料理人たちは頑張った
翌朝、トリアは、マシューから今日の食材研究は中止ということと、黒砂糖は、陛下が一括買い上げすることになったと伝えられた。
「そうなんですか?」
「ああ。俺たちゃ、朝の仕事終えたら、一の郭の内宮の食堂に行って、かりんとうの作り方を他の料理人に教えてくるから」
「はぁ(昨日のテッドさんのあれが、原因かしら?)急なお話ですけど、黒砂糖は足りるんですか?」
「昨日の夕方、商家の主人に、黒砂糖ありったけ、持ってくるよう、早馬出した」
寮の夕食時間にやってきたウィンスレットとアーノルドから、早馬代出すから、すぐに配達させろと言われたマシュー。
「は、早馬ですか。しかも一括って、昨日追加した分のことじゃなく、商家にあるもの全部ってことですか」
「ああ。無茶苦茶だ」
「ご主人も驚いたでしょうね」
「早馬には驚いたそうだが、すんげー笑顔で、荷馬車二台分の黒砂糖持ってきやがって、追加するか聞いてくるぐらい余裕だったわ!」
「ウハウハでしたか」
福福しい顔をした、商家の主人を思い浮かべるトリア。
「ウハウハだった!それと!ウィンスレット閣下が、どっかの風車小屋、借り受けてくれるそうだ」
「なぜ?」
「そりゃあ、ごまのお菓子が気に入ったからさ。けど、ありゃ、リーゾの粉を作るのに、手間がかかりすぎるだろ?」
「ええ(石臼欲しいです)」
「それで、製粉所の話をしたのさ」
「ああ。風車なら製粉できますものね(さすが王族、やることの規模が違いすぎます。ふっ、わたしは自重の道を歩むのです)」
「したら、食糧危機で使われなくなった風車小屋があるからってな。そこで粉にするってよ。一応、白い粒の小さいのと、いつもの半透明なリーゾを、それぞれ粉にしてもらうことになったから。リーゾは陛下に頼んで蔵の中にあるのを、出してもらうそうだぞ。なんか、だいぶ前から、しまいっぱなしのやつがあるそうだ」
「だいぶ前?」
「ああ、陛下が王様になる前に、領地から王都に送ってきたやつだそうだ」
「そ、それ、かなり前ですけど、保存状態はどうなのですか?」
虫が湧いてそうで、トリアは、想像して身震いする。
「流石に俺も気になったから確認したが、大丈夫だそうだぞ。なんでもな、一の郭にある備蓄庫は、マルティヌス帝国の特別製らしくてな、入れた時の状態で保存されるんだと」
「……(魔法ってすごいんですね)食糧危機の時、せっかく食べるものがあるのに、お腹空かせてても、誰も食べなかったと?」
「鳥の餌だったからな。誰も食わなかったらしい。官舎のコッコの餌用にもらえたら助かったのにな!」
「コッコでなくとも、私が食べましたよ。食べないまま置いておくとか、空間の無駄では?他のものを入れられると思うんですが」
「そりゃ、俺も聞いた。食糧難で、備蓄庫に入れる麦がなかったから、問題なかったらしい」
「色々言いたいことは山程ございますが、マシュー小父さんに言うことではありませんからね」
ブチ切れそうになったトリアは、はーっと息を吐きだして怒りを霧散させる。
「まあ、そうだな。それでリーゾなんだが、全部粉にしていいか聞かれたんだが……」
「全部粉にしてしまわないでくださいよ!リーゾは、粒のままでも美味しく食べられるんですから!」
トリアの剣幕にマシューは一歩後ずさり、大丈夫だろうという。
「一応、そのあたりはちゃんと言っといた。閣下が聞くかどうかは知らん。ああ、あの蒸して突いたやつ、どうするんだ?」
「今日、切って、色々するつもりだったんですが、切るところで止めときます。あれは日持ちするので」
「わかった!じゃあな、トリア。卵よろしくな!」
「行ってらっしゃい、マシューさん。また、後で」
急展開に王宮の中がどうなったのかわからず、首をかしげるトリア。
「トリア。美味しいもの作ったの?」
「ええ、ジュード。少し残ってますから、味見しますか?」
「うん!」
トリアは、一旦家に戻って、くるみ入り黒糖求肥を持ってきて、ジュードに食べさせる。
「……フニッとする?甘くて美味しい」
「お口に合ってよかった」
「また作る?」
「状況がよくわからなくなったので、いつとははっきりいえませんが、また作ると思います」
