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乙女の涙に心惹かれて④

 


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 瘴魔(カァス)


 それは人の姿をしている時もあれば、魔物の姿をしている時もあるし、時には姿形すら持たない場合もある。


 特定の生物・種族に該当せず、共通するのは肉眼で目視できるほどの『呪いの瘴気』に覆われているって事だけ。


 例えば。


 数百年前、この大陸の南部の王国に現れた瘴魔(カァス)は、その国の王族の息子と同じ姿をしていた。


 それは三日三晩王国に存在し続け、特に移動したり何かしらの行動を起こした訳でもないのに、犠牲者の数は数十万人を超え、王国は瞬く間に滅びた。


 例えば。


 数年前、大陸東部沿岸の浅瀬に現れた瘴魔(カァス)は、鯨型の魔物の姿でただひたすら沿岸部をぐるぐると回遊した。


 それだけで、その海は現在に至るまで生ける者の存在を許さぬ死の海と化し、海水は腐り、甚大なる被害をもたらした。


 例えば。


 数ヶ月前、大陸北西の雪山に現れた瘴魔(カァス)は、巨大な樹木の姿をしてそこに根を張った。

 数日後、その山は音を立てて崩れ去り、後に残ったのは夥しい数の生物と植物の死骸と、半永久的に毒を放ち続ける土山だけだった。


 瘴魔(カァス)に出会ってしまったら、死に物狂いで遠くに逃げる事がこの世界での常識だ。


 出現する兆候も、理由も何もわかっていない。


 分かる事と言えば、瘴魔(カァス)に近ければ近いほど、命は容易く奪われてしまうと言うことだけ。


 剣を持って対峙してはいけない。特に男は。


 その身にまとわりつく瘴気が大きければ大きいほど、瘴魔(カァス)が周囲に与える影響もまた大きくなる。


 その『呪いの瘴気』に当てられたら、たちどころに意識を失い、為すすべなくその身は灰と化してしまうから。


 もし上手く殺せたとしても、瘴気は『殺した相手に乗り移る』から、立ち向かうだけ無駄なのだ。


 まさに天災と呼べるほど、普通の人間には対処不可能。


 死を覚悟して剣を振るっても、今度は自分が人類の敵となってしまうのなら死ぬ意味なんて皆無だ。


 だからこそ、乙女騎士(ヴァルゴライト)は人々に崇められている。


 不滅にして不死の瘴魔(カァス)を討滅できるのは、清らかなる奇跡と御技をその身に宿した乙女達のみ。


 古よりその身を賭して、乙女騎士(ヴァルゴライト)は無辜の民を守り抜いてきた。


 もともと瘴魔(カァス)の纏う瘴気は、女性に対しては効果が薄いと言う特徴がある。


 男性なら致死量となる『呪いの瘴気』は、女性の身なればいくらか対抗できてしまう。


 更に乙女座院(ヴァルゴラ)秘匿の奇跡と御技は、そんな女性達の身体を清め強化し、只人には不可能である瘴魔(カァス)の討滅を可能とするのだ。


 しかしそこに至るには、女性達の中でも才能に恵まれ、更にその身に『精霊』を宿せた選ばれし者だけ。


 つまるところ、乙女騎士(ヴァルゴライト)という存在は、数多くの人類の中––––––その中でも女性という限られた性の中から更に選ばれた、数少ない人類種の希望なのだ。


 だけど待ってほしい。


 いくら彼女らが雄々しく強く、そして可憐で清らかで、人々を守り導く存在であろうと––––––。


 ––––––彼女らは誰にも、守られないで良い訳はないだろう?



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 歓声と怒声、悲鳴にも似た声がアラクシャーシ中に響き渡る。


 その中心に居るのは、たった三名の年端もいかない女の子だ。


 綺麗に磨かれた小さな小さな騎士鎧を纏い、それぞれに割り振られた『色』の上質なマントを翻して、今年この黒曜の地に派遣された新人の乙女騎士(ヴァルゴライト)達は高く造られたステージの上で民に手を振っている。


「みっ、見えねえ」


 しまった。場所取りを間違えた。

 前にいる冒険者風の装備を身につけたオッさんのせいで、こっちからステージを見る事も、乙女騎士に見られる事も出来ない。


 ちくしょう、最初は大人しそうな男一人しか居ない良い位置だと思ったのに、まさか連れが十名も居るとは!


