床が光れば転移の合図です
「え⁉ ちょっ、なにコレ⁉」
「なんで床が光ってんの⁉」
廊下で後輩とすれ違った、まさにその瞬間! 急に床が光りだしたかと思うと、ぱかん! と割れ、私たちは穴の中に吸いこまれるように落ちた。
そして尻餅をつき、痛いと言いながら辺りを見渡せば、どこのヨーロッパの宮殿ですか? そう言いたくなる広間に移動していた。
いつの間に会社の地下室は、宮殿仕様になったの? そんなお金があるなら、給料を上げてほしい。
なんて、とぼけたことを思っていると……。
「おお、聖女が二人も! こいつは運が良い! お前たち、どうかワシの国を助けてくれ!」
そう玉座らしき立派な椅子に座る王冠をかぶった、ふさふさとした白い顎鬚の男性に言われ……。あ、これ、異世界転移ってヤツだとすぐに理解した。
私たちが転移した異世界の国は隣国と戦争中で、日々増える軍人のケガ人に悩まされていた。そこで稀有な治癒魔法を使える聖女が欲しくて儀式を行ったところ、私たちが召喚されたそうだ。
戦争とは、そいつは大変ですなあ。
最初は戦線から遠く離れたこの地ではとても信じられる話ではなく、日本にいる時となんら変わらない気持ちだった。けれど毎日のように運び込まれるケガ人を見て、本当に戦争が起きているのだと実感する。戦争は遠い場所の話なのに、身近にある。急に怖くなった。
同時に大ケガをし、泣き呻く人たちを見ていると、早く魔法が使えるようになって、この人たちを助けたいと思った。
だけど習っても習っても、後輩のリサとは違い、私はいつまで経っても魔法が使えない。
「先輩って仕事はできても、魔法はからっきしダメなんですねぇ。そう言うの、無能って言うんですよぉ? 知ってますぅ? あ、それともヒロインの私に巻きこまれて、間違えてこの世界に来ちゃったのかな。ごめんね、先輩。巻きこんじゃって」
悔しいが本当のことだから、なにも言い返せない。
リサは底なしの魔力で、次々運びこまれるケガ人を治していく。
普通魔法を使うとゲームのように魔力は消費され、使い続ければいつかは尽きる。だが時間とともに魔力は自然回復されるが、リサの魔力は無限。一日に何度ケガ人を治しても、魔力が尽きることはない。まさに聖女だ。
おかげで彼女は王子や身分あるハイスペックなイケメン男子に囲まれ、ちやほやと逆ハーの楽しい日々を送っている。
それに比べて私は……。
魔法がいつまで経っても使えないので、日に日に増す冷たい目に、居心地の悪さを覚えていた。そして魔法の訓練時以外、他人と会話をすることもほとんどなくなり、ついには……。
「無関係の者を城で面倒を見る理由はない」
勝手に巻きこんでおきながら、城を追い出された。
一応聖女召喚に係わった人のお情けで、その人の実家の食堂で、住みこみとして働けることは決まった。ところが困ったことに、いざ働いてみると、言葉は分かるのに文字が分からないと気がついた。
メニュー表を見ても、ちんぷんかんぷん。言葉で品名を言われると分かるのに、メニュー表を指さされて頼まれると、もうお手上げ。
思えばこの世界に来てから習ったのは、魔法の呪文だけ。他のことはなにも習っていない。
お金の単価も日本と異なり、電卓もないこの世界では計算にも四苦八苦し、どうしてももたついてしまう。おかげで店の人に、読み書きも計算もできないバカ女と初日から認定された。
こうなると、ここでも厄介者扱い。ご飯は用意してもらえるけれど、毎食残飯。布団も布きれ一枚。しかも丈が短いので、毎日膝を曲げて眠るしかない。
ねえねえ、あなたたち。私を使える人間にしたいのなら、まずこの世界の常識や文字の読み書きを教えてくれない?
逆にあなたたちが日本に来て、すぐパソコンの前に座らせて、この書類作って。と言われたって、無理でしょう? 使い方が分からないんだから。つまりそういうことなのよ。なんでそれに気がついてくれないの?