「じゃあ、真っ先に教えてね!」
「はい。じゃあ、卵を集めに行きましょう」
「うん」
仲良くいつものルーティンワークをこなして、それぞれの家に戻る。
「父様、おはようございます」
「……おはよう、トリア。今日はね、閣下の分のお弁当はいいらしよ」
「そうなんですか?」
「うん。なんかよくわからないけど、マシューさん達が内宮の食堂で、料理するみたいだよ。陛下のお昼を作るって」
「え?マシューおじさん、かりんとうの作り方を教えるとは言ってましたけど、お昼の話は一言も?」
「あれ?閣下は、なんか、内宮と外宮の皆のお昼を改善することが決まったとかなんとか?」
「「?」」
親子で顔を見合わせて首をかしげる。
「トリアー。朝食運んでちょうだーい」
「はーい、母様!父様、その話、帰っていらっしゃったら、話せるところだけでも教えて下さいませ」
「うん、いいよ」
朝食後、トリアは卵を配達に出かけ、アンドリューはお弁当一つ持って、仕事にでかけた。
第五の騎士寮の食堂は、いつも以上に料理人達が忙しそうにしている。料理人見習いも、いつもの倍の速さで、かごを返しに来た。
邪魔しちゃ悪いと、そそくさと家に戻ったトリアだった。
食材研究の予定がなくなったため、トリアは祖母達の誕生日に贈る予定の、巾着袋作りの続きをすることにする。
父方の祖母と母方の祖母は、誕生日が近いため、同じ型のもので、それぞれの好みに合った物を作ることにしたトリア。
それまでは、カスタードプディングが好評だったため、毎年それぞれ祖父母に、作って贈っていたが、そろそろトリアは、違うものにしたくなって、お針を習いはじめたのを理由に、巾着を作ることにしたのだ。
前世で着物も縫えば、そもそも洋服を買えるようなところも若い頃はなかったため、自分で着る服は自分で縫うのが当たり前で、お針仕事はトメ世代には標準装備のスキルであった。
その後豊かになって、お金さえ出せば何でも手に入る時代になったが、物が溢れかえり、かえって本当に欲しい物を見失う時代になっていたように思う、トリアであった。まあ、その売り買いの一端を担う会社を起こして、経営を続けてきたのもトメであるのだが。
(人は、消費するだけでは、幸せにはなれないのですよ。生産と消費の両方があるからこそ、バランスを取って生きていけるのです。何か一つでも作れば、自信に繋がりますしね)
祖母達のそれぞれの名前にちなんだ花と頭文字をリボン刺繍した生地を、型紙をあてて裁断しながら、この先の自分の将来をどうするか考え始める。
(……前世は理性が勝ちすぎて、恋の落とし穴を器用に避けて歩くと言われた私ですが、今生では一度くらい理性も吹き飛ぶような恋をしたいものです。そのために少し論理性の数値を落としたんですけど、三割欠けた部分がどこなのかわからない上に、前世百年分の経験と知識のせいで恋に落ちる気がしないのですよ。皆が幼く見えますし。はぁ)
「トリア?」
「はい、母様?」
「どうしたの?ため息を付いて。お裁縫はつまらない?料理のほうが楽しい?マシューさん達と、今日は料理をする予定だったのでしょう?」
「いえいえ。お裁縫は好きですよ。色々こしらえるのは好きですから。全然、別のことを考えてたんです」
「別のこと?」
「恋が出来るのかと」
「まぁ!父様達が聞いたら、倒れてしまいそうなことね」
娘の大人ぶった答えに、可笑しそうにアリシアが答える。
「大丈夫です。母様やお祖母様達に言いはしても、父様の前でも、お祖父様方の前でも、伯父様方の前でもいいませんよ。大騒ぎしそうですもの。それより、母様、初恋はいつでした?」
「ふふふ、遅かったわよ。なにせ、母様の周りは、お兄様達、あなたの伯父様達を始め、やんちゃな男の子ばかりで、恋しようがなかったんですもの」
「まあ、母様、やんちゃ男子は好みではありませんでしたか」
「そうね。怖かったわね」
真顔で答える母に、伯父たちは一体何をやらかしたんだろうと首を傾げるトリア。
「怖かったんですねぇ」
「ええ。ある日お父様が……、あなたのお祖父様がね、あなたの父様を初めて家に招いた時、こんな静かな男の人も居るのかと驚いてね。それから、目が離せなくなって。恋に落ちたのでしょうね。しばらく、恋したのには、気づかなかったんだけど」
