料理研究会
台所に戻ったマシューが、頭を抱えていたトリアを慰める。
「大丈夫だトリア。閣下は、鬼ごっこに負けたことに怒っちゃいねぇよ。むしろやる気になって、パーシー様の機嫌が良くなってるから問題ない」
「マシューおじさん……(問題はそこじゃないんです。ぺんぺん草のド平民が、殿上人と馴れ合いすぎてるのが、最大の問題なんです!要らぬ嫉妬は、買いたくない!)」
「トリア?閣下も本気で追っかける辺り、ちょっと大人気なかったけどな。まあ、でもあの人は、自分より強いやつと勝負するの好きだからなぁ。閣下を本気にさせるなんて、トリアは、すごいなぁ」
「えっと?(あれ?違う方向の自重も、必要になってますか?もしや?)」
「それにな、俺はちょっと安心した。いやー、トリアもまだまだ子どもだったな。閣下相手に本気で鬼ごっこするなんてな。このところ、トリアは、ちっちゃな淑女になっちまって、心配だったんだ。むりしてねーかって」
「マシュー小父さん……そんなこと思ってくださってたんですね(しょうがない、もとが百な上に八年分重なってるんですもの)」
マシューの言葉に、子どもらしさが足りなかったかと反省するトリア。
「ほら、ほら!何を買ったか教えてくれ。黒い砂糖で何作るんだ?」
「私も、早く知りたいです!」
ダグラスもマシューの言葉に乗る。デュボアは無言でうなずき、同意している。
「はぁ。考えても仕方ありませんね。今、できることをしましょう」
「そうそう」
「まず、今日買ったものですね。黒砂糖に、色んな種類のリーゾと色んな種類の海藻です」
「「「いろんな?」」」
紙袋や麻袋に入ったものを手にとって確かめる、料理人達。
「個別の名称がなかったんですよ(勝手に名前つけちゃていいかしら?前世じゃ、昆布もわかめも日本語がそのまま英語になってたし。それとも学名とか、あったりするんでしょうか?)」
「このリーゾという穀物は、寮でこの間作ったピラフの材料ですよね?マシュー」
「んー、ダグラス。そうなんだが、似てるんだが微妙に違ってたり、ぜんぜん違うのもあるぞ。こっちはいつものより粒が長いし、これはもっと不透明な白だ。こっちなんか細くて赤と黒だぞ」
「私はこの粉の海藻は見たことがあります。祖国の一部の地域で食べられていたと記憶しています。食べたことはありませんが」
トリアの方を見て料理人が口々に言う。
「皆さん、夕食前には、食堂に戻られるんですよね?」
「ああ」
「なら、今日、全部試すのは無理ですね」
トリアの言葉に、顔を見合わせる料理人達。後四時間ほどしか時間がない。
「「「ぬぬぬぬぬ」」」
「取り敢えず、黒砂糖のお菓子とデュボアさんが見たことのある、この粉の海藻にしましょう」
悩む時間がもったいないと、トリアは早々に今日使うものを決めてしまう。
「あの、他のものは?」
「別の機会にでも。さ、まず発酵の時間もあるので|海藻入りピッツア生地の揚げたもの《ゼッポリーネ》からです。マシューおじさん、ピッツア生地を作って下さい。それにこの海藻の粉を見栄えがいい程度に入れて混ぜ、発酵させて下さい」
「ほいよ」
マシューが、作り慣れてきた、ピッツア生地を作り始める。
「ダグラスさんとデュボアさん、黒砂糖を使うお菓子を作りましょう。まず黒糖を刻んで粉にして下さい」
トリアの言葉に、黒糖を削り始める二人。ほとんどの黒糖が粉になったところで、トリアは次の準備を二人にさせ始める。
それぞれに、ボウルを用意させ、薄力粉、砂糖、ベーキングパウダーを量って、混ぜてもらう。
「「ちょっとまってください!この、少し入れた粉はなんですか!」」
「魔法の粉です」
「「魔法!?」」
「そうだぞー、すごい魔法なんだ!」
マシューが自分も最初は驚いていたくせに、ニヤニヤ笑って二人をからかう。
「冗談ですよ。イーストはパン屋さんが後生大事に持ってて、使わせてもらえないからって、発酵に変わる膨らませ方を考えだした方が居るんですよ。これも、今日来た商家の方から、買ったものですよ」
トリアが簡単に種明かしをする。トリアはベーキングパウダーとは別に、果物を使った酵母もマシューと一緒に作っていて、色々マシューと研究中である。この国では、イーストはパン屋の秘中の秘なため、マシューと一緒に頑張るしかないのだ。
「「えええー!?」」
「はいはい、驚くのはまた今度。さっさとやりますよ」
トリアはダグラスにかりんとうの、デュボアに黒糖蒸しパンの生地を作らせる。
