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自重って?  作者: 丁 謡
10/18

料理研究会

 台所に戻ったマシューが、頭を抱えていたトリアを慰める。

「大丈夫だトリア。閣下は、鬼ごっこに負けたことに怒っちゃいねぇよ。むしろやる気になって、パーシー様の機嫌が良くなってるから問題ない」

「マシューおじさん……(問題はそこじゃないんです。ぺんぺん草のド平民が、殿上人と馴れ合いすぎてるのが、最大の問題なんです!要らぬ嫉妬は、買いたくない!)」

「トリア?閣下も本気で追っかける辺り、ちょっと大人気なかったけどな。まあ、でもあの人は、自分より強いやつと勝負するの好きだからなぁ。閣下を本気にさせるなんて、トリアは、すごいなぁ」

「えっと?(あれ?違う方向の自重も、必要になってますか?もしや?)」

「それにな、俺はちょっと安心した。いやー、トリアもまだまだ子どもだったな。閣下相手に本気で鬼ごっこするなんてな。このところ、トリアは、ちっちゃな淑女になっちまって、心配だったんだ。むりしてねーかって」

「マシュー小父さん……そんなこと思ってくださってたんですね(しょうがない、もとが百な上に八年分重なってるんですもの)」

 マシューの言葉に、子どもらしさが足りなかったかと反省するトリア。

「ほら、ほら!何を買ったか教えてくれ。黒い砂糖で何作るんだ?」

「私も、早く知りたいです!」

 ダグラスもマシューの言葉に乗る。デュボアは無言でうなずき、同意している。

「はぁ。考えても仕方ありませんね。今、できることをしましょう」

「そうそう」

「まず、今日買ったものですね。黒砂糖に、色んな種類のリーゾと色んな種類の海藻です」

「「「いろんな?」」」

 紙袋や麻袋に入ったものを手にとって確かめる、料理人達。

「個別の名称がなかったんですよ(勝手に名前つけちゃていいかしら?前世じゃ、昆布もわかめも日本語がそのまま英語になってたし。それとも学名とか、あったりするんでしょうか?)」

「このリーゾという穀物は、寮でこの間作ったピラフの材料ですよね?マシュー」

「んー、ダグラス。そうなんだが、似てるんだが微妙に違ってたり、ぜんぜん違うのもあるぞ。こっちはいつものより粒が長いし、これはもっと不透明な白だ。こっちなんか細くて赤と黒だぞ」

「私はこの粉の海藻は見たことがあります。祖国の一部の地域で食べられていたと記憶しています。食べたことはありませんが」

 トリアの方を見て料理人が口々に言う。

「皆さん、夕食前には、食堂に戻られるんですよね?」

「ああ」

「なら、今日、全部試すのは無理ですね」

 トリアの言葉に、顔を見合わせる料理人達。後四時間ほどしか時間がない。

「「「ぬぬぬぬぬ」」」

「取り敢えず、黒砂糖のお菓子とデュボアさんが見たことのある、この粉の海藻にしましょう」

 悩む時間がもったいないと、トリアは早々に今日使うものを決めてしまう。

「あの、他のものは?」

「別の機会にでも。さ、まず発酵の時間もあるので|海藻入りピッツア生地の揚げたもの《ゼッポリーネ》からです。マシューおじさん、ピッツア生地を作って下さい。それにこの海藻の粉を見栄えがいい程度に入れて混ぜ、発酵させて下さい」

「ほいよ」

 マシューが、作り慣れてきた、ピッツア生地を作り始める。

「ダグラスさんとデュボアさん、黒砂糖を使うお菓子を作りましょう。まず黒糖を刻んで粉にして下さい」

 トリアの言葉に、黒糖を削り始める二人。ほとんどの黒糖が粉になったところで、トリアは次の準備を二人にさせ始める。

 それぞれに、ボウルを用意させ、薄力粉、砂糖、ベーキングパウダーを量って、混ぜてもらう。

「「ちょっとまってください!この、少し入れた粉はなんですか!」」

「魔法の粉です」

「「魔法!?」」

「そうだぞー、すごい魔法なんだ!」

 マシューが自分も最初は驚いていたくせに、ニヤニヤ笑って二人をからかう。

「冗談ですよ。イーストはパン屋さんが後生大事に持ってて、使わせてもらえないからって、発酵に変わる膨らませ方を考えだした方が居るんですよ。これも、今日来た商家の方から、買ったものですよ」