「ほー(これが前世で言うところのギャップ萌えでしょうか?ちょっと違う?)」
「穏やかなドリューのそばは、本当に居心地が良くて。あなたもいつか、あなたがあなたらしく生きていける人と巡り会えますよ」
「そうだと嬉しいです」
「だからこそ、自分自身を偽らせたり、自分を見失わせたりするような相手は駄目よ、トリア。それは、あなたも相手も不幸せにするだけよ」
「心します。母様」
「うふふ。あなたの曾祖母様の受け売りよ」
「ヴィクトリア曾祖母様の?」
「ええ、そうよ。あなたのお祖母様も娘時代に言われたそうよ」
「うちの女性に伝わる、幸せの秘訣ですね」
「そうね。守れば、幸せになれるわ」
(逆に言えば、私自身も、相手に偽らせず、自身を見失わせるような相手であってはいけない、ということですね。なかなか難しいですね)
「母様。何はともあれ、出会わなければ何も始まらないので、出会いがあることを祈っておいてくださませ」
「それはそうね!私も、神様にお願いしておくわ」
クスクス母娘で笑い合う、アリシアとトリア。トリアは裁断した生地を縫い合わせ始め、アリシアはこの冬のアンドリューの靴下を編み始める。
二人は大切な人に贈るものを作って、静かで穏やかな一時を過ごした。
・ ・ ・ ・ ・
マシュー達は、今、人生で最強の敵と戦っている気分だった。そして、自分たちの経験が通らない、絶体絶命の危機に瀕していた。
そもそもの事の起こりが、昨日の御前会議でだされた昼餉で、グレアムの料理人の作った料理だったことに端を発している。
王の料理人の、王の安全を重要視する極端な考えから作られた、あまりにもまずい食事と、それに伴う陛下の食の細さ、成長の悪さという事実に、陛下の実の大叔父達と、仮の祖父や父親を自負している直臣達が漸く気づき、ショックで憤死しそうになった。
それまで、王が小柄なのは、実母に似て小柄なんだろうぐらいにしか、思っていなかったからだ。実際、グレアムは、小柄な母親によく似た、まっ直ぐな黒髪に、夏の青空のような瞳をして、優しげな顔立ちなのだ。
エドワード宰相は、王の安全のため選んだ料理人の慎重な性格こそが問題となっていることで、自分の見る目を悔やむ。
そして、事情確認のために呼ばれた王の近習たちが、王の安全のために渡した毒見石のせいで、毒味はしても味見をしておらず、王の食事情をきちんと把握していなかったことにも頭を抱え込んだ。
安全のためにと言って作った料理が、王の健康を損なっていてはどうしようもないだろう、早々に料理人を首にしろと憤る臣下たちを、諌めたのは王本人。
今までそれで良しとしてきたのに、改善の機会も与えず、いきなり首にするのはどうなのかと、臣下に問うたのだ。
それにハッとなった臣下たちは、ではどうするかと喧々諤々始める。
一度、お茶を飲んで休憩をと、近習達が申し入れ、かりんとうがここで差し入れられた。
「これは何だ?」
グレアムの質問に、近習が説明する。
「ウィンスレット閣下とアーノルド閣下のお屋敷の料理人と第五騎士団の料理人が考案した、新しい菓子だそうです」
「いつもは茶だけなのに、珍しいな。それで、これは何で出来ているのだ?」
わからなかった近習が、かりんとうを用意したパーシーに、視線で助け舟を求める。
一方、茶請けが付くことが珍しいと発言したグレアムに、その場に居たものが、一斉に怪訝な顔をして王の近習を見る。
王国では、お茶に茶請けが付くのが普通だったからだ。食糧危機の時でさえ、豆や麦を炒ったりして、なんとか茶請けをつけていた国民性なのだ。
「陛下。代わりに発言よろしいでしょうか?」
「ああ、構わぬ」
パーシーに、お茶請けがなにか知りたくて、許可するグレアム。
「小麦粉でできた生地を油であげて、滋養のある黒砂糖の蜜を絡めた菓子です。片方には、煎ったごまをふっております」
「ほう。ではいただこう。……美味しい。このように、美味しいものがあるのだな」
昼餉とは違って、パクパク美味しいそうにかりんとうをつまみ、すぐに空になった皿を見てしょんぼりする王。
