながら、内心でため息をつくトリアだった。

(焦ってたと言う割に、危急性はなさそうな雰囲気。これは、閣下、思いつきでこちらに来られたのではないかしら?)

「ふう、美味しかった。オルゾのおかわりがしたい」

 トリアは、それぞれのカップに、オルゾを注いでいく。

「それで、閣下は何を思い立ってこちらへ?お仕事はお休みでしょうか?」

 トリアは、状況を把握すべく、ウィンスレットに確認する。台所に、身分の高い者を放り込んだ時点で、礼儀も何もあったものではないので、もう完全に礼儀作法は無視して、効率重視で動くことにしたのだ。

 ナサニエルも、ウィンスレットが気にしていないなら、むしろ状況の方が知りたかったので、孫娘にその場を任せることにした。

 そもそも別の場所をといったところで、あるのは夫婦の寝室と孫娘の部屋だけなのだから、移しようがない。

「公休日だ。今朝、デュボアとダグラスから、そなたが祖父と一緒に三の郭に買い物に行くと聞いたのだ。そなたらが出かけてしまっては、間に合わぬと思ったから、急いだのだ」

「ええ、これから、祖母達の誕生日の贈り物のための買い物に、祖父と参ります。けれど、その前に急ぐ用事とは?」

「ん?マシューと話していた、リーゾの調理道具を買うのではないのか?ダグラスたちからは、そう聞いたぞ?」

「それは物のついででございますよ」

「ふむ。用事というのはだな、そなたらの邪魔はせぬから、ついていってもよいか?」

「「はぃい?」」

「本宮の部屋を整えるからと、どこかに行ってこいと追い出されたのだ、パーシーとサミュエルに」

 ムッスリした顔で言うウィンスレットに、顔を見合わせるトリアとナサニエル。ナサニエルは、トリアに続けて話を聞くよう目で物を言う。ナサニエルには、何をどう聞いていいやら見当がつかなかったからだ。

「あの、閣下?失礼ながら普段、公休日は何なさってらっしゃいますか?」

「屋敷でのんびり過ごすのだが、本宮に居を移動したばかりで、居場所がないのだ。屋敷の方も何やらバタバタしているようでな、戻るなと言われた」

((暇つぶしの相手に選ばれた?))

 祖父と孫は顔を見合わせて、内心を目で語り合う。

「(そりゃ、主が昨日今日でいきなり移動するのだもの。バタつくでしょうよ)はあ。あの、二の郭の外に出る場合、護衛はどうなさっておいでです?」

「ふむ。執務中は近衛が、公休日は私兵がしておったぞ。と申しても、最近は休みに出歩くこともなかったな」

「本宮に戻られました、現在は?」

「一応、近衛が今はついている。彼は近衛騎士だ」

「どうも、改めまして、モリスです」

 モリスの目が、ひたすら止められなくてごめんなさいと物語っている。

「こちらこそ、よろしくお願いいいたします、モリス様。では、公休日に本宮から外に行く場合の護衛は?」

「昔は近衛と第五の騎士が連携して護衛をしていたが、はて?当時と状況がが違うしな?今はどうなるのだ?」

 モリスに確認するウィンスレット。

「すみません、閣下。まだ、その辺りの手配が済んでおりませぬ」

(このところ休みの日は引きこもりだったから、今日も外に出ないだろうと判断されて、近習見習いをひっつけたんじゃないのでしょうか?急な移動だったから、護衛の方もまだ準備が整ってないと)

 急な動きに、周りが追いつけてないのだとトリアとナサニエルは判断し、お互いに頷き合う。

「閣下の判断で良いとは思うのですが、おそらく、閣下の周りの人たちは、急なことで連携がうまく取れていないと思うのですよ。ここで警備関係の責任者に何も確認せずに、今日、外に閣下をお連れするのはまずい気がするのですが、お祖父様」