「トリア、手が空いたぞ」
「マシューさんは、蒸し器と油の鍋の用意をしたら、ポテトの皮剥いて、揚げ芋の用意して下さい」
「ホイホイ。ダグラス、デュボアさん、後で教えて下さいよ」
「「貴方もですよ!」」
「デュボアさんは、ぬるま湯で黒糖を溶かして、生地に混ぜ込んで下さい。ダグラスさんはそこに水と油を入れて混ぜ合わせながら、生地をまとめて下さい」
「トリア、蒸し器の用意はできたぞ。温めていいんだな?」
「お願いします」
「お嬢さん、生地はこんなものかね?」
「ええ、デュボアさん。そうしたら、このココット皿に、薄く油を塗って、生地を流し込んでいって、マシューさんが用意した蒸し器で蒸していきます」
「承った」
「ダグラスさんは私の人差し指程度の細さに、成型していって下さい。長さは多少違っても問題ないですが太さは揃えて下さい」
「わかりました」
「ポテトの準備はできたぞ、揚げるか?」
「先に、ダグラスさんの作った生地を揚げたいので、マシューおじさんも成型手伝って下さい」
「おっしゃ」
「蒸すのを専門に行える鍋ですか」
湯気の上る蒸し鍋の前に立って、デュボアが確認する。
「ええ。蓋をあけっぱなしにしたり、いっぱい入れると、中の温度が下がりすぎてしまうので、三個ずつ、手早くお願いします」
「なるほど。ココットは十二個。四回だな」
「十分ほどで蒸し上がると思います。この串を突き刺して、生地がついてこなければ出来上がりです。下の鍋のお湯を切らさないように、注意しながらどんどん蒸して下さい」
「承った」
デュボアは、生地が蒸し上がるたびに、下の鍋に水を足しては沸騰させ、湯を切らさないように蒸しパンを作っていく。
「成型できたよ!」
「では、ダグラスさん、マシューおじさん、お二人と交代しながら、それ、油でカリッと揚げて下さい。揚がったら、油切りして下さい」
「ほいよ」
「おお!膨らんでます!見て下さい、デュボア」
「見てる。こっちの蒸しパンもきれいに膨らんだぞ」
油の音とダグラスの楽しそうな声が、台所に響く。マシューから布巾を渡されたデュボアが、ココットを取り出して作業台に置いていく。
トリアはその間に、使った道具を片付け、作業台をあけて、わら半紙に似た紙を敷いていく。揚げたものを載せていく必要があるからだ。
マシューは上がり具合を確認するため、生地を二つ取り出し、半分にしてトリア達に渡す。カリッという音にニコッと笑うトリア。
「これぐらいが丁度いいです」
マシューとダグラスは、硬さを覚え、どんどん生地を揚げて、作業台に広げていく。
「これで全て蒸し上がった」
作業台の上の、きれいに蒸し上がった黒糖蒸しパンを、満足そうに眺めるデュボア。
「デュボアさん、蒸し器の鍋をシンクに。こっちの鍋に黒砂糖と水を入れ、蜜を作っていきますよ」
「ん!次の作業か?承った」
蜜をデュボアに作らせ、頃合いを見て、トリアがその鍋に、揚がったかりんとうの生地を入れていく。
「まんべんなく蜜を生地に絡めたら、また作業台に広げて乾かして下さい。全部なくなるまで、同じ作業をお願いします」
「ん!」
「トリアー?」
台所の入り口からかかった声に振り向くトリア。入り口に、アーノルド、パーシー、テッドのトーテムポールが出来ていた。
「楽しそうだな」
「アーノルド閣下!とっても楽しいです!」
ダグラスが満面の笑みで答える。
「そなたは料理している時は、いつでも楽しんでいるではないか」
「ええ!」
「アーノルド閣下も、隠居なさったら料理はいかがです?食べるのがお好きなら、作るのもきっと楽しいですよ!」
ダグラスが、なにげに、料理沼にアーノルドを引きずり込もうとしている。
「トリア。そなた、我が隠居したら、我の隠居屋敷に菓子を持ってこい!よいな!」
「陛下がご成婚しあそばして、ご継嗣を得られてからの話だと思うんです、閣下の隠居話は。いつになるんでしょうか?私のほうが先に嫁に行き、ここに居ないかも知れませんよ?」
「むぅ。そなたは、祖父たちや伯父たちやアンドリューから、絶対、嫁にやらんと言われておるではないか」
「(なんで伯父様たちまで?)それは、年ごろまでの話と相場が決まっております。薹が立てば、逆に早く嫁にいけとうるさくなるのが、大概の親や親族というものですよ。それにわたしが年頃になるのは、十年程度の話ですからね!陛下がお妃様を娶って、お子をなし、お子様が成人するのは、どんなに少なく見積もっても二十年ですよ?ほら、わたしのほうが先に嫁に行く可能性のが高い!」