 トリアが簡単に種明かしをする。トリアはベーキングパウダーとは別に、果物を使った酵母もマシューと一緒に作っていて、色々マシューと研究中である。この国では、イーストはパン屋の秘中の秘なため、マシューと一緒に頑張るしかないのだ。

「「えええー!?」」

「はいはい、驚くのはまた今度。さっさとやりますよ」

 トリアはダグラスにかりんとうの、デュボアに黒糖蒸しパンの生地を作らせる。

「トリア、手が空いたぞ」

「マシューさんは、蒸し器と油の鍋の用意をしたら、ポテトの皮剥いて、揚げ芋の用意して下さい」

「ホイホイ。ダグラス、デュボアさん、後で教えて下さいよ」

「「貴方もですよ!」」

「デュボアさんは、ぬるま湯で黒糖を溶かして、生地に混ぜ込んで下さい。ダグラスさんはそこに水と油を入れて混ぜ合わせながら、生地をまとめて下さい」

「トリア、蒸し器の用意はできたぞ。温めていいんだな?」

「お願いします」

「お嬢さん、生地はこんなものかね?」

「ええ、デュボアさん。そうしたら、このココット皿に、薄く油を塗って、生地を流し込んでいって、マシューさんが用意した蒸し器で蒸していきます」

「承った」

「ダグラスさんは私の人差し指程度の細さに、成型していって下さい。長さは多少違っても問題ないですが太さは揃えて下さい」

「わかりました」

「ポテトの準備はできたぞ、揚げるか?」

「先に、ダグラスさんの作った生地を揚げたいので、マシューおじさんも成型手伝って下さい」

「おっしゃ」

「蒸すのを専門に行える鍋ですか」

 湯気の上る蒸し鍋の前に立って、デュボアが確認する。

「ええ。蓋をあけっぱなしにしたり、いっぱい入れると、中の温度が下がりすぎてしまうので、三個ずつ、手早くお願いします」

「なるほど。ココットは十二個。四回だな」

「十分ほどで蒸し上がると思います。この串を突き刺して、生地がついてこなければ出来上がりです。下の鍋のお湯を切らさないように、注意しながらどんどん蒸して下さい」

「承った」

 デュボアは、生地が蒸し上がるたびに、下の鍋に水を足しては沸騰させ、湯を切らさないように蒸しパンを作っていく。

「成型できたよ!」

「では、ダグラスさん、マシューおじさん、お二人と交代しながら、それ、油でカリッと揚げて下さい。揚がったら、油切りして下さい」

「ほいよ」

「おお!膨らんでます!見て下さい、デュボア」

「見てる。こっちの蒸しパンもきれいに膨らんだぞ」

 油の音とダグラスの楽しそうな声が、台所に響く。マシューから布巾を渡されたデュボアが、ココットを取り出して作業台に置いていく。

 トリアはその間に、使った道具を片付け、作業台をあけて、わら半紙に似た紙を敷いていく。揚げたものを載せていく必要があるからだ。

 マシューは上がり具合を確認するため、生地を二つ取り出し、半分にしてトリア達に渡す。カリッという音にニコッと笑うトリア。

「これぐらいが丁度いいです」

 マシューとダグラスは、硬さを覚え、どんどん生地を揚げて、作業台に広げていく。

「これで全て蒸し上がった」

 作業台の上の、きれいに蒸し上がった黒糖蒸しパンを、満足そうに眺めるデュボア。

「デュボアさん、蒸し器の鍋をシンクに。こっちの鍋に黒砂糖と水を入れ、蜜を作っていきますよ」

「ん!次の作業か?承った」

 蜜をデュボアに作らせ、頃合いを見て、トリアがその鍋に、揚がったかりんとうの生地を入れていく。

「まんべんなく蜜を生地に絡めたら、また作業台に広げて乾かして下さい。全部なくなるまで、同じ作業をお願いします」

「ん!」

「トリアー?」

 台所の入り口からかかった声に振り向くトリア。入り口に、アーノルド、パーシー、テッドのトーテムポールが出来ていた。

「楽しそうだな」

「アーノルド閣下!とっても楽しいです!」

 ダグラスが満面の笑みで答える。

「そなたは料理している時は、いつでも楽しんでいるではないか」

「ええ!」

「アーノルド閣下も、隠居なさったら料理はいかがです?食べるのがお好きなら、作るのもきっと楽しいですよ!」

 ダグラスが、なにげに、料理沼にアーノルドを引きずり込もうとしている。

「トリア。そなた、我が隠居したら、我の隠居屋敷に菓子を持ってこい!よいな!」

「陛下がご成婚しあそばして、ご継嗣を得られてからの話だと思うんです、閣下の隠居話は。いつになるんでしょうか?私のほうが先に嫁に行き、ここに居ないかも知れませんよ?」