それを見て、慌てて近習におかわりを持ってくるよう言うエドワード。ウィンスレットは、お口に合ったようなら良かったと、自分の分も差し出す。
他の者も差し出そうとするが、それはウィンスレットが止めた。かりんとうに、現状打破の策を見出したからだ。
「皆にも食していただき、ぜひ、新しい菓子の感想をいただきたいのだ」
ウィンスレットの言葉に、皆、頷いてかりんとうを口にする。一方、アーノルドは、パーシーに他の茶請けもすぐに持ってきて、王の側仕えに渡すように言う。又甥のあまりにひどい食環境に、一番ショックを受けているのは、美味しいものを食べるのが大好きなアーノルドだった。
「閣下、これは美味しいですな」
「歯ごたえが良い」
「お茶にもよく合う」
かりんとうの甘さに、少し、ほのぼのした空気が流れ出す会議室。
「陛下、皆も、専従料理人にこの菓子を作らせたいと思いますか?」
「大叔父殿、良いのか?料理人にとってレシピは、命より大事と聞くが?」
グレアムの言葉にうなずく、他の臣下たち。
「我が家の料理人もアーノルドの屋敷の料理人も、第五騎士団の料理人も、新しい料理を覚えるのが好きで、お互いにレシピ交換して、ともに研究に励んでおります。三人とも、多くの者に美味しいものを食べてほしいという願いがあるのですよ」
「なんと」
「その願い、叶えてやりませんか?より多くの料理人に伝われば、より多くの者に美味しいものが届けられます。三人の願いが叶うのですよ」
「なるほど」
「それに、陛下の料理人にはいい機会ではありませんか?自分の腕を見直す。多くの料理人と交流を持ち、安全で美味しい料理とはなにか、学ぶ機会となります」
「では、私が材料費を出そう。そして、内宮の大厨房を貸し出そう。そこであれば、多くの料理人を一度に集められるはず。出来たかりんとうは、皆の茶の時間に下賜品として出すように。大叔父殿、これでどうであろう?」
ウィンスレットの言葉に、少し考えてグレアムが案を出す。
「陛下、良い考えです(フフ、これで料理の質が上がるはず)」
「内宮と外宮のの料理人を集めて、交流を持たせよう。この城で働く皆が、美味しいものを食べられるようになってほしい」
にこっと笑って、グレアムが望みを告げる。
「では、その様に計らうため、皆々様、今からよろしいですかな?陛下は確か、午後から講義が一つお有りだったはず。長々とこちらに付き合わせてしまい、申し訳ございませんでした」
ウィンスレットの良い笑顔に、臣下一同こちらもいい笑顔でうなずき、グレアムの勉学の邪魔をしたと謝って、王の退出を促した。
「サミュエル、王の近習筆頭をこちらに呼び出せ」
王が退出した後、作り笑いを真顔に変えたウィンスレット達。
思った以上に、王の周辺環境の悪さに気がついたのだ。逆にいえば、それまで気付けぬぐらい、内政が逼迫していたが、気付けるようになるほど、漸く内政が回復してきているのだ。
「皆様に先に、私、謝りとうございます。陛下の近習筆頭は、我が三男。陛下とお年が近いことを理由に取り立てていただきましたが、このように、陛下の健康すら気遣えぬ愚か者では、陛下に顔向けできませぬ。さりとて陛下の御前で、叱責すれば、お優しい陛下のこと、機会を与えよとおっしゃるに違いない。この場で息子から今の地位を辞退させまする」
アッシュホルトが立ち上がって、忸怩たる思いを顔に浮かべ、皆に頭を下げる。
「アッシュホルト卿。まずは、事実確認が先です。何があったか経緯も見ず、処分を下すことがあってはなりませぬ。それでは下の者が付いて参りませぬぞ」
「宰相閣下……重ねて申し訳ありませぬ」
「いや、卿だけのせいではない。国家の危急に気を取られ、まだまだ慣れぬ陛下を気遣えなかった、我ら皆の責任よ」
「そうだ。卿の息子だけの責任ではない。皆でこれからしっかり状況を把握し、陛下の御ために改善しようではないか」
口々に臣下から声が上がる。
そうして、アッシュホルトの三男が呼び出され、グレアムの即位前後の頃からの話を聞くこととなった。
アッシュホルトはグレアムの母の遠縁にあたり、その関係から、三男マックスをグレアムの小さい頃から近習見習いとしてつけていた。グレアムを見張る意味もあった。後ろ盾のない身で王冠への欲を見せるようなら、一族を守るためにも諌める必要があったからだ。