「むぅ!そ……」
トリアは黙らせるために、できたてのかりんとうを、アーノルド達三人の口に放り込んでいく。
「「「!」」」
「わたしの結婚はどうでもいいです!もう少しですから、居間で待ってて下さい」
カリカリ音を立てながら、居間に戻る三人。
「トリア、ピッツアの生地がそろそろいいぞ」
「蜜がけも終えたぞ」
「では、生地をこれくらいにスプーンで丸めて、揚げていって下さい。ああ、スプーンに油を薄く塗っておくといいですよ。その後ポテトも続けて揚げて下さい」
トリアは、鍋を洗って片付ける。料理人三人は、かわりばんこにスプーンで生地を丸めて、揚げるのを楽しんでいる。
「揚がった生地は油を切った後どうする?」
「塩を振るか粉チーズを振って、いただきます」
皿の用意をするトリアに、マシューは声をかける。
「ポテトは?」
「塩と胡椒、塩と粉の海藻、粉チーズをそれぞれ分けて振って下さい」
「んー。チーズ削るか。うーん、こりゃエールが欲しくなるな」
「大人の判断でお願いします」
チーズおろしで粉チーズを作りはじめたマシューが、飲みたそうな顔をするが、首を振って自重する。
「揚がりましたよ!」
ダグラスが、紙の上にゼポリーネを置いていく。すかさず、マシューが塩を降って、トリアが用意した皿に乗せていく。
トリアはオルゾを淹れるために、牛乳を沸かし始める。
「トリア、味見していいか?」
「どうぞ。揚げたてが美味しいですから。閣下達の分も分けて下さい、オルゾを淹れたら、持っていきましょう」
ポテトを揚げ終わると、料理人達は早速、味見しながらアーノルド達の分を大皿に盛り付けていく。
トリアは牛乳でオルゾを濃い目に煮出し、少し蜂蜜を垂らして、飲み物を用意する。
「出来ましたよ」
「閣下達に先に持ってっとくか」
マシューの声に、ダグラスとデュボアは試食の手を止め、トレーにそれぞれつくったものを載せて、居間に持っていく。
「待ちかねたぞ!」
「「「おまたせしました」」」
マシュー達がテーブルに大皿と取皿を並べる。
「パーシー様、この揚げたてのしょっぱいの、ゼポリーネとポテト三種から食べて欲しい」
「わかりました」
マシューの言葉に、パーシーは、端から順に毒見石で確認した後、用意された小皿にゼポリーネとポテトをとりわけ、アーノルドに手渡す。
「しょっぱいのか?」
甘いのを期待してたアーノルドが、先程口に放り込まれた、かりんとうが乗る皿から視線をそらさず聞く。
「はい。揚げたてが美味いんで、そっちを先に」
マシューが美味いというのなら、それはアーノルドにとって正義なので、素直にゼポリーネを口の中に放り込む。
「……海の香がする……パン?外側はカリッとしておるのに、中はムギュッとなる。素朴だが美味い。これは?」
「それは。ポテトという野菜ですよ。それを揚げてます。普段、閣下は付け合せやサラダ、サンドの具で食べてますよ」
「ああ!あのホックリした食感の!三種類あるのか?」
「塩コショウ、チーズ、このゼポリーニに混ぜた、粉の海藻と塩をふってます」
「ふむ、では順に。……野菜の甘味が引き立つ塩加減、胡椒の辛さが程よい。酒が欲しくなるな。チーズは……コクを増すのだな、これもいい。最後は海藻か?……この海の風味とポテトが合う。ふしぎだな、陸で育ったものだろうに、海のものと合うとは」
「では、こちらの黒砂糖を使った蒸しパンを。かりんとうより甘さが控えめなので、先に食したほうが、味がわかりやすいのですよ、閣下」
デュボアの言葉に、ダグラスもニコニコ頷いて、黒糖蒸しパンを勧める。パーシーはココットから黒糖蒸しパンを取り出して、皿に載せ、アーノルドに出す。
「ふむ。あのネットリした甘さがどうなるのか?これは砂糖の色か?」
「はい、閣下。砂糖の色です」
「どれ……ほう。なんと柔らかな甘さか。独特の風味も食欲を誘う。む、一口がすぐに消えてしまう」
そう言ってもう一口口に入れ、表情を緩めるアーノルド。
「パーシー、かりんとうもだ」
アーノルドに催促され、かりんとうを皿に分けて手渡す。
「フフ、こちらのほうが、黒砂糖の甘さに近い!この歯ごたえも良い。ぬう、どれも美味いが、茶菓子には甘いほうだな。しょっぱい方は酒のつまみだ!いくらでも飲めそうな気がするぞ」
「閣下ー?」
「ああ、テッドも食すがいい。美味いぞ」
「やったー」
(((((護衛は?)))))
