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自重って?  作者: 丁 謡
11/18

御前会議は迷走し、料理研究は進む

 一の郭、内宮。今日は、月に一度の御前会議が行われる。

 食料危機(内患)もほぼ脱し始めていると言う話や周辺諸国との問題(外憂)も特にないということで、久しぶりに穏やかな空気に満ちた、会議場。普段は険しい表情も多い、グレアムの顔が明るい。

 後ろ盾のない五男坊ということで、教育の行き届いていなかったグレアムは、急に王としての言動や決断を求められて、必死に自分を王として育ててきたのだ。

 ウィンスレットやアーノルドなどは、逃げ出さず頑張った、その根性はすごいと内心で思っている。

 色々あって、緊張が続く日々だったが、漸く一息入れられそうな空気に、グレアムもホッとしたところだった。

 そういう空気になったせいだろう、内務大臣ジョンソン・ケーレブ・アッシュホルト宮中伯が、ポロリとこぼした。

「陛下もそろそろ、春が来ても良い頃ですなぁ」

 その瞬間、ぴしっと空気が固まる。口にした本人も、ハッとなっている。根回しもしておらず、ただただ、王に妃を娶ってもらえる余裕が出来たかなーという思いが、口からこぼれたに過ぎないからだ。宮中伯本人は息子だけで、娘が居ない気楽さがあったのも原因である。

(けい)?」

「陛下!申し訳ありません!聞き流して下さい!今はもう秋ですから!ええ、秋ったら秋なんです!」

 アッシュホルト卿、死んだ目になっているグレアムに、必死で、前言はただのボケであったことを強調する。

「いや。陛下、妃の件は、そろそろ考え始めたほうが良いかと」

 珍しくアーノルドが、軍務関係とは無関係なことを真顔でいうので、キョトンとなるグレアム。

「大叔父殿?」

「我の隠居のことを考えるに、そろそろ陛下にも妃を迎えていただいて、子をなしてもらいたいと存じ上げます」

「「「「「隠居ぉお!?」」」」」

 アーノルドは死ぬまで隠居なんかしないと思っていた人々が、素っ頓狂な声を上げる。

「ん?いや、先の話ですぞ?先の話ではあるが、何もなければ予定が立たぬという話ですな。陛下、我を隠居させぬおつもりでは、ないでしょう?」

「いや、大叔父殿に隠居する気があったのを、今、初めて知りましたから。ウィンスレット大叔父殿、ご存知でしたか?」

 目が点のまま、グレアムが答え、ウィンスレットに確認する。

「いえ、私も初耳です」

 こっちも目が点になっている、ウィンスレット。

「ん。昨日思い立った。隠居して、貴族籍を抜けて、マシューたちと料理を楽しみたい!」

 マシュー達が聞いたら、悲鳴を上げそうなことをサラリと言ったアーノルド。当然、その場に居た人々も違う意味で悲鳴を上げたが。

「思いつきで、物を申すなと、いつもいうておるだろうが!このど阿呆!」

 ウィンスレットが立ち上がって、隣に座るアーノルドを怒鳴りつける。

「まあ、まあ、ウィンスレット閣下、落ち着いて。隠居は私もしたいものですし」

 エドワード宰相がやんわりいなしに行く。

「宰相?アーノルド大叔父殿?本気ですか?」

「うむ。あちこち、美味いものを探し歩く旅もいいかと思っている」

「大叔父殿ばかり、ずるいです」

 アーノルドの言葉を瞬時に想像したグレアム。グレアムも、時々、政務から逃げたくなって妄想するのだ。

「先の話だ。そなたもさっさと子に王位を譲って、隠居すればいい。そうすれば好きなことができる。子が早く生まれればそれだけ、時間も生まれるというもの」

「なるほど!」

「ちょっと、お前たち、だまりなさい!自分都合で物事を推し進めようとするんじゃありませんよ!」

「そうですよ、陛下。相手が居なければ、隠居の話がなんぞ、とんと始まりませんぞ」

「そもそも、陛下と年回りの合う令嬢はおるのか?」

「この際、少々若くても、少し年上でもよかろうよ」

 なぜか、その場で、喧々諤々と令嬢談義が始まったのである。自分たちの娘はすでに嫁に行ってしまってあてがなく、孫は生まれたばかりか幼いものばかりで無理がある。

 必然、係累の娘の話になるのだが、各家系の長でもあることから、係累の家の結婚に関して相談を受けたり許可する立場にある為、無駄に他所の家の娘にも詳しい。

 グレアムは、なぜこうなったと首を傾げるも、そのまま、一応偉いオヤジどもの、各家の令嬢評を大人しく聞き続ける。なかなか、薀蓄やそれぞれの苦労話もあって聞いていると面白い。完全に他人事になっているグレアムだった。