「むぅ。そなたは、祖父たちや伯父たちやアンドリューから、絶対、嫁にやらんと言われておるではないか」

「(なんで伯父様たちまで?)それは、年ごろまでの話と相場が決まっております。薹が立てば、逆に早く嫁にいけとうるさくなるのが、大概の親や親族というものですよ。それに(、、、)わたしが年頃になるのは、十年程度の話ですからね!陛下がお妃様を娶って、お子をなし、お子様が成人するのは、どんなに少なく見積もっても二十年ですよ?ほら、わたしのほうが先に嫁に行く可能性のが高い!」

「むぅ!そ……」

 トリアは黙らせるために、できたてのかりんとうを、アーノルド達三人の口に放り込んでいく。

「「「!」」」

「わたしの結婚はどうでもいいです!もう少しですから、居間で待ってて下さい」

 カリカリ音を立てながら、居間に戻る三人。

「トリア、ピッツアの生地がそろそろいいぞ」

「蜜がけも終えたぞ」

「では、生地をこれくらいにスプーンで丸めて、揚げていって下さい。ああ、スプーンに油を薄く塗っておくといいですよ。その後ポテトも続けて揚げて下さい」

 トリアは、鍋を洗って片付ける。料理人三人は、かわりばんこにスプーンで生地を丸めて、揚げるのを楽しんでいる。

「揚がった生地は油を切った後どうする?」

「塩を振るか粉チーズを振って、いただきます」

 皿の用意をするトリアに、マシューは声をかける。

「ポテトは?」

「塩と胡椒、塩と粉の海藻、粉チーズをそれぞれ分けて振って下さい」

「んー。チーズ削るか。うーん、こりゃエールが欲しくなるな」

「大人の判断でお願いします」

 チーズおろしで粉チーズを作りはじめたマシューが、飲みたそうな顔をするが、首を振って自重する。

「揚がりましたよ!」

 ダグラスが、紙の上にゼポリーネを置いていく。すかさず、マシューが塩を降って、トリアが用意した皿に乗せていく。

 トリアはオルゾを淹れるために、牛乳を沸かし始める。

「トリア、味見していいか?」

「どうぞ。揚げたてが美味しいですから。閣下達の分も分けて下さい、オルゾを淹れたら、持っていきましょう」

 ポテトを揚げ終わると、料理人達は早速、味見しながらアーノルド達の分を大皿に盛り付けていく。

 トリアは牛乳でオルゾを濃い目に煮出し、少し蜂蜜を垂らして、飲み物を用意する。

「出来ましたよ」

「閣下達に先に持ってっとくか」

 マシューの声に、ダグラスとデュボアは試食の手を止め、トレーにそれぞれつくったものを載せて、居間に持っていく。

「待ちかねたぞ!」

「「「おまたせしました」」」

 マシュー達がテーブルに大皿と取皿を並べる。

「パーシー様、この揚げたてのしょっぱいの、ゼポリーネとポテト三種から食べて欲しい」

「わかりました」

 マシューの言葉に、パーシーは、端から順に毒見石で確認した後、用意された小皿にゼポリーネとポテトをとりわけ、アーノルドに手渡す。

「しょっぱいのか?」

 甘いのを期待してたアーノルドが、先程口に放り込まれた、かりんとうが乗る皿から視線をそらさず聞く。

「はい。揚げたてが美味いんで、そっちを先に」

 マシューが美味いというのなら、それはアーノルドにとって正義なので、素直にゼポリーネを口の中に放り込む。

「……海の香がする……パン?外側はカリッとしておるのに、中はムギュッとなる。素朴だが美味い。これは?」

「それは。ポテトという野菜ですよ。それを揚げてます。普段、閣下は付け合せやサラダ、サンドの具で食べてますよ」

「ああ!あのホックリした食感の!三種類あるのか?」

「塩コショウ、チーズ、このゼポリーニに混ぜた、粉の海藻と塩をふってます」

「ふむ、では順に。……野菜の甘味が引き立つ塩加減、胡椒の辛さが程よい。酒が欲しくなるな。チーズは……コクを増すのだな、これもいい。最後は海藻か?……この海の風味とポテトが合う。ふしぎだな、陸で育ったものだろうに、海のものと合うとは」