マックスは見習いの頃からグレアムに付いているが、グレアムが即位したときには、前王アランの近習筆頭だった男が、グレアムやその近習の教育にあたるべく、筆頭としてつけられた。
が、その男はグレアムを忌避し、まともに育てることもせず、二年もしないで、体調を理由に職を辞している。その後何度か、近習筆頭が変わり、マックスが筆頭になることで漸く、グレアムの周辺が落ち着いてきた所だというのだ。
その話を聞いて、頭を抱え込むウィンスレットとエドワード。要は近習も、ちゃんと教育されていなかったのだ。
「アッシュホルト卿。そなたの息子には何の責もあらぬ。あらぬが、すぐに、仕事を教えられる者を筆頭にせねばならぬ」
「ええ。当然です。まさかそのような事態になっていたとは。もっと早くに、きちんと聞き出していればこんなことには、それが悔やまれてなりませぬ」
ウィンスレットの言葉に同意し、さらに後悔を募らせるアッシュホルト。
「マックス。そなたに責はないが、一度地位を下りてくれ、頼む」
「宰相閣下。至らぬ身、それはむしろ望むところです。しかし、陛下にとってより良い方を筆頭におつけくださいませ!お願いいたします」
マックスの姿勢に、これならば教育さえできれば、すぐに王の周辺は改善されると、ホッとする臣下たち。
「サミュエル。今より陛下の筆頭近習とし、最善を尽くせ。期限はマックスが筆頭にふさわしいと判断されるまでだ。皆、それで良いな?」
「「「「「ハッ」」」」」
「では次に、料理人の方の問題を片付けるぞ」
その言葉にサミュエルとマックスは、退出し、それぞれ引き継ぎのために走り回り始める。
料理人の方は見極めをすぐにでもということで、明日、かりんとうの講習会をすることを決めた、ウィンスレット達。そのための調整を最速で行い、すべての職員が、明日の昼食は、中宮の職員食堂で取ることが決定する。そこから詳細を詰め、場を整え終わったのが、夜の帳が下りた頃だった。
その後会議は解散し、ウィンスレットとアーノルドはパーシーを伴に、第五騎士団の独身寮の厨房に、自分たちの料理人を迎えに行ったのだ。
寮で食事を取り、料理人達に急遽決まった予定を伝えるウィンスレット。
かりんとうの作り方を教えるという建前のもと、外宮と内宮の料理人と交流を図り、料理人達の腕前を精査し、何なら、底上げしていいよというミッションを受けたマシュー達。
話をウィンスレットから聞かされたマシュー達は、絶句した。
しかし、断るわけにもいかず、カスタードプディングを他の騎士団の料理人に教えるというミッションをこなした時もなんとかなったから、今回もどうにかなるだろうと、諦め半分、甘い考え半分で内宮の大厨房(舞踏会や晩餐会など王が主催するパーティーやイベントで使われる)にやってきた。
外宮で働く者たちには、今回は内宮の職員食堂で食事をとるよう通達を出し、各部門の長も状況把握のため内宮の食堂で一緒に食事をとる手はずになった。
ただ、一箇所で食事を摂ることとなるため、昼休みの時間はずらして取るよう指示され、いつもと違う雰囲気に、働く者たちも、ちょっとワクワクしていた。
御前会議から半日で無理やり準備を整えて臨んだ、料理人講習会。
今回は、外宮と内宮のすべての昼食をまとめて作る料理人たちと重役専従の料理人たちをマシューたち第五の料理人とダグラス、デュボアのイレギュラーが交流という建前で手伝いながら、アドバイスをしたり、火加減のコツを教えたりと、少しのことで料理人の腕も料理もましになったのだ。
大方の料理人は問題なかったと言える。強いて言えば、もっと腕を磨きたいという、いい意味での上昇志向の欠如が問題だったが、それもこれから料理人同士の交流が増えたり、処遇の変化があれば、多少は改善されるはずだ。
働く人々は、食事の質が上がったことに驚き、そして喜んだ。ここまでは良かったのだ。
ただ一人、陛下の料理人だけが曲者だった。
陛下の安全を第一とする専従料理人は、すべてのものにこれでもかと言うぐらい火を通し、良い素材であろうが悪い素材であろうが、全ての栄養素を素材から水分と一緒に絞り出すような調理の仕方を頑としてやめなかったのだ。