「ジョージに確認してくる。えーっと、ジョージの今日の予定はどうなっておる?」

 孫のまっとうな意見に、ナサニエルは、三の郭の警備の専門家である第五騎士副団長にして、同じ祖父同士のジョージに、手っ取り早く回答を求めることにした。

「ジョージお祖父様でしたら、午前中は第五の訓練場で、騎士の訓練を監督されているはずです」

 何かあったらおじいちゃんところに来いと、普段どこにいるのか孫に教え込んでいるジョージ。危機管理としてそれは良いんだろうかと思いつつも、自分が吹聴しなければ問題ないかと、祖父の所在を把握しているトリアであった。

「訓練場だな。閣下、すみませんが、少し確認してまいりますぞ」

「ナサニエル、手間を掛けさせる。頼む」

 ウィンスレットに会釈して、訓練場に向かったナサニエルだった。

「閣下、居間に戻りましょうか」

「ああ」

 三人は、ナサニエルが戻るまで居間で待つことにする。

「アンドリューの奥方殿、助かった。デニス、気分はどうだ?」

「我が君、ご心配おかけし、誠に申し訳ありません。もう大丈夫です」

「そうか。まだ暫く休め。よいな」

「はい」

 ウィンスレットに強く言われて、おとなしくソファに横になる少年。ウィンスレットはその向かいの椅子に座り、隣にトリアを呼び寄せる。

「先程は、普段見られぬ場所を見せてもらい、堪能した」

「(皮肉ではないですね、これ。真顔で言われてしまいましたよ)まあ、台所に閣下を招き入れるような者は、普通は居りませんからね」

 トリアの言葉に、後ろで護衛をしているモリスがうなずく。

「うむ。知らないことを知るというのは面白いな。なんというか、居心地がよく、合理的な広さだな。見栄や面子のためとは言え、広い屋敷に住むのは効率が悪いのを実感した。厨房で作ってその場で食せば、温かいまま食べられるのだからな」

 眉間にシワを寄せて、しみじみ言うウィンスレット。黙って聞いていたアリシアは、贅沢を好まない方が財務の長で良かったと思い、夫が良い上司に恵まれたと内心で喜ぶ。

「まあ、屋敷が大きくなればなるほど、維持をするのに人手もお金もかかりますからね」

 前世を思い出してしみじみ言うトリアに、同じようにしみじみ同意するウィンスレット。

「そうなのだ。アーノルドではないが、私も隠居したら、程よい広さの場所に移ろうかな」

「隠居ですか。この間、アーノルド閣下もおっしゃてましたけど、いつになるのです?陛下はまだご婚姻されてませんし、継嗣もまだでしたら、うんと先の話になると思うのですが」

 買い物の邪魔を間違いなくされるであろうと思ったトリアは、腹立ち紛れにズケズケとウィンスレットに言い放つ。

 後ろのモリスはぎょっとしているが、欠片も気にしてないウィンスレットは、大真面目な顔でトリアの話に乗る。

「それなのだ。この間の御前会議で、陛下の妃の話になって、ふさわしい娘がおらぬことに愕然となったわ」

「それはしょうがないのでは?兄王子殿下方が四人もいらっしゃって、そちらに合わせて家族計画をたてられた貴族がほとんどでしょう?」

 トリアはぼやかしていったが、側室ですらない母親から生まれた第五王子など、有力な貴族たちにしてみれば、嫁ぎ先候補にしてなかったのが実際のところだ。ある意味大番狂わせすぎて、皆、身動きが取れなくなっているのだ。

「そこなのだ。年の合う娘は身分が低すぎ、身分の合うものはすでに既婚、もしくは生まれて間がない」

「どなたか養女になさって、後見をなさるのは?」

「ふさわしいのは、エドワードなのだろうが、細君が亡くなられて、養女の面倒をみるとなると心もとない。なにせ、正妃候補だからな。女親が見なければならぬ部分も大きい。しかしも、今、王族側に後見人に足る成人女性も居ない。かと言って、我ら兄弟は独身ゆえ問題も多く、養親としては今ひとつ教育を施せる自信もない。そうなると、後見人を誰がするかで、また争いが起きることを厭うて、皆二の足を踏んでいるようなものだ」

