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不思議な光景が繰り広げられていた。
金色の竜がなにか『声』を呟くたびに、何もない空中に文字が次々と浮かび上がってくる。
虹色に輝く文字たちが、眩い光を発しながら、純黒に艶めく石板に刻まれていく。それは明らかに、ここが僕の住む世界ではないことを物語っていた。
「・・・・・・魔法・・・」
あまりに幻想的な情景に恍惚とつぶやくと、背後でクスクスと笑う声が聞こえる。
先ほど森の奥に消えていった妖精たちだろうか・・・それともこの森に住まう精霊たち・・・もしかしたら、僕が知らない『この世界』の住人たちかもしれない・・・
様々な思考が取り留めなく揺蕩うが、僕はそこから視線を移すことができなかった。
「こんなものかのぅ・・・」
大仰に竜が頷き、2枚の石板を僕の目の前に差し出した。息をのみ、その文章を読み解いてゆく。
『雇用契約書』
『佐々木 大和---左記の者、以下の条件により雇用条件を締結する。』
・・・えぇ~・・・、雇用契約書かい!もう一つは就労規則かよ!!!
いや大事よ。大事ですけど!
あんな幻想的な光景を作り出し、こんな高価そうな石板使って作ったものが、この二つ。しかも内容が・・・。こんなもん、ペラ紙一枚で事足りるちゅーねん!
大事だよ?何度も言うけど大事ですよ。でも、なんか、何と云うか、その、何と申しますか・・・
感動返して!
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『労働契約の期間』『就業の場所と従事すべき義務』『始業と終業の時間』『所定時間を超える労働の有無』『休日・休暇について』『賃金の決定・計算・支払方法・締めと支払の期日』『退職について』
う~~む、『絶対的明示事項』については、ひと通り記載してありますねえ・・・
まあ、契約の期間は『本日より、期間の定めなし』だし、就業の場所は『この世界』だし、始業と終業の時間は『この世界に来たとき、この世界から帰ったとき』だし。そもそも賃金について『不自由なく生活できるだけの財』っていわれても、こっちの相場なんて分からないし・・・
緩い。ゆるすぎる!明確なのは『職務内容』だけ。それにしたって『この世界の各地で、ドラゴンへの尊敬度を上げましょう』的なモノだし・・・
『就業規則』も全体的にヌルっとしてて、「なにこれ、努力目標?」って感じです。
まあ、仕方ないのかもしれません。なんたって今回の僕の雇用契約は相当にイレギュラー。ひと月の間に10日間。しかも『寝ているうち』に働く訳だし。かかる経費も『会社』持ちだし、『出勤日』も僕の都合に合わせてくれる。
そもそも『異世界』で働くってだけで、まともなはずが無いでしょ?
そう自分に言い聞かせ、一応納得してみよう。う~む、弱いな。なんか弱いなあぁ。さすがにこれだけじゃあ自分を騙しきれな・・・いやいや、納得しきれない・・・・・・
・・・イー・・・いや『魔法』が使える・・・。そうだ!『ここ』は魔法が存在する世界じゃないか!少年時代に憧れた『剣と魔法』の世界!その世界を体験できるんだ!何を躊躇う理由があるのか・・・!!
『E』じゃない・・・そう『E』ではない!もっと純粋で清らかな、少年の日の消えざる憧憬!!!決して!『E』への憧れでは・・・!そう『平均でE』の誘惑に負けたわけでは・・・!!!欺瞞ではない!僕は、自分を、騙している、わけじゃ、ない、ぞおおぉぉぉぁぁあ!!!!!!
・・・落ち着こう。一旦、落ち着きましょう。まあ最後は『上記以外の労働条件については、労使相互の協議に上、その都度決定する。』に懸けましょうか・・・
ホントは一番アテにしちゃけない文面だけどね・・・
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「では、これでよいか。」
「そうですね、大筋はこれで。あと細かいところはその都度見直していくと云うことで。」
その後、賃金に関するところを少し見直して。さすがに『不自由なく生活できるだけの財』じゃアバウト過ぎますし。朝昼晩、ちょっと贅沢な食事ができる位にはいただかないと。
「これで契約成立じゃな。」
その竜の言葉に頷きかけると、一瞬立ち眩みのような感覚に襲われる。あ~コレ、ヤバいやつじゃないの?何となくそんな感じがします。
「どうした?」
「いや、今一瞬意識が・・・」
「あぁ、それは仕様ないのう。『聖約の石板』を使った契約じゃからの。お主の『魂』の一部を、この石板に取り込んだのじゃ。まあ、多少ふらつくのは仕方がなかろう。」
ヒヤリと冷たいものが背中を伝う。それって『従属』とか『隷属』とかの類じゃないの・・・?
うっそ~~~ん!マジで!?シリアスなの?コレ?ホラーな夢なのコレ!?今までのお気楽展開はなんっだったのか!?ヤベーやつなの?ヤバいやつなのコレ!!?
てゆーか、そんな『衝撃発言』サラッとゆーな!!!!!!
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「まったくお主は、肝心なところで抜けておるのう・・・しかもすぐに顔に出る。心配せんでも、お主が考えているような契約ではないわい。」
「・・・・・・えっと・・・」
「この石板を使った契約は、お互いの『魂』の欠片を封印して、それぞれの知識や経験を共有するための契約じゃ。つまり『この世界』にお主がいる間、お主の『見たもの』や『聞いたこと』をワシも疑似的に体験できるし、ワシの知識や力が必要なときは、お主に力を貸すことも出来るわけじゃ。お主が心配しているような、支配的な契約ではないわい。」
言ってよ~。さきに言ってよ~。チョー泣きそうなんですけど~。ドキドキが止まらないんですけど~~~。足に力が入らないよ?もうなんか、生まれたてのコザクラインコみたいになってますけどぉ!??
「いずれにせよ、これで『聖約』は成った。お主はワシの為に働き、ワシはその対価をお主に支払う。まあせいぜい、この『異なる世界』での出来事を、存分に堪能するがよい・・・」
不意に視界が靄が覆いはじめ『声』が遠のく・・・・・・
「そろそろ時間の様じゃ・・・次の・・まで・・ゆっくり・・・休む・・と・・よい・・・・・・」
いやいや、明日も明後日も、仕事なんですけど・・・・・・・・・