プロローグ 終わりましたが、また始まるようです
はじめましての皆様も、毎度ありがとうございますの皆様も、どうぞよろしくお願いいたします。
「……我が生涯に一片の悔い無し!……」
「ご臨終です。七月七日午後九時三十五分」
「「「どこの世紀末覇者か!?」」」
恬淡と臨終を告げる医師の声をかき消すほど、大きなツッコミが入る。
「皆様ったら!嫌ですよー!トメ名誉会長は、日之出商事の創業者にして、会社を世界の商社に育て、一世紀も生きた、十分立派な覇者じゃありませんかー」
「「「グッ、確かに。否定できん」」」
「あはは。トメ様は、漫画が大好きでしたからねぇ。悔いなく生きてこられたとおっしゃられて、良かった……」
「泣くな!青二才!トメ様は笑って送れとおっしゃったろ!百年も生きた、めでたい人生なんだからと!」
「はひっ!ですが!四十過ぎの私に、青二才はやめてください!」
「八十過ぎのわしからしたら、お前なんぞ半人前じゃ!」
「はいはい、比べてもしょうがないことを比べない!トメ様からしたら、みんな可愛い子に孫なんですから、仲良くしましょうよ」
日向トメ、享年100歳。
トメとは、多人数の兄姉の最後となるように名付けられた名だ。その兄姉やその子らもとっくに先に逝ってしまっている。
生涯独身を通し、自分が起こした商社とそこに勤める社員、その家族を我が一族の者とし育て上げた女傑の最後は、血の繋がりはなくとも、多くの人に見守られての大往生であった。
・ ・ ・ ・ ・
「……ここは?」
日向トメ、目の前の真っ白な、郊外にありそうな研究所に似た建物を見て、目をパチクリさせる。その玄関のガラスのような自動ドアに映った自分を見て、さらにびっくりする。
「え、私、ちょっと若返ってませんか?」
腰や膝が、しっかり伸びている自分の体を、不思議そうに撫で回すトメ。そして頭についている天冠(三角の布)をそっと外す。
「……間抜け以外の何者でもないような?閻魔様に会うためとは言え、嫌がらせのように思えますわね、これ」
そう言って、手の中の天冠を微妙な表情で、トメは見つめる。
そこに、建物の玄関の自動ドアが開いて、白衣を着た年齢不詳の男性が、トメを迎えに出てくる。
「あ!いらっしゃいませ!こちら、転生計画所日本支部でございます。ご来所、ありがとうございます。ささ、どうぞ、こちらに」
トメは、男に手を取られ、建物の中に入る。キョロキョロ不思議そうに周りに視線をやって、トメは真っ白な廊下を歩く。
「あの世ではないのですか?」
トメは仕事柄、仕事相手から、それぞれの国や地域のあの世の話を、よもやま話として聞いていたが、そのどれにも当てはまらない。強いて思い出すのは、大国のドラマであった。
男は廊下の先にあった、エレベーターにトメと一緒に乗り込む。エレベーターはトメに浮遊感も与えず、静かに上昇していく。
「一応、あの世ですね」
「一応?」
「あの世とかこの世とかは、人の概念ですから。……強いて言えば魂の中継地点、休憩所のようなものでしょうか」
男は小首をかしげ、トメの居る場所を説明する。
「なるほど。えっと、貴方は?」
「ああ、失礼いたしました。私、ナビゲーター部門のシリと申します。しばし、よろしくお願いします。日向トメさん」
「こちらこそ。あのう、こちらも、りんご仕様なんですの?」
「違います。あれは、Speech Interpretation and Recognition Interface(発話解析・認識インターフェース)の略ですから」
「あら、それは、失礼しました。でも、貴方、現し世のこと、よくご存知なのねぇ。すごいわぁ」
「どういたしまして。さっ、着きましたよ。まず、こちらの階にある、来世計画ブースでご自身の来世を選んでいただきます」
「自分で?」
「ええ、ご自身で。貴方も経営者でしたから分かるでしょ?皆が自分で決めて確実にやってくれる方が、楽に上に立ってられると」
創造主は、たかが創造物の一つにかまってるほど暇じゃありませんと、シリに言外に言い切られる。
「ええ、ええ。そうですわねぇ」
「いと高き方々も、そういうふうにシステムを組まれた後は、良きに計らえで、システム管理を任せて、新しい世界をお創りになられています」
「なるほど」
エレベーターを降り、しばらく廊下を歩いた先にあったドアをシリが開け、トメを中に入れる。
そこは、オペレーターブースのようにモニターとキーボードが置かれた机が並び、そこにポツポツ人が座って作業をしていた。