「では、こちらの黒砂糖を使った蒸しパンを。かりんとうより甘さが控えめなので、先に食したほうが、味がわかりやすいのですよ、閣下」

 デュボアの言葉に、ダグラスもニコニコ頷いて、黒糖蒸しパンを勧める。パーシーはココットから黒糖蒸しパンを取り出して、皿に載せ、アーノルドに出す。

「ふむ。あのネットリした甘さがどうなるのか?これは砂糖の色か?」

「はい、閣下。砂糖の色です」

「どれ……ほう。なんと柔らかな甘さか。独特の風味も食欲を誘う。む、一口がすぐに消えてしまう」

 そう言ってもう一口口に入れ、表情を緩めるアーノルド。

「パーシー、かりんとうもだ」

 アーノルドに催促され、かりんとうを皿に分けて手渡す。

「フフ、こちらのほうが、黒砂糖の甘さに近い!この歯ごたえも良い。ぬう、どれも美味いが、茶菓子には甘いほうだな。しょっぱい方は酒のつまみだ!いくらでも飲めそうな気がするぞ」

「閣下ー?」

「ああ、テッドも食すがいい。美味いぞ」

「やったー」

(((((護衛(しごと)は?)))))

 守られる方が気にしてないので、心の中のツッコミで済ますトリア達。パーシーは、アーノルドとテッドに、それぞれ取り分け、手渡す。

「パーシー、そなたも食せ。給仕はよい」

「かしこまりました」

 三人仲良くおやつタイムに入ったので、トリア達は台所に戻る。

「俺達も、味見の続き!」

「お茶入れますね」

「デュボア、蒸しパンください」

「あ、俺も」

 こちらの三人も、仲良く料理談義に移る。トリアは、たまに三人の会話に混ざるが、残りの新しい材料をどうするか思案中である。

「トリア。この幅の広い海藻は、どうするんだ?」

「まだ味見してないから、なんともです」

 昆布の絵を描いて、こんな海藻がないかと商人に聞き、商人も絵に似た海藻を探してきただけで、実際のところ、昆布なのかどうかわからないトリア。

「かじるか?」

 そう言ってマシューは、ナイフで海藻を削って、トリア達に渡す。シガシガと乾燥した海藻をかみ続ける四人。

「ん?なんか美味いような?」

「味がしますね」

「柔らかい味がする」

「あ、これなら出汁が取れそう」

「「「出汁!」」」

 ギランと目が光る料理人達。

「マシュー小父さんたち、やる気になったところで申し訳ないのですが、そろそろ食堂に行く時間では?」

「「「あ」」」

 カックリうなだれる、マシュー達。

「はいはい、新しいことを試してみたい気持ちはよくわかりますが、お仕事大事ですからね」

「トリア、先に一人で試すんじゃないぞ」

「わかりましたよ。明日、毎朝の食材と一緒に黒砂糖とリーゾが来ますから、ちゃんと受け取ってくださいね。それと気になる物は、その時に、商家のご主人に、ご自分たちの分も注文して下さい」

「明日も、明日もお昼に!」

「明日はいいですけど、明々後日はお祖父様と三の郭の商家巡りなんで、お付き合いできませんよ」

「明日と明後日は絶対に!」

 ダグラスの必死さに、頷いて了承するトリアであった。

「ただし!それぞれの主人や関係者は連れてこないこと!」

「……できるかな?」

「明日も料理研究をやると、閣下に言わなきゃいいんですよ」

「ああ!」

 トリアの言葉にパッと顔をか輝かせるダグラス。

「聞いたぞ。我も明日来るぞ」

「!閣下!なんで居るんですか!明日からは、こなくて結構です!お仕事してくださいませ!」

「トリア嬢、申し訳ない。止められませんでした」

 パーシーが、申し訳無さそうに言う。

「そうだ、トリア!かりんとうのおかわりを所望する」

 トリアの主張は聞かなかった顔で、自分の主張をするアーノルド。

「もう、みんなのお腹の中ですよ」

「残ってないのか!?」

 ショックを受けた顔をするアーノルド。

「黒砂糖に限りがありましたからね」

「明日も作るのだな!?」

「明日は、別のことをします」

「別の菓子を作るのか!?」

「別のお菓子になるかどうかはわかりませんよ。食材の研究なんですから」

「かりんとう!」

「ダグラスさんが作れますから、黒砂糖をご購入されて、作ってもらってくださいませ」

「ダグラス?」

「明日の朝、届くそうです」

「買い占めるぞ!」

「「「「「「なんでですか!?」」」」」」

 やいやい騒ぐアーノルドを、騎士寮の夕食の準備があるからと、皆でなんとか寮まで連れていくことには成功した。

 その後も、食堂で夕食を取りながら、パーシーに、明日もマシューの家に行くのだと、駄々こねまくったアーノルド。ウィンスレットはそれを無視して、デュボアがアーノルドからなんとか死守した黒糖蒸しパンを堪能中だ。