 そして長々続いた令嬢評は、結論を迎える。

「どうしましょう?陛下に自信を持っておすすめできる娘がおりません」

 真顔で言われたグレアムは、どう答えればいいのかわからなくなった。

 欲にかられて、令嬢をゴリ押ししてくるような臣下が居なくてよかったと思ったほうがいいのか、自分で嫁探しをしなければいけないことを焦ったほうがいいのか。

「わたしは、嫁を探しに、お忍びで全国行脚したほうがいいだろうか?」

 明後日の方向に考えすぎて、すっ飛んだ発言をグレアムがかまし、それを真剣に受け止めた一同が真面目に考えたため、また迷走が始まる。それから小一時間。とっくに昼の時間は過ぎている。

 アーノルドのお腹の虫が、小さく自己主張した。

「ぬ」

「ああ、大叔父殿。皆のものもすまぬ。すぐ昼餉の用意をしよう」

 なんでこんな話になったんだっけと、首をかしげる一同。根回しが大事なのが、よく分かる事態であった。

 今でこそ、仲の良い王と臣下たちだが、最初はそうでもなかった。

 前王のアランは政務と外交に関しては優秀で、臣下も、言われた通りに動いていれば楽だった。世の中も安定していたし。

 しかし、王の急死に、相続争い、食糧危機と三連発食らって、精神的な余裕が臣下の方になかった。その上、グレアムは幼く、王としての教育を受けてなかったため、お互いにうまく相手がつかめず、すれ違いやズレを合わせるのに四苦八苦していた。

 王と臣下の間を取り持つ、緩衝材的な人材も居なかったのも悪かった。

 臣下は、王の生い立ちを顧みず、辛辣な目を向けはじめることになる。そのことに、最初に物言いを付けたのはトリアだった。

 アンドルリューが、ウィンスレットに弁当を持っていき始めたころのことである。

 サミュエルから隠れて、ウィンスレットと一緒に弁当を食べていたのだが、その際にウィンスレットの愚痴を聞かされることも多々あり、王とのやり取りがスムーズにいかず、ウィンスレットの機嫌が最悪だと、アンドリューは、アリシアに愚痴っていたのだ。

 それを横で聞いていたトリアが、ものの見方を変えなきゃ、これは変わらないなと思って、父に質問し始める。

「ととさま、おうしゃま、なんしゃい?」

「ん?えっと、17歳だったかな」

「ルーにぃとおなし」

「ああ。ルーくんと同い年だね」

「ルーにぃ、まだまだしたっぱ。みならい、ななさいからやってゆ。おうしゃま、おうしゃまになってなんねん?みならいした?おうしゃま、なまけてりゅ?」

 トリアの言いたいことを察したアンドリュー。

「そうだね。陛下は本来王位につくお方ではなかった。そんな教育を受けてないのに、誰よりも早く王位を次ぐことになった。ものすごく頑張っておられるのだ。それを我々が誰よりも知って、陛下を支えなきゃ駄目だよね……」

 アンドリューは自分がそんな目にあったら、ちゃっちゃか逃げ出すなと想像し、ちょっと涙目になって、娘を抱き上げてぎゅっとする。

「むぎゃ」

「あ、ごめん、ぎゅっしすぎちゃったね。トリアありがとう。陛下を追い詰めるところだった。ウィンスレット閣下にお話するよ」

「ん!ととさまやさしく!おうしゃま、ぎゅーっしてくれるひといる?」

「そうだった!陛下は逃げ場もお持ちじゃないし!」

 翌日、外宮の小部屋の一つで、ウィンスレットと一緒に弁当を食べるアンドリュー。この日は、ウィンスレットが愚痴を言い始める前に、意を決してウィンスレットに告げた。

「陛下は閣下のように経験を積んでおられませんし、教えも受けておられません。それでも投げ出されず、逃げ場もないまま、民のためにがんばっておられるのでしょう?」

「!」

「陛下をお守り下さい。育てる時に一番必要なのは、待つ力でございます。待つ間は、我らは何も出来ないように思え、歯がゆくなりますが、子や部下には、待ってもらえている安心感こそが力になりますから」

