第四話:善戦
今話から書き方を変えました。
前の3話もいずれこの方式に直します。
永らく失礼しました。
『2回表三越高校の攻撃 6番ファースト相川君』
「お願い、します」
蚊の鳴く様な声で言い頭を下げた。
(随分と覇気がないな。緊張してるのか…。線細いと言うかひょろひょろだな。インの球振れるか…)
そんなことを考えながらキャッチャーはサインを出し、一球目を投げた。
少し真ん中にボールは寄ったがそれでも遅いタイミングで空ぶった。
三國はテンポよく投げるタイプなのでキャッチャーは直ぐにサインを出し、ピッチャーも直ぐに投げる。
二球目はインローに構えた所ピッタリに収まる大きなカーブで二ストライク
次にキャッチャーはアウトコースに構えた。だが、ボールはインハイに大きくずれて何とか捕球してバッターは空ぶり三振に終わった。
ピッチャーが苦笑いしていた。
『7番サード田崎君』
「オッシャーッス!」
(元気だな。さっきのバッター見た後じゃ余計に元気に見えるぞ)
田崎は声は良いが、一球目の土につく程の変化球を緊張からか空振りした。
(ストライクだけ、ストライクだけ)
次の球に頭に念じを掛けながらバッターボックスに立ったが彼は元々見極めが苦手な打者ではっきりと外れる球でないと思わず振ってしまうのだ。
そして次のアウトコースへのボールを当ててしまいピッチャー前のゴロでアウトになった。
次の戸塚は真っ直ぐ三つで2−1となりボール球ギリギリに入ってくるカーブで見送り三振にされた。
(三者凡退か…ま、いいか。次は4番から、4番から)
森下は意気揚々とマウンドに登り、坦々とテンポよく投球練習をこなした。
『4番ファースト丹後君』
一球目はアウトにストレートのサインが出て森下はゆっくりと振りかぶって投げる。
アウトハイの球に強振し打球は勢いよくバックネットに刺さり短い音を鳴らす。
(まぁ、それ位はこれ位してくれないとね)
羽村は一球目と同じにインローに構えてミットを下に振って低めに投げる事を指示する。
森下は頷きプレートの端に足を乗せて投げた。
少し高めに浮いた球を強打された。
打球はサードの方に大きくワンバウンドして上がる。
田崎はその当たりに出るか待つか一瞬迷ってから前に出た。
その迷いの分彼の前に来た時には上がり際の難しい位置になっていて、グローブにも当たらずに後ろに転がりショートが捕球した。
田崎は首を傾げてグローブを叩きながら悔しそうに定位置に戻った。
森下は自信を持って投げたクロスファイヤーを強打されて少し燃えていた。
(当てられるとはな。次は変化球も混ぜよう)
次の中津は初球の内角へのスライダーを三塁方向にバントして田崎が慎重にプレーしてアウトを取った。
『6番ライト桐山君』
(案外早かったな、光と戦えるまで。皆には悪いけど俺が先にこいつの球打たせてもらうぜ)
桐山はよしっ、と気合を入れてサークルを出た。
一方森下の方は(この場面であいつか……ついてるな。アウトカウント一つ貰ったようなもんだ。ふっ、初試合で悪いがお前には今日には全打席凡退してもらうぜ)
自信も気合も十分に待ち受ける。
森下は一度キャッチャーのサインに首を二度振りセットに入る。セカンドランナーを一瞥してから投じた。
投じた球はカーブで真ん中低めから内側に入ってくる。ボール球を気にせず桐山は振り切った。
打球はピッチャーの右足元に勢い良く飛んでいくが、それを森下は難なくショートバウンドでセカンドに投げる体勢で補給しワンテンポ置いて投げた。
セカンドがギリギリで球を受けそのままに足が来てタッチアウト、瀬谷は直ぐに振り向いて投げたが、送球がそれて一塁はセーフだった。
「うおっ、あのピッチャーうまいな」
相手のベンチからも思わず声が漏れる。
「でも他の奴がザルだな。セカンドももっと早く入ってやれよな。ピッチャー直ぐに投げらんなかったぞ」
