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狂った弟と姉の話  作者: 長菊月
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第1部 「姉」


 切り札と紹介された娘を見て、砦の隊長であるアレクセイを始め、集められた兵士達は皆呆気に取られた。

 同盟国の国境近くの暇……もとい、平和な砦に突如として下された命令は、自国で戦神と祭り上げられ、敵国からは鬼神の化身だと言われた男の抹殺だった。

 無茶な話だと、砦にいた兵士全員が思った。

 戦場で無数の屍を積み上げ、神とまで言われた男に対し、こっちは何年も戦場から離れて暮らしてきた隊長の他に、田舎の農村から稼ぎに来た素人同然の兵士しかいない。いくら狂っているとはいえ、この付近で目撃されたというだけで、どうやって神殺し行えと言うんだと、部下達はもちろんのことアレクセイも嘆いた。

 それで、切り札として紹介されたのが、男の姉だった。

 同じ血が流れているのだから、同等は無理でも、何等かの足枷になればいいと考えたのかとアレクセイは思ったが、上の意見はまるで違った。

 男を殺すのは男の姉で、アレクセイ達は彼女の援護に回るようにと説明されたのだ。

 説明された時は、姉もそれほど迄に強いのかと内心は納得していたのだが、やって来た姉を見て、アレクセイ達は驚いた。

 戦神を殺す娘だ、どんな化け物が出て来るのかと思いきや、現れたのはごく普通の娘だった。

 年頃の娘だというのに、化粧はしてない、長い茶髪も弄ってない、洋服も汚らしく、エプロンをつけたまま。見た限りでは、砦の給仕と変わらない。

 特殊な力でもあるのかと、娘を連れてきた伝令に尋ねたら、「知らない」という、曖昧な答えだけが返ってきた。

「そんな、何とも知れない小娘を切り札などと呼んでどうするんだよ」

 アレクセイの言い分はもっともだったと思う。

 伝令は困り顔で彼を見たが、アレクセイの背後には困惑する仲間達が控えている。それに、アレクセイ自身も納得がいかなかったので、何も知らされていない伝令に、同情はしても引くわけにはいかなかった。

 こんな娘に任せては、部隊は全滅してしまう。

 誰もが戦神の姉に納得がいかず、不安を抱いている中で、一人だけ不安どころか皆の不安に、不満げな顔をする者がいた。

 それはもちろん、不安の根源である娘だった。

 どうしたものかと、アレクセイは頭を掻きながら娘に言った。

「そんな不満そうな顔されても困るんだよ。

 俺達の命をあんたみたいな小娘に預けるわけにもいかねぇし、上が何考えているのかは知らねぇが、無視するわけにもいかねぇんだよ」

 これからどうするか、隊長であるアレクセイは考えなければならない。下手な判断をすれば自分だけではなく、仲間の命を危うくする。

 アレクセイからすれば、不足を漏らすのは当然のことなのだが、娘の理解が得られなかったのは一目瞭然だった。

 彼女は急に、アレクセイに殴らんばかりの勢いで近づいてきたかと思うと、自分よりも遥かに高い男の胸倉を掴んで怒鳴りつけた。

「どうするもこうするもないでしょ! あんたたちが不甲斐ないから私が来たんでしょうが!」

 娘の勢いは凄まじかった。

 たった一度怒鳴られただけで、この場にいた男共は、アレクセイも含めて、皆、彼女に一瞬で気圧されてしまった。

 見た目はどこにでもいる田舎娘だが、迫力は人一倍だとアレクセイも認めざるを選なかった。

「私があの子を止める。いいえ、殺してやるわ。だから、あんた達は黙って私に従いなさい!」

 更に、胸を張って高々に宣言した娘に、その場は静まり返った。

 確かに彼女なら、この勢いで弟も殺してしまいそうだが、姉に弟を殺すと堂々と宣言されたことに、皆、唖然としてしまったのだ。

 普通ならば、王の命令とはいえ、嫌がるものではないだろうか。悩み苦しむのが当然だと思うのだが、彼女の場合は違うようだ。

 「何を考えているんだ」と呟いた勇気ある誰かに、彼女は目を瞬かせて言ったのだ。

「何? 何って、決まってるじゃない。狂った弟を止める為に、姉が弟を殺すのよ」

 その姿に、後ろめたさは微塵も感じられなかった。殺すことの方が当然とばかりに、彼女は潔かった。いや、潔すぎた。

 姉の方が狂っている。誰もがそう思ったが、口出すことは出来なかった。何故ならば、余計なことを言って殺されるのは、自分かもしれないからだ。

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