回答編
思考の海から顔を上げると、目の前に部長の顔があった。
吃驚して大きく背をのけぞらせる。そんな僕の様子を見て、部長は微笑む。
「君にしては時間がかかったね。解けたかな?」
「えぇ、解けましたよこの謎。」
「そう、じゃあ今から書いちゃうから君の回答を教えてくれる?」
僕の言葉を聞いて、部長は自分の席に戻り、書類に埋もれていた少々古い型のパソコンを立ち上げた。
新聞部の新聞は数年前まではアナログな手書き方式だったのだが、部長の代からコンピューター室の破棄する予定だったパソコンのソフトで作成している。
古い型特有のファンの音を聞きながら、僕は部長にあるお願いをすることにした。
「部長、今回の謎の僕の回答が部長の満足のいくものでしたら、新聞に真相は載せないでいただけませんでしょうか?」
「なんで?君は真相にたどり着いたと思ってないの?」
部長が怒りのこもった声を上げながら首を傾げる。
「うっ…いえ、万が一僕の回答が間違えた時、全校に自分の推理が実は違うってことを知られたくないというか…」
「ふぅん…まあ考えておいてあげるわ」
部長は少し考えるようなそぶりを見せた後、パソコンに向かってソフトを起動する。
そして僕の方をじっと見た。
「それじゃあ、教えてくれるかな。君の回答を―――」
この瞬間はいつも緊張する。すべてを見通すような瞳でまっすぐこちらを見ている部長。
指はキーボードには置かれており、今にも書き出し始めそうだ。
これらが僕の発言を一言一句逃すつもりはないことを物語っている。
謝罪会見などの主役もこんな気持ちなのだろうか。
僕は一呼吸おいて回答を話し始めた。
「今回の謎の真相は、教室内で起きた計画的な殺人・死体遺棄事件です」
まず事件が起きた教室をAとする。
犯人はここでとある人物を殺害した。殺害方法は恐らく撲殺。凶器は…後ほど説明するとしよう。
殺害時に凶器と周囲に血がついてしまったのだが、これが犯人の予想以上に散ってしまった。犯人は証拠を隠滅するために教室の掃除を開始した。
「死体はどうしたの?いつまでも教室に置いておくわけにはいかないでしょ」
「この時点では恐らく掃除用具箱の中に移動していたのでしょう。Aさんは『いつもより早く学校に来た』んですよね?そのあとに来た生徒が30分後なことを考えると、犯人は20分位計画に余裕を持っていたと思われます。用務員さんの巡回を逃れるためにも、死体を外からは見えない場所に隠す必要がありますからね。」
「鍵はどうしたのかしら?確か職員室にある個別の鍵か、用務員が持っているマスターキーでした開かないはずよ」
「これは計画的な犯行です。合鍵をあらかじめ作っていたのでしょう。」
「ふーん……Aさんが教室に来た時、犯人はどこにいたの?」
部長は次々と痛いところをついてくる。僕はそのことを悟られないように、笑って答える。
「…トイレなど、蛇口がある場所にに行っていたんです。雑巾を使って掃除をするために」
トイレに常備されている雑巾を持って帰ろうとしたところでAさんこ悲鳴を聞いたのだろう。犯人は教室から走り去るAさんの後ろ姿を目撃した。
「ですがこの程度はまだ犯人の想定内です。」
「想定内?」
「元々犯人は一階に降りることなく死体と共に学校から抜け出す予定だったんですよ。」
部長の眉毛がピクリと動く。どうやら食いついたみたいだ。
「まだ説明は伏せますが、この事件の被害者は15歳以上だということは推測できますよね?」
「事件の現場となったのは高校だから?まあ、中学生だったら分からないけれど、それよりも小さい子が入ってきたらその時点で用務員さんが不審に思うわね。一人で校門を越えられるとも思えないわ。」
「では被害者中学生以上の体格だと仮定して、人間一人を担いで移動することは可能と思いますか?」
部長はパソコンから手を離し、少し考えて答える。
「…できないわ。夜の暗闇に乗じてならともかく、朝の時間帯、誰に目撃されるかもわからない状態で人を担いで移動することは、普通ならできないわ。」
その言葉を聞いて頷く。
「そうです。段ボールの中に押し込めて運ぶといった手もありますが、それでも目立ちます。殺人を犯した以上避けるべきリスクは避けようとするはずです。」
