第三話 滅亡国の王
あっという間だった。気がつけば私の買い手だった男性は肉塊と化し、さっきまで男性の近くにいた人骨は姿を消していた。
『どうした、貴様には我が宝物庫にはいる資格がある。入るがよい』
その声で私は我に返る。あまりにも経験したことがないことが起こったせいでしばらく呆然としていた。
それよりも、宝物庫の中に入れと言われてもそもそも私はこの先に用はない。だけど、帰ろうとしても帰るための扉が閉まってしまっている。
「……行くしかない」
少し不安だが、今私ができるのはこの先に進むことくらい。それより後のことはとりあえず置いておこう。
私は元人間の肉塊の傍を通り、開いた扉の先に向かった。扉の中に入ると、そこは軽く明かりがある一直線の廊下になっていた。その廊下を前へ前へと歩き廊下を抜けると、そこには薄暗いと言うのに僅かな光で眩く反射する程の金銀財宝があった。
そしてその先にある大きな玉座に誰かが座っていた。多分、あの部屋で聞こえてた声の主だ。
『よく来た、試練を乗り越えし者よ』
「……貴方様は、この国の王でしょうか?」
『いかにも。我こそこの国の王であるアウステラ・ウルレア・ゲルマクスだ。王への話し方がわかっているではないか』
アウステラ王は玉座の肘掛に片腕を乗せる。その風格は王そのものだ。
そして今気がついたことだが、若干アウステラ王の体が透けている。多分だが、あのアウステラ王は残留思念のようなものなのだろう。そもそも、滅亡した古代文明都市の王が生きているはずないのだから。
「一つ聞きたいことがあります」
『ほぉ、言ってみろ』
「何故、私はその試練を突破できたのでしょうか」
『…………』
「私はそれといって何もしておりません。ただこの試練の謎を解こうと思考を巡らせただけです」
『……ふ、ふはははははははははは!』
私が自分が今抱いている疑問を率直に言う。するとアウステラ王はまるで面白いものを見たかのように爆笑し始める。一体今の何が面白かったのだろうか。
『ふぅ、いやぁ久しぶりに笑った。後で王国の日記に王爆笑の日と記しておいてやろう』
「……それはありがとうございます」
『感謝はいらん。ニヤけてしまうであろう。それで、どうして試練を突破できたか、だったか?』
「はい」
『それは簡単だ。あの試練は何もしないことこそ突破する鍵だったのだからな』
「……?」
それはそれで意味がわからない。何もしないことこそが鍵なんて、そんな簡単な試練聞いたことがない。少なくとも、私が生きてきた中では。
『貴様、二枚の石版は見たか?』
「見ました。しかし、どれも文字が欠けており読むことは不可能でした」
『それはそのはずだ。なんせあの石版は元から文字を欠けさせて作った物なのだからな。ちなみに、文字が欠けてない石版はそこに飾っている』
アウステラ王は視線を右にやりながらそう言う。私もアウステラ王の視線の先を見ると、そこには同じような石板が壁に貼り付けられていた。それも、ちゃんと全部文字が埋められているし、まだ新品のような輝きがある。
石版の一枚目には『ゆうきなきものにせんしのしかくなし』と。二枚目が『まもるちからをゆうするものこそしんのゆうしゃ』と書かれていた。
『戦士の心とは即ち、立ち向かう勇気のことである。そして、真の勇者とは即ち、何かを守る力を有する者のことである。その二つが貴様から感じた。だが、もう一匹の雑種以下のゴミにはそれがなかった』
「私みたい奴隷に力なんてありません」
『勝手に言え。我がそう感じとっただけだからな』
なんというか、自己中心的な考えを持つ王様だ。だが、それがまたこの国の民達を救ってきたのかもしれない。当時の様子がどうかは私が知る由もないけど。
「……それはそうと、どうしてここに来るまでにあった石版はわざわざ文字を欠けさせて作ったのですか?」