守られる方が気にしてないので、心の中のツッコミで済ますトリア達。パーシーは、アーノルドとテッドに、それぞれ取り分け、手渡す。
「パーシー、そなたも食せ。給仕はよい」
「かしこまりました」
三人仲良くおやつタイムに入ったので、トリア達は台所に戻る。
「俺達も、味見の続き!」
「お茶入れますね」
「デュボア、蒸しパンください」
「あ、俺も」
こちらの三人も、仲良く料理談義に移る。トリアは、たまに三人の会話に混ざるが、残りの新しい材料をどうするか思案中である。
「トリア。この幅の広い海藻は、どうするんだ?」
「まだ味見してないから、なんともです」
昆布の絵を描いて、こんな海藻がないかと商人に聞き、商人も絵に似た海藻を探してきただけで、実際のところ、昆布なのかどうかわからないトリア。
「かじるか?」
そう言ってマシューは、ナイフで海藻を削って、トリア達に渡す。シガシガと乾燥した海藻をかみ続ける四人。
「ん?なんか美味いような?」
「味がしますね」
「柔らかい味がする」
「あ、これなら出汁が取れそう」
「「「出汁!」」」
ギランと目が光る料理人達。
「マシュー小父さんたち、やる気になったところで申し訳ないのですが、そろそろ食堂に行く時間では?」
「「「あ」」」
カックリうなだれる、マシュー達。
「はいはい、新しいことを試してみたい気持ちはよくわかりますが、お仕事大事ですからね」
「トリア、先に一人で試すんじゃないぞ」
「わかりましたよ。明日、毎朝の食材と一緒に黒砂糖とリーゾが来ますから、ちゃんと受け取ってくださいね。それと気になる物は、その時に、商家のご主人に、ご自分たちの分も注文して下さい」
「明日も、明日もお昼に!」
「明日はいいですけど、明々後日はお祖父様と三の郭の商家巡りなんで、お付き合いできませんよ」
「明日と明後日は絶対に!」
ダグラスの必死さに、頷いて了承するトリアであった。
「ただし!それぞれの主人や関係者は連れてこないこと!」
「……できるかな?」
「明日も料理研究をやると、閣下に言わなきゃいいんですよ」
「ああ!」
トリアの言葉にパッと顔をか輝かせるダグラス。
「聞いたぞ。我も明日来るぞ」
「!閣下!なんで居るんですか!明日からは、こなくて結構です!お仕事してくださいませ!」
「トリア嬢、申し訳ない。止められませんでした」
パーシーが、申し訳無さそうに言う。
「そうだ、トリア!かりんとうのおかわりを所望する」
トリアの主張は聞かなかった顔で、自分の主張をするアーノルド。
「もう、みんなのお腹の中ですよ」
「残ってないのか!?」
ショックを受けた顔をするアーノルド。
「黒砂糖に限りがありましたからね」
「明日も作るのだな!?」
「明日は、別のことをします」
「別の菓子を作るのか!?」
「別のお菓子になるかどうかはわかりませんよ。食材の研究なんですから」
「かりんとう!」
「ダグラスさんが作れますから、黒砂糖をご購入されて、作ってもらってくださいませ」
「ダグラス?」
「明日の朝、届くそうです」
「買い占めるぞ!」
「「「「「「なんでですか!?」」」」」」
やいやい騒ぐアーノルドを、騎士寮の夕食の準備があるからと、皆でなんとか寮まで連れていくことには成功した。
その後も、食堂で夕食を取りながら、パーシーに、明日もマシューの家に行くのだと、駄々こねまくったアーノルド。ウィンスレットはそれを無視して、デュボアがアーノルドからなんとか死守した黒糖蒸しパンを堪能中だ。
「我が君?明日は御前会議です。お忘れですか?」
「……昼までに終わるだろ」
「その後の執務は?」
「あ、明後日にやる!」