「えっと、この席でいいですかね。お座り下さい」
「はい」
「まず、モニターとキーボードを起動させます」
シリに言われるまま、PCに似た機械を操作していくトメ。
時代の流れに流されず、歳も言い訳にせず、新しいことも果敢に挑戦してきたトメは、タブレットはないのかしらと首を傾げながら、開いたファイルの書類の項目を埋めるべく、タイピングしていく。
「書類の記入は終わりましたね。では保存をして下さい。では、次に行きますね。このウィンドウを開いてください。トメさんのポイントは、このウィンドウの右角に表示してある白い数字ですね。これが現在の手持ちのポイントになります」
「このポイントって?」
「お金の代わりのようなものと考えて下さい。お手持ちのポイントを支払うことで、ご自身の来世に必要なものを揃えていくんですよ。ちなみに、ポイントはさらに先のために貯めることもできますよ。今までのトメさんの魂のポイント履歴は、こちらから確認できますよ」
「まあ、通帳みたいね。あら、前世以前はまとめてあるんですのね。わたし、これで七度目の転生なんですねぇ」
「ええ」
「このポイントって多いのかしら?少ないのかしら?標準?」
自分の現在のポイントと貯蓄ポイントを見て、また転生するなら、貯蓄も必要ねと首を傾げるトメ。
「相対性の問題では?」
「ああ、選ぶものによりますものねぇ。このポイントどうやって稼いだのかしら?」
「それは、機密情報ですので教えられません」
にっこりいい笑顔で言い切るシリに、トメはこの様子じゃ聞けそうもないわねと肩をすくめる。
「さ、この一覧を見てください。来世のために必要なものは、この一覧から確認できます」
「まあ、色々選ばないといけないのねぇ?あの、転生しないという選択は、ないのですか?」
画面に出たリストの長さに、目を瞬かせるトメ。
「ありますよ。魂の消滅。必要な要件は、こちらのポイント数と百回以上の転生になります」
「まぁ、見たこともない零の数ですわね。単位すら日本にはありませんことよ?ものすごい悪意を感じますけど?」
「魂を新しく作るのは、世界を創造するよりも、大変なエネルギーが必要になるそうですよ。そんな面倒を何度もしたくないゆえの、システム設定となっています」
「まぁ」
「まあ、魂の消滅のための、貯蓄ポイントということになります。百回生まれ変わっても、貯まりませんけどね。あはははは。選ぶのが面倒でしたら、こちらに、ランダムチョイスもありますよ?」
「運を天に任せるのは、人事を尽くしてからにしますわ」
トメは、しかめっ面になって、リストを上から確認し始める。
「ゲームみたいですわねぇ。ステータスにスキルですか。私の前の人生でも選んだのかしら?前に決めてできたんだし、今の私もちゃんと選べるはず」
「ええ。頑張って下さい」
「あら、親も選べるんですのねぇ。……人でなくてもいいのね。まあ!憎きあれにも生まれ変われるんですか?生まれ変わる人が居るのかしら。あの黒光りするあれに?」
地球の生物がすべて、一覧で出ているらしいことに、深々とため息をつくトメ。
「はい、手持ちのポイントの範囲で。身近な人を親に選ぶ方も多いですよ。身近な人ならポイントが少なくてすみます。まあ、虫に関しましては、転生に飽きて、手早く転生回数を稼ぐために選ぶ方も、稀にいらっしゃいますが、お勧めはしませんね」
「まあ、そうなんですのね。あれにだけは、頼まれても転生したいと思いませんねぇ。身近な方を親に選ぶならポイントが少なくて済むのですか。私、生涯独身でしたからねぇ。子を欲しがるのって、本能かと思ってましたけど、この記憶が残ってるからかしら?」
「さあ、どうでしょうねぇ」
どうしたものかしらと、首をかしげるトメを、微笑ましげに見るシリ。
「おい!なんで異世界に行けないんだよ!なんとかしろよ!」
「「取り押さえろ!」」
「えっ、何事?」
斜め前方の席に座っていた男が突如暴れだし、職員がその男を取り押さえるのを見て、思わずシリの方を見るトメ。
「たまに、ああして、自分の来世の選択肢に、納得のいかれない方が、暴れることもあるんですよ」
「まあ、職員さんは大変ねぇ」
「仕事ですから。さ、トメさん。時間はそれなりにありますので、じっくり、来世のご自分を選んで下さい。ただ、あんまり決まらなくて、時間がかかり過ぎるとランダムチョイスになりますので、ご注意くださいね。ああ、選択したものの仮保存は、ここで行って下さい。決定ボタンは最後の最後に!」
「はい、わかりました」
