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出題編

全3編を予定しています。

「学校と一番縁のない小説のストーリーって何かしら?」


部長の質問の意図は分からなかったが、部室には僕しかいなかったのだから、僕に向けての発言だったのだろう。

今、この新聞部の部室には部長と僕の二人しかいない。新聞の取材の際に使用するボイスレコーダーやら写真やら取材資料に囲まれた部屋で、部長は無表情でお茶をすすっている。

僕は読みかけの本を閉じて、顎に手を当てて考える。

学校に一番縁のない小説か。

すっと出てくるキーワードは青春、学業、スポーツ、恋愛…

SFなんかでも学校ごと時代を飛ばされるといったものを見たことがあるが…あれは漫画だっただろうか。

生徒を有名大学に入れて学校の経営を立て直す経営ものもたまに見かける。

それ以外と言えば思い当たるのは二つ。


「そうですね…政治と伝記でしょうか」

「政治と伝記?」

「ええ。学校がないような昔の時代を扱う伝記ものと、舞台となる施設が大きく異なる政治を主題とした小説が当てはまるのではないかと」

「時代と舞台ね…面白い考えだわ。何事も起こりうる時間と場所というものがあるものね」

「何が言いたいんですか?」

「何事も起きるべきタイミングと場所があるという事は、起きるべきでない場所と時間に何かが起きたなら、それは非日常的な出来事だとは思わない?」

「それは…また面白い謎を見つけたということですか?」

「あら、よくわかっているじゃない」


部長は何かを思い出したかのようにふふっと笑ってまたお茶を飲む。

部長は僕がこの新聞部に入部した時からこの部室から出たところを見たことがない。

しかし気が付いたら校内で起きた不思議な出来事の情報を仕入れており、それを「謎」としてシチュエーションパズルのように僕に出題してくるのだ。この「謎」というものがかなり厄介で、答えることが難しいものばかり。その上なんとか導き出した僕の答えをそのまま真実として校内新聞の内容に反映させるのだ――――部長が調べた「真実」を付け加えたうえで。

自分が間違った答えを出したことを学校中に広められるのだから、たまったものではない。



「お願いしますから、あんな公開処刑みたいなマネはやめてくださいよ。クラスで酷い妄想癖の奴って思われてるんですよ、僕は」

「あれ?嫌だった?私はあなたのその思考力は一種の才能だと思っているのだけれど。校長がうっかり廊下にアニメ柄のハンカチを落とした出来事から連続殺人事件に思考を発展させたときは素晴らしかったわ。」

これ以上話しても部長は出題をやめる様子はなさそうだ。

「もういいですよ…それで今回の謎はどんなものなのですか?」

「あら、嫌そうに言っている割には乗ってくれるのね。そういうところも好きよ」


押し黙る。部長の謎を推理するのは嫌いではないのは図星だが、それだけではなく、部長から「好き」と言われたことをうれしいと感じてしまったことを悟られたくなかった。


「それじゃあ謎の概要を説明するわね。いつも通り質問は説明が終わった後に受け付けるわ」


そういって部長は持っていた湯飲みを机に置き、僕の顔をじっと見ながら話し始めた。


「あれはそうね…つい先日のことだったわ。

珍しく早く学校に来た女生徒……Aさんとでもしましょうか……Aさんは、自分の教室に入ろうとしたの。

でも扉に手をかけたところで彼女は見てしまったのよ。

教室の床に赤黒い液体がたまっていることに…

その光景を見た彼女は恐怖してすぐに職員室へ担任の先生を呼びに行ったわ。

教室に戻ってきたときにはたまっていた液体は一滴残らずなくなっていたのだけれどもね。

これが事件の概要よ。

担任の先生はこの事件を大ごとにはしないようAさんに口止めしたんだけど、私にだけは話してくれたわ

Aさんが言うにはその赤黒い液体はまるで血のようだったとのことよ。

Aさんの話が本当なら、校内で暴力沙汰が起きた可能性があるのだけれど…

あなたにはこの事件の真相がわかるかしら。」


「…内容はそれで終わりですか?」

「ええ、それじゃあ何か質問があるようだったら受け付けるわ。つまらない質問は駄目だけどね」

つまらない質問…つまり真実の核心に直接迫るような質問は出来ないということだ。

部長はすべての真相を知ったうえで僕が推理する姿を楽しんでいる。ここで「床についていた液体は血で間違いないのか?」とか「この謎に事件性はあるのか?」といった内容の質問をしても答えてくれない。

ここは実際に謎の真相を調査している探偵ように質問していく必要がある。

僕は部長に思いつき限りの質問をぶつけた。


「Aさんは扉に手をかけた時に教室の中には怪しい人物はいなかったんですか?」

「いなかったわ。最も彼女が見ていないだけで、見えない場所ーー掃除用具箱の中やドアの影、ベランダなんかに隠れてたら分からないけどね」

「その時、扉の鍵は開いていたのですか?」

「Aさん本人は確認していないけど、開いていたわ。教室内の電灯もついていたわ。」

「他のクラスの電灯と鍵はどうでしたか?」

「両隣の教室の鍵は開いていたし、電灯はついていたけど、それ以外の教室は鍵が閉まっていて電灯は消えていたわ」

「それではAさんと担任の先生が教室に入った時、他に誰か生徒は来ていたのですか?」

「いいえ、教室の中には誰もいなかったわ。30分後ぐらいになって生徒がぞろぞろ来たらしいけれど…」

「床にたまっていた液体はどれくらいの量だったのですか?」

「遠くから見たからAさんもよくわかっていないけれども、大体300ml位よ。粘り気が強いのか、あまり広がっていなかったわね。」

「液体は床の一か所にたまっていたのですか?」

「ある人物…Bさんとでもしましょうか…Bさんの机の下にたまっていたわ。」

「教室の床以外に液体が付着していたものはありませんか?」

「Bさんの机と、そこにかけてあった袋に付着していたそうよ」

「その日学校に来なかった生徒はいましたか?」

「何人か休んでいたわね。名前が出たから言うけれど、Bさんは来ていたわよ」

「うーん…」


一旦質問をやめて考える。

まずは謎の内容を整理しよう。

要するに、いつもより早く教室についた生徒が、教室の中にあった血液らしきものを発見し、先生を呼びに行ったものの、職員室に行って帰ってくるまでの間に消えてしまったということが今回の謎の全容だ。

教室は新館の2階か3階のいずれかにある。職員室は旧館の1階だ。

往復にかかる時間は歩いたら10分、走ったら5分くらいといったところだろうか。

旧館と新館をつなぐ道は1階と2階にある渡り廊下だけだが、最近は雪が降り積もっていたから2階の渡り廊下は一日中通行禁止となっていて、1階の渡り廊下しか使えない。

だから犯人は5分程度で液体を消したことになる。

誰が何故液体を消したのか、という点が分かれば真相に近づけるはずだ。


「さて、もうわかったかしら?大体のピースは整っているはずよ?」


部長が僕に笑いかける。

ここまでに出された情報でこの謎を解けということだろう。

僕は思考の海に身を投じた。

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