「…目立つリスクを冒してまで学校で殺した理由は分かってるんでしょうね?まあいいわ。それで、どうやって一階に下りずに抜け出したのかしら?」
部長は疑うように目を細めてこちらを睨む。その疑問に僕は立ち上がりながら答えた。
「犯人は死体と一緒に飛び降りたんです。窓から」
「…あなた何を言ってるのかわかってる?2階でも3階でも、地面はコンクリートよ。飛び降りたら怪我をするわ。怪我をした状態でどうやって学校から逃げ出すのよ」
「怪我なんてしませんよ。だってその日は・・・」
顔をしかめる部長の脇をすり抜け、部室の窓を開ける。
「雪が降り積もっていたのですから。」
そこには雪かきで集められた雪が盛り上がっていた光景が広がっていた。
「…この辺りだったら6m近く積もってるから、2階から飛び降りても問題ないっていいたいの?」
「はい。後からどんどん雪は降り積もるわけですから、万が一血液が散っても誤魔化すことはできます。そして死体は雪の中に埋めておけば、夜中に再び学校を訪れて運び出すことができるでしょう」
雪が降っている最中にわざわざ雪を掘り返すような人物もいない。
「先ほどは言わなかったが、凶器は氷を詰め込んだ袋だと思われます。中の氷だけ雪の中に埋めて、袋は洗えば再利用できますから、袋がなくなって疑問を持たれることはないでしょう。これが事件の一連の流れですよ」
しばらくパソコンに向かって文章を打ち込んでいた部長だったが、そこで何かに思い当たったのか、
「後でいうといっていたけれど、結局この事件の被害者と犯人は誰なの?聞いている限り殺人事件のようだけれど、一応その事件が起きてから今まで学校からいなくなった人は誰もいないわ。」
当然の疑問だ。そこは最後まで僕も思いつかなかった。
「犯人はBさんです。そして被害者はBさんです。」
「…なんて?」
部長が聞き返す。僕は同じ言葉を返した。
「犯人はBさんです。そして被害者はBさんです。正確に言うなら、事件の前後でBさんは入れ替わったんですよ。彼女たちは双子だったんですよ。」
Bさんたちは双子だった。片方は家に縛り付けられていたのか、ほとんど家から出ることもできず、ほぼ監禁状態で育ってきた。それに対してもう片方はほぼ普通の人間らしい生活を送っていた。
そんな時、偶然監禁されていたBさんが学校に行く機会があったのでしょう。そこで彼女は見てしまった。もう一人が日常的に享受している「幸せ」な光景を。自分がいつもあこがれていた、そんな幸せを手に入れていたもう一人の自分を。
そして彼女は、自分から自分の生活を奪うことに決めた。
「悲しい殺人劇だったんですよ、この謎は」
「そう…これが、あなたの回答なのね」
悲しそうな顔で部長は訊いてくる。
「ええ、これが僕の回答のすべてです。」
僕はすべてを話し終えて椅子に座り、一息つく。
多少粗はあるものの、部長から聞いた話から推理した結果だ、部長も満足してくれるだろう。
そう思っていたが、部長はパソコンを睨んで何かをずっと考えているようだ。
時計が一回りして素とも暗くなってきたころ、しばらく考えて得心が行ったのか、部長はにこやかに笑って顔を上げた。
「なかなかに興味深かったわ。流石ね。」
その言葉を聞いて僕も笑顔になる。部長が納得してくれたのならありがたい。
「トリックも面白いし、確かに一面を飾れるような内容ね。いいわよ。次の新聞はこれで行きましょう。」「あれだけの情報でここまで考えられるなら、あなた、小説家に向いてるわ」
「え、小説家…ですか?探偵ではなく…」
僕は訊き返す。
「あら、探偵は真実を明らかにするものでしょう?真実を知ったうえで虚実で上書きするのは小説家のやることよ」
だが、この時僕は忘れてしまっていたのだ。部長は僕以上に推理力があるのだ。
部長は僕の顔の変化を楽しんでいるのか、大きく笑って立ち上がる。
「さて、それじゃあ今度は君がたどり着いた真相と、君が真相にたどり着いていながら嘘の推理を披露した理由について、私が謎解きしてあげましょう」
部長の瞳の中に、肉食獣が見えた。
次回で最終回、発行編です。
本日20時ごろに投稿いたします。