「あとはっと。ああそうだ、運には最低でも一〜百の間でポイントは振って下さい。零でも、百以上でも、次の世界に生まれる前に、こちらに戻ることになりますからね!では、何かございましたら、名を呼んでくだされば、すぐ参ります」
運の欄の【0〜】の表記を見たトメは、それなら【1〜100】の表記にすればいいのにと思う。
(ああ、あえての仕様ですか……。少し意地悪な仕様ですね)
「ああ、待って、シリさん。このあとの流れを先に教えてくださる?」
「ええ。来世を決めていただきますと、次に魂のクリーニングを行います」
「それって、初期化ということですの?」
「いえ、どちらかと言うと魂のメンテナンスとメモリの増設という感じですね。時に魂は傷を負います。そこを修繕して、さらに魂をコーティングすることで前世を封印し、次の人生を記録できるようにいたします」
「ほうほう」
「その後、ご自身が計画された来世をインストールいたしまして、親のもとに送り出して、こちらでの作業は終了いたします」
「なるほど」
「では、ごゆっくり」
シリは、席を立ち、次の死者を迎えに出た。
「はぁ、生まれる世界も、結構、選べるのねぇ。異世界ですか……、日本の少子化って、このせいじゃあないでしょうねぇ?私も、少しだけ他の世界を覗いてみたいんですもの」
少しだけ日本の心配をしたトメは、来世を選ぶべくリストの確認に戻った。ポイント計算をしながら、念入りに来世の自分を構築していく。
(……先程の人と違って、私は地球と違うところにも行けそうですね。いくつか選択肢がありますね。グレーのところは無理と。ここは……地球よりもうんと文明が発達した世界ですか。面白そうですが、今生は百年、ずっと全力疾走しているような人生でした。次は、もっとのんびり過ごしたいものです。ああ、地球換算で、この絶対王政末期から産業革命が始まりそうな世界。程よく進歩的で程よくのんびりしてそうです……)
「はぁ、こんなもんでしょうか。シリさーん!」
「はい、ただいま!」
やってきたシリに連れられて、トメは魂のクリーニング室へと連れて行かれ、存在を少し虹色がかった真っ白な魂へと変えられる。
ここでトメの意識はぷつりと切れ、魂の中で眠りについた。
・ ・ ・ ・ ・
「おーい!新人!このクリーニング済みの魂を、転生室に運んでくれ!」
「はい!」
「落とすなよ!定着したばかりで、表層がまだ安定してないからな!静かに、そーっと運べ!」
先輩に脅されて、区分けされた箱に収まる魂を、恐る恐る、別の階にある転生室に運ぶ新人。そこに、先程の来世計画に納得のいかず、逃げ出した死者が突っ込んだ。
「あ!」
「「「!」」」
倒れた新人の腕から魂の入った箱がすっぽぬけ、さらに箱からいくつか魂が転がり出る。大泣きする新人を慰めたり、暴れる死者をおとなしくさせたりと、場はかなり混乱する。
死者は取り押さえられ、クリーニング室の係員が呼ばれ、魂のチェックが始まる。ヒビの入った魂は、再度クリーニング室に戻され、問題のなかった魂が転生室に運ばれた。
「はい、これ。次の転生魂」
「お疲れ!たいへんだったって?」
「そうよ。いくつかひどいヒビが入っちゃったのもあって、修正に一苦労よ。魂もかわいそうに」
クリーニング係を慰め、転生係は運ばれてきた魂を掴んで、魔法陣の上に乗せる。
「いつ見てもきれいねぇ」
虹色に魂が光って、すっと消えていく。
「ああ。クリーニング業務もきれいじゃないか。色んな色に染まってたはずの魂が、真珠色の膜に覆われていくのも、すごくきれいだぞ」
「ええ、あれが好きでクリーニング係になったんだしって、ちょっとまってそれ!」
転生係が次に魔法陣に載せた魂が光るが、うっすら内側にヒビがはいっている。それに気づいたクリーニング係が叫ぶ。
「あ!」
転生係が止めるまもなく、魂は次に転生した。
「「大問題ですやん!」」
二人は慌てて、それぞれの上官へ報告に走ったのであった。報告された方は、慌てて魂の転生先の世界のシステム管理者に緊急連絡を入れた。
転生計画所日本支部は、本部上層から死者が少ないからってたるんでるんじゃねーよと、叱責されることとなったのである。もちろん、転生計画所日本支部も、死者が少ないがために、死者数が増えてる北米支部や欧州支部、アフリカ支部に人員回して、結果、人手不足になってることは訴えたが、なんとかしろと言われただけだった。
とりあえず書けてるところまで、放出します。一話一話が長めですが、どうぞお付き合いください。
書けてるところまでは予約投稿済みです。