「まあ、珍しいですね。うちの娘をぜひと、押して来るものだと思っていました」

「流石に今、陛下を支える重臣たちは、陛下を自分の子や孫のように思うて支えてきたゆえ、自分の欲など、珍しくそっちのけだな」

 グレアムを傀儡にしようとする気概も才覚も、貴族の方になかったというのが実情だ。

「それは良かったですね。陛下は皆様から大事にされてるようで安心です。そうなると諸外国から来ていただくことになるのでしょうか?けれど他所の国から、内政干渉があるようでは困りますものね」

「そのとおり!」

「こちらの王家から嫁がれた、他の王家はないのですか?」

「ふむ。我が伯母上が南の大陸のセルティックス神王国の王弟殿下に嫁がれたが……。んー?年の見合う姫が居るか確認するか」

「よい姫様がいらっしゃるといいですね」

「そうだな。というか、なぜ、私は、成人もしておらぬそなたと、真面目に陛下の嫁取り話をしておるのだ?」

 国家の一大事を真面目に話し合う、八歳と四十歳という現実に気づき、流石にスムーズに会話が成り立つおかしさに首を傾げるウィンスレット。

「閣下が、できるかどうかもわからぬ、隠居話をなさるからですよ」

 トリアはしれっと、ウィンスレットの言いたかったことを無視し、会話の発端をわざとからかって言う。

「……隠居してみせるとも!」

「はいはい、下を育てて、いつでも隠居できるよう頑張ってくださいませ。いつまでもご自分で仕事を回しているようでは、隠居できませんよ」

「はぁ、働いたことのないそなたのほうが、なぜそうもわかった顔で言うのだ」

「(八十過ぎまで、隠居もせずに働いて居たからですよ、とは申せませんものねぇ)お祖父様方を見ているからです。お二人とも働くのが大好きなようで、隠居する気がなさそうなのですもの」

「あー、二人共、まだまだ現役だな。頼りになる中核ゆえ、隠居はまだまだ先であろうなぁ」

 そう言うウィンスレットは、二人が隠居することなど想像もしてなかったのだが。

「けれど閣下。今日のように、一人で暇も潰せぬようでは、隠居なさってどうなさるおつもりです?」

「うぐっ。そなた、痛いところを的確にえぐってきよるな!」

「隠居の前に、隠居友達と隠居生活を楽しめる場所を探すほうが、先かもしれませんね」

「……忠告、痛みいる」

「どういたしまして(チェッ。腹を立てて帰るかと思いましたのに)」

 ウィンスレットは、ここで腹を立てて、トリアの家から立ち去ったところで、暇つぶしがなくなるため、ここは大人になって我慢した。というか、トリアの言うことも正しかったので、真面目に遊び友達を探すことを考え始めだした。

 後ろでこの会話を聞いていたモリスは、早く婚約者を見つけて然る後、可愛い妻と楽しい老後が送れるようしっかり計画を立てようと決心した。

 アリシアの方は、娘の会話内容に、これでは出会いがあっても、相手が恋に落ちてくれるどころか、心へし折られそうと、少しどころでなく心配になり始めたのであった。

「「閣下ー!」」

「祖父達が来たようですね」

「私は、お茶を淹れてきましょう」

 アリシアが、台所に行く。ナサニエルはジョージと第五の騎士を一人連れて居間へと入っていく。

「お待たせしました、閣下」

「ああ、ありがとう、ナサニエル。仕事中に呼び出してすまぬ、アームストロング卿と……?」

「お気遣いいただき光栄です、閣下。部下のラルフです。何やら三の郭に下りられると聞いたのですが?」

 ウィンスレットに、挨拶を返したジョージはすぐに本題にはいる。ラルフは目礼で済ませる。

「ああ。屋敷に居た頃は私兵の護衛だったのだが、本宮に戻ったゆえ、警護がどうなっておるかわからなかたのでな、詳しいそなたを呼んだ。忙しいのにすまんな」

「いえ、お呼びいただき助かります。すでにパーシー殿へは、出かける旨を伝えてあります。閣下の護衛には、今ついている近衛騎士のモリス殿が、そのままあたる方向で」

「ハッ!承りました」

「儂も、護衛としてつきます。知らぬ者よりは、見知った者のほうがよいでしょうからな。第五のほうには、これから行く先のルートを伺いまして、先触れを出し、近辺の騎士に注意させます。それでどちらに参られますか?」