「はぁ。そうだな、アンドリュー。焦りすぎた。あの子は、我らのように育てられていない。まして、まだ未熟。王に育てるのに二十年は費やすのに、あの子は十二の年に、頼る相手もおらぬまま、零で始めたのだ。我々でさえ、子どもの頃は、逃げ出したりして、メアリーに叱られていた。陛下は、逃げもせず頑張っておられるのだものな。そなたにも愚痴って、済まなかった」

「いえ。すみません、余計な口出しを」

「いや。そなたに言われなければ、陛下を追い詰めていたやも知れぬ。今日は、陛下と話し合ってくるとしよう」

「はい。では、今日のお弁当です」

「ああ、いただこう」

 そこからウィンスレットの活躍で、王と臣下の間に亀裂が入る前に、関係改善が行われたのだ。

 そんなわけで、グレアムには大叔父達の他に、血のつながらないじいさまや父親代わりが、増えることになったのである。

 臣下たちも、子を見る親の気分で居たため、すっかりグレアムの妃については暗黙の了解で、グレアムに余裕ができてからとなっていたのだ。

 しかしだ、一朝一夕に王に成れないように、王妃だとて嫁げばいいというものではない。最低限の教育が必要になる。色々ありすぎて、先のことを考えられなくなっていた自分たちを、大いに反省することになった。

 




   ・ ・ ・ ・ ・ 




 トリアと料理人達は、マシューの家に一旦、黒砂糖とリーゾの袋を運び込む。その後すぐ、トリアの家に行き、トリアが用意していた吸水を済ませた白いリーゾ、白砂糖、水でふやかした白花豆の鍋、刻んだくるみ、あれこれをマシューの家に運び込む。

 今日届いた黒砂糖は、それぞれ使いたい分だけ小分けし、残りは食堂の食料庫で保管することになった。リーゾ(もち米タイプ)はきょうの料理の後、それぞれが欲しいだけ持ち帰ることにした。

 アーノルドがうるさいのと、食べられなかったウィンスレットのちょっと恨みのこもった目のせいで、料理人三人は、最初にせっせとかりんとうをこしらえている。

 その間、トリアは白あんを作るため、昨日の内に水につけておいた白花豆の皮を剥き始める。皮を剥いておくことでなめらかな餡に仕上がるのだ。

「かりんとうの出来上がりに、煎ったごまを振っても香ばしくて、美味しいと思うのです」

「そうですね!」

 トリアの言葉に、ダグラスがマシューにごまを出してもらって、煎り始める。

「トリア。追加で頼んだこのリーゾ、今までのリーゾと違うのか?」

 黒砂糖とは別に渡された、リーゾの大きな袋を横目で見て、マシューがトリアに聞く。

「たぶん」

「ふむ、不透明で白いですな。こちらは粒の形が違い、こちらは色が違う。おもしろい」

 かりんとうに蜜を絡め終えたデュボアが、種類ごとに分けられたリーゾを手にとって、観察している。

「こっちの白い不透明なのは、昨日いただいた分は半分、昨日の内に吸水させておきました。もう半分は乾燥させて、今日粉にしようと思います。これは、いつものリーゾを粉にしたものです。こんなふうにします」

