発行編
「さて、まずは謎の真相について答え合わせしましょうか。大丈夫、新聞に載せるつもりはないわ。」
僕は息を吐く。恐れていたことは起こりそうになくて安心した。
部長は机の上に乱雑に置かれていた書類を整理して、正方形のスペースを作り出した。
「ここを事件が起きた教室とします。そしてBさんの机があるのはここ」
そういって正方形の中心から少しずれたところに机に見立ててUSBを配置した。
「さて、ここで問題です。教室の中心からBさんの机をわざとずらしたわけだけど、教室の中心には何があったでしょう?」
「…ストーブです。」
「正解。なんだ、やっぱりわかってるんじゃない。」
鎌をかけていたのだろうか、部長はそんなことを言う。反論しようとする僕を見ることもなく、部長はお構いなしに正方形の中心に消しゴムを置く。
「これで大体重要なものは配置し終えたわね。」
「入口の扉が開いていて電気がついていたのは、3年生の教室だから。早めに登校してきて勉強をする生徒のために先生があらかじめ開けていたのですよね?」
「ええそうよ。何かのトリックに使おうとしたわけではないわ。そもそも今回の謎には犯罪なんて関係しないのだから。」
そう、この謎には殺人なんてものは関係ない。
だからAさんが呼びに行っている間にBさんは教室を掃除してまたトイレかどこかに隠れた。
それだけなのだ。
「事実という意味ではそれだけね。でもここで問題になるのはそこじゃないわ。ここで大事なのは2点よ」
部長はピースサインをして、すぐに一本指を折る。
「一つ目は『あの液体は何だったのか』ということ。学校の教室に血がたまっているということは普通ならありえない。では逆に、何なら教室の床にたまっていることがあり得るのか?という疑問が重要なの」
「初めは僕もそこで考えが止まりました。普通はないんですよ、トマトジュースなんかも考えたんですが、それだと隠す意味がない」
「そうよ。『なぜ床にたまっていた液体を隠したのか』…ミステリーにおいてはホワイダニットと呼ばれる部分がもう一つの謎なのよ」
そういってもう一つの指を折る。
「でもあなたはきづいたのよね。この二つの謎をつなぐカギに……」
「ええ、部長が熱いお茶を飲んでいるのを見て気づきました。後は雪、ですかね」
そこまで言って僕はちらりと部室の壁を見る。それに合わせて部長も目を追う。
そこには今年のカレンダーが飾ってあった。日めくりのカレンダーで、今日の日付は「2月26日」だ。
「先日というからには今年の話。そして先日というからには今月中の出来事。そこまで考えてやっと気づきました。バレンタインデーの存在に」
床にたまっていた液体は溶けたチョコレート。恐らく何日も前から準備して、忘れないように前日に机の横の袋の中に入れていたのだろう。
「いつもより早く登校してきたBさんは驚いたことでしょうね。まさか先生が早く来る生徒のために教室を温めておこうとストーブをつけているなんて初めて知ったんだろうし。」
部長が僕の推理を引き継ぐ。
「大層慌てたでしょうね。それまで準備していたものがすべて無駄になったんですもの…」
部長はにやにやと笑う。真相を話すときの彼女はどうも嗜虐的に見える。
「溶けたチョコが床に垂れるほどの大きさです。きっと本命だったんでしょう。」
「でも、溶けたチョコなんて渡せるわけないもの。Bさんは悲しかったんでしょうねぇフフフ」
そしてBさんはなかったことにしようとした。すべての証拠を消し、何もかもを、好きな人への思いまでも闇に葬り去ろうとした。
「ここまでが謎の真相ね。まさに悲しき愛の物語…いや、愛の物語のなりそこない、ね。」
部長は笑顔のまま席に戻り、くるりと一回転した後僕の方を見て笑う。
「君はこの哀れなBさんに救いの手を差し伸べようとしたんでしょ?」
やはり見抜かれていたか。観念して僕も部長に笑い返す。
「さっきみたいな荒唐無稽な話なら話のネタになると思ったんですよ。だってさみしいじゃないですか。思いも告げられずに離れ離れになるなんて」
Bさんは三年。卒業まで後2か月もない。バレンタインで得られなかった告白の機会は少しでもあったほうが良いだろう。
部長はおおきくため息をはく。
「それは余計なお世話っていうのよ。そもそも年上の恋愛なんて気にする前に、まずは自分の恋人を探しなさい。自分の足で稼ぐのは新聞記者の基本よ!」
そこまで言って部長はパソコンに向かってキーボードを打ち始める。
どうやら記事の最終校正に入ったようだ。
集中している部長にはどんな言葉も届かないと知っている僕は、それでも小さな声でつぶやく。
「だからあなたに会うために毎日ここへ足を運んでるんじゃないですか…」
そうして、僕はまた読みかけの本に目を戻した。
目の端でとらえた部長の耳が少し赤くなっているような気がした。
その後、無事新聞は発行され、校内に配布された。
僕の要望通り真相は一切語られておらず、代わりに僕の「双子殺人事件」がさらに盛られた状態で掲載されていた。
何故か僕が話していないトリックも含まれていたが、そこは気にしないとしよう。
部長から聞いたことだが、3年生同士でカップルが誕生したらしい。
それがBさんなのかは僕にはわからない。
部長がやたらとにやにやしてることが無関係でないのなら、
…これ以上、首を突っ込むのはそれこそ野暮というものだろう。
以上で完結となります。
初めてのミステリー(?)作品となります。
お読みいただきありがとうございました!