「(しょうがない)我が君?トリア嬢に来るなと言われ、仕事しろとも言われていましたよね?あまりしつこいと、嫌われますよ?」
「マシューがいいと言えばいいだろう?家主はマシューなのだから!」
(よくないぞ!断れんのだから、来るとか言うなー。パーシー様もっと本気で止めろー)
厨房で、アーノルド達の会話を聞いていたマシューは、お腹の中で精一杯、拒絶の言葉を吐き続けていた。マシューは、アーノルドにはっきり言えるはずなのだが、なぜか対応が甘くなってしまう。実際、カスタードプリンの時は、譲れない部分は死守したのだ。
「……閣下?お話中すみません。よろしいですか?」
他に空いていた席がなく、アーノルド達のテーブルの隣のテーブルで、静かに食べていた騎士見習いの一人が、恐る恐る声をかける。
「ん?どうした?遠慮なく申せ」
下の者から話しかけるのは、礼儀にかなわないことであったが、下の者が住まう場所に邪魔をしているのはアーノルド達の方なので、パーシーを手で制して、アーノルドが許可する。
「あの、閣下。うちの母は、父があまりにも嫌がることをしつこくしたので、一ヶ月ほど家を出ていってしまったことがあります。何をしたかは教えてもらわなかったんですが」
「……」
「……(それはまあ、大人の事情というものでしょうね。少年にはまだ早かったかと)」
「母が大好きだった父は、母が出ていった日、ショックで茫然となっていました。その後、父は、母の機嫌を取るのに大変苦労し、僕は、女の子の嫌がることをしてはならないと、父から申し付けられました。閣下はその、大丈夫ですか?お話が聞こえてしまって……」
「(よく言った!少年!)ええ。そうですね!あなたの言うとおりです!女性の嫌がることは、騎士のするところではありません!アーノルド様も、そんなことなさりませんよ!ね!」
「ああ、もちろんだ。そんなことはしない」
「けど、今日。トリアちゃんから、全力で逃げられてませんでしたか?」
騎士見習いも、トリアが全力疾走するところを見ていたようであった。
「!」
「グフッ」
パーシーが、思わず吹き出しかける。
「アーノルド?」
「あ、兄上、違います!あ、あれは、お、鬼ごっこをして、トリアを遊んでやっていたのだ!問題ない!(そのように見えたのか!?)」
必死で、否定するアーノルド。けれど内心では、周りから嫌がる少女を追いかけ回す、変態だと思われていた可能性があったことに、漸く思い至り、滝汗状態であった。
「そうでしたか。よかった。お食事中失礼しました」
「いや。心配かけたな。我は大丈夫だからな!」
ホッとした表情の騎士見習いの手前、アーノルドは大人しく食事に専念することにした。パーシーはと言えば、アーノルドに引っ付ける見習い騎士の候補として、この少年に目をつけた。
「……パーシー。明日は仕事をする」
「ええ!我が君!」
「……トリアに嫌われておらぬよな?」
「さあ?どうでしょうね」
しれっと、アーノルドに仕返しするパーシー。
「パーシー?」
「まあ、嫌いになれば、トリア嬢のことです。表面は礼儀正しく、距離を保って、接してくるでしょう」
「……それは嫌なんだが」
「でしたら、しばらくは真剣に仕事をなさって、いいところをトリア嬢にお見せくださいませ。アンドリューも仕事をがんばっているところを、トリア嬢に見せて、かっこいいと言わしめていたではありませんか」
「……そうだな!よし!近衛と第五騎士の共同訓練の準備をするぞ!」
「はいはい」
アーノルドの側仕えとなって、早二十年。漸くアーノルドの操縦方法がわかるようになってきた、パーシーであった。