これでは、一番解決したい問題が、解決できていないこととなる。
「どういやぁ、伝わんだ?」
「お手上げですな」
「……」
マシューの言葉に、デュボアは万歳し、ダグラスは目が死にかけていた。
「なぜ、なぜあそこまで頑なに、火を通そうとするんでしょうか……」
ダグラスがぐったりして言う。
「なんか、理由があると思うんだな?」
「ええ」
「ちょっと、パーシー様かサミュエル様に、なんかご存じないか聞いてくらぁ」
「「え?どうやって?」」
「今日は、みんな内宮の食堂に食事しに来るんだろ?なら、閣下たちも昼飯食いに来きてるだろうから、当然、側仕えなあの人らも居るってことさ」
「「ああ!」」
「ちょっくら、食堂覗いてくる」
配膳の窓口から食堂を覗き、目当ての人物が来ていることを確認すると、マシューは厨房を出て、食堂に行った。
「パーシー様、すまない。急用なんだ」
「どうかしたのですか、マシュー?」
「ここじゃ、ちょっと……」
「わかりました。近くに近習達が利用する、給湯室があります。そこへ行きましょう。ウィンスレット様、我が君、少々場を離れます。いいですか?私が戻るまで、席を離れないように!」
「「……ああ」」
「ブッ」
小さな子が受けるような注意を受け、憮然とする閣下方を見て、思わず吹き出しそうになったのをこらえるマシュー。
「「マシュー?」」
「か、閣下方、料理の味はどうです?」
二人に睨まれて慌てて、マシューは別の話をふる。
「ああ、美味くなっているぞ」
「第五の寮には負けるがな」
「ははは、そりゃどうも。さ、パーシー様、行きましょう。閣下方、失礼しますよ」
パーシーは、厨房裏にある、近習専用の給湯室にマシューを連れ込み、話を聞く。
「では、陛下の料理人は、なにか原因があって、あのような料理をしてると、あなた方は思うのですね?」
「ああ。いくら陛下の安全つっても、あそこまで味を無視して作るのはありえない。本人もすごくつらそうなんだ。俺達じゃ、埒が明かねーんだ。過去に何があったか、話を聞ける人がいないか?」
「あの料理人を決めたのは宰相閣下ですから、最適任者は、宰相閣下でしょうね。わかりました。こちらでなんとかしてみます。あなた方には、無理を押し付けてばかりで申し訳ない。けれど、あなた方は、必ず結果を出してくれる。本当に本当に、感謝しますよ」
「いや。役目を果たせたなら、いいんだ。そしたら、俺は、厨房に戻るわ。この後、かりんとうを作るからな」
「ええ」
マシューと別れ、パーシーはすぐさまアーノルドたちのもとに戻り、事情を話す。ウィンスレットは、パーシーに宰相との面会を求めるよう頼み、料理人と話のできる場所を用意するように言う。
「ろくでもない結果に、ならねばよいのだが」
「そうだな、兄上」
フッと息をつく兄弟二人であった。
その後、宰相が料理人から聞き取ったことをもとに、前王の筆頭近習でグレアムの筆頭近習になりながらも、グレアムを忌避していた男が、毒を盛っていたのではないかという疑惑が持ち上がり、調べられることとなるが、男はとうの昔に死んでいた。そこで調査が途絶えるものの、放置は危険ということで、潜行して調査にあたる者が選ばれ、調査続行となる。
グレアムの即位直後、グレアムの料理人となった問題の料理人は、最初の二年ほど料理を食べて、度々、体調を崩すグレアムに、戦々恐々であったらしい。
けれど、料理を調べても毒は検出されず、毒はなくとも、それでもお腹を壊したり、吐いたりすることがあるのは、料理人として重々承知していたため、火を通さないものは絶対に出さず、グレアムの体調がおかしくなった食材は、なるべく使わないようにしてきたのだという。
宰相に全て話して、ホッとしたのか、もうこの重圧には耐えられぬからと、料理人は自ら職を辞することに決め、それを許されることとなった。
王の料理人には、ダグラスとデュボアが選ばれた。
そして、流石にここまで王の待遇がひどくなっていたことに気づかなかったのは、一緒に居ないせいではないかと思ったアーノルドとウィンスレット。王の親代わりとして、グレアムが婚姻するまで、二人は、本宮に起居することとなったのである。