私が気になるのはそれだ。そう作らせたということはそれなりに理由があるということ。その理由がどうしても気になってしまう。
『なに、追求心の調査というやつだ。追求心がない輩のほぼ全ての人間が強欲な雑種以下の存在だ。絶対にわからない中、めげずにその石版の欠けた場所に何が入るのかを人骨の恐怖に負けずに考える。我はそれこそ試練を受けるに相応しい人間だと思っている』
「そうですか……」
『それと同時に、追い詰められた時にどうするかの観察だ。そこでもし諦めるか或いは攻撃すれば、まあそこらの輩よりは少しはマシな程度の生き物だ。しかしまあ、そんな奴を我が宝物庫に入れるつもりはないがな』
どうやら、この王様は自分の宝物庫の財宝をどうしても守るつもりらしい。確かに、そんなただ人の物を金としか見ていない人に物を渡すなんて誰もが嫌がるだろう。それと同じだ。
それはそうと、ここで私は何をすればいいのだろうか。そもそも目的があったのはあの男性で私ではない。だからといって帰ろうにも帰り道はわからないし、もし帰ったとしてもあの男性がいなくなったことで私の居場所は今再びなくなった。これからどうするかなんて、奴隷の私には考えつかない。
『それでは試練を突破し我が宝物庫に入って来た褒美をくれてやろう。そこに積まれている我が財宝の中から一つだけくれてやる』
「…………」
アウステラ王はそう言うが、何度も言うように私にはここで何かをするという目的がない。それに、くれてやると言われても奴隷がこんな高価な物を貰うだなんてあってはならない。
『どうした、いらんのか?』
「……私はただ奴隷です。一国の王の財宝の一部であろうと貰うわけには行きません」
『くっくっくっ……あっははははははははは!』
私の言葉にアウステラ王は大爆笑する。正直なところ、私はこの王様の笑いのツボがイマイチわからない。今の発言もさっきの発言も面白いかと言われれば面白くない発言だ。というか、むしろつまらない。
そんな発言に笑うということは、私を馬鹿にしているのだろうか。それとも、本当にただ笑いのツボがおかしいだけなのか。
『いや実に愉快。つまり、貴様のその首輪は奴隷であるがための証ということか。正直なところ、我はその首輪を付けるべき生き物は貴様ではなくさっきの雑種以下のゴミの方だと思うがな』
「……あの国はそんな国なんです」
あの国で生まれた者には生まれた瞬間に身分が決まる。王族生まれなら最上級、貴族ならば上級、一般市民なら庶民、それ以下は最下級の身分である奴隷だ。奴隷はあの国の全国民のうちのほんの一割程度という少なさだが、その中で私のような生まれつき奴隷の生き物はほんの数十人。大体の奴隷は何かしらの罰で身分を降格させられた人達ばかりだ。
奴隷は人として見られない。ただのペット──そこらの子犬と同じような存在だ。国民に飼い慣らされ、不要になれば処分か売却される。そんなことを死ぬまで繰り返すのが奴隷だ。奴隷に救いなんてない。
もしかすると別国逃げればいいかと思った時もあるが、そんなことは叶わない。この国はとても大きく、もしも奴隷が逃げ出したとなれば至る所にいる国の兵士が見つけて抵抗すれば命を奪う。
もし仮に見つからずに逃げられたとしても、この国を囲う門が行く手を阻む。その門の高さは実に三十五メートル。到底登りきれない。門の出入口には兵士が身分チェックと荷物チェックを行うのでそこから出るのは不可能。
奴隷は逃げられない。一生涯を苦しみながら生かされ続ける。飼手の気分次第で生死が決まる。それが奴隷だ。
『……ふむ、ならば我が貴様の身分とやらを上げてやろう』
「……え?」
私は今この瞬間にアウステラ王が放った言葉に対して、驚きを隠せずにいた。
この展開で本当によかったのだろうかと考えてしまう