 そう言って、毎日少しずつ粉にしていった上新粉を、三人に見せるトリア。

「で、それ、どうするんだ?炊くのか?煮るのか?」

「吸水させたものは蒸してみます」

「ほう。蒸し器だな、ちょっとまて」

「こっちを粉にしたいので、デュボアさん手を貸してください」

 トリアは、不透明な白いリーゾの半分を、デュボアに渡す。

「ん」

 石の台の上で、袋に入ったリーゾを槌で叩き始めるデュボア。トリアは、皮のむき終わった白花豆で、白あんを作り始める。

「もう少し手軽に、粉に挽けるよう、小さな石臼が欲しいですね」

「どっかにないか、今度、商家の主人に調べてもらおう」

 マシューが乳鉢を出して、デュボワに渡しながら言う。

「わたしも、明後日、おじいさまと商家巡りをするので、探してみます」

「ああ」

 それを聞いて、道具にも興味のあるダグラスが、ついて行きたそうな顔をする。ダグラスは蜜を絡めてすぐのかりんとうにごまを振りまぶす。

「かりんとう出来ましたよ。これだけあれば、アーノルド様も満足なさるでしょうね」

「パーシー様に、お出しする時は少量でって言わないと。食べすぎて病気になりますよ」

 小山になってるかりんとうを見て、ため息をつくトリア。

「蒸し器の湯が湧いたようです。マシュー小父さん、湿らせたふきんを敷いて、その上に水を吸わせたリーゾを平に入れてください」

「わかった」

 マシューが、言われたとおりに上側の鍋にリーゾを入れていく。

 デュボアが、潰したリーゾを、乳鉢の中に入れ、さらに細かにすりつぶしていく。腕が疲れたら、他の二人と交代している。

「トリア。その鍋の白花豆はどうなるんだ?」

「煮終わったので、水分を飛ばしながら、白砂糖を入れて練り、今からリーゾで作る生地の中身にするのですよ」

「甘い豆のペーストか……どんな味になるんだか想像つかねぇ」

「そこは食べてからのお楽しみですよ」

 そう言って、白あんを完成させるトリア。あん玉にするため、硬めのあんこに仕上げている。

 そこに、アーノルドの護衛騎士、テッドが走り込んでくる。

「あ!あった!」

 突然の大声に、飛び上がるトリアと料理人たち。

「うぉっ!?テッド様?いきなり入ってきて、大声出さんでくれ!」

「すまない!パーシー殿から緊急なんだ」

「「「「?」」」」

「御前会議が伸びてて、お茶菓子が至急、大量にいるんだよ。そのかりんとう、分けて!」

「お茶請けぐらい、置いてないのか?」

「知らん!管轄外だ。アーノルド様だけに出すわけにもいかないから、用意してくれ!」

 早く早くと言われ、マシューが自分の家のブレッド缶に、かりんとうをつめる。それをテッドが抱えて、走り出す。

「おいー!後で缶、返してくれよ!」

「わかったー」

 振り返りもせずそれだけ答えて、内宮を目指すテッドであった。

「どうなってるんでしょうね?王宮の食事情って?」

「「「さあ?」」」

「作ってあったから良かったものの、なかったらどうするつもりだったんでしょうか?」」

「そうだな……」

「考えたくありません」

「ハハハ」

 トリアの言葉に、三人は想像を巡らせた後、内心で、かりんとうを先に作った自分たちを絶賛していた。

 もちろん、お菓子がなかったら、三人を食材と一緒につれてこいと言遣っていた、テッドであった。

「トリア嬢、粉になったぞ」

「ありがとうございます。では、マシュー小父さん、鍋でお湯沸かして下さい」

「ほいよ」

「デュボアさんは、作った粉をボウルに入れて、少しずつ水を足し、耳たぶぐらいの硬さまでにまとめて下さい。ダグラスさんは、わたしがもってきた粉の方です。こっちはぬるま湯を少しずつ足して、耳たぶぐらいの硬さにまとめて下さい」

 トリアの言葉に、マシューが鍋の湯をお玉一杯分、カップにいれ、水で割ってダグラスに渡す。

 トリアは、白あんを丸めて、あん玉を皿の上にこしらえていく。

「「できた!」」

「そうしましたら、デュボアさんの方は、生地をこれっくらいに丸めたあと、伸ばして、あっちの鍋で茹でて下さい」

「ん、わかった」

「ダグラスさんは、生地を丸めて伸ばして、この餡玉包んだら、さっきのごまの残りを全体にまぶして下さい」

「わかりました」

「マシューおじさん、鍋をもう一つ」

「ほいよ」

「デュボアさんの茹でてる生地が浮いてきたら、弱火にかけた新しい空の鍋に入れて、木べらで練っていって下さい。途中で、この粉にした黒砂糖を混ぜながらです。程よい甘さになったら、最後にこのくるみの欠片を入れてください」