「その前のサードもあれだしな」
「あいつヒットも打ってたな」
ここで、三國に人睨み入れられる。
「はははっ、じゃあどこの高校でも一人は良いのがいるって奴か?」
「まぁ、そうは言ってもあの高校じゃな」
「俺らよりは賢いけど…」
「おい」
「あ、チェンジだ」
「おっし、行くか」
二人は競うように走って行った。
「あいつ等次の回もくっちゃべってやがったら代えるぞ」
監督の一人ごとを聞いたベンチ部員は次の回から声を張った。
三回の攻撃は先頭の間野は初球の高めのストレートを打ち上げ早々に打ち取られた。
トップに返って先ほど三球三振を喫した竹橋が打席に入る。
まだ緊張しているのか何を思っているのかは分からないが、佐々木監督を振り見てボックスに入らない。そこで森下は監督の隣でぱっぱっ、とサインを出した。
「それ何のサインだったっけ?」
先生の質問に森下は呆れた顔で溜息をつく。
「後で絶対永谷さんに教えてもらって覚えておいて下さいよ。バントです。あの様子じゃ空ぶりそうですけど」
だが、竹村のバントは予想を外れて一塁線の際どい所に絶妙に転がり送球よりも早くベースを駆け抜けた。結果はファールを告げられたが竹村は全力疾走で少し落ち着いた。
落ち着いて竹村は何も考えない事にした。平たく言うと開き直ったのだ。
そして二球目、外角のストレートを三遊間に引っ張る。
ショートが左手を伸ばして上がり際の球をしっかりと見て捕りツーステップで投げた。
タイミングはアウトであったが送球がそれてセーフになった。
次の瀬谷は二球見送り、1−1となり次の球を危なげなくバントを決めてツーアウト二塁の場面でバッティングも期待出来る森下に回った。
『三番 ピッチャー 森下君』
俺でランナーを帰して2点差にする、という気構えで打席に入る。
(ストレートを叩く、変化球なら腕だけで持っていこう)
横目で見るとキャッチャーは外角に構えていたが、初球は内角に来てキャッチャーは正面で捕球していた。
(やっぱり構えた位置では分からないか)
三國は一回首を振ってから投げる。
内角へのストレートを森下は痛烈に引っ張る。
打球は一塁線上を飛んで行く。
森下はよしっ、と思い走るが『ファール』のコールが掛て相手ベンチからは安堵の息が味方からは賛美の声が出る。
この状況を一番喜ばしく思っていないのは、三國だ。
練習試合とはいえ誰がどう見ても格下の相手に先制点を取られ、あまつさえ追加点まで取られたとあっては監督や先輩に何を言われたものか分かったものではない。そして、自分のプライドにも関わってくる。
三國はマウンド上で息を吐いて気合を入れた。
そして、サインに二度首を振り一呼吸置いた三球目のサインに頷いた。
(二回首を振った?今までコースは構えた所だから、別の球か。少し間を置いた事もあって間違いないな。じゃあ何だ。練習試合なんだからいろいろと試したいだろうけど、投げなかったのは…腕に負担の掛かる球あるいは全力投球…だといいけど。変化球じゃなかったら素直に三振しよう)
考えが終わるか終らないかの内にプレイが掛かり、ランナーに見向きもせずに投げる。
ストレートより少し遅い位の球がインコースに来る。
その球はバッターの手前でストン、と落ちる。森下は引きつけて振り抜いた。打球は地面に強く打ちつけられてファースト後方を目指して飛んで行く。
一塁手の丹後が後ろを向いて走り、ジャンプして掴んだ。
三國とタイミングを合わせて投げる。そして、両者が同時にベースを駆け抜ける。
「ホーム!!」
キャッチャーの怒声に慌てて体を止めてホームに投げる。
羽村が腕を左に振るってその方に竹村は飛び、タッチを潜ってホームに触れた。
『セーフ!』
審判が両腕をを横に伸ばして告げる。
そして三越ベンチが沸いたが、『アウトーー!』一塁審判がずっとコールしていたのをようやっと聞き入れて静かになった。