第二話 戦士の心と真の勇者
「へっ、今更こんな雑魚にやられてたまるかよ!」
男性はその人骨達に向けて持参していた長剣を構えて攻撃し始める。この人骨自体はそこまで強くなく、男性が剣を数回程度当てるだけで人骨は倒れた。男性の方は特に問題ないようだ。
しかしそれはあくまで男性側の話。私の場合は戦うための武器もない。男性のように対抗できる術を持ち合わせていない。そんな私に人骨達はゆっくりだがどんどん近づいてくる。
「くっそ、蘇りやがったこの人骨が!」
突然聞こえた男性の叫び声に反応して振り向く。そこには、先程確実に倒してバラバラになった人骨が再度人型になり立ち上がっていた。
「こいつらを一気に倒すくらいの技が必要なのか?」
そう男性は言っているが、私個人的には何か裏があると思う。そう思った理由は先程聞こえた『戦士の心』と『真の勇者』という二つの言葉がどうも気になるからだ。これら二つを証明するのが単純にこの人骨達を倒すことだとは到底思えない。
そんなことを考えているうちにもカタカタと足音を鳴らしながら人骨達が武器を手に私に向かってくる。早くこの謎を解かないと。
「……さっきの石版」
真っ先に思いついたのがここに来るまでに見つけた二枚の石板。さっき見つけた一枚は勇者のことが書かれていたはずだ。そうなると、もしかすると最初に見つけたあの石版には戦士の心について書かれていたのかもしれない。
しかし、もし仮にそうだとしても謎は解けない。勇者についてもどんな者のことを指しているのかがわからないし、戦士の心についてもまともに解読できずに内容がまるでわからなかった。
そしてこの謎について考えているうちに人骨達が私の目の前まで来てしまった。もし逃げたところでこの謎を解かない限りまた追いつかれて逃げるの繰り返しだ。
「………」
私は覚悟を決めた。元々あの男性がこの後私を生かとは限らない。今私がここにいるのは罠の突破に必要だったからでそれ以上の利用価値はない。もしも私が謎を解いてもそれを聞いた後に私を殺すだろう。
だったら、もうこの場でこの人骨に倒されよう。でも、決して背中を見せたりはしない。最後くらいは奴隷なりに堂々と腹を切り裂いて欲しい。もうこんなことに動じないくらいに恐怖に耐性はある。
だから私は、死ぬことに恐怖は感じていない。今この瞬間に、私という奴隷がいた事をこの遺跡に、この場所に記そう。
そう決めた瞬間、私の目の前には四体の人骨が同時に持っている剣やら斧やらを振り上げていた。心臓の鼓動は大きくなるが怖くはない。
──さあ、私を殺してみろ!
しかし、人骨達が武器を振り下ろす気配はない。むしろ動きが止まっているように見える。
「……一体何が」
『見せてもらったぞ、貴様の覚悟を』
私が動かなくなった人骨達を見て唖然としていると、最初に聞こえた低い男性の声が聞こえる。そしてその瞬間、人骨達がバラバラに崩れた。
「おい奴隷、どうやってこいつらを倒した!?」
「………」
「聞きやがれこのクソが!」
後ろから男性の声が聞こえるが、私はそれよりも今起こっていることに意識が向いていた。私は何もしていない。何もしていない事がその戦士の心と真の勇者の証明ならば余計に意味がわからない。
『貴様は我が宝物庫へ入る資格を得た』
声の主がそう言うと、先程まで閉まっていた宝物庫への扉がゆっくりと開き始めた。もう何がなんだかよくわからない。
「お、扉が開いた。奴隷のくせによくやった!」
先程までは私に向かって怒鳴っていたくせに、手のひら返しもいいところだ。
男性は開いた扉に向かって走ろうとするが、進もうとする道に人骨が立ち阻まる。人骨を避けてもそれを人骨が即座に追って通せんぼする。邪魔だと人骨を攻撃してバラバラにして先に進もうとするが、男性の少し前で人骨が蘇り行く手を阻む。
「ちっ、邪魔なんだよ骨ごときが!」