 トリアは、バットを取り出し、持ってきた黄な粉をバットにまぶして、型の用意をする。そして、蒸し器の中のもち米の状態を確認する。

「もう少しですね」

「トリア嬢、こちらは出来たよ」

「ありがとうございます。それ揚げるので、こっちのから空のバットに移動して、乾かないように、濡れ布巾をかけたら、こっちに来て下さい」

「わかった!」

 ダグラスは、ゴマ団子の始末をつけて、鍋でもち粉を練ってるマシューのそばに来る。

「マシュー小父さん、もう少し黒砂糖入れて大丈夫です」

「おう。くるみも入れるぞ?後どれぐらい練る?」

「生地を持ち上げて、親指の付け根ですっと触れて、生地がつかなければ完成です。あっちに用意したバットに流し込んで下さい」

「わかった。……よし!これぐらいだな」

 マシューの両側から生地に手が伸びて、感触を確かめる。

「「なるほど」」

「ほい、型に入れるぞ」

 マシューが木べらできれいに、鍋からバッドに移し入れ、トリアがその上から黄な粉を振りかける。

「このまま、冷めるまで置いておきます」

「「「その粉は?」」」

「普段食べてる丸豆を、煎って粉にしたものです」

「なめていいか?」

「どうぞ。白い砂糖を混ぜて揚げパンにまぶしても美味しいのですよ」

「ん!香ばしいな。ああ、揚げパンにまぶしたらうまそうだ」

「蒸し器の方は大丈夫かね?」

「ああ。待って下さい。……大丈夫です。(もち米で間違いないですね)この蒸したのをそのまま食べてみてください」

「噛めば噛むほどネットリするような?」

「いつも食べてるリーゾより、少し甘い気もするし、弾力もあるような気がする」

「ムチムチしてます?」

「蒸す前に食材を混ぜて、味をつけて蒸して食べてもいいんですが、今回はその蒸したものを、突いていきます。マシューおじさん、蒸したリーゾを入れても余裕のある大きさのボウルと、すりこ木をさっと水で濡らして、作業台に置いて下さい」

「おう」

「ダグラスさんは、この蒸し器のリーゾをマシューおじさんが用意したボウルの中にあけて下さい。この布巾の四隅を持てば、そんなに熱くないはずです」

「わかりました」

 マシューが用意したボウルにダグラスが蒸したもち米を入れる。

「それでどうするんだ?」

「水を入れたボウルを用意して、すりこ木でこの蒸したリーゾをついてきます」

 そう言って、トリアは最初は、米の粒を潰すように静かにすりこ木で潰していく。途中、すりこ木を何度か水で湿らせて、もち米がつかないようにする。

「程よく潰れたら。今度は生地をまとめるように力強く突いていきます」

「「「おお!」」」

「たまに、手を濡らして生地をひっくり返し、まんべんなく突いていきます」

「おお、パン生地みたいに伸びてきたぞ!」

「はぁ、すみません、交代して下さい」

 腕が疲れたトリアがギブアップ宣言する。

「おう。さっきの要領でいいんだな?」

「はい。わたしはバットの用意をしますから(丸餅は面倒だから切り餅にしましょう。そうすれば他のお菓子にもアレンジできますしね)」

「ホッホォ、面白いな、これ」

「交代しましょう!」

「ああ」

「リーゾの粒がなくなるまで、突いて下さいね。マシューおじさん、ダグラスさんが作ったごま団子を揚げたいので、油の鍋を用意して下さい」

「おう、いいぞ。揚げちまっていいか?」

「お願いします」

 マシューは、鍋に油を入れて温め始め、ダグラスが作ったごま団子を揚げ始める。

「トリア嬢、そろそろいいのではないだろうか?」

 デュボアの声に、ボウルの中身を見に行くトリア。

「皆さん気になるでしょうから……あちち」

 トリアは、手に水をつけ、餅の塊を握りだすようにして、小餅を四個取り出し、コンスターチの入ったバットに入れる。そのまま、軽く丸めて、料理人達に渡す。残りの餅は、コンスターチを塗り直したバッドに入れてしまう。

