約束を君と
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「なぁ、少年よ。キミはどうしても従騎士になりたいのかい?」
「––––––うん。オレはもう決めたんだ」
「キミほどの男なら、その顔の左側が呪われていようが、いづれひとかどの男になれるはずだ。貴族の出身でも無いキミが従騎士になったところで、出世の道はどこにも無いんだぞ?」
「例えそうでも、騎士マリア。オレはマリアのような強く優しい乙女騎士の役に立ちたいんだ」
「––––––そうか、キミがそう決めたのなら、もう何も言わないでおくよ。キミも知っての通り、私は今回の旅を終えたら、現役から退かされてしまう」
「––––––うん」
「そう悲しそうな顔をしないでおくれ。せっかくの凛々しいキミの顔に似合わない。大丈夫だ。私にはまだ、やれる事がある」
「––––––うん」
「教官になるんだ。この街の乙女座院に配属されるかはわからないけれど、私は後輩達を教え育てる立場になる」
「––––––うん」
「乙女騎士はとても辛い仕事だ。明日の命––––––それはおろか、今日の夜の命すら保証されない。私は今まで、元気に旅立ったまま二度と戻って来なかった友をたくさん見てきた」
「––––––うん」
「だから、今日まで生き延びる事が出来た私には––––––この持てる技術と経験を後に伝え続ける義務があるんだよ。それはもしかしたら、現場で瘴魔を相手に命を賭けるより大切な仕事なのかも知れない」
「––––––うん」
「だから私は、悔いてないよ。むしろ私の役目はここからだと張り切っているくらいだ」
「––––––うん」
「だからもう––––––泣かないでおくれ」
「––––––うっ、うんっ」
「キミはとても強い子だ。身体はまだまだ小さいけれど、精神がとても、とても強い。あんなに辛い目にあって、挙句の果てにはこの街に追いやられたというのに、キミの目はまだ––––––未来を見ている」
「––––––ひっ、えぐっ、うっ、うんっ!」
「右の綺麗な目も、左の呪われた目も変わらない。キミはたくさん汚い物を見て––––––たくさんの人に裏切られたのに、とても清く正しく、そしてまっすぐだ」
「––––––ふぇっ、ふぅっ、ずびっ!」
「私はこの五年、キミに剣を教えていたつもりなのに、逆ににとても多くの物を教えられた気がするよ」
「––––––きっ、騎士マリアっ! せっ、先生っ!」
「大きくなれよ少年。これから先のキミの人生、道のりはとても険しいモノかも知れないけれど、今抱いたその気持ちだけは絶対に忘れないでおくれ?」
「––––––うぐぅっ、うぇっ!」
「なぁに、今生の別れでもあるまいに。キミが乙女騎士の従騎士になるというのなら、私達はまたいつか出逢うはずさ。ほら、おいで」
「––––––ふぅっ、んぅううっ!」
「はははっ、そう胸当てに顔を擦り付けるなよ。傷になるぞ?」
「––––––やっ、約束するっ! おっ、オレはっ! 絶対に従騎士になるっ! 最高のとはいかないかも知れないけれどっ、オレを選んでくれる乙女騎士の為にっ、絶対に最優の従騎士になって見せるからっ!」
「ああ」
「だっ、だからっ! 先生もっ! 約束してくれっ!」
「ああ」
「ぜっ、絶対に––––––生きて戻るって!!」
「分かってるさ。私の可愛い可愛い弟子を泣かしたままにしたくないしな」
「ひっ、えぐっ、うぇええええっ!」
「おいおい、本当に。いつからキミは赤ん坊になったんだい?」
「––––––うっ、うるざいっ! オレは泣いてなんかっ、ないっ!」
「あぁあぁ、そうとも。キミは泣いてなんかないとも。うふふっ」
歴代最高にして最強と謳われた乙女騎士。
マリア=トワイストラ。
これが、あの日交わしたオレと先生の最後の言葉。
約束だった。
––––––結局、先生は約束を守ってくれなかった。