結局一か月もせず食堂から追い出され、行き先のない私は夕暮れの中、とぼとぼ身一つで歩く。
「せめて働いた分の給料を寄越せ‼ お金がなければ、生きていけないじゃない‼」
人気のない丘の上、夕陽に向かって叫ぶと、また足元が光り始めた。
これって、もしかして……。ここに来た時と同じ、あの光じゃない⁉
「や、やった! これで帰れる‼」
喜び万歳して、ぱかん! と割れた地面に身を落とし、尻餅をついたそこは、またもヨーロッパな宮殿をイメージする広間だった。
……ここはどこの世界ですか? 元の世界ですか? 日本ですか? ひょっとして、映画のロケ現場ですか? それとも本物のヨーロッパの宮殿ですか? 元の世界だけど、まさか年代が違うとかですか? それとも……。
「聖女様! どうかこの国をお救い下さいませ!」
王冠をかぶった男性に言われる。
はい、これダメなヤツ。また追い出されるの決定。なに? 私って不幸体質だったっけ?
ここはリサと落ちた国から遠く離れた国だった。つまり国を移動しただけで、転移した先の異世界なことに変わりはない。本当、ガッカリだよ。
どうせ諦められ追い出されるなら、早い方がいい。私は聖女ではないことを説明する。そして元の世界に帰してくれるか、この世界の常識等を教えてもらえないかと駄目元で頼んでみる。
「生憎と召喚することは可能ですが、逆はまだ確立されておりません。ご不便なことが多いでしょうから、この世界についての知識をお教えしましょう。しかし召喚の儀式により現れた貴女は、間違いなく神が使わされた御方。特別な力を持つ聖女様で間違いありません」
前の国と違い、若い王様が丁寧に対応してくれる。申し訳なさそうに謝ってもくれるが、その目は本当に私が聖女だと疑っていない真っ直ぐなもの。それを見ていたら、つい目を逸らしてしまう。だって私はどんなに習っても、魔法が使えないもの。
傷は浅い方がいい。それなのに何度説明しても、リサのいる国は短気な者が多いと言うだけで、私の言葉を信じてくれない。あちらが短気なら、こちらは頑固だ。
仕方ないので魔法を習い、使えない姿を見せて諦めてもらうことにする。
この国の人たちは本当に魔法だけでなく、常識なども教えてくれる。おかげで文字の読み書きも、少しずつだけど出来るようになってきた。この点は日本に帰れない私にとって、本当にありがたい。これならまた追い出されても、なんとか生きていけるだろう。
さらに最初の国では呪文を唱える魔法しか教えてくれなかったのに、術式、召喚など、様々な魔法を教えてくれる。一口に魔法と言っても、まさかこんなに種類があったなんて知らなかった。だけどやっぱりどれも成功せず、魔法は発動しない。
もう嫌だ……。日本に帰りたい……。
この国は今、長く雨が降らず水不足に悩まされている。魔法で補うにも限界があり、それで聖女を召喚しようと決めたそうだ。水不足でも皆諦めることなく雨乞いをしたり、魔法で少量でも水を出したり、誰もが頑張っている。
そんな中で、私だけが頑張ることを放棄しかけている。
魔法を使えない私にも優しく接してくれ、衣食住まで確保してくれ……。だけどどんなにやる気があっても習っても、いつまで経っても魔法が使えない。
こんなに良い人たちの助けになれない自分が嫌で、悔しくて、申し訳なくて、惨めでたまらない。
城の塔から夕陽を眺め、じわりと涙を浮かべる。
帰りたい……。家に帰りたい……。帰れないのなら、せめてこの国の人たちの助けになりたい。
その時、一羽の鳥が視界を横切る。夕陽を背景にした真っ黒なその姿は、まるでカラスみたいだと思った。
つい童謡、『七つの子』を口ずさむ。
「かーらぁーすー。なぜ鳴くのぉー……」
カラスを思い出し、それが帰りたい気持ちと重なり、歌わずにはいられなかった。思えばこの世界に来てから歌うのは、これが初めてだ。
歌い始めると突然、周囲の鳥が鳴き出した。
あまりに多くの鳥が一斉に鳴くのでうるさく、思わず耳を塞ぐ。
「こ、これは⁉」
聖女の護衛と称して近くに控えている騎士さんも、驚いている。