 ジョージは地図を出し、テーブルの上に広げる。

「今日は、トリアのお供だ。トリア、今日はどこへ行く?」

「紙屋さんと第五に食材を卸してくれている食材屋さん、後、食材屋さんから伺った食事処、狼の胃袋亭でお昼を頂く予定です。えっと、デニス様、毒見石はお持ちになってますか?」

 トリアに聞かれ、デニスは首から下げた毒見石を取り出して見せ、うなずく。ウィンスレットは、行ったことのない場所に心躍らせる。

 普通、上級貴族の屋敷に商家が訪れるものだから、店に行くのは下級貴族やそこそこ金を持っている平民のすることなのだ。

「狼の胃袋亭はここだな。ナサニエル、紙屋は?」

「表通り、雑貨屋街のハリスの店だ」

 財務で使っている、筆記専門の紙を扱う店から、ナサニエルが聞き出した装飾紙の専門店だ。孫にいいところを見せたいナサニエルだった。

「ん、ここだな。食材屋は食料品街のカーターのところだったな?」

「そうだ」

「アームストロング卿、すまん。隔壁外にある風車小屋にも行きたいのだが。場所はここだ」

 ジョージは、ウィンスレットからメモを受け取り、場所を確認する。

「ふむ。三の隔壁にある第三門からすぐですな。これなら先にここに行って、紙屋に行き、食事の後、カーターの店に行くのがいいでしょうな」

「お茶の時間には戻れるだろうか?」

「「「?」」」

 ウィンスレットの質問に、首をかしげるトリア、ジョージ、ナサニエル。

「お茶の時間までに戻らねば、茶菓子はないと言われたのだ。今日はごまのお菓子で、絶対それは外せぬのだ。作るのに手間がかかるから、そう何度も作れぬと。近衛の非番の騎士に力仕事を頼むらしく、その対価にお菓子を出すのだそうだ。美味しいから、あっという間に無くなるかもしれないと脅されたのだ。時間厳守したい」

「「「「「……」」」」」

 ウィンスレットの訴えるような視線に、部屋に居た男たちは無言で顔を見合わせる。そして、そのままトリアの方を見る。

「「トリア?」」

「長くならないよう、善処いたします」

 祖父二人の懇願の視線に、国会答弁並みの答えをしたトリアであった。お腹の中では、お茶菓子が入らなくしてやると、しっかり、買い物の邪魔をされた報復を考えていた。

 ラルフは地図を受け取り、先にルート上の第五の派出所や詰め所に連絡を回しに行く。

「では、参りましょうか」

 思ったよりも、出発時間が遅くなっているので、早く出ようというのに、トリアとデニスを馬車まで誰が抱えるかでひと悶着起きそうになった。トリアが致し方なく、強権(こどものわがまま)を発動する。

「(もう、なんて面倒な!)よろしいですか?私が、今日の買い物の主役なのです。ここまでは、譲歩致しました。この先の譲歩は、一切致しません。デニス様、私の祖父、イーデン卿に抱っこされてくださいませ。ナサニエルお祖父様よろしいですね?」

「「はい!」」

 トリアの圧に、慌ててデニスがナサニエルに抱き上げてもらう。

「閣下はわたしのお供と言われたのですから、私です。お茶の時間までに戻るのでしょう?参りますよ!」

「ん。アンドリューの奥方、騒がせたな。では」

 ウィンスレットは素直にトリアを抱き上げて、アリシアの方に暇を告げる。

「母様、行って参ります」

「皆様、お気をつけて(うちの子に、ついて行けるような男の子って?あ!隣にジュードが居たわ!一番慣れてる)」

 ニッコリ笑って見送る母の胸の内など知らず、トリアたちは、やっとこ街へ出掛けたのである。



 

 


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