『貴様は資格を得ていない。資格なき者に用はない』
「じゃあなんだ、あの奴隷の方が俺より上だとでも言いたいのかぁ?」
『事実、そうなるな』
「舐めやがってこのクソ野郎が!」
男性はポケットから一つボタンが付いた道具を取り出しそのボタンをなんの躊躇もなく押す。その瞬間、私の体に激痛が走る。かなり高めの電圧に設定した電流が私の体に流れているのだろう。
「あぐっ、ああああぁ……!」
「奴隷のくせに俺より上だと? 生意気なヤツめ!」
「いづあ、ぁああ!」
痛みの原因である電流が流れる首輪を反射的に掴む。だけど、ただ掴むだけで痛みが和らぐわけが無い。この電流を操作しているのはあの男性が持つ道具。私の手ではどうにもすることができない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「へっ、いい声で泣くじゃねえか。奴隷のくせによォ!」
「あぁぁあああああああああ!!」
この電流は前にも何度か受けたことがある。最初の買い手の人は私が泣く声が好きという理由で。二人目の買い手の人は言葉では言い難い行為を拒否した罪として。
全身の筋肉が悲鳴を上げている。意識が飛びそうになっても更なる痛みがその意識を現実へと引き戻す。この痛みは、あの男性の気が済むまで終わらない。
電圧を上げればそのままショック死させることもできる。今の男性の気分から、間違いなく私はこの場で電流によるショックで死ぬ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「ごめんなさいだと? 許すわけねぇよなァ! このまま電圧上げて殺してや」
『くだらん』
そう一言聞こえた瞬間、私に流れていた電流が止まり痛みが引いていく。意識が朦朧としながら何が起こったのかを確認すると、そこには鉄製の針が電流を操作する道具ごと男性の手を貫いていた。
「……は?」
あまりにも一瞬の出来事で男性の方も何が起きたのかが理解できていなかった。まさか自分の手に針が貫通しているなんて信じてもいなかった。
『実にくだらん人間だ。その者を傷つけて何になる』
「いっ、いてぇ! なんで針が!?」
『やかましい犬だ。どうやら貴様は人間ではなくそれ以下の雑種……いや、雑種以下の吠えるだけしか能がないゴミだったようだな』
「なんで、なんでこんなに痛いんだ!?」
『生憎、我はこの試練を人間にのみ受けさせていてな。つまりだ』
男性が今の状況にパニックになる中、ジャキッと何かのセット音が聞こえた。音が聞こえた方向である天井を見てみると、そこには大量の鉄製の針が男性に向けて構えられていた。
『人間以下の貴様は試練を受ける資格すらない』
「あ……ぁ……」
『ここは我が王国の処刑場でもあってな。資格を持たぬ者など早々にこの場を死を持って退場してもらおうか』
「どうしてだ、どうして俺なんだ!?」
『愚かだな。生まれ持った己の強欲さを恨むがいい』
「待ってくれ、取引だ! 俺が生涯得たお宝を全てやる、それでどうだ!?」
『生涯得た宝、か』
「そうだ。売れば数千万以上の金額だ。だから」
男性が話し終える前に一本の針が男性の左肩を貫き、左腕そのものを吹き飛ばす。
『──それっぽっちの財など、我はとうの昔に得ている』
その言葉をトリガーに一気に針が射出され、一本一本が確実に男性を貫いて行く。そして針が全て射出し終える頃には、男性の姿はどう頑張っても復元不可能な程になっていた。顔は九割吹き飛んでおり、四肢もほとんどなく体には無数の穴。もはやただの肉塊だ。
『我が名はウルレアの王アウステラ・ウルレア・ゲルマクス。その雑種以下の脳に刻み込んでおくがいい。最も、そんな脳も既にないと思うがな』
そして男性であったそのぐちゃぐちゃの塊は床に倒れ、そこら一帯は血の海化した。
今日最後の投稿です。次回は明日に投稿です