「えっと、ああくそっ。ここからだと端っこの乙女しか見えねぇじゃんか」


 頑張って飛び跳ねたり、身体をズラしたりしてみたものの、どうしてもステージ中央が見えなかった。


「あそこの空いてる席とか、座らせてくんねぇかなぁ」


 人の隙間からかろうじて見える、沢山の椅子が並んでいるスペースを物欲しそうに見つめる。


 あのステージ最前列はアラクシャーシの乙女座院(ヴァルゴラ)支部のお偉方と、この地の領主と貴族達が座る貴賓席。

 そのすぐ後ろは、すでに内定が決まっている従騎士(スクワイア)––––––貴族の子弟達が偉そうに踏ん反り返っている。


 一般席である広場の周囲の座敷に居る奴らは、驚くことに一月前からその場所を抑えていた剛の者(オタク)達で、立ち見席はそこから炙れた敗者(オタク)共だ。


 アラクシャーシの街自慢の大広場は、ギチギチに詰めれば五千人程度入れるはずだが、今この場にいる民の数はそんな生易しい数ではない。


 建物の二階・三槐はへりから手摺までに無理やり観客が占領し、屋上に至っては許容人数をはるかに超えた人々が押し合いへしあいで阿鼻叫喚。


 今にも押されて落ちそうなほど、絶妙なバランスで人が溢れている。


 この日の為に補強されたり、増設されたりしている建物があんまり良い音をせずにギシギシと唸り、下手したら崩れてしまいそうだ。


 毎年何人か怪我人が出てしまうのは、そういった無茶をやらかす奴らが後を絶たないからだ。


 そこまでする程、民は新人の乙女騎士達の姿を見たいのだ。


 特に国や街に祭りと認定されてもいないこの『処女(おとめ)の顔合わせ』と言う催しが終わると、新人の乙女騎士達は皆多忙になってしまい、その姿をまじまじと見れる機会など滅多になくなる。


 各々が割り当てられた地域を巡回しながら、いつ現れるかも知れない瘴魔(カァス)を警戒し、支部のあるこのアラクシャーシに戻れるのは月に一回あるかないか。


 他にも講演会や騎士団達との剣術指導や共同訓練、支援者(パトロン)である貴族や商会なんかが催す晩餐会に出席したりと、民の前に現れることなどほとんど無くなるからな。


 この『顔合わせ』の第一の目的は、派遣された土地の民にその顔を広く周知させようと言うものだが、他にも支援者パトロンを募ったりシンパを増やすのが目的だったりする。


 乙女座院(ヴァルゴラ)の運営資金はその半分以上を寄付で賄っており、乙女騎士に年一で支払われる給金だけで組織としてやっていけないほど困窮してしまう。


 有名だったり人気のある乙女騎士(ヴァルゴライト)には個人的な出資者(パトロン)が複数存在し、その出資者達が彼女達の活動を支えていると言っても過言ではないのだ。


 更に村々から待遇を優遇されたり、破格の協力してくれたりと、乙女騎士の知名度や人気はとても重要な物だ。


 見目麗しく、可憐にして清廉。

 更には人類の救世主にして、その地の顔。


 まさに乙女騎士(ヴァルゴライト)とは、民にとっての偶像(アイドル)なのである。


「しゃあねぇ。闘技場の方に移動すっかなぁ」


 ワサワサとごった返す人並みを上手く掻い潜り、オレは広場を後にする。


 最初からここは期待してなかったんだ。


 そもそも、『呪い』持ちで平民のオレが第一席の従騎士(エスクワイア )になれるわけがない。


 今の乙女騎士達は、複数人の従騎士や同性の従者を従えるもんだ。


 与えられた広い担当地区を巡回するには、時に数週間から数ヶ月ほどの時間を要する。


 だから乙女騎士達は集団を作り、旅程の負担を軽減させているのだ。


 オレが狙ってるのは、末席。


 数人居る従騎士の中でもかなり発言力を持たない方の、要するに下っ端。


 そりゃ欲を言えば第一席の従騎士になって、乙女騎士の信頼と信用を一手に集めて良い顔してみたいもんだが、ただでさえ平民だって事で敬遠されがちなのに、更に『呪い』持ちなオレが望むべくもない。


 良いんだ。


 オレはどんな小さな事でも、乙女騎士の役に立てる従騎士になりたい。


 さて、そのためには、だ。

 午後から行われる剣技演舞で近年稀に見る大活躍をしなけりゃな。


 ただの慣習だし、民にとっては単なる賭けの対象にしかなってない剣技演舞だが、乙女騎士に近寄る事すら難しいオレには千載一遇の機会なのだ。


 このアラクシャーシでの剣技演舞で、平民から従騎士になれた者は一人もいない。


 いないが、それはこの街だけでの話だ。


 数年前、隣国のとある大都市で行われた剣技演舞では、なんと三名もの平民上がりの従騎士が生まれたらしい!


 その話はオレにとって大きな希望を与えてくれた。


 可能性は薄い。


 だけどゼロではない!


 ならばオレはそこに全力を注ごう。

 同期で従騎士(エスクワイア )認定を受けた奴は––––––全員すでに乙女騎士に仕えている。


 たまに顔を合わせる野郎もいるが、どいつもこいつも充足感に溢れた面をしてやがる。


 あまり他人と自分を比べたりしない俺だが、正直言えばとても妬ましい。


「よぅし、いっちょ派手に暴れてやりますかね!」


 独り言で自分を鼓舞させながら、オレは歩き慣れた闘技場への道を行く。


 腰に携えるのは使い慣れた長剣と、従騎士として与えられた––––––『異能』のナイフ。


 オレの劣等感を加速させたこのナイフも、いつかは誇れる日が来るのだろうか。


 この道は果たして、輝かしい未来へと繋がっているのか。








 その時のオレには、まだ分かっていなかった。


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