「ムゴッ」

「あ、ゆっくり、よく噛んでくださいね」

 トリアの声に頷く三人。

「不思議な食感だった」

「面白い食感に、ほんのりリーゾの甘さがして、わたしは好きかも。これ」

「なんとも表現のしようのない食感だ。しかもよく伸びる。なんとも不思議な?」

「まあ、このリーゾの特色のようですね。いつものリーゾはここまで粘りませんから」

「あ?トリアはいつものリーゾで同じことやったのか?」

「ええ。一応。粘りが足りず、ここまで伸びず、塊になりませんでした。今回は粉にして、ゴマ団子の方の生地の作り方にしました」

「どう違うのでしょう?」

「粘りが少なく歯切れがいいはずです。薄力粉と強力粉の違いのようなものですね」

「「「ほうほう」」」

「マシューおじさん、揚がってますよ」

「おう。油きりの紙ー」

「今、出します」

 皿に油きりの紙を敷いて、マシューに渡すトリア。

「こっちは、甘い豆のペーストが入ってるんだよな?」

「ええ。揚げたてなので、熱いですから気をつけてくださいね」

「……もう少し冷めるまで待ちます」

「その間に片付けをやってしまいましょう」

 トリア達は、お茶の湯を沸かしながら、使った道具を洗って片付ける。

 その後、マシューがお茶を淹れ、トリアは黒蜜を作り、デュボアがくるみ入り黒糖求肥を切り、ダグラスは黄な粉に白砂糖を混ぜ合わせている。

 バットに入れた餅の方は、冷暗所に一日置いて、明日切る予定だ。

 ゴマ団子とくるみ入り黒糖求肥を皿に盛り、黄な粉と蜜とお茶を持って皆で居間に移る。やや遅めのお茶の時間だ。

「「「「ふふふふふ」」」」

「では!」

「試食!」

「実食しますぞ」

「どっちにしよう?」

「ああ。ゴマの方は後のほうがいいですよ。油使ってて、味が濃いですから」

「「「了解」」」

 それぞれ取皿にくるみ入り黒糖求肥をとりわけ、一つ口に入れる。

「……もっちりした口当たりに、くるみの硬さがアクセントになって、黄な粉の香ばしい風味と黒糖の甘さがふわりと口の中に広がります」

 ダグラスは、目を閉じて口の中に集中した後、感想を述べる。

「結構あっさりだな。あれだけ黒砂糖入れたつもりだったんだが」

「うーん、上品な甘さで、これはいいですね。黒砂糖を馬鹿にしていた私は、反省せねばいけません」

 マシューは、思ったよりもあっさりした甘さに拍子抜けし、デュボアは一人反省会を始めている。

「甘さが足りないのなら、蜜をかけますか?」

「ああ。ついでに黄な粉も足そう」

 濃い味のほうが、マシューの好みであった。黄な粉と黒蜜をたっぷりかけて、ムフッと幸せそうに笑っている。

「黒砂糖を練り込まず、白砂糖を練り込んで甘さ控えめにして、黒蜜をかけるほうがいいのかしら?」

「「ほうほう」」

 トリアの言葉に、マシュー達がいろいろ考え始める。

「でもその前に」

「うん?」

「リーゾを粉にして売ってくれるところを探します」

「「「確かに」」」

 ちょと今日は力仕事が多めだったため、そのへんを歩いている第五騎士でもとっ捕まえて、手伝わせばよかったとひどいことを思う、マシュー。

「粉は少し残しておいたので、商家のご主人に、粉にしてくださるところを探してもらいます」

「「「賛成!」」」

 四人は、ゴマ団子に手を伸ばす。マシューは恐る恐るかぶりついて、豆の甘いペーストがどんなか、ちょっと食べて確認してる。

「ムフフ。ごまが香ばしい!外側はカリッとして、ごまがプチプチ、内側はもっちり。けれど、突いたリーゾほどの歯切れの悪さはありませんね。この豆のペーストの甘さも程よく、いい具合にあっていて美味しいです。アーノルド様が好きそう」

「食感の調和が面白いですな。豆のペーストがこのような菓子になるとは。ウィンスレット様も好きそうですぞ」

「豆のペースト美味いな!もう一個いいか?」

「いいですけど。一応、ウィンスレット閣下とアーノルド閣下の分、よけておいたほうがいんじゃありませんか?今日も、ここで料理研究をしてるの、お二方ともご存知なんでしょう?」

「「!」」

「ごまの方は今日の内に、黒糖の方は、明日までに食べてしまったほうがいいでしょうね」

 ごま団子をほうばりながら、トリアの言葉にうなずく三人。

「手間がかかりすぎるので、粉ができるまでは、しばらく封印でしょうかね」

「そうだな。人数分、粉にすること考えたら……」

「製粉所を貸しきらないと、無理ではないかね?」

「このあたりの小麦はどこで粉にしているのでしょう?」

「「「さあ?」」」

 粉になったものしか買ったことがない料理人達は、首をかしげる。

「商家のご主人に、石臼と合わせて確認しますか」

「そうだな」

「マシュー。そろそろ夕食の仕込みの時間ではないかな?」

「おお、もうそんな時間か。休みの日に存分に、実験したいなぁ。トリア、明日は他のリーゾと海藻か?」

「海藻を中心にですかね」

「おう。わかった」

 ダグラスとデュボアは、自分たちの主人用にお菓子を詰め、マシューとトリアは手早く食器を片付ける。

 そして、また明日、食材の実験をしようと約束して別れた。

 





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