「我が君?明日は御前会議です。お忘れですか?」

「……昼までに終わるだろ」

「その後の執務は?」

「あ、明後日にやる!」

「(しょうがない)我が君?トリア嬢に来るなと言われ、仕事しろとも言われていましたよね?あまりしつこいと、嫌われますよ?」

「マシューがいいと言えばいいだろう?家主はマシューなのだから!」

(よくないぞ!断れんのだから、来るとか言うなー。パーシー様もっと本気で止めろー)

 厨房で、アーノルド達の会話を聞いていたマシューは、お腹の中で精一杯、拒絶の言葉を吐き続けていた。マシューは、アーノルドにはっきり言えるはずなのだが、なぜか対応が甘くなってしまう。実際、カスタードプリンの時は、譲れない部分は死守したのだ。

「……閣下?お話中すみません。よろしいですか?」

 他に空いていた席がなく、アーノルド達のテーブルの隣のテーブルで、静かに食べていた騎士見習いの一人が、恐る恐る声をかける。

「ん?どうした?遠慮なく申せ」

 下の者から話しかけるのは、礼儀にかなわないことであったが、下の者が住まう場所に邪魔をしているのはアーノルド達の方なので、パーシーを手で制して、アーノルドが許可する。

「あの、閣下。うちの母は、父があまりにも嫌がることをしつこくしたので、一ヶ月ほど家を出ていってしまったことがあります。何をしたかは教えてもらわなかったんですが」

「……」

「……(それはまあ、大人の事情というものでしょうね。少年にはまだ早かったかと)」

「母が大好きだった父は、母が出ていった日、ショックで茫然となっていました。その後、父は、母の機嫌を取るのに大変苦労し、僕は、女の子の嫌がることをしてはならないと、父から申し付けられました。閣下はその、大丈夫ですか?お話が聞こえてしまって……」

「(よく言った!少年!)ええ。そうですね!あなたの言うとおりです!女性の嫌がることは、騎士のするところではありません!アーノルド様も、そんなことなさりませんよ!ね!」

「ああ、もちろんだ。そんなことはしない」

「けど、今日。トリアちゃんから、全力で逃げられてませんでしたか?」

 騎士見習いも、トリアが全力疾走するところを見ていたようであった。

「!」

「グフッ」

 パーシーが、思わず吹き出しかける。

「アーノルド?」

「あ、兄上、違います!あ、あれは、お、鬼ごっこをして、トリアを遊んでやっていたのだ!問題ない!(そのように見えたのか!?)」

 必死で、否定するアーノルド。けれど内心では、周りから嫌がる少女を追いかけ回す、変態だと思われていた可能性があったことに、漸く思い至り、滝汗状態であった。

「そうでしたか。よかった。お食事中失礼しました」

「いや。心配かけたな。我は大丈夫だからな!」

 ホッとした表情の騎士見習いの手前、アーノルドは大人しく食事に専念することにした。パーシーはと言えば、アーノルドに引っ付ける見習い騎士の候補として、この少年に目をつけた。

「……パーシー。明日は仕事をする」

「ええ!我が君!」

「……トリアに嫌われておらぬよな?」

「さあ?どうでしょうね」

 しれっと、アーノルドに仕返しするパーシー。

「パーシー?」

「まあ、嫌いになれば、トリア嬢のことです。表面は礼儀正しく、距離を保って、接してくるでしょう」

「……それは嫌なんだが」

「でしたら、しばらくは真剣に仕事をなさって、いいところをトリア嬢にお見せくださいませ。アンドリューも仕事をがんばっているところを、トリア嬢に見せて、かっこいいと言わしめていたではありませんか」

「……そうだな!よし!近衛と第五騎士の共同訓練の準備をするぞ!」

「はいはい」

 アーノルドの側仕えとなって、早二十年。漸くアーノルドの操縦方法がわかるようになってきた、パーシーであった。


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