その報告を受けた魔法使いさんが古い本を開き、なるほどと呟く。
「ひょっとしたらエミコさん、あなたが使用できるのは、音楽魔法かもしれません」
「音楽魔法?」
「ええ、使える者が極端に少なく、その可能性に気がつきませんでした。私の落ち度です、すみません。音楽魔法とは歌ったり楽器を鳴らしたり、音を奏でることで、その音楽のテーマに合った魔法が発動するのです」
そこで試しにと、私は雨不足で悩む国を助けたく、あの歌を歌う。そう、『あめふり』だ。
「あっめあめふっれふれ、かぁさーんがー……」
一番を歌っていると、ポツ……。ポツ……。水の玉が落ちてきて、やがては、ざあっ。と音を鳴らし、雨が降り出した。
「おお! 雨だ! 天の恵みだ‼」
「聖女様の奇跡だ‼」
久々の雨に誰もが喜んでくれ、私も喜んだ。
自分が本当に聖女だったからではなく、魔法が使えたからでもなく。これまで私を信じ見捨ててくれなかった人たちに、やっと恩返しができたことが嬉しかったから。
これを機に私は、この世界の歌を習い始めた。
同時にいろいろ試し、音楽魔法が使えるのは日に三曲までと分かった。だけど一曲だけで広範囲まで魔法の効果は反映される。私自身の体調も影響するらしく、調子がいい時は国の隅々まで魔法が伝わる。そして体調が優れない時は、範囲が狭まる。
治療も可能で、ケガだけでなく病気を治すこともできた。
やがて世界中に私の存在が噂となって広がると、私を追い出した国が、今度は私を返せと騒ぎ出した。最初に召喚したのは自分たちで、聖女の所有権はこちらにあると言っているが……。
自分たちで追い出しておきながら、なんて自分勝手なのかと呆れ、それを理由に拒む。しかし向こうは引いてくれない。短気なだけでなく、頑固でもある。いや、ただの自分勝手なワガママか?
結局私が第三国へ行き、二つの国が同時に召喚し、落ちた国のもとへ神が使わせたこととすべしと、私の意思に関係なく決まった。
お願いします! どうか今住んでいる国に召喚されますように! 最初の私を追い出した国は嫌です! 神様、故郷から異世界へ呼びよせられ、二度と故郷へ帰れない私の願いを、どうか叶えて下さい!
目を閉じ手を組みながら強く願った結果、私は水不足に悩んでいた国へと召喚された。
「や、やったぁ‼」
私は召喚先の城の皆と抱き合って喜んだ。
ケガは治せても病気を治せないリサは、よく連絡を入れてきては愚痴る。
「ちょっと聞いて下さいよ、先輩。ケガ人だけしか治せないなんて、無能だな。なんて王子たちが言うんですよ? 最初はあんなに喜んでいたくせに。大体私が治さなければ、誰が治すんだって話ですよ。自分たちでは出来ないくせに、少しは感謝の心を持ってほしいですよね。魔力だって、自分たちはすぐ尽きるくせに。本当この国の人たちって、自分勝手だと思いません? 人を勝手に召喚しておきながら、文句ばかりで……」
この国の楽曲の楽譜を眺めながら、返事をする。リサが話すのはいつも同じような内容なので、実はほとんど聞いていないけれど。
「あー、それはかわいそうだねー。大変だー」
「でしょう⁉ だから私も先輩と同じ国に行きたいなー。なんて」
「あ、ごめん。難しい譜面で集中したいから、また今度ね」
返事を聞くことなく、通信を切る。
あれ? 最後、なんて言っていたっけ? 愚痴とは違っていたような……。
「……まあ、いいか。どうせまたすぐ連絡を寄越すだろうし。しかしあの国の人たち、本当、性格よろしくないなー」
好かない相手だけど、唯一の召喚仲間。
お互いに頑張ろうじゃない、リサ。私たちが呼ばれたことにはきっと意味がある。そう、世界を……。私たちを召喚した国の助けになるという意味が!
病気よりケガ人が多いから、あっちの国はリサが必要だった。
こっちの国は水不足により、様々な被害が生じていたから私が必要だった。
つまりは適材適所。この世界の神様も、自分の世界の民を助けるため、いろいろ考え努力されているのだろう。
そして今日も私は歌う。
平和と幸せを願いながら。
お読み下さり、ありがとうございます。